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第5章 真敵顕現〈エネミーライゼス〉

コゼットの盾

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「わ……わたしの光撃バーストを払った!」
「まさか、あんなことまで!」
 空中のルシオンが、唖然としてリュトムスを見下ろす。
 コゼットも、目の前で起きた出来事が信じられないみたいだった。

 リュトムスの受け技が、ルシオンの光を切り裂き、四散させていた。
 竜の炎を切り裂くほどのルシオンの攻撃が、この食屍鬼グールの格闘家には効かなかった。
 ホタルたちの光を束ねたルシオン渾身の光撃バーストが、リュトムスの「廻し受け」の前では全く通用しない!

「どうやらソレが奥の手・・・ですか。王女様……。では今度は、こちらのターン!」
 青白い顔でルシオンを見上げたリュトムスが、ニタリと笑った。
 
 次の瞬間、ビュンッ!
 風を切る音と共に、リュトムスの姿が再び地上から消えた。

「うあああああっ!」
 ルシオンの悲鳴。

 いきなりルシオンの目の前まで跳躍したリュトムスの攻撃。

 突き。
 突き。
 蹴り。
 突き。
 蹴り。
 突き。
 突き。

 食屍鬼グールの長い手足から繰り出される目にも止まらない連撃が、ルシオンの体に突き刺さっていく!
 そして……

「これで仕上げフィニッシュ!」
 ズバッ!

「…………!?」
 ルシオンの悲鳴が止まった。
 あまりの痛みに、声も出なかった。
 
 ルシオンの頬が、ベッタリと血の色に濡れている。
 彼女の右肩の肉の一部が、そっくりルシオンの体から消え失せていた。

 リュトムスの気合とともに放たれた彼の手刀。
 まるで鋭利な刃物そのものの食屍鬼グールの指先が、ルシオンの右肩の肉と背中の右翅をゴッソリ切り取った・・・・・のだ!

「がっ! あああああああ!」
 苦痛の絶叫を上げながら、ルシオンが落ちていく。
 空中に真っ赤な血しぶきをまき散らして。

 そして、ドッ!
 錐揉み状に回転スピンしながら、ルシオンの体が地面に叩きつけられた。

 続いて一瞬後、トンッ!
 リュトムスの体が優雅に地上に着地する。

「フフフッなかなか素敵な食前酒アペリティフでしたよ、王女様。それではまず前菜オードブルから……」
 そう言って満足そうに笑うリュトムスの右の白手袋が、真っ赤に染まっていた。
 リュトムスの手には、ルシオンから切り取った血まみれの肩肉が握られていたのだ。
 そのルシオンの肉体の一部を……。

 ペロリ。

 クチャクチャクチャ……。
 リュトムスの口から伸びた長い舌先が肉片を巻き取っていく。
 舌が肉片を口に運んで、いやらしい音をたてながらゆっくりと咀嚼していく!
 
美味テイスティ! 実に美味テイスティですよ王女様! 苦痛と絶望とで風味づけされた魔王の眷属の血肉の、なんたる豊潤ほうじゅんさ!」
「うッ……あッあッ……! 助けて。助けて。助けて……!!」
 リュトムスがパチパチと手を叩きながら、ルシオンにゆっくりと近づいてくる。
 青白くて骨ばった食屍鬼グールの顏に、ウットリ満足げな表情が浮かんでいた。

「助けてコゼット……! 助けて……父上・・!」
 ルシオンが地面に這いつくばったまま、必死でその場から逃げようとしていた。

 両目から涙を流して。
 全身を血塗れにしながら。
 ノロノロと芋虫みたいに這いまわって、どうにかリュトムスから離れようともがいている。
 ルシオンは苦痛とショックで、もう立つことも出来ないみたいだった。

 ルシオン……! おい、しっかりしろ。立てルシオン!
 ルシオンと痛覚を共有しているソーマもまた、痛みでどうにかなりそうだった。

 だがソーマは必死でルシオンに呼びかける。
 この場を這って逃げるだけでは、もうルシオンの命も、ソーマの命もおしまいだった。

「フフフッ次は血のスープを頂くことにしましょう。少しばかり多めに抜けば・・・・・・、もうそこから逃げ出す気にもならないでしょうから……!」
 リュトムスが右手の指をポキポキ鳴らしながら、ニタリと笑う。
 食屍鬼グールのその手がルシオンを捕えるまで、あと数メートルまで迫って来た……その時だった。

「動くな!」
 リンとした厳しい一声が、辺りに響いた。

「これはこれは。『研究所』のお方々……」
 リュトムスが声の主の方を向いて、慇懃にお辞儀をした。
 リュトムスとルシオンに向かって銃口をむけた兵士の一団が、あたりを取り囲んでいた。

 声の主はその先陣。
 黒鋼色メタルカラーのコンバットスーツをまとった、兵士のリーダー格のようだった。

「これは……みんな倒れて……死んでいます!」
「みんな、死んで……!?」
 兵士の1人が、フードコートに転がる死体の山に足を踏み入れて悲鳴を上げている。
 リーダーが、震える声でうめいた。

「貴様らの仕業か!」
「貴様? いえいえ、めっそうもない……」
 リュトムスに銃口を向けて怒号を上げるリーダーに、食屍鬼グールは大げさに首を振った。

「我らが主から言いつかったのは『王女』の監視です。王女の暴走でみなさまに余計な犠牲が出ぬようにという、主のはからいでした。もっとも、少々遅すぎたみたいですが……!」
「『王女』……標的ターゲットか……!」
 リュトムスが、青白い顔を痛ましげに歪めてフードコートの死体を見回した。

「これを……全部標的ターゲットが……!」
 兵士のリーダーがワナワナ震えながら死体の山を見詰めていた。
 死体の体のそこかしこに、白い煙を上げて小さな穴がうがたれているのが見えた。

 空中からルシオンが放った、光のアローのうがった傷だった。

 そして……。
 
「さて、どうしますか? このまま・・・・では王女は人間たちに殺されてしまいますよ?」
 不意に、リュトムスがあたりを見回してそう声をあげた。

 兵士のリーダーに向かってではない。
 地面に転がるルシオンにでもない。
 誰か、この場にいない者に語りかけるように、

  #

「撃ちますか? クロームリーダー」
「……いや、待て!」
 リュトムスとルシオンに交互に銃口を向けながら。
 次々と彼に指示をあおぐ部下たちをおさえながら、リーダーは迷っていた。

 路上に転がった無残な少女の姿。
 報告されている姿と照合してもまず間違いない。
 あの少女が彼の標的ターゲットだった。
 
 2日前。
 異世界からのゲートから突然あらわれて、御霊山で彼の組織の兵士たちを全滅させた存在。
 「こちら側」の世界を侵食する、危険極まる異界者ビジター

 発見次第、殲滅すること。
 それが彼と、彼の部下たちに与えられた任務ミッションだった。

 2日前とは武装が違う。
 いま彼と彼の部下たちが手にした殲魔装備デモンバスターならば、どんな異界者ビジターも数秒で滅ぼすことができるだろう。

 だが……。

「助けて……助けて……!」
 目の前で哀れな声を上げる少女に、彼は戸惑う。

 あの女・・・……メイローゼの連れて来た男に痛めつけられたのだろうか。
 全身を血まみれにして地面に横たわった少女の姿は、無力そのものだった。

 いや……!
 彼は苦しげに頭を振る。

 この場所、ポイント18に辿り着くまでの間。
 遠目からでもハッキリ見えた。

 空中に舞い上がった少女が、フードコートに向かって無差別に光の矢を撃ち放つその姿が!
 こいつが市民の命を、何人も、何十人も……!

 彼は深く息を吸いこんで、覚悟を決める。

「撃て……!」
 ヘルメットに内蔵された通信機越しに、彼は部下たちにそう命令した。
 そして自分自身の構えた銀色のアサルトライフルの引き金に、力を込めた。

  #

 ギュンッ! ギュンッ! ギュンッ!

 リーダーの合図と同時に。
 兵士たちの構えた銃が、ルシオンに発射された。
 銃口から放たれた銀色の光弾が、一斉にルシオンの体に突き刺さる!

 ……かと思った、その時だった。

「なにっ!」
 リーダーは驚きの声をあげていた。

 兵士たちの攻撃が、ルシオンに届いていなかった。
 ルシオンの体の周辺に発生したユラユラした揺らぎ。
 その揺らぎに触れると、光弾は少女の体をそれてデタラメな方向に飛んで行ってしまう。

「撃て! 撃て!」
 苛立つ兵士たちが、再び一斉攻撃を開始する。
 だが結果は同じだった。
 
 そして……

「立ちなさい、ルシオン様」
 不思議な揺らぎに包まれたルシオンに、そう語りかける者がいた。
 横たわるルシオンの傍に、青白い光が集まってゆく。

 光がやがて小柄な人影を形作ると、次の瞬間。

「コゼット……!」
 目の前に立った人影を見上げて、ルシオンは苦しそうにうめいた。
 立っていたのは、小さなチョウの姿から人の姿に戻ったルシオンの侍女だった。

 コゼット……!
 ルシオンを見下ろすコゼットの姿に、ソーマは言葉を失っていた。

 立っているのは、ソーマと同じ年くらいの輝くような金髪をした少女。
 クリーム色の肌、コバルトブルーの瞳。

 だが今のコゼットが身にまとっているのは、いつものメイド服とは程遠いものだった。
 コゼットの全身を包んでいるのは、銀色に輝いた眩い板金鎧プレートメイルだった。

 右手に構えているのは、これまた銀色の厳つい鎚矛メイス
 そしてその背中から広がっているのは、青紫色に瞬いた蝶のように優美な翅だった。

「やはり『鱗粉防壁スケイルシールド』! さっき私の拳を防いだのは、あなただったんですね?」
 リュトムスが、コゼットを指さしてニヤリと笑った。

「お待ちしておりましたよ、『大騎士』コゼット・パピオ殿! その名も高きゼクトパレスの守護者……『インゼクトリアの盾』のおでましをね……!」
「そう呼ばれていたのは昔のこと。今のわたくしは、ただルシオン様をお守りする侍女でございます……」
 たかぶった様子で大仰にお辞儀をするリュトムスに、コゼットは静かな声でそう答えた。

「さあ、立つのですルシオン様。あなたは、こんな場所で終わる方なのですか? であれば、しょうこともなし……!」
 コゼットは再びルシオンを見下ろして、彼女にそう呼びかけた。

 …………!?
 ソーマは戸惑っていた。
 これまでのコゼットとは、まるで違う。
 冷たくて、リンとしたコゼットの声!

「あなたが、わたくしの見込んだ通りのお方ならば。わたくしが仕えるにふさわしいお方であるならば。今すぐに、わたくしにお示しくださいませ。魔王の眷属の矜持と力を。インゼクトリア第3王女、ルシオン・ゼクトとしての矜持と力を!」
 重々しくて厳しい、だが力強さと威厳に満ちた声で、コゼットはルシオンにそう呼びかけた。

「う……うぅぉおあぁあああああああ!!!」
 コゼットの声に鼓舞されるように。
 ルシオンの手に力がこもった。

 傷ついた体を両手で支えて。
 ルシオンが、震える足でその場から立ち上がった!

「何をしている、撃て!」
 リーダーの戸惑うような声があたりに響く。
 慌てた様子の兵士たちが、再びルシオンとコゼットに向かって一斉に引き金を引いた。



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