魔法使いのパシリ

めらめら

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闇の中のヒカリ

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 わたしはコウくんを見下ろします。
 そして、コウくんの腕の中・・・を。
 頭から血を流してグッタリした、ルナさんを見下ろします。

 ゴオゴオゴオ……
 湿った風がわたしの耳元で、何かをささやきました。
 仄暗い声が、闇をはらむ声が、わたしの胸をザワザワ揺らしました。

 アンナヤツ……消エチャエバイイ

 消エチャエバイイ……
  消エチャエバイイ……
   消エチャエバイイ……

「うぅ! ちがう! ちがう!」

 ちがう!

 わたしは耳をふさいで、頭を振りました。
 下唇をかみしめて、目を瞑ります。
 消えていい人なんて、誰もいません。

 コウくんだって。
 あの人、ルナさんだって。
 そしてわたしだって。

 誰も、誰も、誰も……!

 閉じたまぶたの裏側に、3年前のあの日の景色が浮かび上がってきました。

 恐ろしい、あの日の景色が。
 そしてお師匠さまと出会った、あの日の景色が。

  #

 あの頃、わたしが学校に行けなくなった理由。

 それは学年が上がるにつれて自分の中で膨れていく「違和感」のせいでした。
 男子と一緒に着替えをするのがいやでした。
 同じトイレを使うのがいやでした。
 男もののブレザーを着ると、吐き気がするようになりました。

 そして何より、あの子・・・の顏を見るのがつらかったのです。
 学校に上がる前からいつも一緒でした。
 あの子の顔を、名前を思い出すと胸がザワザワしました。
 痛いような、苦しいような、何かがはち切れそうな気持ち。

 その気持ちを、先生にも、クラスの誰にも打ち明けられなかった。
 わたしはクラスで、ひとりぼっちでした。

 お父さんとお母さんは、学校に行けなくなったわたしのことで、毎日ケンカをするようになりました。
 わたしは家の中でも、居場所がなくなりました。
 
 ある日の夕暮れ時でした。
 わたしは家から歩いて少しの場所にある、神社の境内にいました。
 神池のほとりに腰かけて、夕日を受けて茜色に輝いた水面をボンヤリ眺めていました。
 もうすぐ家に帰って来るお父さんたちと、顔を合わせたくなかったのです。

「はー。消えてしまいたい」
 自分の膝に顔をうずめて思わずポツリ、わたしはそう呟いていました。
 なにもかもが嫌でした。

 その時でした。
 
 消エチャエバイイ

 誰かがわたしの耳元で、そう囁きました。

「え……!」
 わたしは驚いてあたりを見回します。
 周りには、誰もいません。
 
 ……いえ。
 「何か」がいました。
 人ではないものが。
 水面をわたる風が作ったさざ波。
 その波での上で、何人もの小さな影たちが、葉っぱで波乗りをしていました。

 消エテシマイタイナラ、消エチャエバイイ
 コノ場所カラモ……コノ世界カラモ
 わたしにささやきかけているのは、耳元をふきぬいた冷たい風でした。

 オマルナンカ……消エチャエバイイ!

 サア、オイデコッチヘ

 コッチヘ!

  コッチヘ!!

   コッチヘ!!!

 風がわたしにそう呼びかけます。
 波乗りをする影たちが、わたしを手招きしています。

「うぅあ……」
 知らないうちに、わたしはその場から立ちあがっていました。

 自分の体が、自分のではないみたいです。
 影たちの手招きに呼ばれて、足が1歩、2歩、3歩。
 池に向かって、勝手に歩いていく。
 体が、体がわたしの言うことをきかない!

 わたしの体が、腰まで池の水に浸かっています。
 なにかが足を引っ張りました。
 池の水よりも冷たいヌルヌルした手。
 いくつもの何か「悪いモノ」の手が、わたしを池の底まで引きずりこもうとしている!

「わっ! わっ! いやだ!」
 わたしは悲鳴を上げました。
 誰かに助けを求めました。
 でも、周りには誰もいません。

 口から、鼻から、水が入ってきます。
 苦しい。
 息が出来ない。
 いやだ。
 死にたくない。
 
 ――消えたくない!

 暗闇で薄れていく心の中で、わたしが最後に強くそう思った、その時でした。

「…………!」
 何かに気付いてわたしは目を開けました。
 あたりに光があふれていました。
 わたしのまわりを、池の中を、緑色のきれいな光が満たしていきます。
 わたしの足をつかんだモノの手の力が弱まっていきます。
 いえ、わたしを掴んだ手そのものが、だんだん薄らいで……消えていく。
 そして次の瞬間。

 ザザアアアアア……
 
 水音といっしょに、わたしの体は池の中から飛び出していました。
 空の上まで浮かび上がっていました。
 わたしの体を支えているのは、誰かの大きな、力強い手でした。

「う……ああ!」
 わたしは、わたしを助けてくれた人の顏を見上げました。
 そして思わず悲鳴を上げます。

 わたしを抱き上げわたしを見下ろしている人の顏。
 それは人間の顏ではありませんでした。

 真っ赤な鱗に覆われた長い鼻先。
 頭から伸びた2本の角。
 耳まで裂けた口。
 ギザギザの牙。

 その顏は、まるでおとぎ話に出て来る竜そのものでした。
 
 でも、わたしの悲鳴はすぐに小さくなって消えました。
 びっくりしたけど、不思議とわたしは怖くなかったのです。
 わたしを覗き込むその人の眼が、穏やかで、澄んでいたから。

 それが、わたしとお師匠さまとの出会いでした。
 灰色のローブを身にまとった、竜の顔をしたお師匠さまとの。

 こことは違う、別の世界。
 深幻想界シンイマジアの大魔法使い。
 アンカラゴン・ミストルティリアス。
 それがお師匠さまの名前です。

 魔法の材料を探すために「こっちの世界」にやって来る時、わたしを見つけてくれたのです。
 「転界トゥエンヤ」で「出口」に変えた神池の底から、わたしを助けてくれたのです。
 この世界の狭間をただよう「悪いモノ」たちの手から、わたしを救ってくれたのです。

 後になって、お師匠さまから聞きました。

  #

「見えるのか。お前は……!」
「見える?」
 お師匠さまはわたしを覗いて、驚いた様子でそう言いました。

「そうだ。影たちの姿を見たな。魔の風の声を聞いたな。やつらのはらんだ闇に……引き込まれそうになっていたな!」
 お師匠さまは、なぜだか悲しそうな目をしていました。
 風に乗って空に浮いていたお師匠さまとわたしの体が、池のほとりまで流れていきます。
 トン。お師匠さまとわたしは、地面におり立ちました。

「なぜだ人の子よ。教えてくれんか」
「え? 教える?」
「たとえ素質・・があったとしても、人の子がこれだけやつらに引かれる・・・・ことは滅多にない。その年で、そんな小さな体で、お前は……何かに深く……絶望しているのだな?」
 お師匠さまはわたしを見て、いたましげにそう言いました。

「…………!」
 わたしは体が震えました。
 初めて会って間もないのに、その人はわたしを見抜いて・・・・いました。

 自分の体のこと。
 学校でのこと。
 家でのこと。
 そしてあの子・・・のこと。
 気がつけば夕闇の池のほとりで、わたしはその人に、お師匠さまに全てを話していました。

 わたしが話し終わると、お師匠さまはわたしの周りをゆっくり歩きながら、何度も首を振ったり、1人でしきりにうなずいたりしていました。
 何か、考えごとをしているようでした。
 やがて、お師匠さまはわたしの方を向きました。

「人の子よ……姫川ナナオよ。わしの弟子にならんか?」
「弟子……ですか?」
 ゆっくりわたしに話しかけるお師匠さまの言葉に驚いて、そう聞き返しました。

「そうじゃナナオ。わしはな、お前のような『境界』に身をおく者こそが、魔法使いとしての資質にもっとも富む者じゃと感じておる。陰の側でも陽の側でもない。あるいはその両方に身をおく者。そういう者こそが、より明敏に世界の変化に気づいて、そのありようを理解できるのじゃ」
 お師匠さまはわたしの顏をのぞきこんで、そう答えます。

「ナナオ。いったんはこの世界を離れ、わしの元に来い。魔法の術を磨け。世界をよりよく調律・・する『魔法使い』となれ!」

  #

 お師匠さまと別れて家に戻ったわたしは、何日も、何日も考えました。
 そして決めたのです。
 
 いったんこの世界を離れて、お師匠さまの世界に行くことを。
 魔法使いの弟子になることを!

 7日後、約束した場所。
 神社の池のほとりに、お師匠さまはいました。
 わたしの答えを聞くと、お師匠さまは深くうなずきました。


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