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第13章 魔城決戦〈グランドバトル〉

魔王の涙

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「マキシ……生きていたのかマキシ!」
「ああ、黙っていてすまなかったな、ルシオン君」
 驚愕と歓喜の声をあげるルシオンに、探偵マキシは涼しい顔でそう答える。

「あの時、ドッペルアドラーの大砲に体を砕かれて魔王と向き合わなければいけなかったあの路地で、私は本気でマシーネを道連れにして消滅するつもりだった。向こう100年はこっち・・・の世界に戻ってこられなくなるが、君たちの命を救うためにはそれしかないと思ったんだ。だがその時だった。私は感じたんだ……」
 ルシオンの周りパタパタと飛び回る幼竜の姿に目をやって、探偵はフッと口元をほころばせた。

「そこにいるおチビちゃんが……深幻想界シンイマジア最強の古竜エンシェントドラゴンが、グリザルド君を背中に乗せて本気モード・・・・・でこっちに飛んでくるじゃあないか。だから作戦を変えたんだ。マシーネの命は見逃してやろうと。灰になった私の体は、おチビちゃんにいったん預けて、重力城グラヴィオンに囚われた君とグリザルド君の連れを救い出すのを確実に見届けようと。君たちの勇気の証を、確実に見届けようと……ね」
「それで、アンカラゴンの体の中に!」
 紅玉ルビーみたいに真っ赤なルシオンの目が驚きに見開かれる。
 あの時の、夜の路地でも光景がルシオンの瞼にまざまざと蘇る。

 左胸のクロニアムで時間を加速させて、真っ白な灰になったマキシ。
 グリザルドを背に乗せて飛来したアンカラゴンが、ものすごい勢いでその灰を吸い込んでいく。
 すれ違いざまにルシオンを掴み取り、マシーネの追撃からどうにか逃れた黒竜とルシオンたち……

 絶体絶命の危機を切り抜けたまさにその瞬間に、アンカラゴンとマキシの間には、そんな暗黙のやりとりが成されていたというのだ!
 その時だった。

「フ……フフ。見逃す・・・? このわたくしの命を? 見届ける・・・・? コイツらの勇気の証を?」
 錆びついた歯車の軋みみたいなマシーネの笑いが辺りに響いた。
 ルシオンに貫かれた左目から水銀みたいな体液をドロリとこぼしながら、残されたマシーネの目が探偵の体を射貫くように見据えていた。

「本当に気に障る男ですね探偵マキシ。ですが、そんな下らぬの戯言も今宵は寛容な心で受け入れましょうマキシ。始原魔器プライマル『クロニアム』を、わざわざ……わたくしの城まで持ってきてくれたのですから……」
 頬をヒクつかせながら、魔王の優美な右手の指先が探偵の体を指した。

「時の流れを操る至宝。やはりわたくしのコレクションにふさわしい。探偵マキシ、あなたの体が不滅というなら。バラバラに切り刻んで、動けぬようにして保管するまで……」
 マシーネの顔に、余裕の笑みが戻っていた。
 すでにマシーネの指先は、探偵の周囲に張り巡らされた魔王にしか見えない無数の糸を手繰っていた。
 彼女が自分の指先をほんのひと掻きしただけで、この世に実在化した『シュナイドの糸』によって、探偵の体はバラバラになって城壁に転がることだろう。
 だが、その時だった。

「いーや、そういうことにはならないねマシーネ。なぜなら……」
「な……!?」
 マキシはつまらなそうな顔で、マシーネの目も見ずに軽くそう言い放った。
 探偵の目は、頭上の飛空艇ドッペルアドラーを見上げていた。

「なぜならお前は、あと数秒もしないうちに、この私に泣いて謝る・・・・・ことになるからだ……」
「泣いて……謝る!? このわたくしが……あなたに!?」
 あいかわらず、ぞんざいな調子でマシーネにそう答えるマキシ。
 マシーネはギリギリと歯噛みして探偵をにらむ。
 魔王の美しい顔が、再び憤怒で歪んでいた。

「そこの甲板にいる淑女レディ。ルシオン君の姉上か……!」
「え、あたし……!?」
 唐突に、甲板につかまったビーネスに向かって探偵は声を張り上げた。
 いきなり話を振られて、キョトンとするビーネス。

「そう、君だよ君。ちょっと頼みを聞いてくれないか。その甲板の縁のトコに、グリザルドくんのカバンが引っかかってるだろ? そいつをココまで放ってはくれないか? 美しい淑女レディ……」
「まっ!? 美しいだなんて……」
 まるでマシーネの姿など目に入らないかのように、しきりにビーネスに声をかけるマキシ。
 探偵の言葉に、ビーネスがちょっと頬を赤らめてモジモジした、その時だった。

「ふ……ふざけるな!」
 マシーネの怒りの叫びが夜空を渡った。
 探偵を指した魔王の右手の指先が、スラリと空を掻くと……
 探偵の体の周りで、一斉に微細な銀色の糸が瞬いた。

  #

「アイツが『探偵マキシ』……初めて見る……!」
 眼下の重力城の城壁に立った黒ずくめの男を見下ろして。
 甲板につかまったビーネスは紫の目をパチパチさせる。
 
 深幻想界シンイマジアのあらゆる街にランダムに遍在・・する『表札の無い屋敷』の主。
 本気を出せば、その力は列強の魔王たちすら凌ぐといわれている謎の男。
 機巧都市ウルヴェルクに忍び込んだルシオンと、いつのまに知り合っていたのだろうか。
 黒竜の吐き出した白い灰の中から立ち現れたその男が、いま魔王マシーネと対峙していた。
 そして……

「これを……あの男に……!?」
 ビーネスは戸惑いの表情で甲板の縁にひっかかった大きなバッグを見つめる。
 それはあのロック将軍に取引を持ち掛けた時に、盗賊グリザルドが将軍に投げて渡したバッグだった。
 盗賊が、深幻想界シンイマジア中から集めて回った貴重な宝の数々。
 中にはあの深幻想界シンイマジア創生のころより存在する始原魔器プライマルすら含まれているという。
 そんな貴重な宝物のカタマリを、敵か味方かもわからないあの男の元まで……
 ビーネスは迷う。
 だが……もう迷っている暇などなかった。

 飛空艇ドッペルアドラーを引き付ける重力城グラヴィオンの引力がさらに強くなってゆく。
 今はその船体に備わった巨大なプロペラを回転させて、どうにかこの場にとどまっているが……ビーネスもグリザルドももう限界だった。
 あと数秒もすれば2人の体は重力城まで落ちていくだろう、
 このまま何もしないでいたら、ルシオンも、ビーネスも、盗賊グリザルドも、あの魔王マシーネに確実に殺される!
 そうなる前に、どんな手を使っても、どんな相手に頼っても……!

「クッ!」
 ビーネスは心を決めて、自分の右手の指先をバッグに向ける。
 そして……ビシュンッ!
 戦姫の指先に形成された銀色の鋭い針が、甲板の縁のバッグに向かって放たれた。

  #

「バラバラになりなさい、マキシ!」
 マシーネが憤怒の声をあげて、マキシに向けた自分の指先をスッと掻く。
 探偵マキシを包囲した見えない糸が実体化して、探偵の体を寸断するまで一瞬もかからなかった……
 と思った、だがその時だった。

 ユラン……
 マシーネの目の前で、マキシの体が陽炎みたいに揺らいだ・・・・

「なっ……そんな……!?」
「無駄なことだマシーネ。『シュナイドの糸』自体は目に見えなくても、お前の放つ殺気は手に取るようにわかる。ほんの一瞬、私の時を速めれば・・・・・・、かい潜るなど造作もないことだ。とはいえ……」
 マシーネの糸は、時を速めた探偵の残像を虚しく通過していた。
 何事もなかったかのように、ツカツカまマシーネの方に歩いていく探偵だったが……
 何かに気づいたのか、マキシは少し困ったように自分の右腕を上げた。

「『シュナイドの糸』……さすがの切れ味だ。恰好つけてギリギリで避けるものじゃあないな……せっかく新品をあつらえたのに、またミセス・デイジーに怒られてしまう……」
 マキシの着込んだ仕立ての良い上着ジャケットが、『シュナイドの糸』に裁断されてハラハラと夜風に舞っていくのだ。

「フン。小賢しいマネを。少しばかり時を操れたくらいで、このわたくしに勝てるとでも……!」
 怒りに頬をヒクつかせながら、マシーネは探偵の周囲の次に繰る糸を見定めていた。
 重力城グラヴィオンに、いや機巧都市ウルヴェルク全体にマシーネが張り巡らせた糸は無尽蔵に等しかった。
 探偵の胸に仕込まれた『操時計クロニアム』もいずれはその力の尽きる時がくるだろう。
 その時こそ……マシーネは右目をギラつかせて探偵をにらむ、その時だった。

「確かに、少しばかり・・・・・時を操れたくらいでは、お前に勝つのは難しいかもしれん。少しばかり・・・・・では……おっと、来た!」
 まるで自分に言い聞かせるように、ブツブツとそう呟く探偵の足元に、ドサリと何かが落ちてきた。

「礼を言うよ、美しい淑女レディ……ルシオン君の姉上!」
「ビーネスだ、あたしの名はビーネス。覚えておきなさい探偵マキシ!」
 マキシは飛空艇の方を見上げて、甲板につかまったビーネスにそう声をあげた。
 ビーネスの針に吹っ飛ばされたグリザルドのバッグが、探偵の足元に落ちてきたのだ。

「マシーネ。私はお前に勝つつもりも、お前を滅ぼすつもりもない。ただ……謝ってもらう・・・・・・だけだ……」
 グリザルドのバッグにかがみこんで何かを取り出しながら、マキシはキッとマシーネの顔をにらんだ。

「謝る……愚かな、このわたくしがそんなマネをするとで」
「お前が命を失えば、お前の制御を失ったこの機巧都市ウルヴェルクは際限なく増殖と暴走を始めて……やがては他の魔王たちに攻撃されて消滅の運命を辿るだろう。この街に住む者にとって、それは故郷の消失。大変な悲劇だ……だからお前を滅ぼしはしない、ただ謝ってもらう!」
 近づいてくる探偵から後ずさりしながら、戸惑いの声をあげるマシーネ。
 そんなマシーネを意に介す様子もなく、探偵は言葉を続けた。

 そしてマキシがバッグから取り出したのは金色に輝いた針。
 まるで羅針盤の無いコンパスの針みたいな形をした小さな針だった。

「わかるかマシーネ? これは『時の羅針』だ。伝説の『狭間の城』にたどり着くための地図であり……この私の本体……『操時計クロニアム』の力を加速・・させる強力な始原魔器プライマルだ……!」
 左胸の奥に、小さな針を差し込んでそう言い放ちながら。
 探偵マキシはおもむろに、白い手袋におおわれた自分の右手を自分の足元……黒鉄色の重力城グラヴィオンの城壁にピタリと押し当てていた。

 次の瞬間、ブゥウウゥウウンンンンンンン……
 何かがうなるような重低音と同時に、あたりの空気がビリビリと震えた。

重力城グラヴィオンの時を……加速させる!」
 マシーネの顔を厳しい顔で見据えて、探偵マキシの金色の瞳に苛烈な光が宿っていた。

 ――ましーね? ましーね? ましーね?
 そしてあたりに響いた、まだあどけなささえ残った……何かに戸惑うような少年の声と同時に。

 重力城グラヴィオンの城壁が、見る間にひび割れ……剥落し、そこかしこが崩れ落ちてゆく。
 いや、壁だけではなかった、いくつもの黒鉄色の尖塔がねじれて寄り合わさったような奇怪な城が……
 重力城グラヴィオン全体が急速に、劣化して、脆くなり……崩壊しつつあった!

「そんな……ハル……だめ、やめて……やめろおおおおおおおおおっ!!!」
 マシーネの右目が、恐怖に見開かれていた。
 引き裂かれるような魔王の絶叫が、崩れていく夜の城に響き渡ってゆく。

  #

「やめろ! やめろマキシイイイイッ!」
 マシーネの悲鳴が止まらない。
 重力城グラヴィオンの崩壊が止まらない。
 探偵マキシによって時の流れを速められた、より合わさった黒鉄の尖塔の城壁が、次々にひび割れて崩れ落ちてゆく。
 
 ――ましーね? ドウシテましーね? イタイ……!

 この場にいる者すべての頭に響いてくる、困惑したような少年の声。
 あたり一帯を満たした強烈な重力城の意志が、主のマシーネにしきりに何かを訴えていた。
 そして、夜空に向かってひときわ高くそびえた城の尖塔の1つに、崩壊とは違う異変が起きていた。
 尖塔が、城壁を展開させ、変形させがらマキシとマシーネの立つ城壁の方に向かって伸びてきたのだ。

 加速された時の中で、ボロボロと外装を剥落させながら、
 まるで重力城グラヴィオンそのものが魔王マシーネにその手をさし伸ばすように、マシーネを求めるように……!

「ハル……ハル……だめだよハル!」
「降伏しろ魔王マシーネ。これ以上時を加速させれば、お前の大事な重力城グラヴィオンが本当に消滅してしまうぞ? この私と約束す……」
 伸びてくる尖塔に向かって両手を広げながら。
 オロオロとした顔のマシーネに向かって、探偵マキシが厳しい口調で何かを言いかけた、だがその時だった。

「くそおおおおおおっ! 絶対にダメだあああああああっ!」
 錆びついた歯車の軋みみたいなマシーネの声があたりに響いた。

「『シュナイドの糸』よぉおおおお!!」
 夜空を仰いで両手を広げた魔王の20の指先が、大きく空を掻いていた。
 そして、シュピンッ……シュピンッ……シュピンッ……シュピンッ……!

「あれは……まさか!」
 風を切るような無数の微細な音と同時に重力城グラヴィオンに起きた異変に、マキシの金色の瞳が大きく見開かれた。
 重力城グラヴィオン全体に張り巡らされたマシーネの糸……魔王の命令によって実在化した『シュナイドの糸』が、黒鉄の城壁に次々と巻き付いていった。
 まるで崩落していく城を縫いわせ、繋ぎとめようとするかのように……
 マシーネの繰る無数の銀色の糸が、重力城全体に絡みつき、潜り込んでゆく!
 だが……

「やめろマシーネ! その糸は……裁断シュナイドの糸は細すぎる・・・・! 城の崩壊を速めるだけだぞ……!」
 マシーネの目論見に気づいたマキシが、狼狽えたように魔王を止めようとするが、その時にはもう遅かった。

 ゴゴゴゴゴ……
 轟音とともに、いったんは縫い合わされつなぎ止められたように見えた城が、再び崩壊を始めた。
 マキシの言葉の通りだった、マシーネの繰る『シュナイドの糸』は、重力城の姿を保つには細すぎて、そして鋭利すぎた・・・・・
 城壁に食い込んだ糸が、逆に尖塔そのものを切り刻んでゆく。
 マシーネの糸は重力城グラヴィオンの崩壊を、マキシも後戻りできなくなるくらいまで加速させてしまっていた!
 そして……

「グギィイイイイイイイイ……ッ!!」
 マシーネが無理やり繰ろうとした糸は、彼女の体そのものにも、取り返しのつかない損傷を与えていた。
 白魚のような魔王の20の指先は、城の質量を支えきれずに全てその根元から弾け飛んでいた。
 城壁の重さで引きちぎられた幾筋もの鋭利な糸が、魔王の手を、足を、その全身を無残に切り刻んでゆく。

「死ぬ気か、マシーネ!」
 探偵マキシが、バラバラになってゆくマシーネに悲痛な声をあげる。
 すでに状況は探偵の力でも制御が難しかった。
 マキシとルシオンの立った城壁の足場そのものが崩れ始めた。
 この場所に留まることもままならない、魔王マシーネの命とともに、このまま重力城グラヴィオンが消えてゆく……
 かに思えた、だがその時だった。

 ――誰? ソコニイルノハ? ……はる? ……はる……サン……?
 急速に弱まり薄れていく重力城の意志とは違う……か細い、だが凛とした少女の声があたりに響いた。

 ――はるサン……死ナナイデ……!
 同時に、ザザザァアアアアアアアア……
 崩壊してゆく重力城グラヴィオン全体を、眩い何かが覆っていった。
 よく目をこらせばそれは蔓。
 妖しい緑の光を明滅させながら城壁を這ってゆくのは、うごめき棘持つ薔薇の蔓だった。

「アレは『幽界の薔薇』……? メイ君、目覚めたのか……!」
 異様な薔薇の正体に気づいたマキシが、金色の瞳を見開いて城壁の一角を向いた。
 探偵マキシの復活で、凍れる時から完全に開放されたのだろうか。
 小さな右手を城壁に押し当てて、全身から溢れ出た『幽界の薔薇』の力で重力城グラヴィオンの姿を縫い取り、繋ぎとめてゆくのは……
 緑色の目を輝かせた、あどけない顔をした少女……メイだった。

  #

重力城グラヴィオンが……」
「あの薔薇の力で、固められていく……」
 飛空艇ドッペルアドラーにしがみついたビーネスとグリザルドは、同時に驚きの声を上げていた。
 崩壊寸前だった重力城が、この世の摂理を乱す薔薇の力で変質・・していた。
 黒鉄色だった尖塔の城壁が、いまや蒼白く輝く水晶の柱となって……
 重力城グラヴィオンは、崩壊を免れていた。

「……あっ!?」
 そして、水晶化した城壁に立ったメイとマキシとルシオンの付近でおきた異変に気づいて、盗賊グリザルドが再び驚きの声。

「グウウウウ……ッ! ハル……ハル……ハル……!」
 バラバラになって城壁に転がった魔王マシーネの死体の中から、モゾリと何かが起き上がっていた。

「ハル……せっかくここまで治した・・・のに……せっかく……ここまで戻した・・・のに……!」
 マシーネの死体を離れた小さな人影が、ブツブツ何かを呟きながら、さっきマシーネに伸びてきた尖塔の先端にむかって歩いていく。
 それは小柄なルシオンやメイよりも、さらに小さな姿をした……真珠のような肌をした女の子の姿だった!

「生きていたのかマシーネ……!」
「あれが、魔王マシーネの正体!」
 長身の美しい貴婦人の死体の中から現れた意外な姿に、ビーネスとグリザルドが拍子抜けしたような声を漏らした、その時だった。

「ハル!」
 尖塔の前に立った小さな少女が、自分の右手の指先をスッと掻いた。
 途端、バチンッ! 崩れかけていた塔の外装が切断されて、中から現れたのは、色とりどりの無数のコードや機器に繋がれた……
 大きな水槽のような透明な円筒だった。

「あれは……!」
「いったい……!」
 マシーネの異変に気づいたマキシとビーネスも、魔王の立った尖塔の方を向く。

「「あ……!?」」
 そして2人は息を飲む。
 何かの液体で満たされた透明な円筒の中には……
 ひどく気持ち悪い・・・・・モノが入っていたのだ。

  #

「ああ、ハル! よかった、まだ……生きていた!」
 小さなマシーネが、円筒の中のソレを見上げて安堵の声を上げた。
 魔王のつぶらな黒い瞳からは幾粒も、幾粒も、真珠のような涙がポロポロのその頬をこぼれていった。

「生きている……アレが……!」
 そして液体で満たされた円筒に入っているモノを見て、ルシオンは戦慄していた。
 それは……なにか大きくて鋭利な刃物のようなモノで無理やり引き裂かれたみたいな……少年の上半身だった。
 両腕もない、両足もない、その腰から上だけをまるでホルマリン漬けの標本みたいに。
 得体の知れない液体の中で、燃え立つ炎のような長い髪を揺らした、美しい顔をした少年の半身だった!

「まさか……アレがマシーネが愛していたという人間の勇者……重力城グラヴィオンの正体……!」
 城に向かう途上で、盗賊グリザルドから聞かされた昔話を思い出して。
 紅玉ルビーみたいに真っ赤なルシオンの目が、驚きに見開かれていた。




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