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ニコル
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しおりを挟む僕を生んだお母様は、産後の肥立ちも思わしくなかく、二人の姉様の面倒もメイド任せになっていた。
嫡男である僕にお乳を飲ませるのも一苦労で、おばあ様が乳母を見つけてきてくれた時には、心底良かったと母上は思ったらしい。
それは赤子の僕を面倒見てくれる人ができた安心感と、おばあ様にようやく認められたという達成感のようなものを感じたからかしらね、と後に母上は教えてくれた。
確かにおばあ様は、母上を認めたのだろう。
あなたは身体を大事にしなさいというおばあ様の気遣いは、母上や姉様たちの斜め上をいっていた。なぜなら母上を気遣うその態で、この家に第二夫人を連れてきたからだ。
あの時の事を思い出すと、今でも寒気がするとサーシャ姉様は言う。
満面の笑顔を湛え、なんの悪気もなく、それこそ当然のように、ベッドで休んでいる母上に向かって、父に第二夫人を用意したとおばあ様は告げたのだ。
当時、七歳だったサーシャ姉様は、強烈にその瞬間のおばあ様を覚えているのだという。
「お母様に向かって、身体を大事にしなさいと言いながら、暫くは夫の世話も家の事もできないだろうからと、満面の笑みで悪気もなく、第二夫人だという人をお母様に紹介したのよ、信じられる?」
ベッドに寝たきりの母上を心配して側にいたサーシャ姉様も、もちろんベッドで寝ていた母上もびっくりしてしまって何もいう事はできなかったとか。
しかし、この国は一夫一婦制だ。本来、第二夫人やら側室などというものは存在しない。
もちろん結婚してから三年経っても子供が産まれない場合、夫側から離縁を言い渡されることはある。離縁された次の日に、夫だった男は別の女性と結婚していた、なんてことも貴族の間では別段おかしな話ではない。しかし、それは嫡男がどうしても必要だから取られる手段のはずだった。
母上は、僕を生んだ。嫡男である僕を、生んだ、というのに。
おばあ様の連れてきた第二夫人については、珍しくもおじい様は反対したらしい。
嫡男が生れているのに、どうして第二夫人が必要なのかと、わが国では第二夫人や妾などを認める法はないのだと、そう言って。
しかし、おばあ様は頑なだったそうだ。
男子が一人では心もとない。嫡男にはスペアが必要です、と。
そういう意味では、確かにおばあ様は母上の身体を慮ってくれたのだろう。
母上にスペアの男子を生むのは、酷だろうと考えてくれたのだから。
けれどその考えは、この国ではあまりにも馴染みがなかった。
確かにおばあ様は他国の令嬢で、その国では国王も側妃や妾を囲っていたし、高位貴族の間でも第三夫人まで結婚が認められている事はおじい様の知識にもあった。
だがそれは、王族や貴族の出生率がどんどん低下しているために、どうしても数で対応するしかなかった故の対策だったはずで。
そういう意味では母上は女児を二人、嫡男を生んだ時点でルーベンス子爵家の嫁としての勤めは、きっちりと果たしている。
確かに次男がいれば、家としては安泰だろう。けれど娘がいれば、最悪、婿を取ればいいだけの事だ。
しかし、おじい様の説得は功を成さず、拒否するものと思っていた父は、おじい様の反対を他所に第二夫人をあっさりと受け入れた。
けれど屋敷には母上も僕たちもいる。
家族に無関心な父だとしても、僕たちが住む屋敷で第二夫人の相手をするのはさすがに憚られたのか、第二夫人は暫くおばあ様の所に預けられ(その間おじい様は僕たちと一緒に屋敷で暮らしていた)、子爵家の敷地内に別邸が建つと、第二夫人はそこに住み始めた。
それでもあまり屋敷内に変化はなかったように思う。
なぜならその別邸が出来上がる頃には、母上も回復し、普通に家の仕事をこなしていたし、生まれたばかりの僕の世話には、おばあ様が用意した乳母がいる。
サーシャ姉様もマデリン姉様の面倒を見ていたし、母上を助けてくれるメイドたちもいる。
家族全員で朝、夕の食事をするのも変わらなかった。
そして、僕が二歳になる頃、妹のバーバラが生れた。
バーバラは、第二夫人生んだ子だった。
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