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第13章 魔城決戦〈グランドバトル〉

マシーネの糸

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「なんなんだ、この声は!」
「城が……言葉を……!?」
 頭の中に響いてくる、まだあどけなささえ残る少年の声・・・・に、ルシオンとビーネスは驚きの声を上げた。

 ――ましーね……タスケル!!
 ――ましーね……タスケル!!

 ドッペルアドラーの甲板にしがみついた2人もまたハッキリと感じていた。
 この場を満たす強力な意志が……マシーネの重力城グラヴィオンそのものから放たれていることを!
 飛空艇の船体そのものが、城に引きずられていく。
 重力城から放たれる強力な引力によって城に向かって落下していく。
 そして……

「なにをしているのですロック将軍。将軍専騎ジェネラルオーダーまで持ち出しておいて、ネズミの駆除もできないのですか?」
「……あ!?」
 城から響いてきた聞き覚えのある鈴を振るような声に、ルシオンのうなじの毛が逆立った。

「マシーネ様……!」
 甲板の上空にとどまったロック将軍も苦しげなうめきを漏らす。

 刻々と形を変えてゆく、重力城グラヴィオンの尖塔の頂から。
 変形してゆく黒光りした城壁からのぞいた銀色の内臓、うごめくシリンダーや歯車の流れに乗って。
 ルシオンたちのしがみついたドッペルアドラーの方に向かって何か・・が流れてきた。
 それは銀色の玉座に腰かけ、優美な黒いドレスをまとった真珠のような肌をした美しい女の姿……
 魔王マシーネが、この場にやってきたのだ。

「マシーネ様……まさか重力城グラヴィオンを覚醒させて……!」
「あなたがグズグズしているからです、ロック将軍」
 震える声でマシーネにそう問う将軍を、魔王は冷ややかな目で見上げた。

「この城に備わっている、機巧都市ウルヴェルク……いえ新幻想界シンイマジア最強の武器、『重力砲グラヴィトン』。あの忌まわしい邪神イリスが再びこの世に現れた刻に、こんどこそヤツの存在を消滅させるために、わたくしが創り上げた究極兵器。ですが……」
 黒鉄色の城壁を変形させながら、城の上部にせりあがっていく、まるで銀色の槍の穂先みたいな巨大な砲身・・を見上げながら、マシーネは愛おしげにそう呟く。

「『制御実存』を覚醒・・させて微細な出力の調整を行えば、こうゆう・・・・使い方も出来るのです。ロック将軍、そこに隠れたリザードマンのコソドロと、何やらナイショ話をしていたようですが……わたくしの城からわたくしのモノを持ち出すことは、歯車ひとつたりとて絶対に許しません。ましてやドッペルアドラーの『超空間航行』など……!」
 魔王の美しい顔が、再びグリザルドが潜り込んで姿を隠した、飛空艇の艦橋の方をギッとにらみつけていた。

 そして……ユラリ。
 艦橋に向かって差し伸ばされたマシーネのたおやかな手が、白魚のような指先が何か・・を手繰るようにスッ……と空を掻いた。

 とたん、バキンッ!

「グオオオオオオ!」
 金属が引きちぎれるような甲高い音と共に、盗賊グリザルドの悲鳴が夜空を渡っていた。
 何の前触れもなく、艦橋の一角がまるで鋭利なメスの刃先を当てられたみたいに、ゴッソリと切り取られていたのだ。
 その左腕に小さなメイの体を抱きかかえたまま。
 隠れ場所を失い、踏みとどまる足場を失った盗賊が、必死の形相で切り欠かれた艦橋の縁にしがみついていた。

「フッ。ネズミめ、このわたくしから逃げおおせるとでも? これは『シュナイドの糸』。わたくしが機巧都市ウルヴェルク全域に張り巡らせた、見ることも触ることも出来ぬ高次元の糸です。そしてこのわたくしが命じた時にだけ、この世界に干渉・・してあらゆる物体の結合を断ち切る・・・・のです……!」
 情けない声を上げるグリザルドを見上げて、マシーネは鼻を鳴らした。

機巧都市ウルヴェルク……!」
「全域に……!」
 魔王マシーネの力を目の当たりにして、甲板にしがみついたルシオンとビーネスも絶望のうめきを漏らしていた。
 マシーネにしかその存在を認識できない見えない糸。
 魔王がその気になれば、機巧都市ウルヴェルク中に巡らされたその糸は、ルシオンたちの体を一瞬でバラバラにしてしまうというのだ!

「アハハハハ。さあ、これでもう十分すぎるほど理解できたでしょう? あなたがたがどう足掻いても、このわたくしには絶対に勝てないということが。あなたがたは機巧都市ウルヴェルクという舞台ステージで踊る、みじめな傀儡マリオネットに過ぎなかったということが……!」
 銀色の玉座から立ち上がったマシーネが、ルシオンたちを見上げて高笑いを上げる。

「『重力砲グラヴィトン』……『制御実存』……『シュナイドの糸』……! なんてヤツだ、格が違いすぎる……!」
 ルシオンの目から、ポロポロと後悔の涙がこぼれていた。
 勇気を振り絞って機巧都市ウルヴェルクに忍び込み、色々と苦労して、どうにかビーネスを助けて脱出の算段までついたはずだったのに……!
 最初から、全ては無駄だったというのか。
 魔王マシーネの圧倒的な力の前には、ルシオンの頑張りなど、まったく無意味だったということか…!?
 だが、その時だった。

「お待ちを、マシーネ様!」
 夜空に響き渡った野太い声と同時に、マシーネの玉座に向かって飛んでいく大きな影があった。
 それはまるで人型をした巨大な鉄塊。
 機甲鎧マシンメイルをまとったロック将軍の姿だった。

「フン。どうしました、ロック将軍?」
「マシーネ様、お願いがございます……!」
 興をそがれたように、玉座の前にひざまずいたロック将軍を見て、マシーネが鼻を鳴らす。
 そして主である魔王に向かって、将軍が次に上げた声の内には……

 隠しおおせないような、ある色が宿っていた。
 それは固い決意と、悲壮の色だった。

  #

「願いですって……」
「マシーネ様! あなたもとうにご承知のはず。あの者は……双子王ジェミナスの片割れはこの深幻想界シンイマジアを邪神から救った真の勇者。そのような者の命を……例えあなたのお考えとはいえ……命を奪うのは、まことに忍びがたきこと!」
「将軍、わたくしに意見しようというのですか?」
 銀色の玉座の前でひざまずき、魔王に向かって必死にそう訴えるロック将軍を、マシーネは冷たい目で見下ろしていた。

「なりませんロック将軍。あの者はメイローゼ・シュネシュトルム。自らの野望のために世界の狭間より邪神を召喚し、この世界を滅ぼしかけた大罪人。それは誰もが知っていることです。そうでしょう将軍?」
「グウウウウ……ですが、何卒……お考えを改め下さいませマシーネさ……」
「それに、あの者の体に秘められた力……この世の摂理を乱す『幽界の薔薇』の力は、この重力城グラヴィオンを完成させる最後の一欠片ピースなのです。わたくしの大望を果たす最後のね……戯言は聞かなことにしてあげましょう。下がりなさいロック将軍!」
 ロック将軍の訴えを一蹴して、マシーネは艦橋にぶら下がったメイの方をウットリとした表情で見上げる。
 とりつくしまもない主の言葉に、ロック将軍はギリギリと歯噛みする。

 大罪人・・・
 邪神との戦のあとで、吹雪国シュネシュトルム双子王ジェミナスに着せられたその汚名は、マシーネを筆頭にした、他の魔王たちの奸計によるものではなかったか?
 灰海国グラウミアの海帝ヴァール、勿忘市郡アムネジアスの盟主アオレオーレ、隠忍領域ニンジャラントの上忍ゴクエンサイ……
 吹雪国シュネシュトルムの領地を分断して自分たちのモノにしようとしていた、彼ら魔王たちの野望によるものではなかったか!

 そしてマシーネの頭上・・には……
 重力城グラヴィオンの放つ引力にひっぱられて城壁にむかって落下・・してくる飛空艇ドッペルアドラー。
 そして切り裂かれた艦橋の縁に必死でしがみついたグリザルドと、彼の左腕に抱きかかえられたメイの姿だった。
 だが、盗賊グリザルドの頑張りも、もう限界みたいだった。

「アハハハ。リザードマンのコソドロよ、いつまでソコにしがみついているのですか? さあ早くその者を連れて落ちて・・・きなさい!」
「ウグゥウウウウ、メイ! メイ!」
 重力城グラヴィオンの引力に逆らえず、盗賊に抱えられたメイの体がズルズルと……グリザルドの腕からこぼれ落ちようとしていた!

「お願いですマシーネ様。いま一度、お考えを……」
「そうですか、わかりましたロック将軍……」
 なおも諦めきれずに、マシーネにひれ伏して懇願するロック将軍を見下ろして……
 マシーネの声が氷のように凍てついていた。
 
 スッ……
 将軍に向かって差し伸ばされたマシーネの右手の指先が空を掻いた、次の瞬間。
 
 バチン!

「ウグオァアアアア……」
 何かの弾けるような鋭い音と同時に、将軍のまとった機巧鎧マシンメイル戦槌ハンマーみたいな右腕が、ゴロリと城壁に転がった。
 『シュナイドの糸』……マシーネの操る見えない糸のひと掻きが、将軍の腕をその根元から切断していたのだ。

「わたくしから将軍専騎ジェネラルオーダーを賜ったくらいで、少しのぼせ上がりましたか将軍? そこで頭を冷やしなさい。でなければ次は……」
 右肩を押さえてうずくまる将軍を見下ろして、マシーネが冷ややかにそう囁いた、その時だった。

「だめだ……もう……もたねえ……! メイ!」
 上空から、振り絞るようなグリザルドの声がした。
 盗賊の腕からこぼれた小さなメイの体が、マシーネの立った重力城グラヴィオンの城壁に落下していく!

「捕まえたぞ双子王ジェミナス欠片カラダ! ああ……『幽界の薔薇』! これでようやくあの子・・・の体を……ハルを……!」
 落ちてくるメイに向かって両手を広げながら。
 マシーネがウットリとした顔で何かを呟いた、その時だった。

 ズドンッ!

「…………!?」
 突然目の前で噴き上がった金色の光の奔流に、マシーネの美しい顔が怒りに歪んだ。
 光はロック将軍のまとった機甲鎧マシンメイル推進器スラスターから放出されたものだった。
 ロック将軍が残った手足を使って、重力城グラヴィオンの城壁から飛翔したのだ。

 そして……
 落下するメイの小さな体を、将軍の残った左腕が力強く抱きしめていた。

 ロック将軍は飛ぶ。
 艦橋の脇をすり抜けて、マシーネの視界に入らぬように巧に船影にまぎれながら、主である魔王から少しでも距離を取るために全速力で!

「愚かな……そうまでして死にたいのですか将軍……!」
 黒い瞳に怒りを燃やして、マシーネはギッとドッペルアドラーの船影を見つめていた。
 そして、飛空艇に向かって差し伸ばされた魔王のたおやかな指先が……スッ……と空を掻いていた。


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