旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり

文字の大きさ
上 下
16 / 66
バーバラ

16

しおりを挟む
 もうそれも一年も前の話になるのだけどね、とお義父様とうさまは苦笑を浮かべました。

「あの時は、君の父であるルーベンス子爵と君のおかげでね、取り合えずルシエント侯爵家の資金は全額叩き返して、婚約破棄の慰謝料とやらは、勝手に婚約破棄したのはルシエント侯爵家の方だろうと、逆にうちの方が慰謝料が欲しいくらいですよ、というのを法律に詳しい友人に、オブラートにぐるぐるに包んで話して貰って巧いことチャラにしてもらい、ついでにお見舞金までいただいたよ」

 お義父様が不意にニヤリと少しだけあくどい貴族の顔で笑われました。
 けれど私は気にしません。だって最初に無理な事をおっしゃったのは、ルシエント侯爵家の方ですもの。それに私の持参金がきちんと役に立ったのなら、この結婚にも意味があったのだと思えます。

 それにお義父様、チャラなんて庶民の言葉も知っていらっしゃるんですのね。なんて、そんな事の方が気になりました。

「さっきも言ったように、街や村の復興だけなら、君の持参金とうちの資産で賄う事ができた。けれど、ルシエント侯爵家に提供されていた資金を全額返してしまったからね。実験農場だった畑を別のところ移して、作業をしてくれていた村人達にも移動してもらって、再興させようとすると資金が足りなくて。だからまたルーベンス子爵に力になってもらってしまった。でもお陰で村の方は何とかなりつつあるし、苗木も僅かに残っていたものを挿し木で増やそうとしている」
「まあ、素晴らしいですわ、お義父様」
「みんなが頑張ってくれているからの復興の早ささ。しかし、品種改良の一部の資料が破損したり、紛失していたりするものだから、そちらの方が思うように進まなくてね」

 確かに一番大切な部分ですもの、そこが破損や紛失したとなれば、問題だと思います。でもブドウの品種改良のお話、私はどこかで読んだ記憶がありました。思わず、うーんと首を捻って考え込んでおりますと、お義父様が、どうしたのかとお声を掛けてくださいます。

「お義父様、私、もしかしたらお力になれるかもしれませんわ」

 だから私は、考えながら喋ります。

「なに!」

 確かエリザベス姉様が土壌の改良をしていた時に、そのような本を手に入れていたような気がするのです。その中に果樹に関するものが……。

「確かエリザベス様が、果樹の品種改良について書かれている本を持っていたように記憶しています」

 私の話を聞いてお義父様は目を輝かせはじめました。

「エリザベス姉様にお伺いして、その本とか、他にも参考になりそうな本を送っていただきましょう」

 私の提案に、お義父様は一も二もなく頷いてくださいました。なので私はすぐさまエリザベス姉様にお手紙を送ることにしたのです。

 けれど、こうして話を伺っておりますとルシエント侯爵家は何をしたかったのでしょうか。
 つい、そう思ってしまいます。

 ルシエント侯爵家からアルトワイス伯爵家への資金の提供は、例のブドウ畑の技術を手に入れたかった、というのは理解できます。
 そのために資金だけではなく人も派遣しておりますし。
 けれどその人たちがアルトワイス伯爵家に寝返ってしまい、ルシエント侯爵家は技術を手に入れることがほぼ不可能になりました。でもこの段階では資金の引き上げをすることなく、アルトワイス伯爵領が災害に見舞われてからの資金の引き上げ。

「あの、お義父様、私とリカルド様の結婚が決まったのは、ルシエント侯爵家から資金引き上げがあったから、で間違いないのですよね」
「うん、そうだね。さっきも言ったけれど、リカルドとバーバラさんの結婚を決めたときには、アーカードにはルシエント侯爵家の令嬢という婚約者がいたのだよ」

 そうですよね。
 私はお父様が決めた事だからと、あまり深くは考えてはおりませんでしたけれど、こういう政略結婚の場合、嫡男様が独身であれば、そちらとの話が進められるはずです。でも、私のお相手はリカルド様でした。

「という事は、私たちの結婚が決まってからアーカード様とルシエント侯爵家の令嬢様との婚約が解消された、のでしょうか」

 お義父様にそう問いかけると、お義父様は少しばかり困ったようなお顔をされます。

「……いや、タイミング的には資金の引き上げと婚約破棄はほぼ同時だった。けれどね」

 やけに言い難そうにお義父様は私を見つめます。

「んん、そう、だね。バーバラさんはルシエント侯爵家の令嬢を知っているかね?」
「いえ、お恥ずかしながら、社交などほとんどしたことがありませんので、マデリン姉様と同年代だということと、先ほどお義父様がおっしゃった事ぐらいしか分からないのです」

 なるほど、とお義父様が小さく呟きました。

「なんと言ったらいいのか……うむ、ご令嬢は大変個性的な方でね」

 個性的。
 なんとも想像のし難い言葉が、お義父様の口から出てしまいました。

「まあ、年齢の事も気にしていたのだと、思う。マデリン辺境伯夫人と同じ年だからね」
「そうですわね」

 私も行き遅れと言われたことがあるくらいです。更に年上のご令嬢の場合、何を言われるかと考えると、それだけで気が重くなってしまいます。

「ルシエント侯爵家からの破棄申し入れだとしても、本人たちのサインがなければ成立しないのは知っていると思うが」

 お義父様の言葉に、私は頷きます。

「婚約破棄はしないと令嬢が抵抗したらしく、書類が中々送られてこなくてね。こちらとしては、災害からの復興で忙しいというのに、話が進まなくて困っていた。そうしたら突然令嬢がうちにやってきた」
「はい? お一人で?」
「いや、メイド二人と護衛だと思われる騎士を三人引き連れて、我が家にやってきたのだよ」

 想像するだに、それはとても大変だったのではないでしょうか。

 災害に見舞われた後です。
 壊れた建物やめちゃくちゃになってしまった畑や農作物。きっと例のブドウ畑以外の畑でも被害はあったはずです。豚さんたちにも影響はあったかもしれません。

 話を聞いている分では、災害後すぐではないようですが、それでもまだ復興の目途が立ってもいない頃なのではないでしょうか。お義父様やアーカード様は、寝る間も惜しんで働いていたに違いなく、そんな時に何故。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 困ったちゃんな令嬢が登場。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

彼と婚約破棄しろと言われましても困ります。なぜなら、彼は婚約者ではありませんから

水上
恋愛
「私は彼のことを心から愛しているの! 彼と婚約破棄して!」 「……はい?」 子爵令嬢である私、カトリー・ロンズデールは困惑していた。 だって、私と彼は婚約なんてしていないのだから。 「エリオット様と別れろって言っているの!」  彼女は下品に怒鳴りながら、ポケットから出したものを私に投げてきた。  そのせいで、私は怪我をしてしまった。  いきなり彼と別れろと言われても、それは無理な相談である。  だって、彼は──。  そして勘違いした彼女は、自身を破滅へと導く、とんでもない騒動を起こすのだった……。 ※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。

離縁をさせて頂きます、なぜなら私は選ばれたので。

kanon
恋愛
「アリシア、お前はもうこの家に必要ない。ブライト家から追放する」 父からの予想外の言葉に、私は目を瞬かせる。 我が国でも名高いブライト伯爵家のだたっぴろい応接間。 用があると言われて足を踏み入れた途端に、父は私にそう言ったのだ。 困惑する私を楽しむように、姉のモンタナが薄ら笑いを浮かべる。 「あら、聞こえなかったのかしら? お父様は追放と言ったのよ。まさか追放の意味も知らないわけじゃないわよねぇ?」

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?

水空 葵
恋愛
 伯爵令嬢のソフィア・キーグレスは6歳の時から10年間、婚約者のケヴィン・パールレスに尽くしてきた。  けれど、その努力を裏切るかのように、彼の隣には公爵令嬢が寄り添うようになっていて、婚約破棄を提案されてしまう。  悪夢はそれで終わらなかった。  ケヴィンの隣にいた公爵令嬢から数々の嫌がらせをされるようになってしまう。  嵌められてしまった。  その事実に気付いたソフィアは身の安全のため、そして復讐のために行動を始めて……。  裏切られてしまった令嬢が幸せを掴むまでのお話。 ※他サイト様でも公開中です。 2023/03/09 HOT2位になりました。ありがとうございます。 本編完結済み。番外編を不定期で更新中です。

処理中です...