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第4章 魔法決闘〈マジカデュエル〉
魔法決闘
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「始めるよ。御崎くん……!」
「あ、ああ……」
マサムネが厳しい声で、ソーマに言った。
ソーマの方は、今やっと魔法練刀と防御手甲を身に着けたところだった。
たどたどしい手つきでスティックを握りながら、マサムネの方を向く。
「携魔された魔法は電撃。魔法練刀《マジカスティック》に設けられた制限装置によってダメージは最低レベルに抑えられている。刀で打たれても、全身が痺れて一瞬動けなくなるくらいだ。安心してお互いベストを尽くそう……!」
マサムネが、噛んでふくめるようにソーマに設定を説明する。
電撃かあ……。
ソーマはウンザリした顔。
ダメージ最低と言っても、この競技は打たれると痛いのが、すごくイヤだった。
「さあ、試合開始だ……」
静かな声でそう言いながら、マサムネは足元に置いた決闘指示器のスイッチをスティックの先端でつついた。
シュウウ……
指示器《ポインタ》から広がってゆくホログラム。
緑色の光の方形が、ソーマとマサムネの足元に広がっていく。
この指示器を中心にした一辺10メートルの方形が2人の試合場だった。
この範囲からコートから外側に足を踏み出した者は、試合のポイントにかかわらず無条件で敗者になるのだ。
「ソーマ……」
「ソーマくん……」
コウとナナオ、そしてユナが固唾をのんで見守る中、ソーマとマサムネの試合が始まった。
#
「マサムネ……いったいどうして……!?」
ソーマは心の中でそう呟きながら、マサムネに刀を向ける。
マサムネもまた、右手の刀をピタリとソーマの方に構えていた。
静かな表情。
スッと伸びた背筋。
武道はまるで素人のソーマにも、ハッキリわかる。
まるで隙がない。
ソーマの腕では、絶対勝てない。
それにしても……。
ソーマは不思議だった。
マサムネはソーマの異変に疑いを抱いていた。
それだけでなく、ルシオンの存在にまで気づきかけていたという。
なぜ、わざわざこんな試合をソーマに挑んでくるのか。
目的はルシオンだろうか。
マサムネの狙いは、いったいなんなのだろう。
あ……。
ソーマは何かに思い至った。
「コゼット。お前が学校で調べたいことって、コイツのことだったんだな!」
「はい。そうですソーマ様」
誰にも聞こえないくらい小さな声でそう訊くソーマに、肩にとまったコゼットがアッサリ返事する。
「昨日から気になっていたのです。この方の……マサムネさんの帯びた魔素は、他の方のモノより遥かに強くて濃かったのです。ヒトが帯びる魔素の強さには個体差がありますが、マサムネさんのソレは個体差として無視できないくらい……!」
「強かった? マサムネが?」
「はい。理由はいろいろ考えられますが、まず最初に推理できる最も単純な仮説。それは……」
「……あっ!」
コゼットの言おうとしていることに気づいて、ソーマが小さく声を上げた、その時だった。
「ダッ!」
鋭い一声とともに、マサムネがソーマの懐めがけて飛びこんで来た。
「うおあっ!」
ソーマは慌てて跳び退る。
なんとかマサムネから距離を取ろうとするが、マサムネの烈しい追撃がそれを許さない。
ビュッ! ビュッ!
滅茶苦茶に刀を振ってマサムネを遠ざけようとするソーマ。
だがマサムネの振る正確な剣が、ソーマの攻撃を一瞬で叩き落としていく!
魔法中和壁!
苦し紛れ。
ソーマは左手の防御手甲を振りかざす。
体の各所ににランダムにシールドを展開していく。
だがマサムネの繰り出す突きが、シールドの間隙をぬってソーマに次々つっこんでくる!!
「ソーマ様! 落ち着いて。いったん距離を取るのです!」
(なにやってるんだヘタクソ! わたしと替われ!)
耳元からは、チョウのコゼットのアドバイス。
頭の中からは、ルシオンのうるさいヤジが飛んでくる。
「うるさいルシオン! 少し静かに……」
ソーマが思わず声をあげかけた、その時。
「…………!!」
ソーマは目を見開く。
マサムネの剣が軌道を変えた。
ソーマの攻撃を弾くと、そのままスッと下段にさがり横なぎに……
マサムネの振った刀身が、ソーマのわき腹に飛んでくる!
「ぐううっ!」
ソーマは左手の防御手甲に意識を集中する。
上体側面に魔法中和壁を展開するか?
いや、今この一撃をしのいだとしても、すかさず次がくる。
マサムネの剣撃で崩され切ったソーマの体勢。
次の一撃を防ぐのは、ソーマには無理だ。
だったら……!
「ずあああ!」
ソーマは腹の底から声を上げた。
気魄と一緒に思い切り……自分の左の拳を振った!
バチンッ!
何かがぶつかり合う、凄まじい音。
「なにっ!」
マサムネは、戸惑いの声を上げていた。
マサムネの振った刀は、ソーマの体に届いていなかった。
いや、いまはもうマサムネが構えなおすことも出来ない。
その刀身はソーマが振った左拳の中。
ソーマの左手の防御手甲に押さえ込まれ、つかみ取られていた!
#
「バカな……防御手甲に直接……魔法中和壁を発生させたのか……!」
マサムネの額に、汗がひとすじ流れていた。
ソーマの左手に掴まれたマサムネの刀は、その切っ先を地面スレスレまで押しやられてマサムネには自由にできない。
「放せ御崎くん! 魔法中和壁が耐たない! 手甲が暴発して大怪我を!」
マサムネは動揺していた。
防御手甲は魔法中和壁の発生による瞬間的な魔法防御のために使用する。
魔法練刀《マジカスティック》の刀身との長時間の直接接触など想定されていなかった。
このままではスティックかグローブの、どちらかが爆ぜる!
どうするつもりだソーマ?
我慢比べか!
いいぞ、つきあってやる!
そうハラを決めたマサムネが、凄まじい顔でソーマをにらんだ、その時だった。
ビュウウウ……
マサムネとソーマの足元で、風が巻いた。
「これは……魔法!」
マサムネがそう気づいた時にはすでに……!
「飛翔!」
ソーマは右手首にひっかけた十字架に目をやりながら、そう唱えていた。
ゴオオオッ!
「うああっ!」
足元から発生した突風に、マサムネは慌ててその場から跳び退る。
マサムネが剣を構え直した時には、ソーマの体はすでにマサムネのそばを離れて、空中に逃れていた。
「『直接触』で僕の気を逸らし、その間に風魔法を仕込んでいた……!」
ソーマを見上げて、マサムネは忌々しげにそう呻いた。
すべて、マサムネから距離を置くためのソーマの計算だったというのか?
「けど、今の暴挙の代価は高くついたよ御崎くん。君の防御手甲は、もう使い物にならない。もう君は、丸裸も同然だ……!」
マサムネはソーマの顔をキッとにらんで、静かに笑った。
#
「ふー。危なかった!」
(まったく危なっかしいヤツだな。ヒヤヒヤしたぞ……!)
風に乗ったソーマが、地上に降下しながら冷や汗をぬぐった。
頭の中からは、イライラした感じのルシオンの声。
「ふふふ。ですが、だいぶ慣れてきましたねソーマ様……」
チョウのコゼットが、顏のまわりをヒラヒラしながらソーマを褒める。
「ああコゼット。ルシオンから借りた『目』……俺にもだいぶ見えるようになってきた……!」
地上のマサムネを見下ろしながら、ソーマはうなずいた。
ソーマには見えたのだ。
マサムネの体から放たれる眩いパワーの流れが。
マサムネの刀、そしてマサムネの全身を巡っている、魔素の奔流が!
#
ビュウウウ……
風がその力を弱めた。
ソーマは空中から地上の試合場、緑色に輝く光のスクエアに降り立った。
氷室マサムネの正面に降り立った。
「ルシオンには……俺たちの事がこんなふうに見えているのか……!」
マサムネの体のまわりに集まった力の流れをその目で見据えて。
ソーマは驚きの声を上げた。
マサムネの魔法練刀と左手の防御手甲。
そしてマサムネ自身のマテリアである右手の手甲に集中していく金色の光。
まぶしい魔素の輝き!
自分自身の姿のままルシオンの視覚を借りたソーマには、この世界に満ちた魔法の仕組みが、いまハッキリと目で見てわかった。
魔法の力。
それは学校に、御珠町に、そしてこの世界全体に薄っすらと満ちた輝ける魔素だった。
マサムネの右手の刀は、その刀身にエメリオを凝縮して雷の力を蓄えていた。
マサムネの左手の手甲は、彼の体の常時モニターしながら周囲のエメリオを彼の周囲に引き寄せていた。
マサムネの意思で、一瞬で魔法中和壁を形作るために。
――人間は触媒を使って魔素に干渉するのか?
いつかルシオンがソーマに訊いた言葉の意味が、今ではこの目でハッキリ理解できる。
「ソーマ様。次、きます!」
「わかってるコ……」
コゼットの言葉に、ソーマが答える……暇もなかった。
再びマサムネが、ソーマに間合いを詰めて来た。
シュッ!
風を切る音。
目にも止まらないマサムネの斬撃。斬撃。斬撃!
だが……。
見える!
ソーマは冷静だった。
今のソーマの目には、マサムネの動きがハッキリ見えた。
いまのソーマの体は、マサムネの刀をどうにかかわせた。
ソーマは紙一重でマサムネの剣をしのいで、その場から跳び退る。
「僕の剣を……かわした!?」
マサムネが信じられないという顔で、ソーマを見た。
ルシオンの視覚は、魔素の流れが見えるだけではなかった。
人間離れした、凄まじい動体視力をソーマに与えていた。
ちょうどルシオンと初めて「合体」したあの夜みたいに。
さっきまで意識することもできなかったマサムネの斬撃を、今のソーマは見切ることができた。
「いいですよソーマ様。ルシオン様の目を信じて……その調子で続けてください! ソーマ様。わたくしにも色々と見えてきました……!」
「コゼット……こんなこと続けてどうするんだよ。それに見えたって何がだよ……?」
ゴキゲンな感じのコゼットに、ソーマは戸惑った。
「まず1つ。あの方の……マサムネさんの発する強い魔素は、やはりあの方自身のモノではありません。ソーマ様の体のように内側から発するものではない。何処かで強いエメリオの波動に晒された残り香みたいなものでしょう」
「そうなのか?」
ソーマの肩にとまったコゼットの冷静な声。
「そしてもう1つ。あの方の目にも今のソーマ様と同じく、魔素の流れが見えています。さっきの乱打の時にソーマ様が作りだした魔法中和壁を、ハッキリ目で追ってスリ抜けていましたから……」
「……そ、そんなこともわかるのか!?」
ソーマは呆れて息を飲む。
マサムネにも、魔素の流れが見えているらしい。
ソーマが必死でマサムネの攻撃をしのいでいる時に、コゼットはマサムネの特性を冷静に観察していたというのだ。
「……ですが、それがあの方の本来の能力なのかは、疑わしいと言えるでしょう。あの方の目は、たしかに微妙な魔素の流れを追うことは出来ます。ですが強大な魔素を秘めたソーマ様の体や、そもそも魔素そのもので構成されたルシオン様や、わたくしの存在を認識できていない。おそらくは何らかの『道具』を用いて魔素の『流れ』だけをパターン化して認識している可能性が高いと思われます!」
「お、おぅ………????」
コゼットが何を言っているのか、だんだんよくわからなくなってきた。
ソーマは変な声を漏らすしかない。
「それと、もう1つ気にかかることが……」
「気にかかること?」
コゼットの言葉にソーマが気を取られた、その時だった。
「……あっ!」
マサムネが次に取った行動を見て、ソーマは思わず驚きの声をあげた。
#
マサムネは苛立っていた。
試合が始まっても、全く姿を現す様子の無い、御崎ソーマの正体に。
御崎ソーマの剣の腕は、たしかにおかしかった。
武術の心得なんかないはずのソーマが、マサムネの剣を完全に見切っている。
戦っているのも、しゃべっているのも、確かにいつもの御崎ソーマ自身だというのに!
一昨日までは無力そのものだった魔法拒絶者のソーマ。
マサムネは確信していた。
絶対につながっている。
御魂山の作戦の失敗と、御崎ソーマに起きた異変は……!
だが、まだ決定打に欠けている。
ソーマが急に魔法が使えるようになったことも。
マサムネに匹敵するくらい剣術が上達していたことも。
マサムネが狙う「アイツ」がソーマに化けているという、決定的な証拠にはならない。
マサムネの実力をあの男に証明する絶好のチャンスが、目の前に転がっているというのに!
「このままではラチが明かない……か……」
マサムネは小さくそう呟いて、フッと肩の力を抜いた。
#
「この剣はもう使えない……」
「……あっ!」
そしてマサムネは、自分の魔法練刀に目をやってため息をつく。
そして事もなげに右手の刀を……地面に放り捨てた。
マサムネの行動に、ソーマは思わず驚きの声をあげた。
「さっきの『接触』で、僕の刀も壊れてしまっていたんだ。想定外の事態だから『失格』にはならなかったけど、どのみちあの刀で君から2本取るのは無理だ……」
地面でパチパチ火花を上げているスティックを見下ろして、マサムネはそう言った。
ソーマの防御手甲との直接触は、ソーマのグローブだけでなくマサムネの刀にも決定的なダメージを与えていたのだ。
彼の刀に残された帯魔で、もうソーマから1本を取ることはできなかった。
「とはいえ、まだ試合は続いている。さあソーマくん。あと2本。ひと思いにやってしまってくれ!」
「うっ……待て、マサムネ!」
剣を捨てたマサムネが、ソーマに向かってスタスタと歩いて来た。
マサムネに剣を向けながら、ソーマは戸惑いの声を上げる。
マサムネの勝利の可能性は消えた。
だからソーマに、打ってこいと言うのか?
丸腰のマサムネに……!?
「さあ。右肩から袈裟斬りか……それとも左脇から? 喉元に突きを入れるっていうのは?」
「やめろ……くるなマサムネ……!」
淡々としたマサムネの口調に、ソーマは全身の毛がゾワッと逆立つのを感じた。
これは試合だ。
ただの魔法実技の試合。
なのに、なぜか。
マサムネとやっていると、まるで本当に命のやり取りをしているみたいな……。
そんな気分になってくる!
「ダアアアッ!」
そして何かに駆られるように、ソーマはマサムネに打ちかかった。
自分の刀を上段に構えて、マサムネの右肩めがけて……思い切り!
だが、その時だった。
ドンッ!
「うおわぁ!?」
両手に走った衝撃に、ソーマは悲鳴を上げていた。
「詰めが甘いよ。御崎くん!」
マサムネが整った顏をソーマに寄せて、凄まじい顔で笑っていた。
ソーマの刀がマサムネの体に届く寸前。
マサムネは一瞬でソーマの懐に飛び込んでいた。
マサムネの両手が打ちかかったソーマの手元を、しっかりと掴み止めていたのだ。
ギギギギギ……
マサムネの左手の防御手甲が、ソーマの手首をギリギリ締め上げる。
マサムネの右手が、ソーマの手から彼の刀を無理やりもぎとった。
そして……
「まずは、1本!」
マサムネが、ソーマから奪った刀で、ソーマの脇腹を思い切り打った。
バチンッ!
ソーマの全身に、凄まじい激痛が走った。
刀に携魔された電撃だった。
でもこの痛み、このダメージ。
何かがおかしい。
安全装置が、機能していない……!?
「がああああああああああああ!」
ソーマは絶叫する。
体の感覚がマヒしてゆく。
足に、力が入らない。
ソーマの膝が、カクンと折れて地に着いた。
ソーマはそのまま、自分でも気づかない内に地面に腹ばいになっていた。
「バケモノめ! まだ正体を現さないのか。だったら……」
足元で震えるソーマを見下ろしながら、マサムネは冷たい声でそう呟いた。
「もう1本!」
ソーマの無防備な背中に向かって、マサムネは再び刀を振り下ろした。
「ぐがあぁあああああああああ!」
体育館裏に、ソーマの苦痛の悲鳴が響き渡る。
「ソーマ!」「ソーマくん!」
「いやソーマくん……マサムネくんやめて!」
試合の様子を見守っていたコウとナナオも、事態の異常さに気づいて声を上げる。
そしてユナは、悲鳴を上げながらソーマとマサムネの方に駆け寄っていった。
「あ、ああ……」
マサムネが厳しい声で、ソーマに言った。
ソーマの方は、今やっと魔法練刀と防御手甲を身に着けたところだった。
たどたどしい手つきでスティックを握りながら、マサムネの方を向く。
「携魔された魔法は電撃。魔法練刀《マジカスティック》に設けられた制限装置によってダメージは最低レベルに抑えられている。刀で打たれても、全身が痺れて一瞬動けなくなるくらいだ。安心してお互いベストを尽くそう……!」
マサムネが、噛んでふくめるようにソーマに設定を説明する。
電撃かあ……。
ソーマはウンザリした顔。
ダメージ最低と言っても、この競技は打たれると痛いのが、すごくイヤだった。
「さあ、試合開始だ……」
静かな声でそう言いながら、マサムネは足元に置いた決闘指示器のスイッチをスティックの先端でつついた。
シュウウ……
指示器《ポインタ》から広がってゆくホログラム。
緑色の光の方形が、ソーマとマサムネの足元に広がっていく。
この指示器を中心にした一辺10メートルの方形が2人の試合場だった。
この範囲からコートから外側に足を踏み出した者は、試合のポイントにかかわらず無条件で敗者になるのだ。
「ソーマ……」
「ソーマくん……」
コウとナナオ、そしてユナが固唾をのんで見守る中、ソーマとマサムネの試合が始まった。
#
「マサムネ……いったいどうして……!?」
ソーマは心の中でそう呟きながら、マサムネに刀を向ける。
マサムネもまた、右手の刀をピタリとソーマの方に構えていた。
静かな表情。
スッと伸びた背筋。
武道はまるで素人のソーマにも、ハッキリわかる。
まるで隙がない。
ソーマの腕では、絶対勝てない。
それにしても……。
ソーマは不思議だった。
マサムネはソーマの異変に疑いを抱いていた。
それだけでなく、ルシオンの存在にまで気づきかけていたという。
なぜ、わざわざこんな試合をソーマに挑んでくるのか。
目的はルシオンだろうか。
マサムネの狙いは、いったいなんなのだろう。
あ……。
ソーマは何かに思い至った。
「コゼット。お前が学校で調べたいことって、コイツのことだったんだな!」
「はい。そうですソーマ様」
誰にも聞こえないくらい小さな声でそう訊くソーマに、肩にとまったコゼットがアッサリ返事する。
「昨日から気になっていたのです。この方の……マサムネさんの帯びた魔素は、他の方のモノより遥かに強くて濃かったのです。ヒトが帯びる魔素の強さには個体差がありますが、マサムネさんのソレは個体差として無視できないくらい……!」
「強かった? マサムネが?」
「はい。理由はいろいろ考えられますが、まず最初に推理できる最も単純な仮説。それは……」
「……あっ!」
コゼットの言おうとしていることに気づいて、ソーマが小さく声を上げた、その時だった。
「ダッ!」
鋭い一声とともに、マサムネがソーマの懐めがけて飛びこんで来た。
「うおあっ!」
ソーマは慌てて跳び退る。
なんとかマサムネから距離を取ろうとするが、マサムネの烈しい追撃がそれを許さない。
ビュッ! ビュッ!
滅茶苦茶に刀を振ってマサムネを遠ざけようとするソーマ。
だがマサムネの振る正確な剣が、ソーマの攻撃を一瞬で叩き落としていく!
魔法中和壁!
苦し紛れ。
ソーマは左手の防御手甲を振りかざす。
体の各所ににランダムにシールドを展開していく。
だがマサムネの繰り出す突きが、シールドの間隙をぬってソーマに次々つっこんでくる!!
「ソーマ様! 落ち着いて。いったん距離を取るのです!」
(なにやってるんだヘタクソ! わたしと替われ!)
耳元からは、チョウのコゼットのアドバイス。
頭の中からは、ルシオンのうるさいヤジが飛んでくる。
「うるさいルシオン! 少し静かに……」
ソーマが思わず声をあげかけた、その時。
「…………!!」
ソーマは目を見開く。
マサムネの剣が軌道を変えた。
ソーマの攻撃を弾くと、そのままスッと下段にさがり横なぎに……
マサムネの振った刀身が、ソーマのわき腹に飛んでくる!
「ぐううっ!」
ソーマは左手の防御手甲に意識を集中する。
上体側面に魔法中和壁を展開するか?
いや、今この一撃をしのいだとしても、すかさず次がくる。
マサムネの剣撃で崩され切ったソーマの体勢。
次の一撃を防ぐのは、ソーマには無理だ。
だったら……!
「ずあああ!」
ソーマは腹の底から声を上げた。
気魄と一緒に思い切り……自分の左の拳を振った!
バチンッ!
何かがぶつかり合う、凄まじい音。
「なにっ!」
マサムネは、戸惑いの声を上げていた。
マサムネの振った刀は、ソーマの体に届いていなかった。
いや、いまはもうマサムネが構えなおすことも出来ない。
その刀身はソーマが振った左拳の中。
ソーマの左手の防御手甲に押さえ込まれ、つかみ取られていた!
#
「バカな……防御手甲に直接……魔法中和壁を発生させたのか……!」
マサムネの額に、汗がひとすじ流れていた。
ソーマの左手に掴まれたマサムネの刀は、その切っ先を地面スレスレまで押しやられてマサムネには自由にできない。
「放せ御崎くん! 魔法中和壁が耐たない! 手甲が暴発して大怪我を!」
マサムネは動揺していた。
防御手甲は魔法中和壁の発生による瞬間的な魔法防御のために使用する。
魔法練刀《マジカスティック》の刀身との長時間の直接接触など想定されていなかった。
このままではスティックかグローブの、どちらかが爆ぜる!
どうするつもりだソーマ?
我慢比べか!
いいぞ、つきあってやる!
そうハラを決めたマサムネが、凄まじい顔でソーマをにらんだ、その時だった。
ビュウウウ……
マサムネとソーマの足元で、風が巻いた。
「これは……魔法!」
マサムネがそう気づいた時にはすでに……!
「飛翔!」
ソーマは右手首にひっかけた十字架に目をやりながら、そう唱えていた。
ゴオオオッ!
「うああっ!」
足元から発生した突風に、マサムネは慌ててその場から跳び退る。
マサムネが剣を構え直した時には、ソーマの体はすでにマサムネのそばを離れて、空中に逃れていた。
「『直接触』で僕の気を逸らし、その間に風魔法を仕込んでいた……!」
ソーマを見上げて、マサムネは忌々しげにそう呻いた。
すべて、マサムネから距離を置くためのソーマの計算だったというのか?
「けど、今の暴挙の代価は高くついたよ御崎くん。君の防御手甲は、もう使い物にならない。もう君は、丸裸も同然だ……!」
マサムネはソーマの顔をキッとにらんで、静かに笑った。
#
「ふー。危なかった!」
(まったく危なっかしいヤツだな。ヒヤヒヤしたぞ……!)
風に乗ったソーマが、地上に降下しながら冷や汗をぬぐった。
頭の中からは、イライラした感じのルシオンの声。
「ふふふ。ですが、だいぶ慣れてきましたねソーマ様……」
チョウのコゼットが、顏のまわりをヒラヒラしながらソーマを褒める。
「ああコゼット。ルシオンから借りた『目』……俺にもだいぶ見えるようになってきた……!」
地上のマサムネを見下ろしながら、ソーマはうなずいた。
ソーマには見えたのだ。
マサムネの体から放たれる眩いパワーの流れが。
マサムネの刀、そしてマサムネの全身を巡っている、魔素の奔流が!
#
ビュウウウ……
風がその力を弱めた。
ソーマは空中から地上の試合場、緑色に輝く光のスクエアに降り立った。
氷室マサムネの正面に降り立った。
「ルシオンには……俺たちの事がこんなふうに見えているのか……!」
マサムネの体のまわりに集まった力の流れをその目で見据えて。
ソーマは驚きの声を上げた。
マサムネの魔法練刀と左手の防御手甲。
そしてマサムネ自身のマテリアである右手の手甲に集中していく金色の光。
まぶしい魔素の輝き!
自分自身の姿のままルシオンの視覚を借りたソーマには、この世界に満ちた魔法の仕組みが、いまハッキリと目で見てわかった。
魔法の力。
それは学校に、御珠町に、そしてこの世界全体に薄っすらと満ちた輝ける魔素だった。
マサムネの右手の刀は、その刀身にエメリオを凝縮して雷の力を蓄えていた。
マサムネの左手の手甲は、彼の体の常時モニターしながら周囲のエメリオを彼の周囲に引き寄せていた。
マサムネの意思で、一瞬で魔法中和壁を形作るために。
――人間は触媒を使って魔素に干渉するのか?
いつかルシオンがソーマに訊いた言葉の意味が、今ではこの目でハッキリ理解できる。
「ソーマ様。次、きます!」
「わかってるコ……」
コゼットの言葉に、ソーマが答える……暇もなかった。
再びマサムネが、ソーマに間合いを詰めて来た。
シュッ!
風を切る音。
目にも止まらないマサムネの斬撃。斬撃。斬撃!
だが……。
見える!
ソーマは冷静だった。
今のソーマの目には、マサムネの動きがハッキリ見えた。
いまのソーマの体は、マサムネの刀をどうにかかわせた。
ソーマは紙一重でマサムネの剣をしのいで、その場から跳び退る。
「僕の剣を……かわした!?」
マサムネが信じられないという顔で、ソーマを見た。
ルシオンの視覚は、魔素の流れが見えるだけではなかった。
人間離れした、凄まじい動体視力をソーマに与えていた。
ちょうどルシオンと初めて「合体」したあの夜みたいに。
さっきまで意識することもできなかったマサムネの斬撃を、今のソーマは見切ることができた。
「いいですよソーマ様。ルシオン様の目を信じて……その調子で続けてください! ソーマ様。わたくしにも色々と見えてきました……!」
「コゼット……こんなこと続けてどうするんだよ。それに見えたって何がだよ……?」
ゴキゲンな感じのコゼットに、ソーマは戸惑った。
「まず1つ。あの方の……マサムネさんの発する強い魔素は、やはりあの方自身のモノではありません。ソーマ様の体のように内側から発するものではない。何処かで強いエメリオの波動に晒された残り香みたいなものでしょう」
「そうなのか?」
ソーマの肩にとまったコゼットの冷静な声。
「そしてもう1つ。あの方の目にも今のソーマ様と同じく、魔素の流れが見えています。さっきの乱打の時にソーマ様が作りだした魔法中和壁を、ハッキリ目で追ってスリ抜けていましたから……」
「……そ、そんなこともわかるのか!?」
ソーマは呆れて息を飲む。
マサムネにも、魔素の流れが見えているらしい。
ソーマが必死でマサムネの攻撃をしのいでいる時に、コゼットはマサムネの特性を冷静に観察していたというのだ。
「……ですが、それがあの方の本来の能力なのかは、疑わしいと言えるでしょう。あの方の目は、たしかに微妙な魔素の流れを追うことは出来ます。ですが強大な魔素を秘めたソーマ様の体や、そもそも魔素そのもので構成されたルシオン様や、わたくしの存在を認識できていない。おそらくは何らかの『道具』を用いて魔素の『流れ』だけをパターン化して認識している可能性が高いと思われます!」
「お、おぅ………????」
コゼットが何を言っているのか、だんだんよくわからなくなってきた。
ソーマは変な声を漏らすしかない。
「それと、もう1つ気にかかることが……」
「気にかかること?」
コゼットの言葉にソーマが気を取られた、その時だった。
「……あっ!」
マサムネが次に取った行動を見て、ソーマは思わず驚きの声をあげた。
#
マサムネは苛立っていた。
試合が始まっても、全く姿を現す様子の無い、御崎ソーマの正体に。
御崎ソーマの剣の腕は、たしかにおかしかった。
武術の心得なんかないはずのソーマが、マサムネの剣を完全に見切っている。
戦っているのも、しゃべっているのも、確かにいつもの御崎ソーマ自身だというのに!
一昨日までは無力そのものだった魔法拒絶者のソーマ。
マサムネは確信していた。
絶対につながっている。
御魂山の作戦の失敗と、御崎ソーマに起きた異変は……!
だが、まだ決定打に欠けている。
ソーマが急に魔法が使えるようになったことも。
マサムネに匹敵するくらい剣術が上達していたことも。
マサムネが狙う「アイツ」がソーマに化けているという、決定的な証拠にはならない。
マサムネの実力をあの男に証明する絶好のチャンスが、目の前に転がっているというのに!
「このままではラチが明かない……か……」
マサムネは小さくそう呟いて、フッと肩の力を抜いた。
#
「この剣はもう使えない……」
「……あっ!」
そしてマサムネは、自分の魔法練刀に目をやってため息をつく。
そして事もなげに右手の刀を……地面に放り捨てた。
マサムネの行動に、ソーマは思わず驚きの声をあげた。
「さっきの『接触』で、僕の刀も壊れてしまっていたんだ。想定外の事態だから『失格』にはならなかったけど、どのみちあの刀で君から2本取るのは無理だ……」
地面でパチパチ火花を上げているスティックを見下ろして、マサムネはそう言った。
ソーマの防御手甲との直接触は、ソーマのグローブだけでなくマサムネの刀にも決定的なダメージを与えていたのだ。
彼の刀に残された帯魔で、もうソーマから1本を取ることはできなかった。
「とはいえ、まだ試合は続いている。さあソーマくん。あと2本。ひと思いにやってしまってくれ!」
「うっ……待て、マサムネ!」
剣を捨てたマサムネが、ソーマに向かってスタスタと歩いて来た。
マサムネに剣を向けながら、ソーマは戸惑いの声を上げる。
マサムネの勝利の可能性は消えた。
だからソーマに、打ってこいと言うのか?
丸腰のマサムネに……!?
「さあ。右肩から袈裟斬りか……それとも左脇から? 喉元に突きを入れるっていうのは?」
「やめろ……くるなマサムネ……!」
淡々としたマサムネの口調に、ソーマは全身の毛がゾワッと逆立つのを感じた。
これは試合だ。
ただの魔法実技の試合。
なのに、なぜか。
マサムネとやっていると、まるで本当に命のやり取りをしているみたいな……。
そんな気分になってくる!
「ダアアアッ!」
そして何かに駆られるように、ソーマはマサムネに打ちかかった。
自分の刀を上段に構えて、マサムネの右肩めがけて……思い切り!
だが、その時だった。
ドンッ!
「うおわぁ!?」
両手に走った衝撃に、ソーマは悲鳴を上げていた。
「詰めが甘いよ。御崎くん!」
マサムネが整った顏をソーマに寄せて、凄まじい顔で笑っていた。
ソーマの刀がマサムネの体に届く寸前。
マサムネは一瞬でソーマの懐に飛び込んでいた。
マサムネの両手が打ちかかったソーマの手元を、しっかりと掴み止めていたのだ。
ギギギギギ……
マサムネの左手の防御手甲が、ソーマの手首をギリギリ締め上げる。
マサムネの右手が、ソーマの手から彼の刀を無理やりもぎとった。
そして……
「まずは、1本!」
マサムネが、ソーマから奪った刀で、ソーマの脇腹を思い切り打った。
バチンッ!
ソーマの全身に、凄まじい激痛が走った。
刀に携魔された電撃だった。
でもこの痛み、このダメージ。
何かがおかしい。
安全装置が、機能していない……!?
「がああああああああああああ!」
ソーマは絶叫する。
体の感覚がマヒしてゆく。
足に、力が入らない。
ソーマの膝が、カクンと折れて地に着いた。
ソーマはそのまま、自分でも気づかない内に地面に腹ばいになっていた。
「バケモノめ! まだ正体を現さないのか。だったら……」
足元で震えるソーマを見下ろしながら、マサムネは冷たい声でそう呟いた。
「もう1本!」
ソーマの無防備な背中に向かって、マサムネは再び刀を振り下ろした。
「ぐがあぁあああああああああ!」
体育館裏に、ソーマの苦痛の悲鳴が響き渡る。
「ソーマ!」「ソーマくん!」
「いやソーマくん……マサムネくんやめて!」
試合の様子を見守っていたコウとナナオも、事態の異常さに気づいて声を上げる。
そしてユナは、悲鳴を上げながらソーマとマサムネの方に駆け寄っていった。
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