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バーバラ

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 少々、不躾な質問かもしれませんが、今ならお義父さまに応えていただけるのではないか、と思いました。

「アーカード様には婚約者がいらっしゃいましたのね?」
「ええ、いたね、一応。ルシエント侯爵の令嬢でね。うちに来れば贅沢三昧できると思っているような、領地持ちの奥方になるのがどういう事かも理解していないご令嬢でしたが」

 お義父さまは私から目を反らし、クスリと皮肉気に笑いながらも結構辛辣な事を言っております。たぶんそのルシエント侯爵令嬢を思い浮かべての発言なのでしょう。

 私はあまり夜会だのお茶会だのに興味がなかったので、すぐには思い出せませんけれど。確かマデリン姉様と同年代だったような気がします。
 
 マデリン姉様は、私とは三つ違いです。だから今年で二十六になられたかしら。
 そうしますとルシエント侯爵の令嬢は、その年でもご結婚されていない、ということでしょうか。

 貴族社会では、二十歳を超えても結婚していない令嬢など、あまり価値がありません。行き遅れだのなんだのという悪口くらいならいいのですが、結婚が遅くなるという事は、子供を産むのも遅くなるということです。

 男性も早いうちに結婚することーー跡継ぎの問題もありますのでーーを推奨されてはおりますが、それでも三十歳くらいまで結婚されない方もいらっしゃいます。
 理不尽だと思いますが、それが男性上位の貴族社会なのです。

「ルシエント侯爵のところの令嬢はね、王太子妃の候補の一人ではあったんだよ」

 私がつらつらと余所事を考えておりましたら、お義父さまが、ぽそりとそんな事をおっしゃいました。

「けれどね、着飾ることが好きで、他者を見下し、爵位の低い者や平民を平気で甚振いたぶる。そんな女性が王太子妃になれるはずがないのだけどね」

 お義父さまの言葉を聞いていますと、私も少しばかり表情が引き攣ってしまいそうです。

 私は経験させていただきましたらから分かるのですが、いくら私たちが貴族だ! と偉ぶったとしても、私たち貴族は、お掃除も出来なければお洗濯もできないのです。

 毎日着ているデイドレスや夜会に着ていくドレスだって、デザインをしてくださる方やドレスを縫ってくださるお針子さんたちがいなければ、用意することもままなりません。お料理だって料理人の方がいなければ、まともな食べ物は作れないでしょう。

 領地経営だってそうです。
 畑を耕す農民の方や牛や馬、豚、鳥を育てる方、金属の加工、木の伐採など、村や街にはそれこそ多くの職業に従事されている方がおります。
 その方たちがいなければ、商品を作り出すことは出来ません。

 ましてや自領にある幾つもの街や村から税を集めたりする職は、領地を持たない法衣貴族の方がお仕事としてつくことも多いのです。
 それに治安を守ってくださる各街などに配備される警邏隊は、腕っぷしの強い平民の方もいらっしゃいますが、爵位を継ぐことのできない貴族の次男、三男が就くことのできる職の一つとしても人気があるくらいです。

 ルシエント侯爵家の方は、ご自身で税の回収をしているのでしょうか。

 自領の治安をご自身で守れるほどお強いというのでしょうか。

 ご自身で身に纏うドレスをお縫いになっているとでも言うのでしょうか。

 なるほどアーカード様が高慢ちきとおっしゃっていた意味が分かるような気がしました。

「王太子様は、王子殿下の頃から婚約者がいたのだけれどね、立太子される前にお相手の方が流行り病でお亡くなりになってしまわれたからね」
「ええ、そうでしたわ。とても婚約者の方を愛されていらっしゃったと」
「そうなんだ。だから後釜、とは言い方が悪いかもしれないが、中々決まらなくてね。そのせいで君の二番目の姉君たちの年代は、全体的に婚期が遅くなっていたようだよ」

 確かにマデリン姉様の婚約者は中々決まりませんでした。おっとりした性格のマデリン姉様は、あまり気にされてはおりませんでしたけれど。

「そんな理由もあって、ルシエント侯爵令嬢は、王太子妃候補にあがりはしたけれども、結構最後まで粘ってはいたものの結局は王太子妃にはなれず、結婚相手をいざ探そうとすれば、年の釣り合ういいお相手は既にほとんどが婚約または結婚していた、というわけでね。格下でもいいと思ったのか、うちに金があると思ったのか」
「それで嫡男様であるアーカード様とご婚約となった訳ですのね」

 どうやらお義父さまも、あまりルシエント侯爵にはいい感情をお持ちでないようです。
 アーカード様はご令嬢に悪感情をお持ちだったようですけれど、お義父さまはどちらかというとルシエント侯爵の方に何か含みがあるような感じを受けます。

「ちょっと面倒なところに目をつけられたなぁ、とは思ったのだけれどね、資金提供は実際ありがたいものだったんだよ。ただ令嬢との婚約がセットになっていたのと、色々と条件があったのには笑ってしまったけれど」

 そう言ってお義父様は、ハハハと乾いた笑い声をあげました。

 どういうことでしょう。ちょっと気になります。


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