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第9章 乙女危機〈ナナオクライシス〉
魂の座
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「さあ、選びたまえムクス・ナナオ……」
「う……あ……あ……!」
目の前に広がった恐ろしい光景。
まるで巨大な標本のようにガラスケースに収まっている何人もの若者の体を見つめて。
ナナオはようやく、ベクター教授とレモンがナナオに語った言葉の意味に気づいた。
――きみはの望みは叶う。自分の魂の形に適った、新たな体に生まれ変わることがね!
――ふーん……このコかあぁ……教授の新しい身体は……
教授がナナオに持ちかけてきた取引とは、肉体の交換だった。
どんな方法なのか、見当もつかないが。
教授はナナオの魂を、目の前で虚ろな顔をして立ち尽くした若者の肉体のどれかに移し替えようとしているのだ。
では魂を失ったナナオの肉体は……?
いったいどうなる……?
教授のモノになる……!
「世界中を狩り漁ってきた。『魂の座』との同期率の高い若い肉体を。だがどうしても上手くいかない。最後の最後で、彼らは私の魂の器たりえなかった。残ったのはこのとおり、生ける屍だけ。なぜだ?」
「ヒイッ!」
教授がまるで自分に問いかけるように、ナナオに向かってそう尋ねる。
ナナオは恐怖で声も出ない。
「思うに彼らは、自分の肉体への執着が強すぎたのだ。『魂の座』による私の精神の転送に耐えられず、こうして魂が毀れてしまうのだ。だが君ならば……」
教授がナナオの顔を覗き込んでニタリと笑った。
「これまででも最高の同期率をマークしていて、そして自分の肉体に強烈な違和感を感じている。別の者に生まれ変わりたいと密かに願っている君ならば、私の魂の最高の器たりえるだろう、ムクス・ナナオ……」
「嘘だ……肉体の交換なんて……出来るわけがない!」
一方的に勝手なことをまくしたてる教授に、ナナオは震える声で反論した。
ナナオは心の中の恐怖が、だんだん怒りに塗りつぶされていくのがわかった。
勝手にナナオを此処までさらって来て。
勝手に人の悩みにずかずか踏み込んできて。
おまけに……おの女、ミス・レモン。
勝手にナナオの体を弄んで……酷いことをして!
「ククク……それが可能なのだよ。この偉大なる魔遺物の力を使えばね!」
「魔遺物……!?」
ナナオの怒りを気にとめるそぶりもなく。
右手の中の『アルティメスの髪飾り』を眺めながら、教授はクツクツと笑った。
教授の発した言葉に、ナナオも唖然として髪飾りを見つめる。
『アルティメスの髪飾り』。
発掘されたその場所、その時代では考えられないような技術で製造された、完全なる時代錯誤遺物。
教授の発した魔遺物という言葉は、どういう意味だろう。
そもそも教授は……なぜそんなことを知っているのか!
「考えてもみたまえ、ムクス・ナナオ。今から20年前に全世界を覆った暗闇……あの『大暗黒』が訪れるまでは、我々人間の大半はごくごく初歩的な魔法を使うことすら出来なかったんだぞ? しかるべき時期にしかるべき手続きさえ取れば、どんな突飛に見えることだって実現できる。それが我々が古来より探求してきた魔法の力というものじゃないかね?」
「人間の大半……古来……探求? な、何を言ってるの……」
ベクター教授が、まるで学生に講義でもするような口調で、ナナオにそう尋ねてくる。
教授の言葉の意味がナナオは声を詰まらせた。
「ふふん。ピンとこないみたいだね。だが君は今まで、疑問に思ったこともないのかね? 古来から世界中に伝えられている神話や伝説やおとぎ話に登場する『魔法使い』や『魔女』……なぜ彼や彼女らの使う魔法の力は、現在の我々が行使できるこの『魔法』と、これほどまでに似通っているのだろうと……」
「…………!?」
教授の問いかけに、ナナオは息を飲んだ。
生まれついて。
ものごころのついた頃から。
魔法という力に身近に接しすぎていて、考えたこともなかった。
なぜ、魔法が使えなかった時代から、人間はこれだけ克明に魔法の力をイメージ出来たのだろう?
いや、ひょっとして……!?
「ふん。ようやく気づいたかね? 『大暗黒』が訪れる遥か以前。神話や伝説と言われるほど古来の昔より魔法は存在していたのだ!」
こわばったナナオの顔を覗き込んで教授は笑った。
「太古より『魔術師』と呼ばれる一部の人間たちは、『深幻想界』の魔族たちと通じていたのだ。独自の技術で人為的に作り出した接界点を通って彼らと取引をして……現在に至るまで連綿と魔法の技術を磨き上げて来たのだ。そして彼ら魔術師がこの世界にもたらした深幻想界の宝具……それこそが今も世界の各地で発見される時代錯誤遺物……『魔遺物』と呼ばれているモノの正体なのだ!」
「あんたは一体……なんでそんなことを知っている……!?」
教授の講義に、ナナオは震える声でそう尋ねた。
「ククク……知っているも何も……その『魔術師』たちの末裔こそがこの私。我々ベクターの家系は古来より世界の真理を追究してきた魔術師の一族なのだ。『深幻想界』の魔王と取引をしてね……」
教授は手元の髪飾りに目をやって、満足そうにナナオに答えた。
「わかったかね、ムクス・ナナオ。この魔遺物……『魂の座』を使えば軌跡を起こすことが可能なのだ。安心してこの私に処置をゆだねるたまえ。さあ、新しい体を選ぶんだ……」
ベクター教授が自信たっぷりの表情で、ナナオに選択を迫る。
それはおぞましい選択だった。
ベクター教授の処置によって、魂を失った抜け殻のようになった何人もの男女の体。
教授はナナオの魂を、その肉体に移し替えようというのだ。
だが……
「イヤだ!」
「なん……だと……?」
一瞬の躊躇もなく、ナナオは教授の申し出を拒絶した。
教授の眉が、ピクリと引き攣る。
「僕をバカにしてるのか! 確かにあんたの言う通り……僕は今の自分の体が……嫌いだ。もっと別の者になりたいって心の奥ではそう思っていた。でも……!」
ナナオは教授の顔をキッとにらみつける。
「自分の欲望のために……この人たちに、こんな酷いことをして……この人たちの人生を台無しにして! そんな人たちの犠牲で手に入れる新しい体? ふざけるな! このクソ野郎!」
「やれやれ、困ったことになったら。ムクス・ナナオ……」
怒りに震える声で、ベクター教授にそう答えるナナオ。
教授は心底残念そうな顔で、肩をすくめた。
「ミス・レモン。グロム君に連絡してくれ。場所を変えなければな。この屋敷では消去処置のための機材が足りない……」
「わかりましたわ、ベクター教授」
教授が助手のレモンに何かの指示を出すと、レモンは事務的な調子でそう答えてツカツカと実験室を後にする。
「さてさて、残念だよ。ムクス・ナナオ……」
ナナオを見る教授の顏から、笑みが消えていた。
「魂の座による精神の転移は、被験者の合意によって成功率が大幅に高まる……のだが、もはやそんな事を言っている猶予もない。私のこの体は病に侵されていてね。持ってあと1ヵ月といったところだ。もうどんな薬も治癒魔法も時間稼ぎにならない。多少強引な処置になろうとも、拒絶反応が出て別の体への転移が必要になろうとも、今の私には、なんとしても君の体が必要なのだ。紳士的な取引になることを願っていたのだが、重ね重ね残念だよ……」
「くっ……!」
教授が、何かを取り繕うのをやめた冷たい目でナナオを見下ろしていた。
背筋が凍るような酷薄な教授の声に気おされながらも、ナナオはなおも怒りに燃える目で教授をにらみつけていた。
#
「さあ大鬼。早くビーネス王女を我が城に運ぶのです……」
「くそ……マシーネ……」
夜の森の中で。
グロムの機甲鎧に拘束されたビーネスを見下ろして、青白い光に包まれた黒衣の貴婦人がコロコロと笑う。
グロムが自分の右手にはまった腕輪の灯りをポチポチと操作すると、鎧の中のビーネスの姿が陽炎のようなモヤモヤに包まれて徐々に薄らいでいった。
「どうです便利でしょう? この機甲鎧はそれ自体が小規模な接界点発生装置になっているのよ。コレがあれば、わたくしの尖兵が人間世界に干渉するのは赤子の手をひねるより容易いこと……。ようこそビーネス王女。わたくしの『機巧都市』へ……!」
「へへ、あばよイカレ王女。てめーを直接殺せなかったのは残念だが、アッチでマシーネ様に切り刻んでもらえ……」
自慢げに笑うマシーネ。
機甲鎧の中で薄らいでゆくマシーネに顔を寄せて、大鬼のグロム・グルダンもニタリと笑った。
「くそ……! なんとか、なんとか伝えないと父上に……!」
ビーネスは焦燥した顔で辺りを見回す。
自分の体が、何処かに転送されてゆく。
視界がどんどんボヤけていく。
ビーネスの痕跡が、人間の世界から完全に消えてしまう。
その前に……!
ザワザワザワ……。
ビーネスの美しい銀髪が波打った。
ビーネスが機甲鎧で唯一拘束されていない顔を上げて、グロムの方をキッとにらむと……
「ルシオン!」
「おわあっ!」
ビーネスの叫びと、うろたえるようなグロムの悲鳴が同時に上がった。
シュッ!
シュッ!
シュッ!
ビーネスの体がこの世界から完全に消え去る、まさにその瞬間。
彼女の髪のひと房が針のように硬質化して、グロムに向かって発射されていたのだ!
「あのクソ王女! 最後の最後まで始末におえねえ!」
忌々しげに首を振って、グロムは自分の腕に刺さった銀色の針を払い落とした。
ビーネスの髪の毛針に毒はないようだった。
針は大鬼の巨体に、何のダメージも与えていないみたいだった。
ビーネスの姿が森から消え去ると、グロムの腕輪から放たれた光の中に在った魔王マシーネの幻影も、いつも間にか消え失せていた。
残っているのはグロム1人。
森は夜の静けさを取り戻していた。
「どこにいるの? 仕事よ魔族。速やかに屋敷まで戻りなさい……」
「ハイハイ。わかったよ人間の姉ちゃん」
グロムの耳元の受信機から、彼を呼ぶレモンの声が聞こえた。
大鬼はぞんざいな態度でその声に答えると、グロムはもぬけの空になった機甲鎧の塊をヒョイと拾い上げて、屋敷の方に向かって歩き始めた。
だがその時、グロムは気づいていなかった。
大鬼の巨体を覆った虎縞の腰巻。
その毛皮に突き刺さったビーネスの針が、夜空に上った満月の光を反射してキラキラと銀色に瞬いているのを。
「う……あ……あ……!」
目の前に広がった恐ろしい光景。
まるで巨大な標本のようにガラスケースに収まっている何人もの若者の体を見つめて。
ナナオはようやく、ベクター教授とレモンがナナオに語った言葉の意味に気づいた。
――きみはの望みは叶う。自分の魂の形に適った、新たな体に生まれ変わることがね!
――ふーん……このコかあぁ……教授の新しい身体は……
教授がナナオに持ちかけてきた取引とは、肉体の交換だった。
どんな方法なのか、見当もつかないが。
教授はナナオの魂を、目の前で虚ろな顔をして立ち尽くした若者の肉体のどれかに移し替えようとしているのだ。
では魂を失ったナナオの肉体は……?
いったいどうなる……?
教授のモノになる……!
「世界中を狩り漁ってきた。『魂の座』との同期率の高い若い肉体を。だがどうしても上手くいかない。最後の最後で、彼らは私の魂の器たりえなかった。残ったのはこのとおり、生ける屍だけ。なぜだ?」
「ヒイッ!」
教授がまるで自分に問いかけるように、ナナオに向かってそう尋ねる。
ナナオは恐怖で声も出ない。
「思うに彼らは、自分の肉体への執着が強すぎたのだ。『魂の座』による私の精神の転送に耐えられず、こうして魂が毀れてしまうのだ。だが君ならば……」
教授がナナオの顔を覗き込んでニタリと笑った。
「これまででも最高の同期率をマークしていて、そして自分の肉体に強烈な違和感を感じている。別の者に生まれ変わりたいと密かに願っている君ならば、私の魂の最高の器たりえるだろう、ムクス・ナナオ……」
「嘘だ……肉体の交換なんて……出来るわけがない!」
一方的に勝手なことをまくしたてる教授に、ナナオは震える声で反論した。
ナナオは心の中の恐怖が、だんだん怒りに塗りつぶされていくのがわかった。
勝手にナナオを此処までさらって来て。
勝手に人の悩みにずかずか踏み込んできて。
おまけに……おの女、ミス・レモン。
勝手にナナオの体を弄んで……酷いことをして!
「ククク……それが可能なのだよ。この偉大なる魔遺物の力を使えばね!」
「魔遺物……!?」
ナナオの怒りを気にとめるそぶりもなく。
右手の中の『アルティメスの髪飾り』を眺めながら、教授はクツクツと笑った。
教授の発した言葉に、ナナオも唖然として髪飾りを見つめる。
『アルティメスの髪飾り』。
発掘されたその場所、その時代では考えられないような技術で製造された、完全なる時代錯誤遺物。
教授の発した魔遺物という言葉は、どういう意味だろう。
そもそも教授は……なぜそんなことを知っているのか!
「考えてもみたまえ、ムクス・ナナオ。今から20年前に全世界を覆った暗闇……あの『大暗黒』が訪れるまでは、我々人間の大半はごくごく初歩的な魔法を使うことすら出来なかったんだぞ? しかるべき時期にしかるべき手続きさえ取れば、どんな突飛に見えることだって実現できる。それが我々が古来より探求してきた魔法の力というものじゃないかね?」
「人間の大半……古来……探求? な、何を言ってるの……」
ベクター教授が、まるで学生に講義でもするような口調で、ナナオにそう尋ねてくる。
教授の言葉の意味がナナオは声を詰まらせた。
「ふふん。ピンとこないみたいだね。だが君は今まで、疑問に思ったこともないのかね? 古来から世界中に伝えられている神話や伝説やおとぎ話に登場する『魔法使い』や『魔女』……なぜ彼や彼女らの使う魔法の力は、現在の我々が行使できるこの『魔法』と、これほどまでに似通っているのだろうと……」
「…………!?」
教授の問いかけに、ナナオは息を飲んだ。
生まれついて。
ものごころのついた頃から。
魔法という力に身近に接しすぎていて、考えたこともなかった。
なぜ、魔法が使えなかった時代から、人間はこれだけ克明に魔法の力をイメージ出来たのだろう?
いや、ひょっとして……!?
「ふん。ようやく気づいたかね? 『大暗黒』が訪れる遥か以前。神話や伝説と言われるほど古来の昔より魔法は存在していたのだ!」
こわばったナナオの顔を覗き込んで教授は笑った。
「太古より『魔術師』と呼ばれる一部の人間たちは、『深幻想界』の魔族たちと通じていたのだ。独自の技術で人為的に作り出した接界点を通って彼らと取引をして……現在に至るまで連綿と魔法の技術を磨き上げて来たのだ。そして彼ら魔術師がこの世界にもたらした深幻想界の宝具……それこそが今も世界の各地で発見される時代錯誤遺物……『魔遺物』と呼ばれているモノの正体なのだ!」
「あんたは一体……なんでそんなことを知っている……!?」
教授の講義に、ナナオは震える声でそう尋ねた。
「ククク……知っているも何も……その『魔術師』たちの末裔こそがこの私。我々ベクターの家系は古来より世界の真理を追究してきた魔術師の一族なのだ。『深幻想界』の魔王と取引をしてね……」
教授は手元の髪飾りに目をやって、満足そうにナナオに答えた。
「わかったかね、ムクス・ナナオ。この魔遺物……『魂の座』を使えば軌跡を起こすことが可能なのだ。安心してこの私に処置をゆだねるたまえ。さあ、新しい体を選ぶんだ……」
ベクター教授が自信たっぷりの表情で、ナナオに選択を迫る。
それはおぞましい選択だった。
ベクター教授の処置によって、魂を失った抜け殻のようになった何人もの男女の体。
教授はナナオの魂を、その肉体に移し替えようというのだ。
だが……
「イヤだ!」
「なん……だと……?」
一瞬の躊躇もなく、ナナオは教授の申し出を拒絶した。
教授の眉が、ピクリと引き攣る。
「僕をバカにしてるのか! 確かにあんたの言う通り……僕は今の自分の体が……嫌いだ。もっと別の者になりたいって心の奥ではそう思っていた。でも……!」
ナナオは教授の顔をキッとにらみつける。
「自分の欲望のために……この人たちに、こんな酷いことをして……この人たちの人生を台無しにして! そんな人たちの犠牲で手に入れる新しい体? ふざけるな! このクソ野郎!」
「やれやれ、困ったことになったら。ムクス・ナナオ……」
怒りに震える声で、ベクター教授にそう答えるナナオ。
教授は心底残念そうな顔で、肩をすくめた。
「ミス・レモン。グロム君に連絡してくれ。場所を変えなければな。この屋敷では消去処置のための機材が足りない……」
「わかりましたわ、ベクター教授」
教授が助手のレモンに何かの指示を出すと、レモンは事務的な調子でそう答えてツカツカと実験室を後にする。
「さてさて、残念だよ。ムクス・ナナオ……」
ナナオを見る教授の顏から、笑みが消えていた。
「魂の座による精神の転移は、被験者の合意によって成功率が大幅に高まる……のだが、もはやそんな事を言っている猶予もない。私のこの体は病に侵されていてね。持ってあと1ヵ月といったところだ。もうどんな薬も治癒魔法も時間稼ぎにならない。多少強引な処置になろうとも、拒絶反応が出て別の体への転移が必要になろうとも、今の私には、なんとしても君の体が必要なのだ。紳士的な取引になることを願っていたのだが、重ね重ね残念だよ……」
「くっ……!」
教授が、何かを取り繕うのをやめた冷たい目でナナオを見下ろしていた。
背筋が凍るような酷薄な教授の声に気おされながらも、ナナオはなおも怒りに燃える目で教授をにらみつけていた。
#
「さあ大鬼。早くビーネス王女を我が城に運ぶのです……」
「くそ……マシーネ……」
夜の森の中で。
グロムの機甲鎧に拘束されたビーネスを見下ろして、青白い光に包まれた黒衣の貴婦人がコロコロと笑う。
グロムが自分の右手にはまった腕輪の灯りをポチポチと操作すると、鎧の中のビーネスの姿が陽炎のようなモヤモヤに包まれて徐々に薄らいでいった。
「どうです便利でしょう? この機甲鎧はそれ自体が小規模な接界点発生装置になっているのよ。コレがあれば、わたくしの尖兵が人間世界に干渉するのは赤子の手をひねるより容易いこと……。ようこそビーネス王女。わたくしの『機巧都市』へ……!」
「へへ、あばよイカレ王女。てめーを直接殺せなかったのは残念だが、アッチでマシーネ様に切り刻んでもらえ……」
自慢げに笑うマシーネ。
機甲鎧の中で薄らいでゆくマシーネに顔を寄せて、大鬼のグロム・グルダンもニタリと笑った。
「くそ……! なんとか、なんとか伝えないと父上に……!」
ビーネスは焦燥した顔で辺りを見回す。
自分の体が、何処かに転送されてゆく。
視界がどんどんボヤけていく。
ビーネスの痕跡が、人間の世界から完全に消えてしまう。
その前に……!
ザワザワザワ……。
ビーネスの美しい銀髪が波打った。
ビーネスが機甲鎧で唯一拘束されていない顔を上げて、グロムの方をキッとにらむと……
「ルシオン!」
「おわあっ!」
ビーネスの叫びと、うろたえるようなグロムの悲鳴が同時に上がった。
シュッ!
シュッ!
シュッ!
ビーネスの体がこの世界から完全に消え去る、まさにその瞬間。
彼女の髪のひと房が針のように硬質化して、グロムに向かって発射されていたのだ!
「あのクソ王女! 最後の最後まで始末におえねえ!」
忌々しげに首を振って、グロムは自分の腕に刺さった銀色の針を払い落とした。
ビーネスの髪の毛針に毒はないようだった。
針は大鬼の巨体に、何のダメージも与えていないみたいだった。
ビーネスの姿が森から消え去ると、グロムの腕輪から放たれた光の中に在った魔王マシーネの幻影も、いつも間にか消え失せていた。
残っているのはグロム1人。
森は夜の静けさを取り戻していた。
「どこにいるの? 仕事よ魔族。速やかに屋敷まで戻りなさい……」
「ハイハイ。わかったよ人間の姉ちゃん」
グロムの耳元の受信機から、彼を呼ぶレモンの声が聞こえた。
大鬼はぞんざいな態度でその声に答えると、グロムはもぬけの空になった機甲鎧の塊をヒョイと拾い上げて、屋敷の方に向かって歩き始めた。
だがその時、グロムは気づいていなかった。
大鬼の巨体を覆った虎縞の腰巻。
その毛皮に突き刺さったビーネスの針が、夜空に上った満月の光を反射してキラキラと銀色に瞬いているのを。
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