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第13章 魔城決戦〈グランドバトル〉

空中共闘

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機甲鎧マシンメイル……!」
「なんか……偉そう!」
 大鬼オーガーグロムのまとっていた鎧よりも、さらに一回り大きくて勇壮なロック将軍の鎧を前にして。
 ルシオンとビーネスが厳しい表情でそれぞれの武器を構えた。

「無駄に恐れることはないわルシオン。あの鎧の弱点はわかっている、それは……」
 綺麗な指先で自分の針を撫でまわしながら、ビーネスは不敵に笑った。

「装甲の継ぎ目!」
 タッ!
 そう叫ぶなり、ビーネスは跳躍した。
 舞姫キトリのような艶やかなドレスをなびかせながら、しなやかな少女の体が一瞬で性分の至近距離に飛び込んでいた。
 ビーネスの銀色の針が、将軍の膝のあたりの鎧の隙間に深々と突き立てられた……
 かに思えた、だがその時だった。

「なっ……!」
 ビーネスは戸惑いの声を上げる。
 獲物に針を突き立てる、いつもの手応え・・・を感じない。
 針先が、何の抵抗もなく隙間に吸い込まれている……いや、
 隙間に食い取られて・・・・・・いく!

 そしてビーネスは気づく。
 赤銀色の鎧の各所を流れる煌びやかな虹色の光が、将軍の膝のあたりに集中しているのを。
 鎧の隙間に集った虹色の光の流れが、ビーネスの針を燃やし、溶かし尽くしてゆくのを!
 
 次の瞬間、ゴッ!
 ビーネスの腹部に、凄まじい衝撃が炸裂した。

「ウアァアアアアアアアアア!!」
 鎧に覆われた将軍の右腕が。
 ガッシリと握り締められた砲丸のような将軍の拳が、ビーネスの体に叩き込まれていた。
 ビーネスの体が、飛空艇渠ドックの床と平行に10メートル以上吹っ飛ばされていた。

「鎧の隙間ならその針が通ると思ったのだろうが……甘いぞ戦姫」
 ロック将軍がビーネスの方を向いて、重々しい声でそう言った。
 ビーネスの毒針に両足を貫かれて、本来なら痛みで微動だに出来ないはずなのに。
 いま将軍をこの場に立たせているのは、機甲鎧マシンメイルの補助機能と、将軍自身の凄まじい気力だった。

大鬼オーガーの蛮族に預けたような急ごしらえとはワケが違う。着装者に応じて、精巧な魔素エメリオ調整チューンを施した本物の機甲鎧マシンメイルには、そんな小手先の攻撃は効かんのだ……」
「グッ……ウゥウウウウ……!」
「姉上……!」
 ロック将軍がビーネスを指差して、静かにそう言い放つ。
 痛みで動きの取れない体を引きずって、どうにかグロムから距離を取ろうとするビーネス。
 ルシオンも悲鳴を上げて、ビーネスの元に駆け寄っていく。

「武人同士の決闘でこのようなモノを使うのは本意ではないが……もう時間がない。悪く思うなゼクトの戦姫……!」
 頭上で6対のプロペラを回転させながら、今まさに重力城グラヴィオン飛空艇渠ドックから城の外に飛び立とうとしている飛空艇ドッペルアドラーを見上げながら。
 将軍は忌々しげにそう呟いた。

 飛空艇の艦橋には、時間の凍りついた小さな少女……薔薇の姫メイが囚われたままだった。
 ゼクトの一族と黒竜と共にこの城に忍び込んだあの土鬼ノームの男は、信じられないことに飛空艇ごと彼女の体を取り戻そうとしていた。
 機巧都市の守りを担う最高責任者、ロック将軍の眼前でメイとドッペルアドラーの2つを失うなど……
 将軍の誇りに賭けて、絶対に許してはならないことだった!

決着ケリをつけるぞ!」
 将軍がビーネスに厳しい声で叫んだ。
 将軍が両腕を交差させて、ビーネスに向かって構えた金色の手甲が、妖しい光を放ち始めた。
 機甲鎧マシンメイルの各部を流れる虹色の光のレリーフが、ロック将軍がかざした右前腕の手甲へとその輝きを集中させてゆく。
 そして渾身の溜めを作った将軍の攻撃の照準が、ビーネスの体に定められた。

「グリッドォオオオオオオオオオオオオ・ビィイイイイイイイイーーーーーーーーーーーム!!!!!」
 次の瞬間、カッ!
 将軍の手甲から放たれた金色の光の奔流が、ビーネス向かって一直線に放たれた!

「うぁああああああああ!」
 満足に動けないビーネスの紫の瞳が、恐怖に見開かれていた。
 眩い輝きとともに飛空艇渠ドックの床材を吹き散らし溶かし尽くしながら。
 ロック将軍の放った高出力ビームの波動が、ビーネスの全身を飲み込もうとしている。

  #

「ゼクトの一族……! まさかドッペルアドラーを動かすなんて……!」
 機巧都市ウルヴェルクの中枢。
 黒鉄色に輝いた何基もの尖塔が寄り合わさってねじり上げられたような奇怪な城……
 重力城グラヴィオンの最上階、玉座の間のバルコニーに立った魔王マシーネが、美しい顔を忌々しげに歪めてそう呟く。

 バルコニーの縁からマシーネが見渡す眼下の光景。
 黒光りする重力城グラヴィオンの城壁で異変が起きていた。
 巨大飛空艇ドッペルアドラーを格納した飛空艇渠ドックのハッチが解放されていた。
 変形した城壁の一画から、巨大なプロペラを回転させた真っ赤な船体がゆっくりと顔を出してくる。
 機巧都市ウルヴェルクの旗艦ドッペルアドラーが、マシーネや彼女の部下ロック将軍の意に反して城から飛び立とうとしているのだ!

「第2王女や第3王女に、あんなマネが出来るはずがない。誰か別のヤツ・・・・が潜り込んでいるな……!」
 苛立たしげに首を振りながら、美貌の魔王はドッペルアドラーの艦橋をにらみつける。
 幾重にも施された、ロック将軍以外は解除できないはずの飛空艇起動のキーロックを容易く解除しただけではない。
 あの深幻想界シンイマジア中でも他に比較する船がないほど巨大なあの飛空艇を……易々と運転しているのだ!
 誰か……相当な手練れ・・・がインゼクトリアの王女たちに同行して、城への侵入を手引きしたに違いない。

「何をしているのですロック将軍……早くヤツらを殺すのです!」
 あの黒竜がまき散らした暗黒の霧ダークミストのせいで、城を警備するマシーネの機械人形スポーンたちに、彼女の命令は届かない。
 虎の子の機甲鎧マシンメイルを持ち出して戦いに臨んでいるはずのロック将軍からも、ここ数分まったく連絡がとれない。

 マシーネはギリギリと歯噛みする。
 『超空間航行』によって既に機内の魔素エメリオは尽きかけているとはいえ……
 万が一にでもあの船が、機巧都市ウルヴェルクを離れて他国の魔王に奪われるようなことになれば……!

「やむを得ない……アレを使うしか……」
 そしてマシーネは、何かを決めたようにバルコニーの縁からスッと美しい顔を上げた。
 魔王がその身を翻す。
 真っ黒なドレスを揺らしながら、城内に戻ったマシーネが玉座への階段を駆け上がる。
 誰1人、側近のロック将軍すら立ち入ることを許されないマシーネのためだけのこの部屋で。
 銀色の玉座に腰かけたマシーネは、ひじ掛けの先端に備わった5つの指輪に自分の両手の指を通した。
 
 探偵マキシの操時計クロニアムの暴走によって失われたマシーネの右腕は、すでに新しい傀儡体リペアに付け替えられていた。
 その優美な指先で、玉座と指輪を繋いだ操り人形マリオネットの操り糸みたいな糸を引きながら……

「ハル……お願いハル、目を覚まして……」
 部下たちに対する時の高圧的で冷たい声からうってかわって。
 静かで、優しげにも聞こえる声で、マシーネはそっと何かを呟いていた。

「ハル、ほんの少しの間だけ目を覚まして……そしてこのボク・・に力を貸して……!」
「ましーね……? ましーね……タスケル! ましーね!」
 そして、魔王の声に呼応するように。
 玉座の間全体に、玉座の間に響いた何者かの声。
 それはまだ、あどけなささえ感じさせる少年の声だった。

「お願い、ハル!」
 少年の声にウットリとした表情で耳をすましながら。
 マシーネは玉座に連なった10本の糸を自分の指先で大きく引いた。
 少年の声に感応するように、マシーネの両手が高々と広げられる。
 そのマシーネの動きに応じるように、奇妙なことが起きていた。

 ヒィインン……ヒィインン……ヒィインン……
 金属がこすれあうような、微細でかすれた音をたてながら。
 部屋全体が、変形・・しようとしていた。
 中央にマシーネの座したまま、玉座と階段全体が上方にせりあがっていく。
 白銀色クロームの床が、寄木細工みたいに次々に展開していく。
 その内側から露わになった無数の歯車やシリンダーが回転し、伸縮しながら瞬く間にその位置を変えていく。
 玉座を覆っていた天井も、すでに展開して折りたたまれて、マシーネの頭上から消失していた。

 重力城の奇怪な尖塔の頂上で、魔王の玉座とそこに腰かけたマシーネの姿が露わになった。
 冷たい夜の風がマシーネの頬をなでる。
 雲間から顔をのぞかせた大きな満月が、真珠のような肌をしたマシーネの美しい顔を銀色に濡らしていた。

  #

「うああああああっ!」
 ロック将軍が渾身の溜めを作って放ったビームが、ビーネスを飲み込もうとしていた。
 鋼鉄製の床材を吹き散らし、溶かし尽くしてしまうほどの力を持った将軍の技。
 直撃を受けたらビーネスの体など、跡形もなく吹き飛ばされて消滅してしまうだろう。
 危ないビーネス! だが、その時だった。

「ルシフェリック・バーストォオオオオオオオオオ!」
「ルシオン!」
 間一髪、ロックとビーネスの間に割って入り、眩い緑色の光撃バーストで、将軍のビームを切り裂いた者がいた。
 両手の先に自分のホタルたちを集中させたルシオンだ。

小姉上ちいあねうえ! 早く逃げて!」
「グググ……わるいルシオン!」
 目前に迫る金色のビームをどうにか切り裂きながら、ルシオンは背後のビーネスに叫ぶ。
 将軍のパンチのダメージからようやく回復したのか、ビーネスは怒りに満ちた目でロック将軍をにらんだ。

「私のビームを……! そこまで出来るか、光線召喚者レイブリンガー! だが……」
 自分のビームを防がれたロック将軍が、ルシオンの小さな体を眺めて驚きの声を上げた。
 姉のビーネスの力ばかりを警戒していた将軍が初めて、ルシオンもまたゼクトの戦姫と認めたかのように……
 ビームを放ったまま、将軍はグッと腰を落とす。
 将軍の放った機甲鎧マシンメイルのビームの威力は、一向に弱まる気配がなかった。
 いやむしろ、徐々に徐々にその出力を強めて……ルシオンの光撃バーストをジリジリと圧倒していく!

「ダメだ……もう、もたない……!」
 自分のすぐ目の前まで迫ってきた金色の光の奔流に、ルシオンが絶望の声を上げかけた……
 だが、その時だった。

 ドガンッ!
 突然。なんの前触れもなく。
 将軍のすぐ傍で耳をつんざくような爆音と衝撃。

「ぬうううっ!」
 ビームを解除して、とっさにその場から離れながら、将軍は頭上を仰いだ。
 重力城グラヴィオンから飛び立とうとしているドッペルアドラーの真っ赤な船体。
 その船腹に備わった巨大な大砲の一門が、将軍を狙ってきたのだ。

 ドガンッ! ドガンッ! ドガンッ!
「やめろ! 城をつぶす気か!」
 矢継ぎ早に飛空艇渠ドックに炸裂する砲弾に、将軍は怒りの咆哮を上げた。

「グリザルド……大砲まで使えるのか……!」
「今よルシオン、この隙に……」
 将軍の気が、一瞬ルシオンとビーネスから逸れていた。
 立ちあがったビーネスもまた、頭上のドッペルアドラーを仰ぐ。

ぶわルシオン。いったんあの飛空艇まで退いて、アイツを倒す策を練るのよ!」
「それがその、小姉上ちいあねうえ……」
「どうしたの、早くルシオン!」
「わたし今……べないんです……」
「……(゜ロ゜ )ファッ!?」
 ルシオンの言葉に、ビーネスが変な声を上げた。

 人間世界での戦いで、犯罪王ベクター教授の部下レモン・サウアーに切り裂かれたルシオンの翅は、まだ回復していなかった。
 ルシオンは飛行能力を持たないまま、重力城グラヴィオンに忍び込んだのだ。

「あきれた……あんた、そんな体でよく……」
「ウウ……すいませ……って……アッ!?」
 ビーネスの言葉に、面目なさそうに頭をかくルシオンだったが……
 次の瞬間、ルシオンは息を飲んだ。

 フワリ……
 ルシオンの体が、空中に浮かび上がっていた。
 姉のビーネスが、彼女の体を背中から抱きかかえ、その翅をしなわせて一緒に飛翔したのだ!

「一緒にぶわよルシオン。あんたはその自由な両手で、アイツの動きを封じなさい!」
「わかりました小姉上ちいあねうえ!」
 ドッペルアドラーの搭乗口を目指して飛行しながら。
 ビーネスとルシオンは、眼下のロック将軍の姿を厳しい顔でにらんでいた。

「逃がさんぞ、ゼクトの戦姫!」
 将軍もまた空を行く2人の姿をにらんで吠える!
 
 ズドンッ!
 将軍を包んだ機甲鎧マシンメイルの四肢の先端から、金色の光が噴き上がる。
 真っ白な噴煙を巻き上げながら、ロック将軍の巨体もまたルシオンたちを追って空を舞った。



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