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第10章 精鋭殲魔〈セレクテッド〉

幼竜アンカラゴン

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「ナナオが……囚われた・・・・!?」
「そうだ。きみと親しい者たちは、申し訳ないが組織の監視下にあったんだ。姫川ナナオくん。彼もまた御魂山でルシオン最初にルシオンと出会った接触者の1人だったからね……いま現在も異界者ビジターと何らかの関わりがあるのでは……僕たちはそう疑っていた。そして……」
 姫川ナナオ。
 マサムネの口から漏れた意外な人間の名前に、ソーマの顏が青ざめる。

 ナナオが……さらわれた!?
 マサムネが言っているのは、ソーマとルシオンが初めて合体した、あの御魂山の夜のことだった。
 たしかにあの場には、コウもナナオも一緒だった。
 コウとナナオもまた、マサムネが所属するという組織に監視されていたというのだ。
 でも……

「姫川くんもまた思いがけない形で、今回の事件に巻き込まれてしまった。彼をさらったのは鎧の異界者ビジター。御珠美術館できみたち・・・・とやり合ったヤツだ」
「鎧の異界者ビジター……あの大鬼オーガーが……!?」
 淡々としたマサムネの言葉にソーマは息を飲む。
 美術館から『アルティメス髪飾り』を盗んだグロム・グルダンが今度はナナオの身柄を?
 でもいったい……どうして!?

「どういうことだマサムネ! そのベクターってヤツとあのグ……異界者ビジターに何の関係が? それにどうしてナナオが……!」
「それは僕たちにもわからない。ただ1つ言えるのはベクター教授とあの異界者ビジターは明確な契約関係・・・・があるらしいということだ。異世界の住人とどうやって取引を行ったのか……まるでわからないが。鎧の異界者ビジターは教授の命令で魔遺物レリックを奪い、姫川くんを誘拐した。何らかの目的のため、そう……教授自身ががわざわざウェイクフィールド刑務所この街まで出向いてこなければならないほど、重要な目的のため……」
 ソーマの質問に、マサムネも難しい顔をして首を振る。

「そんな、ナナオ……」
 ソーマはいてもたってもいられぬ不安に駆られて唇をかんだ。
 あの時、御珠美術館で。
 ルシオンがグロム・グルダンに考え無しに手出しをしなければ。
 このんなことには、ならなかったのではないか……?

 それにルシオンとビーネスと戦った、あの連中の力……
 グロムの機甲鎧マシンメイルの力。
 金髪のあの女の振るった刺突剣レイピア……違法触媒イリーガルマテリアの力!
 ルシオン1人だけでは、まるで歯が立たなかった。
 ルシオンの姉、ビーネス・ゼクトも機甲鎧マシンメイルに拘束されて行方不明のまま。
 いったいどうやって、ナナオを救い出せばいいのだろう……!

 自分の無力さにイライラしてソーマが頭を振った、その時だった。

「ん……?」
 不意にマサムネが、いぶかしげな声を上げた。
 彼が右耳に仕込んでいる小さな受信機レシーバーのランプが、チカチカと明滅していた。

「そうか、ああ……わかった」
 何者かから入ったらしい連絡に、マサムネは真剣な表情でうなずくと、ソーマの方を向いた。

「御崎くん。目標ターゲットの移動先がわかった」
「移動先……?」
 マサムネの声にソーマは目を白黒させる。
 組織の人間……マサムネの部下の誰かが、教授とグロムの行方を追跡しているらしかった。

「そうだ。今夜半からその場所で異常な値の魔素エメリオが検出されているのも偶然ではないだろう。場所は御珠地区西端部の多目的電波塔……通称『スカイタワー御珠』だ……!」
 目標ターゲットの行方を捉えたからだろうか。
 いつもは冷静そのものなマサムネの顏が、昂ったように少し上気していた。

「今からベクター教授の捕獲および姫川くんの身柄の救出のための作戦行動を開始する。御崎くん、きみも一緒に来てくれ。ヤツらを引き付けるおとりになってくれ!」
「へ……オトリ!?」

  #

 一方その頃。

「いいかコウ。これから見聞きすることは、絶対に、誰にもしゃべっちゃならねえ。ナナさんにも、大将にも、あと特にあの子……えーとソーマにだけは絶対にだ(俺の命にかかわるからな)」
「わ……わかったよチャラオさん。俺……ナナオを助けるためだったら何でも……」
 人気のない夜の公園で。
 チャラオとコウが向き合って、真剣な顏で何かを話していた。

 チャラオの足元には、コウがナナオの店からこっそり持ち出してきたチャラオのカバンが転がっていた。
 そして、ジャラジャラジャラジャラ……

「おわっ!」
 おもむろにカバンを拾い上げて中身の荷物を地面に開け放したチャラオ。
 カバンから転がり出したモノを見て、コウは驚嘆の声を上げた。

 公園の芝生に散乱しているのは、色とりどりの大小無数の綺麗な宝石。
 見たこともない形の歯車や螺子や鍵束。
 どんな音楽を奏でるのか想像もできない、奇妙な形をした笛や太鼓……

 カバンの中身は、まるでおとぎの国の宝箱の中みたいな宝石や不思議な道具で満たされていた。

「あった、あったぞ!」
 そして芝生にまき散らされたモノたちから、とりわけ大きくて深い輝きを放った紫色の宝石を握りしめたチャラオは興奮した声で叫んだ。

「こいつは、俺の長年の盗賊稼業の中で作ったコネクションの中でも最強クラス。大コネ中の大コネだぜ」
「盗賊稼業……!? いったい何を……」
 豹変したチャラオの口調。
 そして奇妙な道具や宝石を目の当たりにして、コウは開いた口がふさがらない。

「ああ、そうさコウ。なにせこの『召喚石』は深幻想界シンイマジアの中でも最強の古竜エンシェントドラゴン……『影の森シャテンバルト』の眠れる守護者。あの黒竜アンカラゴンから直接あずかったモノなんだからな!」
 わけがわからず首をかしげるコウの方を向いて。
 チャラオの顏に、不敵な笑みが浮かんでいた。

「チャラオさん……いったい何を言ってるの!?」
 チャラオの言葉の意味がわからず、コウは目をパチパチさせた。
 彼のカバンの中から転がり出した、まるでこの世界のモノとは思えない不思議な道具の数々。
 
 栗里くりさとチャラオ……
 ナナオの家のラーメン屋に突然やってきたこのバイトの青年の正体は……
 いったい何者なのだろう!

 コウは呆然としてチャラオの顔を見る。
 深い輝きを放った紫色の宝石をジッと見つめるチャラオの目は、どこか此処ではない違う世界に思いを馳せているように見えた。

  #

 ゴオゴオゴオ……
 雪に閉ざされた暗い夜の森を、冷たい風が渡っていた。
 1本1本が高さ100メートルを超えていそうなセコイア杉にも似た樹木に覆われた黒い森の中で……

「ズアアアアアッ!」
 樹の枝葉を震わすような裂帛れっぱくの気合が響き渡った。

 いったいどこから放たれたのか。
 木々の枝葉を燃やし、樹表を引き裂きながら森を薙ぎ払ってゆく禍々しい黒い炎があった。
 そして迫りくる炎の矢面に立った1人の女。
 その女が先ほどの気合と同時に放った正拳突き・・・・の拳圧が……
 黒い炎を、消し飛ばしていた!

「させないぞ黒竜。この子の運命はあたしが預かった。命に代えても……このあたしが守る!」 
 消え去った炎の先をキッとにらんで。
 女の放った凛然りんぜんとした一声が森に響いた。

 女の美しい顔とは裏腹に、彼女の姿、そしてまとった衣服は異様だった。
 まるで磨き上げられた黒曜石のような真っ黒で艶やかな肌。
 炎のような激しい気性を感じさせる銀色の瞳。
 夜風になびいた漆黒の髪。
 額からスッと伸びているのは、輝く水晶のような一本角。
 スラリとした体にまとっているボロボロに使い込まれた空手の道着・・・・・もまた漆黒だった。

 そして、女の背中におんぶ紐でむすび付けられたまま、スヤスヤと静かな寝息をたてているのは……
 銀色の毛皮に全身を包まれた、ヒトとオオカミを合わせたような姿の……
 あどけない顔をした小さな赤ん坊だった!

「ほう……それがお前のの力か。だが、無駄なあがきだぞ小娘……」
 黒道着の女が炎を消し去ると、焼き払われた木々の向こうから、地の底から響くような恐ろしい声がした。
 セコイア杉のような巨樹たちをメリメリとなぎ倒しながら、巨大な影が女の方に近づいてきた。

「アンカラゴン……」
 迫りくる影を見上げて、女は呻く。

 雲間からさしこむ月の光を覆い隠した50メートルは超えていそうな巨体。
 背中の翅を広げれば、ゆうに100メートルは超えるだろう。
 全身を覆った黒銀色の鱗。
 耳まで裂けた口に生えそろった、銀色の剣のような牙。
 女を見下ろしているのは、巨大な黒い竜だった。

「『カナタ』……とか言ったな小娘。他の魔王たちは騙せても、深幻想界シンイマジア創成の時代より生き続けてきた古竜たる、このアンカラゴンの目は欺けんぞ。巷間では『拳聖』などと謳われているようじゃが……わしにはわかるぞ。お前も、お前のおぶうたその子もまた、別の世界・・・・より彷徨い出し者。世界の摂理を乱す滅びの種子タネ……」
「違うアンカラゴン! この世界こそ、この子の居るべき場所……この子の故郷ふるさとだ! そしてこの子こそ、滅びに瀕した『獅子裂谷レーヴェンタール』を導く新たなる王。だからどうか……!」
「黙れカナタ! これ以上深幻想界シンイマジアへの干渉・・は許さぬぞ。滅びし世界の亡霊よ……」
 黒竜を見上げて、何かを懇願するように声を上げる女。
 だがアンカラゴンの発した地響きみたいな怒号が、カナタと呼ばれた女の全身を叩いた。

「『獅子裂谷レーヴェンタール』にもう王は居らぬ。お前の言葉は偽りじゃ。そもそもがお前も、そしてその子供も……純粋な魔族イマジオンではない。 ヒトの世界で造られたまがいものじゃ……!」
「ちがう、ちがう! ちがう! だってこの子は……」
 黒竜の口から漏れだす炎から赤ん坊をかばうように。
 後ずさりしながらカナタは首を振った。

「哀れよなあヒトの子よ。死せる運命さだめに背を向けて、ヒトの身を捨てどれだけ強くなったとしても……お前の心はヒトのままじゃ。滅びし世界や失われた弟妹きょうだいたちへの執着を捨てきれない。痛みを抱えた脆いヒトの心のまま……この深幻想界シンイマジアを永劫に彷徨い続けるつもりなのか?」
「そうかもしれない……そうかもしれない! でも、それでもあたしは!」
 アンカラゴンを言葉で説得するのは無理だとあきらめたのか。
 カナタは銀色の目でギッと黒竜をにらみつけると、再び拳を構えた。

「絶対にあきらめない! この世界・・・・でこの子を守り抜いて……そしてシュン・・・メイ・・を……あたしの手で救ってみせる!」
 ゴオオオオオ……
 カナタの気合が森に響くと、漆黒をした彼女の体の周囲に……風が巻いた。

「どこまでも抗うか、亡霊!」
「くどい! あたしに二言はない!」
 黒竜が巨大な前足を、カナタに向かってグワリと振り上げた。
 黒曜石のような拳をカナタが地面に向かって振り下ろすと、瞬時に発生した強烈な風圧が彼女と赤ん坊を夜の空高く舞い上げた!

「いくぞ黒竜! 弐閃必殺にせんひっさつ旋風X斬せんぷうエックスぎり!」
 黒炎をたぎらせた竜の喉元に向かって、空中のカナタが手刀をエックスの字に交叉させて渾身の溜め・・を作った……
 その時だった。

「待て、待ってくれアンカラゴンの旦那! カナタのあねさん!」
 激突寸前のカナタとアンカラゴンを制するように。
 夜空に響いた声があった。

 森の空を渡る風を切り裂くように、巨竜と黒道着の女に迫っていくのは……
 真っ赤な火炎飛竜ワイバーンを駆って空を行く、双頭のリザードマンの姿だった。

  #

 ゴオオッ!
 裂帛の気合を込めて。
 頭上で交叉したカナタの手刀から放たれたつむじ風。
 2閃の風の刃となったカナタの斬撃が、アンカラゴンの口から放たれた黒炎をエックスの字に切り裂いた。
 そして間髪入れず。

「ズアアアアアアッ!」
 裂かれた炎の合間を飛んで、黒竜の懐に飛び込んだカナタ。
 輝く黒曜石のようなカナタの正拳突きが、彼女の体の何倍にもなる竜の顔面を、真正面から殴り飛ばしていた!

「こ、この力……この気魄……! おまえは何故そこまで……!」
 地鳴りのような呻きを漏らして、黒竜はよろめいた。

 自身の体の数10分の1にも満たないサイズのカナタ。
 脆弱な魔族イマジオンの体に自身の魂を宿したマガイモノにすぎないカナタ。
 だがそんなカナタの力は、齢経た古竜の想像をはるかに上回るものだったのだ!

 旋風拳のカナタ。
 深幻想界シンイマジア全土に響いた勇名に違わないカナタの拳が、再び巨竜の体に突き刺さろうしていた。

 だが……

「舐めるな!」
 竜は吼えた。
 アンカラゴンの背中から広がった黒翅が、大きくしなった。
 
 ザザアアアアア……
 巨樹たちの幹がきしみ、枝々がしなった。

 風を操るのは、なにもカナタの専売特許ではなかった。
 巨竜の翅のひとしなりで発生した激しい竜巻が、カナタの体に叩きつけられた!

「グウウウウッ」
 竜巻に巻き込まれて、身動きの取れないカナタに向かって、黒竜は自分の前足を振り上げた。
 勝負は決まろうとしていた。

 アンカラゴンの金色の瞳が、カナタと背中の赤ん坊を冷たくにらみつけた。

 いったいいつの頃からか。
 黒竜がその身を潜めていた『影の森シャテンバルト』に居をかまえて、ただ武術の修行だけにあけくれていた女。
 深幻想界シンイマジアを統治する、魔王たちにも匹敵する強力な魔素エメリオをその身にまとい、大拳聖と称されるほどの力を持った女。
 だが深幻想界シンイマジア創成の時代から生き続けて来た古竜エンシェントドラゴンの目は、女の正体を敏感に見抜いていた。

 あの女は、深幻想界シンイマジアの者ではない。
 女の体から……いや、から香る、隠しおおせないヒトの匂い。
 女の連れている、獣の姿をした奇妙な赤ん坊も同じだった。
 女と同じ……いや、女を上回るほどの強力な魔素エメリオをその身に秘めながら、やはり……香ってくるのはヒトの匂い!

「不吉の匂いがする……なにやら……まつろわぬモノがこの世界に彷徨い出たな……!」
 影の森シャテンバルトの主。
 黒竜アンカラゴンはそう確信した。

 あの女は……いずれ深幻想界シンイマジア全体に大きな災いをもたらす!

「滅びよカナタ!」
 黒竜の大きく鋭い爪先が、カナタの体を引き裂こうと振り下ろされようとした……
 だがその時だった。

「待ってくれー!」
「!!!!」
 黒竜とカナタの間に割って入って、彼らの戦いを止めようとする声。

「グリザルド!」
「リザードマン……?」
 真っ赤な火炎飛竜ワイバーンを駆った双頭のリザードマンの姿に気づいて、カナタとアンカラゴンの動きが一瞬止まった……
 その時だった。

 ゴオオオオッ!

「ミカヅキ……!」
「んんまああ……?」
 風の巻く音と同時に、カナタの悲鳴。
 アンカラゴンの竜巻の力に耐えきれなかったのか。
 カナタのおぶった赤ん坊をつなぎとめていたおんぶ紐が、引き裂かれて宙を舞っていた。

 銀色の毛皮に包まれた赤ん坊の体が、カナタの体を離れて空に巻き上げられていく!

  #

「な……なんだありゃあ!」
 火炎飛竜ワイバーンのスマウグの背中の上で、グリザルドは悲鳴を上げていた。
 今回の仕事ビジネス……。
 依頼人クライアントは、なんとあの大拳聖カナタ。

 獅子裂谷レーヴェンタールの黒獅子城から盗み出した国宝『リートの剣』。
 その剣を彼女に渡すため、訪れた影の森シャテンバルトで盗賊が目にしたのは、だが想像を絶する光景だった。

 森の木々をなぎ払いながら、カナタに襲いかかっているのは伝説の黒竜アンカラゴン。
 迎え撃つ拳聖の、凄まじい力。

 そして……グリザルドの目の前で、空に舞い上がった小さな赤ん坊!

「やばいー! 捉まえろスマウグ!!!!」
「ギャオオオオッ」
 地上むかって落下してゆく赤ん坊を追いかけて、グリザルドは何度も何度も火炎飛竜ワイバーンの手綱を引いた。

 スマウグが加速していく。
 あと数秒もせずに赤ん坊の体が地上に激突する……その寸前。
 グリザルドの駆るスマウグの牙がかろうじて、赤ん坊に結わえつけられたおんぶ紐に引っかかっていた!

「フウウウ……」
 どうにか赤ん坊を救出したグリザルドが、大きく息をついた。
 だがその時!

「どわああああっ!」
 グリザルドの体に走った、ものすごい衝撃。

 完全に前方不注意だった。
 高さ100メートルを超える巨樹たちから伸びた枝の1本が、グリザルドに衝突して……
 そのまま飛竜の背中から彼の体を空中に放り出していた。

「ああ、しくじった……人生オワタ\(^o^)/」
 地上に向かって落下していきながら、グリザルドの視界が暗転した。

  #
 
「ミカヅキ……ああ、よかったミカヅキ……!」
「信じられん……あの『獣王の剣』が……この赤子に反応して……!」

「ああ痛つつつつ……! うん?」
 グリザルドが我に返ると、そこは巨樹に覆われた影の森シャテンバルトの、冷たい土の上だった。
 あたりを見回せば、依頼人クライアントのカナタが赤ん坊を抱きしめてハラハラ涙を流している。
 そのカナタと赤ん坊を覗き込むようにして、地鳴りのような呻きを漏らしているのは黒竜アンカラゴン。
 そして赤ん坊を抱いたカナタの足元には、その刀身に青黒い炎をチロチロと煌めかせた一振りの剣があった。

「あれは……」
 輝く剣を見つめて、グリザルドは驚きの声を上げる。
 それは彼がカナタの依頼でこの地まで運んできた『リートの剣』だった。
 城から盗み出した時は、あんな輝きは放っていなかったはずだ……。

「これで信じてくれアンカラゴン。この子の故郷は獅子裂谷レーヴェンタール。そしてこの子こそは……」
「ぬうう。まさか……あの獣王の血を引く者……」
 黒竜を見上げて、懇願するカナタ。
 アンカラゴンは戸惑ったように、しきりに首を振る。

「いいだろう。そこのリザードマンの勇気に免じて、その子の処遇はお前に任せよう。そしてお前の拳から伝わったお前の覚悟……どこまでのものか見届けさせてもらおう……」
「感謝するアンカラゴン!」
 アンカラゴンの声に、カナタの顏がパッと明るくなった。
 黒竜が背中の翅をしなわせると、その巨体が空中に舞い上がった。
 カナタとグリザルドに背を向けて、黒竜が森の深部、彼の本当の寝所まで帰ってゆく。
 
  #

「ああ、グリザルド! グリザルド! グリザルド!」
「ちょ……ちょっと姐さん……!」
 起き上がったグリザルドに気がつくと、カナタは涙を流して彼に抱き着いた。

「ありがとうグリザルド! お前はミカヅキの恩人だ! このミハルカス・カナタの拳。必要とあらばいつでもお前に捧げよう!」
「や……やめてください姐さん、こそばゆい!」
 黒道着に隠されたカナタの豊かな胸が、リザードマンの双頭にムニュッと押し当てられていた。
 そして……

「見も知らぬ赤ん坊のために命を捨てるとは……なかなか面白いヤツだ……」
「え……?」
 空の彼方から響いたアンカラゴンの声に、グリザルドは戸惑いの声を上げた。
 命を捨てた・・・
 じゃあ、俺は……!?

「グリザルドと言ったなリザードマン。お前には新たな命・・・・を3つ授けた。どう使うかはお前次第だ。それと……これも受け取っておくがよい」
「ななななな……!?」
 黒竜の言葉の意味がわからず、目を白黒させるグリザルド。
 気がつくと、いつのまにか彼が握りしめていたのは、深い輝きを放った紫色の宝石だった。

「これはわしを呼ぶ『召喚石』じゃ。お前が望むなら、一度だけお前の呼びかけに応じ、お前の望みに答えてやろう。さらばじゃ勇敢なリザードマン……」
「黒竜……アンカラゴン!」
 遠ざかってゆく巨竜の声の方を見上げながら、グリザルドはただ呆然と宝石を握りしめていた。

  #

「もうアレから……かれこれ20年か。ハー。まったくいい女だったなーカナタの姐さん……」
「ちょ……何ボーッとしてるのさチャラオさん!」
 何処か遠くに思いを馳せるように。
 宝石を握りしめてブツブツ何かを呟くチャラオを、コウはいぶかしげな顔でつっついた。

「おっと、そうだった!」
 我に返ったように、チャラオは握りしめた宝石を恭しく地面に置いた。

「頼むぜアンカラゴンの旦那。今こそこのグリザルドの一世一代の願い。聞き届けてくれ!」
「チャラオさん……!」
 チャラオの声に反応するように、紫色の輝きを増してゆく宝石に、コウは驚きの声を上げた。

「いでよ! 黒竜アンカラゴン!」
「うわあっ」
 カッ!
 チャラオが宝石を見据えてそう叫ぶと、宝石から稲妻みたいな閃光が走った。
 まぶしさに耐えきれず、光から顔を逸らすコウ。

 そして次の瞬間!

 コロン。

 地上に、何かの転がり出す音がした。

「こ……これは……!」
 宝石の光が弱まって消え去ると、今度はチャラオが驚く番だった。
 チャラオが……グリザルドが使った『召喚石』に呼び出されて地上に転がっていたのは……

 大人の腕で一抱えもあるほどの……
 大きな、そして真っ黒なだった。

「まさか旦那……もうすでに揺卵期・・・に……!?」
 召喚したモノの意外な姿に、チャラオが絶望の声を上げた、だがその時だった。

 ピシピシピシピシ……
 何かのひび割れる音と共に……

「「ああっ!」」
 チャラオとコウは同時に驚きの声を上げた。

「みょーみょー……」
 殻を破って卵の中から顔を出したのは。
 真っ黒な毛皮に覆われた、大型犬くらいの大きさの……
 なんだか、とてもモフモフした生き物だった。



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