旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり

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バーバラ

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 私とリカルド様は上手くいってはおりませんけれど、それでも伯爵領の皆さんが頑張ろうとする一助になっているのなら、私たちの結婚も意味があったということです。

 それについて私は嬉しく思います。

 私が父の行いに笑顔を見せたからでしょうか、アーカード様がどこか眩しそうに目を眇められました。そしてため息と共に、「ああ、こんな事になるのなら、最初から私が」と、そう呟いたのです。

 いったい何の話でしょう。

 そうは思いましても、気軽に聞いてみてもいいものか、私は判断しかねます。

 こんな事があったので随分と気安くお話をしてしまっておりますが、実を言えば私とアーカード様がお会いしたのは今日で二回目なのです。

 アーカード様に初めてお会いしたのは、リカルド様との結婚が決まり、結婚証明書へのサインをした後、私たちの家族ーーサーシャ姉様とマデリン姉様のご夫婦は、都合が会いませんでしたがーーとアルトワイス伯爵家とのお食事会だったのです。

 普段あまりお見掛けしないタイプの違う美丈夫の存在に、夫のいるはずのエリスも(旦那様はお留守番だったそうです)、一番年下のシルヴィアもやけに興奮していて、私よりもアーカード様やリカルド様に話しかけていたように思います。

 そう言えばあの後、リカルド様は仕事があると書類を持ってすぐ戻ってしまいましたが、妹二人はアーカード様に屋敷を案内していた記憶があります。

 そこで私はハッとしました。

 まさかアーカード様は、リカルド様と私の結婚ではなく、エリスやシルヴィアとご自分が結婚した方が良かったと思ったのでしょうか。

 姉の欲目かもしれませんが、エリスとシルヴィアはとても可愛らしい子たちでありました。あの当時、エリスは十八歳でシルヴィアは十二歳。
 とは言え、エリスはすでに婚約者の方と結婚しておりましたし、シルヴィアを望まれるとすれば、アーカード様は子供を愛でる趣味でもあるというのでしょうか。

 私は思わず目を眇めてアーカード様を見つめてしまいました。

「なんだろう、何か良くないことを思われている気がする」

 私の視線に、アーカード様は何とも言えない表情を浮かべます。

「あの食事会の時、エリス子爵夫人、だったかな? とシルヴィア嬢にね、部屋に連れて行ってもらったんだ」
「部屋に、ですか?」

 部屋に案内されたと聞いて、私はよほど不信そうな声を出したのでしょう。アーカード様は苦笑を浮かべながら、「誤解しないで欲しいな」などとおっしゃいます。

「君の心配するようなことは何一つないよ。二人のメイドも一緒に部屋にいたし、扉もちゃんと開けておいたからね」

 アーカード様の言葉にようやく私はホッとしました。けれど、やはりまだ少しだけ心配です。

「そこで何を見せて貰ったと思う?」

 なんでしょう。私は首を傾げます。

「私たちの宝物なのと言ってね、自分たちで作ったのかな、少し浅めで可愛いピンクや黄色に塗装された木箱。その木箱にも端切れで作った薔薇とかビーズや色付きの硝子の欠片が丁寧に配置されていてね、まるでジュエリーボックスみたいなんだ」

 ああ、それは、と私は思いだします。

「二人と一緒に作ったものです。お母様が素敵なジュエリーボックスを持っていて、あの二人がもっと小さい頃、それを羨ましがって、あまりにも欲しがって泣くものだから、雑貨屋に売っている小さめの木箱を買って、アベルと一緒に色を塗って」

 それはまだ二人が十歳と四歳の時でした。

 お母様の部屋にあるジュエリーボックスを見つけたエリスが、自分もジュエリーボックスが欲しいと我儘を言い、けれどお母様のものは、ジュエリーボックス自体もとても高価なものです。

 中に仕舞ってある宝石アクセサリーを、子供のおもちゃにするわけにはいかないし、泣いて欲しがるエリスにシルヴィアまでがつられて泣き出すしで、それはもう子守をしていた私は大変でした。

 その時にはもう、色々と小物を作っていたので、雑貨屋で木箱を買い、木を塗装するペンキというものを大工の方に分けて貰いに行き、アベルと一緒になって裏庭で木箱を塗装。

 刷毛で塗っても均一に塗ることが上手くできなくて、何度か木箱を買いに行ったり、木箱を何個も塗ったせいで足りなくなってしまったペンキをもう一度分けて貰いに行ったり。

 今考えてみると、全く貴族の令嬢らしくない、それでいて大工の方には傍迷惑な事をしてしまいました。ほんの少量だからとお仕事で使うものを、ただで分けて貰うなんて。

「エリスの好きなピンク色、シルヴィアの好きな黄色で木箱に色を付けたのですが、それだけでは二人が納得してくれなくて」
「うん、それで?」
「私は、その、最初は手に職をつけようと思って始めたのですけれど、ハンカチやリボンに刺繍をしてみたりだとか、レースでコースターやランチョンマットを作ってみたりとか。レースをリボンのように細長く編んでから、くるくる巻いて花のような形にして髪飾りにしてみたりとか」
「ふふ、手に職をつけようと思ったの?」

 やっぱり貴族の子女としてはおかしいのでしょう。アーカード様は、おかしそうにその点を指摘してきました。

「うちは子供がたくさんいましたから。私は三女ですし、結婚はできないだろうと。それなら手に職をつけたら家の役にたつのではなかしらと……でも、お掃除もお洗濯も、私には難しくて」
 
 当時の私はまだまだ子供で。けれど子供なりに真剣に考えたのです。

 私の話を聞いているアーカード様は、物凄く優しい視線を向けてきます。
 たぶん、馬鹿な子だと思っているのだと思います。それを考えると、とても恥ずかしくて、顔が熱くなってきました。

「それで?」
「それで、私の作った小物がたくさんあったので、それとサーシャ姉様の旦那様が、売り物にならない欠けたビーズとか色が揃ってないものですとか、色付き硝子の欠片とかも時々お土産として下さっていたので、それらを使って二人と一緒に、木箱を飾り付けて……」
「うん、そうなんだってね。バーバラ姉様と一緒に作ったのと、二人ともそれはそれは嬉しそうに私に教えてくれたよ」


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 ペンキを貰いにいったのですが、そのあときっとバーバラのことなので、小物かお菓子でも作って差し入れしていると思っております。
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