75 / 124
第11章 機巧都市〈ウルヴェルク〉
ルシオンの約束
しおりを挟む
「やっぱりお前だったか! 盗賊グリザルド!」
ルシオンが銀色の髪をフルフル震わせてそう叫ぶと、いきなりグリザルドの胸倉につかみかかった。
「ぐわー知らねえそんなヤツ! 痛い! 放せよ王女……じぇねえ知らない娘!」
「みょーみょーみょー?」
グリザルドは悲鳴を上げてルシオンから逃れようとするが、馬乗りになったルシオンが彼の首をギューッと締め上げる。
もつれあう2人を上からのぞき込んで、幼竜に戻ったアンカラゴンが心配そうな鳴き声を上げた。
おい、よせってどうしたんだよルシオン!
ルシオンの中のソーマもまた戸惑いの声を上げていた。
スカイタワーで何かに気づいたように大声を上げてからすぐさま。
ルシオンはあたりの空気をクンクン嗅ぎながら、ここまでチャラオのことを追いかけてきたのだ。
そして栗里チャラオの顔を見るやいなや……この圧勝軒のバイトの若者にいきなり飛びかかったのだ!
「フン。すぐにわかったぞ。お前からは、あの店のラーメンの良い香りがするからな。魔族としての自分の魔素は隠せても、しみついた店の匂いは隠せなかった。だから追いついた!」
「そんなモンに気づいてここまで……チッ! なんて食い意地のはった王女だ!」
グリザルドを指さしながら、ルシオンは勝ち誇った声を上げた。
自分の正体を隠し通せないと観念したのか、チャラオの姿をしたグリザルドは忌々しげに舌打ちをした。
ルシオン! チャラオさんに何やってんだよ! なんでそんなこと!
「まだわからないのかソーマ? コイツが全ての発端……インゼクトリアから『ルーナマリカの剣』を盗み出した盗賊……グリザルド・ガメルだ!」
盗賊グリザルド……って、じゃあまさか!
ルシオンの言葉に、彼女の中のソーマは愕然とする。
「そうだ、お前も会ったことあるだろうソーマ。あの日の夜、火炎飛竜に乗ってわたしと戦った、あのリザードマンだ!」
あいつが、チャラオさん……?
そんな!
ソーマだって、あの日の夜の光景は忘れようがなかった。
ソーマとルシオンが合体することになってしまった直接の原因。
異界に通じる門を通じて、突然この世界に飛んできた飛竜に乗ったリザードマンの姿は。
でも、アイツはあの時に……
ルシオンの中でソーマは首をかしげる。
火炎飛竜の炎でルシオンとソーマを焼こうとしたグリザルド。
だが逆にルシオンの光撃の反撃を受けて、竜の炎に包まれて焼け死んだはずなのに……!?
「盗賊グリザルドが命を3つ持っているという噂は本当だったんだな? だから炎で焼かれてもよみがえり、わたしを見張るために人間に変装してあの店にバイトとして潜りこんでいたんだ!」
命を3つ?
にわかには信じられないようなルシオンの言葉に、眉をひそめるソーマ。
でも、待てよ? だとしたら……
ソーマの脳裏に、スカイタワーでの奇跡のような光景がマザマザと蘇ってくる。
左胸を貫かれて、死に瀕していた親友のコウ。
そのコウの胸に自分の手を押し当てたチャラオ。
そしてコウを包んでゆく暖かく不思議な光。
胸の傷が消えて……一命をとりとめたコウ!
ちょっと待てルシオン!
チャラオさんがグリザルドだとしたら……だったらもうコイツは!
何かに思い至ったソーマが、ルシオンを止めようと大声を上げかけた、その時だった。
「あーあ。何もかもバレバレかよ……。いかにも、この俺が大盗賊、グリザルド・ガメル様だ」
馬乗りになったルシオンの下で、グリザルドが投げやりな様子でそう答えた。
「フン。ようやく白状したな!」
「このインゼクトリアのアホ王女が。俺のかわいいスマウグをあんな目に合わせやがって! いつかそのアホ面に一発くらわせてやろうと思ってたが、それもかなわず、か……」
不敵な目でルシオンをにらみつけながら、憎まれ口を叩くグリザルド。
(まあいいか。こんな稼業だ、いつ誰に殺られたって文句は言わねえさ。ナナさんもどうにか助けられたし、死ぬには悪くない夜だ……)
そしてグリザルドは両目を瞑った。
目前に迫ったルシオンの制裁と苦痛を受け入れる準備をした。
ルシオン・ゼクトが彼女のホタルからグリザルドに向かって光矢を放てば。
頭部を貫かれた彼を待つのは一瞬の苦痛と、速やかな死だけだろう。
(……ただ1つ。気にかかるのは機巧都市に残してきたアイツのことだけだ……)
だが、全てを受け入れたはずのグリザルドの脳裏を一瞬よぎった影があった。
それは人影……どうしようもなく、引き裂かれるような悲愁をまとった影だった。
(アイツを……あんな目をしたヤツを、1人きりにして逝くのは……未練だぜ、許してくれ!)
両目を瞑ったまま。
誰にともなく心の中でグリザルドがそう呟いた、だがその時だった。
「いや、殺しはしないグリザルド。立て!」
「あ……あえ!?」
頭上から聞こえてくるルシオンの言葉に、グリザルドは戸惑いの声を上げながら目を開く。
「グリザルド。今度はわたしのために働け。わたしとともに深幻想界に戻って機巧都市に向かうのだ。わたしの道案内をして、わたしを助けてくれたなら。恩赦をやろうグリザルド。このインゼクトリアの第3王女ルシオン・ゼクトの名にかけて、お前の命はわたしが保証しよう!」
紅玉のような真っ赤な瞳でグリザルドをまっすぐ見つめて。
ルシオンは力強い声で、グリザルドにそう言った。
「機巧都市へ……俺が、お前と?」
「そうだグリザルド。お前は深幻想界中を股にかける大盗賊。どんな魔王の居城であっても、忍び込めない場所はないと豪語しているらしいじゃないか。だから頼む。わたしの案内人になってくれ。機巧都市の魔王城にわたしが忍び込むための……案内人に!」
驚きの声を上げるグリザルドの目をまっすぐ見据えて、ルシオンは言葉を続ける。
「いやだって、なんでまたそんなマネを? お前んとこの甲蟲帝国と機巧都市は、最近和平条約を結んだばかりじゃ?」
「その機巧都市の魔王マシーネに、小姉上がさらわれたのだ! わたしの姉上、インゼクトリアの第2王女、ビーネス・ゼクトが……見ろ、これを!」
首をかしげながらそう聞き返すグリザルドに、ルシオンはイライラした様子で自分の右手にあるモノを見せた。
「は……針!?」
これは、いったい……
ルシオンの手の中で光っているモノを見てグリザルドが変な声。
ソーマも彼女の意図がわからずに、戸惑いの声を上げていた。
ユーン……ユーン……ユーン……
何かがたわむような奇妙な音をたてながら。
厂の字に折れ曲がった銀色の針が、まるでダウジングで使うロットみたいに、ルシオンの手の中でクルクルと回転していた。
「これは大鬼グロム・グルダンのフンドシにくっついていた小姉上の髪の毛だ。多分グロムとの闘いの最中、捕まった自分の居場所をわたしに教えるために姉上が放ったモノ。小姉上の髪は、深幻想界では他に誰も造れないほど……正確無比な魔素探査針になっているのだ。なのに見ろ!」
ルシオンは厳しい顔で、手の中であてどなく回転するビーネスの針をにらんだ。
「針先が主の居場所を……姉上の居場所を見失っている! つまり姉上はもう、この世界には居ないということ。さらわれて囚われているのだとすれば……その場所は深幻想界の機巧都市しかない!」
ルシオンの声に、いたたまれないような焦りと恐怖が滲んでいた。
「グリザルド、お前もマシーネ・ツァーンラートの良からぬ噂は知っているだろう?」
「あ、ああ……」
ルシオンの問いかけに、グリザルドは重苦しい声でそう答えた。
グリザルドにもようやく、ルシオンが感じている焦りと恐怖の理由がわかったのだ。
「魔王マシーネ……。アイツは深幻想界中から、気に入った顔や体をした女をさらって来ては、その身体を切り刻んで……まるで服だかアクセサリでも変えるように、自分の体と取っかえ引っかえ交換しているって……。魔王城が玉座の間……アイツの恐ろしい『化粧棚』の中には、交換用の傀儡体になり果てた女の体が何百体もゴロゴロ転がってるって噂はな……」
グリザルドは腹の中からイヤなものがこみ上げそうになるのを必死に堪えていた。
「わ、わかった。お前がやろうとしてることは、お前の頼んだ仕事の理由はわかったぜ。だが意外だなあ……」
業を煮やしたような顔のルシオンをなだめるように、グリザルドはフッと息をついた。
「甲蟲帝国のゼクトの一族っていやあ、姉妹仲が悪いことで有名なんじゃなかったのかい。魔王ヴィトルも手を焼いてるって噂だぜ、そのお前が……ミソッカスの第3王女でアホ王女のお前が、そんなに姉思いだったなんてなぁ……」
肩をすくめて、まるで挑発するように。
グリザルドはルシオンにそう言った。
「ちがう! 姉思いとかそんなんじゃない! わたしも小姉上は嫌いだ! 意地悪だし我儘だし、いつもわたしのこと見下してくるし……でも……」
ルシオン? おいルシオン?
ソーマは心配になって、何度もルシオンの名前を呼んだ。
ルシオンが、言葉を詰まらせていた。
ルシオンの肩が細かく震えていた。
直接見えなくてもソーマには、今のルシオンがどんな顔をしているかハッキリわかった。
それはまだ侍女のコゼットがいた時に、コゼットに甘える時に見せていた顔。
いつもアホだが元気いっぱいで、何をしでかしても絶対めげないルシオンが時折見せる寂しそうな顔だった。
「だからこそ! わたしが姉上を助けなければいけないのだ! 今、こんな気持ちのまま……もし姉上に逝かれてしまったら……わたしが一番困るのだ!」
そして、何かを振り切るように。
ルシオンはグリザルドをにらみつけてそう声を張った。
それは力強い、決然とした声だった
ルシオンの肩の震えは、いつの間にか止まっていた。
(なるほど、そういうことかい……)
グリザルドをにらむルシオンの顔をまっすぐ見据えながら、盗賊は心の中でそう呟いていた。
紅玉のように真っ赤なルシオンの瞳の奥に、グリザルドは金剛石よりも固い決意の光を見た。
(に、しても……少々マズイことになったな。機巧都市には、まだアイツがいる。万が一アイツと王女が鉢合わせにでもなっちまったら、最悪ののっぴきならない状況とは、まさにこのことだが……まあ、そんなことは万が一にも……だよな?)
グリザルドが口元をモゴモゴさせながら、少し困り顔で何かを思案していると、
「ウン? 何か言ったか?」
「うわー! いや、なんでもねえ、なんでもねえよ!」
いぶかしげな顔で、グリザルドをのぞきこむルシオン。
盗賊は必死で何かをごまかすように、何度も何度も頭を振った。
「ヤレヤレ。わかったぜ王女、機巧都市まで案内してやる」
「本当か、グリザルド!」
「ああ、他に選択肢もなさそうだし、いつまでも魔王の眷族に首根っこ押さえられてる……ってのも面白くねえ。協力するぜ、ただし約束は守れよ……」
「わかっているグリザルド! もし仕事がうまくいったら、もし姉上を助けられたら、お前に恩赦をやろう。このルシオン・ゼクトの名にかけて絶対に約束は守る!」
約束の内容を念押しするグリザルドに、ルシオンは力強い声でそう答えた。
「そうかい。だったらこの辺りの接界点で、機巧都市の城門に一番近いのは確か……確か……あそこだ!」
何かを思い出そうとウンウン首をひねりながら、グリザルドはその場から歩き出した。
「わかるのか、グリザルド!」
「ああ、この辺りの接界点の出現位置とアッチ側での座標はだいたい頭に入ってる。接界点はこっから遠くねえよ。にしても……」
明るい声を上げるルシオンを振り返ると、グリザルドは呆れた様子で彼女の全身をマジマジと見た。
「お前ってほんとに何も考えてないんだな? 機巧都市に無事に潜り込めたとして、お前のその恰好じゃ、あっという間に身柄が割れて、衛兵にとっ捕まっちまうぞ。本物のアホかよ?」
「フフフ……大丈夫だ、問題ない!」
ルシオンのまとった黒鳥のような艶やかな衣と輝くような銀髪を指さしてグリザルドがツッコむと。
ルシオンは、自信満々な顔で盗賊にそう答えた。
「問題ない?」
問題ない?
グリザルドと、ルシオンの中のソーマが同時に戸惑いの声を上げる。
「フッ! そういえばお前にもソーマにも、わたしの戦闘服以外の姿は見せたことがなかったな……」
ルシオンは鼻を鳴らすと、目の前のグリザルドと彼女の中のソーマにそう答えた。
「ならば見せてやろう……このわたしの、とっておきの転身を!」
ルシオンがそう叫ぶと同時に。
シュウゥウウウ……
黒鳥のような衣をまとったルシオンのしなやかな全身が、緑色の眩い光に包まれていった。
ルシオンが銀色の髪をフルフル震わせてそう叫ぶと、いきなりグリザルドの胸倉につかみかかった。
「ぐわー知らねえそんなヤツ! 痛い! 放せよ王女……じぇねえ知らない娘!」
「みょーみょーみょー?」
グリザルドは悲鳴を上げてルシオンから逃れようとするが、馬乗りになったルシオンが彼の首をギューッと締め上げる。
もつれあう2人を上からのぞき込んで、幼竜に戻ったアンカラゴンが心配そうな鳴き声を上げた。
おい、よせってどうしたんだよルシオン!
ルシオンの中のソーマもまた戸惑いの声を上げていた。
スカイタワーで何かに気づいたように大声を上げてからすぐさま。
ルシオンはあたりの空気をクンクン嗅ぎながら、ここまでチャラオのことを追いかけてきたのだ。
そして栗里チャラオの顔を見るやいなや……この圧勝軒のバイトの若者にいきなり飛びかかったのだ!
「フン。すぐにわかったぞ。お前からは、あの店のラーメンの良い香りがするからな。魔族としての自分の魔素は隠せても、しみついた店の匂いは隠せなかった。だから追いついた!」
「そんなモンに気づいてここまで……チッ! なんて食い意地のはった王女だ!」
グリザルドを指さしながら、ルシオンは勝ち誇った声を上げた。
自分の正体を隠し通せないと観念したのか、チャラオの姿をしたグリザルドは忌々しげに舌打ちをした。
ルシオン! チャラオさんに何やってんだよ! なんでそんなこと!
「まだわからないのかソーマ? コイツが全ての発端……インゼクトリアから『ルーナマリカの剣』を盗み出した盗賊……グリザルド・ガメルだ!」
盗賊グリザルド……って、じゃあまさか!
ルシオンの言葉に、彼女の中のソーマは愕然とする。
「そうだ、お前も会ったことあるだろうソーマ。あの日の夜、火炎飛竜に乗ってわたしと戦った、あのリザードマンだ!」
あいつが、チャラオさん……?
そんな!
ソーマだって、あの日の夜の光景は忘れようがなかった。
ソーマとルシオンが合体することになってしまった直接の原因。
異界に通じる門を通じて、突然この世界に飛んできた飛竜に乗ったリザードマンの姿は。
でも、アイツはあの時に……
ルシオンの中でソーマは首をかしげる。
火炎飛竜の炎でルシオンとソーマを焼こうとしたグリザルド。
だが逆にルシオンの光撃の反撃を受けて、竜の炎に包まれて焼け死んだはずなのに……!?
「盗賊グリザルドが命を3つ持っているという噂は本当だったんだな? だから炎で焼かれてもよみがえり、わたしを見張るために人間に変装してあの店にバイトとして潜りこんでいたんだ!」
命を3つ?
にわかには信じられないようなルシオンの言葉に、眉をひそめるソーマ。
でも、待てよ? だとしたら……
ソーマの脳裏に、スカイタワーでの奇跡のような光景がマザマザと蘇ってくる。
左胸を貫かれて、死に瀕していた親友のコウ。
そのコウの胸に自分の手を押し当てたチャラオ。
そしてコウを包んでゆく暖かく不思議な光。
胸の傷が消えて……一命をとりとめたコウ!
ちょっと待てルシオン!
チャラオさんがグリザルドだとしたら……だったらもうコイツは!
何かに思い至ったソーマが、ルシオンを止めようと大声を上げかけた、その時だった。
「あーあ。何もかもバレバレかよ……。いかにも、この俺が大盗賊、グリザルド・ガメル様だ」
馬乗りになったルシオンの下で、グリザルドが投げやりな様子でそう答えた。
「フン。ようやく白状したな!」
「このインゼクトリアのアホ王女が。俺のかわいいスマウグをあんな目に合わせやがって! いつかそのアホ面に一発くらわせてやろうと思ってたが、それもかなわず、か……」
不敵な目でルシオンをにらみつけながら、憎まれ口を叩くグリザルド。
(まあいいか。こんな稼業だ、いつ誰に殺られたって文句は言わねえさ。ナナさんもどうにか助けられたし、死ぬには悪くない夜だ……)
そしてグリザルドは両目を瞑った。
目前に迫ったルシオンの制裁と苦痛を受け入れる準備をした。
ルシオン・ゼクトが彼女のホタルからグリザルドに向かって光矢を放てば。
頭部を貫かれた彼を待つのは一瞬の苦痛と、速やかな死だけだろう。
(……ただ1つ。気にかかるのは機巧都市に残してきたアイツのことだけだ……)
だが、全てを受け入れたはずのグリザルドの脳裏を一瞬よぎった影があった。
それは人影……どうしようもなく、引き裂かれるような悲愁をまとった影だった。
(アイツを……あんな目をしたヤツを、1人きりにして逝くのは……未練だぜ、許してくれ!)
両目を瞑ったまま。
誰にともなく心の中でグリザルドがそう呟いた、だがその時だった。
「いや、殺しはしないグリザルド。立て!」
「あ……あえ!?」
頭上から聞こえてくるルシオンの言葉に、グリザルドは戸惑いの声を上げながら目を開く。
「グリザルド。今度はわたしのために働け。わたしとともに深幻想界に戻って機巧都市に向かうのだ。わたしの道案内をして、わたしを助けてくれたなら。恩赦をやろうグリザルド。このインゼクトリアの第3王女ルシオン・ゼクトの名にかけて、お前の命はわたしが保証しよう!」
紅玉のような真っ赤な瞳でグリザルドをまっすぐ見つめて。
ルシオンは力強い声で、グリザルドにそう言った。
「機巧都市へ……俺が、お前と?」
「そうだグリザルド。お前は深幻想界中を股にかける大盗賊。どんな魔王の居城であっても、忍び込めない場所はないと豪語しているらしいじゃないか。だから頼む。わたしの案内人になってくれ。機巧都市の魔王城にわたしが忍び込むための……案内人に!」
驚きの声を上げるグリザルドの目をまっすぐ見据えて、ルシオンは言葉を続ける。
「いやだって、なんでまたそんなマネを? お前んとこの甲蟲帝国と機巧都市は、最近和平条約を結んだばかりじゃ?」
「その機巧都市の魔王マシーネに、小姉上がさらわれたのだ! わたしの姉上、インゼクトリアの第2王女、ビーネス・ゼクトが……見ろ、これを!」
首をかしげながらそう聞き返すグリザルドに、ルシオンはイライラした様子で自分の右手にあるモノを見せた。
「は……針!?」
これは、いったい……
ルシオンの手の中で光っているモノを見てグリザルドが変な声。
ソーマも彼女の意図がわからずに、戸惑いの声を上げていた。
ユーン……ユーン……ユーン……
何かがたわむような奇妙な音をたてながら。
厂の字に折れ曲がった銀色の針が、まるでダウジングで使うロットみたいに、ルシオンの手の中でクルクルと回転していた。
「これは大鬼グロム・グルダンのフンドシにくっついていた小姉上の髪の毛だ。多分グロムとの闘いの最中、捕まった自分の居場所をわたしに教えるために姉上が放ったモノ。小姉上の髪は、深幻想界では他に誰も造れないほど……正確無比な魔素探査針になっているのだ。なのに見ろ!」
ルシオンは厳しい顔で、手の中であてどなく回転するビーネスの針をにらんだ。
「針先が主の居場所を……姉上の居場所を見失っている! つまり姉上はもう、この世界には居ないということ。さらわれて囚われているのだとすれば……その場所は深幻想界の機巧都市しかない!」
ルシオンの声に、いたたまれないような焦りと恐怖が滲んでいた。
「グリザルド、お前もマシーネ・ツァーンラートの良からぬ噂は知っているだろう?」
「あ、ああ……」
ルシオンの問いかけに、グリザルドは重苦しい声でそう答えた。
グリザルドにもようやく、ルシオンが感じている焦りと恐怖の理由がわかったのだ。
「魔王マシーネ……。アイツは深幻想界中から、気に入った顔や体をした女をさらって来ては、その身体を切り刻んで……まるで服だかアクセサリでも変えるように、自分の体と取っかえ引っかえ交換しているって……。魔王城が玉座の間……アイツの恐ろしい『化粧棚』の中には、交換用の傀儡体になり果てた女の体が何百体もゴロゴロ転がってるって噂はな……」
グリザルドは腹の中からイヤなものがこみ上げそうになるのを必死に堪えていた。
「わ、わかった。お前がやろうとしてることは、お前の頼んだ仕事の理由はわかったぜ。だが意外だなあ……」
業を煮やしたような顔のルシオンをなだめるように、グリザルドはフッと息をついた。
「甲蟲帝国のゼクトの一族っていやあ、姉妹仲が悪いことで有名なんじゃなかったのかい。魔王ヴィトルも手を焼いてるって噂だぜ、そのお前が……ミソッカスの第3王女でアホ王女のお前が、そんなに姉思いだったなんてなぁ……」
肩をすくめて、まるで挑発するように。
グリザルドはルシオンにそう言った。
「ちがう! 姉思いとかそんなんじゃない! わたしも小姉上は嫌いだ! 意地悪だし我儘だし、いつもわたしのこと見下してくるし……でも……」
ルシオン? おいルシオン?
ソーマは心配になって、何度もルシオンの名前を呼んだ。
ルシオンが、言葉を詰まらせていた。
ルシオンの肩が細かく震えていた。
直接見えなくてもソーマには、今のルシオンがどんな顔をしているかハッキリわかった。
それはまだ侍女のコゼットがいた時に、コゼットに甘える時に見せていた顔。
いつもアホだが元気いっぱいで、何をしでかしても絶対めげないルシオンが時折見せる寂しそうな顔だった。
「だからこそ! わたしが姉上を助けなければいけないのだ! 今、こんな気持ちのまま……もし姉上に逝かれてしまったら……わたしが一番困るのだ!」
そして、何かを振り切るように。
ルシオンはグリザルドをにらみつけてそう声を張った。
それは力強い、決然とした声だった
ルシオンの肩の震えは、いつの間にか止まっていた。
(なるほど、そういうことかい……)
グリザルドをにらむルシオンの顔をまっすぐ見据えながら、盗賊は心の中でそう呟いていた。
紅玉のように真っ赤なルシオンの瞳の奥に、グリザルドは金剛石よりも固い決意の光を見た。
(に、しても……少々マズイことになったな。機巧都市には、まだアイツがいる。万が一アイツと王女が鉢合わせにでもなっちまったら、最悪ののっぴきならない状況とは、まさにこのことだが……まあ、そんなことは万が一にも……だよな?)
グリザルドが口元をモゴモゴさせながら、少し困り顔で何かを思案していると、
「ウン? 何か言ったか?」
「うわー! いや、なんでもねえ、なんでもねえよ!」
いぶかしげな顔で、グリザルドをのぞきこむルシオン。
盗賊は必死で何かをごまかすように、何度も何度も頭を振った。
「ヤレヤレ。わかったぜ王女、機巧都市まで案内してやる」
「本当か、グリザルド!」
「ああ、他に選択肢もなさそうだし、いつまでも魔王の眷族に首根っこ押さえられてる……ってのも面白くねえ。協力するぜ、ただし約束は守れよ……」
「わかっているグリザルド! もし仕事がうまくいったら、もし姉上を助けられたら、お前に恩赦をやろう。このルシオン・ゼクトの名にかけて絶対に約束は守る!」
約束の内容を念押しするグリザルドに、ルシオンは力強い声でそう答えた。
「そうかい。だったらこの辺りの接界点で、機巧都市の城門に一番近いのは確か……確か……あそこだ!」
何かを思い出そうとウンウン首をひねりながら、グリザルドはその場から歩き出した。
「わかるのか、グリザルド!」
「ああ、この辺りの接界点の出現位置とアッチ側での座標はだいたい頭に入ってる。接界点はこっから遠くねえよ。にしても……」
明るい声を上げるルシオンを振り返ると、グリザルドは呆れた様子で彼女の全身をマジマジと見た。
「お前ってほんとに何も考えてないんだな? 機巧都市に無事に潜り込めたとして、お前のその恰好じゃ、あっという間に身柄が割れて、衛兵にとっ捕まっちまうぞ。本物のアホかよ?」
「フフフ……大丈夫だ、問題ない!」
ルシオンのまとった黒鳥のような艶やかな衣と輝くような銀髪を指さしてグリザルドがツッコむと。
ルシオンは、自信満々な顔で盗賊にそう答えた。
「問題ない?」
問題ない?
グリザルドと、ルシオンの中のソーマが同時に戸惑いの声を上げる。
「フッ! そういえばお前にもソーマにも、わたしの戦闘服以外の姿は見せたことがなかったな……」
ルシオンは鼻を鳴らすと、目の前のグリザルドと彼女の中のソーマにそう答えた。
「ならば見せてやろう……このわたしの、とっておきの転身を!」
ルシオンがそう叫ぶと同時に。
シュウゥウウウ……
黒鳥のような衣をまとったルシオンのしなやかな全身が、緑色の眩い光に包まれていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
43
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる