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第4章 魔法決闘〈マジカデュエル〉

嵐の前

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「ソーマ。それがお前のマテリアか! でも十字架? なんで?」
「あー、いやコウ。まあ、なんとなく……」
「ソーマくん。とうとう決めたんだね!」
 朝の教室。
 ソーマの机の周りで、コウとナナオがだべっていた。
 学校では相変わらず男子のままのナナオが、目を輝かしてソーマのマテリアを見ている。

 彼の手の中のモノを覗き込んで、2人は興味シンシンだった。
 ソーマの右手にあるのは、銀色の小さな十字架クロスの付いたネックレスだった。

 亡くなった母親の形見としてソーマが持っていたモノ。
 そして昨日の夜に見た、あの不思議な夢。

 2日前にルシオンと出会って以来、立て続けに起きた奇妙なできごと。
 このネックレスに、ソーマはなにか運命的なものを感じたのだ。
 
 ――これはお守り……
 ――お母さんがきっとソーマを守ってくれるから……
 
 夢の中のリンネの声が、ソーマの耳をかすめた。

「まあ……とにかくコレに決めたんだ!」
 コウとナナオを見回して、ソーマは力強くそう言った。

「そっか、わかった。だったら午後が終わったら行こうぜ魔工科室! 呪文ワードのインプット、まだなんだろ?」
「そうだよ。アソコなら魔刻器プリンタもタダだしさ……。一緒に行こう?」
 ソーマの結論に、コウとナナオが次々に声をあげた。

「ああ、ありがとな2人とも……」
 ソーマはちょっとシミジミした顔になって、コウとナナオにそう言った。

 いつもと同じ日常。
 いつもと変わらないコウとナナオ……友人たち。
 そんないつも通りの風景が、今のソーマにはとんでもなく大切で安心できるものに思えた。

 その時だった。

 ガタン。
 教室の後ろの方んも席に、乱暴に腰かけたヤツがいた。
 不機嫌そうな表情の黒川キリトだった。

「キリト……」
 ソーマはちょっと顔を曇らせながら、キリトを見る。
 顔や手に擦り傷だらけのキリト。
 右手には包帯を巻いていた。

 昨日の魔法実技の一件以来、キリトとソーマはほとんど口をきいていない。

「キリト、あのさ……」
 ソーマは自分の席を離れて、キリトの方に歩いて行く。

「御崎……!?」
「あのさ、昨日は平気だった? 霧の中でいきなりいなくなって、なんか怪我してるみたいだったし……」
 キリトの体が、ビクッとした。
 なるべくキリトを刺激しないように静かな口調で話しかけるソーマだったが……

「なんでもない。お前には関係ねーだろ。いーから向こう行ってろ……」
 キリトはソーマと目を合わせに、ボソッとそう言うだけだった。

 ソーマには、ハッキリわかった。
 キリトはソーマを恐れていた。

「キ……」
「御崎ソーマ!」
 それでもなんとかキリトに話しかけようとするソーマを、強い声で止める者がいた。

 クラスメートの式白ナユタ。
 キリトの彼女。
 キリトをいたわる様に、彼の肩に手をかけている。
 クッキリした眉毛を寄せて、すごい目でソーマをにらんでいた。

「余計なことしないで。もうキリトには構わないで、手出し・・・しないで……!」
「わ、わかったよ式白……」
 有無をいわせぬ迫力のナユタに、ソーマはスゴスゴ引き下がった。

 手出し・・・って、それじゃ俺の方が悪者みたいじゃないか……!
 心の中でブツブツそう呟きながら、自分の席に戻るソーマ。
 あのむかつくキリトを叩きのめした次の日なのに……。

 なんだかスッキリしなかった。
 心が晴れなかった。

  #

 放課後の体育館裏。

飛翔フライハイ! 飛翔フライハイ! 飛翔フライハイ!」
 5メートル先の地面に置かれたスカイボールに集中して、ソーマは何度もそう唱えていた。
 ソーマの右手の2指の間には、小さな銀色の十字架クロスが輝いている。

 周りにはコウとナナオ。
 そしてソーマのことが気になって一緒について来たユナが、固唾をのんで彼を見ていた。

 魔工科室の魔刻器プリンタで、マテリアに呪文ワードのインプットを完了したソーマが、魔法発動の試しをしているのだ。
 呪文ワードのスラングはユナと同じ、覚えやすい基本英語にした。

 ワードのスラング選択や独自カスタマイズは、後からでも魔刻器プリンタで自由に上書きすることができる。
 まずは基本形をインプットして、だんだん自分が使いやすいようにカスタマイズしていけばいい。

 それにしても……
 ソーマは焦る。

 ゴオオッ! ゴオオッ! ゴオオッ!
 ソーマが呪文を唱えるたびに、辺りに大風が起こるのに肝心の目標、スカイボールにはかすりもしない。

「ソーマくん。力抜いて、リラックス!」
「ソーマ! 空に浮かんだ虹の緑をイメージしろ!」
「ソーマくん。風の声を聞くんだ!」
 ユナもコウもナナオも、それぞれ勝手なアドバイスでソーマを励ます。

 でもそんなんじゃ……全然わかんねー!
 ソーマは途方に暮れる。
 
 自転車やスノボに最初からスイスイ乗れるヤツが、まったく乗れないヤツに口だけアドバイスしてるようなものだ。
 ソーマにはまだ、とっかかり・・・・・が掴めない。

 俺のイメージ。
 魔法のイメージ……。

 ソーマは昨日の事を思い出す。
 ユナと一緒に飛んだ時の、指先に感じた力を思い出す。
 
 俺の魔法。
 操る力。

 それは全身を叩く……心地よい律動リズム

飛翔フライハイ!」
 何かが掴めた気がして、ソーマは意識を集中する。
 スカイボールを指さして、再び呪文を唱える。

 次の瞬間。

 ビュンッ!

 何か風を切る音と共に、目の前からスカイボールが消え去った。

「わっ! わっ! わっ!」
 ユナもコウもナナオも、呆然として空を見上げる。
 学校から遥か数十メートル上空、黒い点みたいになったスカイボールがヒラヒラ舞っているのが見えた。

「やったじゃんソーマくん。凄い!」
「めっちゃ飛んだな。どういうスピードだよ!」
「ソーマくん、あとは風の声を聞くだけだよ!」
 3人がソーマに駆け寄って歓声を上げる。
 まず基本はクリア。
 あとは力の加減で、徐々に色々なものに応用していけば……。

 ソーマは胸を撫でおろしながら、空を見た。

 ユナ、コウ、ナナオ……。
 やっとこいつらと、同じ場所に立てる。
 対等になれる……!

 ソーマの胸の中を何か熱いモノが満たしていった。
 その時だった。

「すごい。すごいよ御崎くん……!」
 パチパチと両手を叩きながら、ソーマたちに近づいてくる者がいた。

「お前は……?」
「マサムネくん……?」
 体育館裏にやって来たのは、キラリと眼鏡を輝かせた穏やかな笑顔の氷室マサムネだった。
 
「ソーマくん。君の中で急に目覚めたその力。やっぱり普通じゃない。君の力は強すぎる・・・・! だから君を……測りたがっている人がいるんだ……」
「力を……測る!?」
 唐突に現れたマサムネの言葉に、ソーマは混乱して首をかしげる。

「ああ。説明するよりも、まず試した方が早い。ソーマくん、僕とコレをやってくれないか……?」
 マサムネは穏やかな笑顔を絶やさずに、ソーマに向かってあるモノを向けた。

「アレは……!?」
 マサムネの手にあるモノを見て、みんな息を飲んだ。
 マサムネがソーマに構えているのは、長さ30センチほどの、銀色の警棒みたいな形をしたスティックだった。

「マサムネくん……まさかソーマくんと『魔法決闘マジカデュエル』を……!?」
 マサムネにそう尋ねる、ユナの声が震えていた。

(ん。『決闘』……!?)
 ソーマの中でボンヤリしていたルシオンが、ユナの言葉にピクリと反応した

「いきなり……なに言ってんだよマサムネ!」
 突然現れたマサムネの言葉に、みんなが息を飲んだ。

 放課後のなごやかな時間が、とつぜん緊張に包まれる。
 マサムネがソーマに、魔法実技の試合を申し込むというのだ。

 普段から穏やかで控えめ。
 授業の課題でもなければ、他人と競い合うようなマネなど絶対しない。
 そんないつものマサムネからは、考えられない行動だった。
 もっともマサムネと競って勝てるヤツなど、いるとは思えないが。
 
 だが、マサムネの方は本気みたいだった。
 マサムネが右手に構えているのは、銀色に輝く魔法練刀マジカスティック
 そして左手に嵌めているのは同じく銀色の防御手甲ガードグローブだった。

「これを着けるんだ御崎くん!」
 マサムネが、ソーマの方に装具袋デュエルバックを投げてよこす。
 中からはスティックとグローブの一式が覗いていた。

「ほんとに、やるつもりか……!」
 足元の装具袋デュエルバックを見下ろしながら、ソーマの声は震えていた。
 本気のマサムネと決闘デュエルなんかしたら、ソーマが勝てるわけがない。
 ユナやコウたちの見ている前で、ソーマを負かして恥さらしにするつもりなのか……!?

 『魔法決闘マジカデュエル』。

 トライボールと同様、反射神経と的確な魔法使用を養うための魔法実技。

 だが1対1形式の試合であることから、勝利するには、より孤独な決断と自制心が求められる。
 トライボールがチームワークと魔法の連携に重きをおく球技だとすれば、魔法決闘マジカデュエルは剣道や柔道のような武道に近かった。

 魔法練刀マジカスティックの刀身に帯魔チャージした魔法を2本、先に相手の体に打ちこんだ者が勝者となる。

 左手の防御手甲ガードグローブは、自分の体の任意の場所に一瞬で魔法中和壁シールドを発生させて、これを防ぐことができる。
 ただし魔法中和壁シールドの使用は10回が上限。

 トライボールと同様、自分の触媒マテリアによる魔法の使用も認められている。
 ただし、これには大きなハンデがあった。
 魔法練刀マジカスティックは、術者の魔法の使用を感知すると、その魔法の出力分、自分の帯魔チャージを外部に放出してしまう。
 刀身の帯魔チャージが、相手に打ち込む本数に満たなくなった時点で、術者は失格となってしまうのだ。

 また魔法の発動は、数秒の精神集中を必要とする。
 このため瞬速で繰り出される剣技に合わせて効果的に使うのが、とても難しかった。
 逆に言えば、剣技などの武術が得意な者だったら。
 多少の魔法の実力差など、簡単に埋まってしまう競技でもある。

 マサムネがどれほど魔法の実技が優秀でも……優秀でも……ひょっとしたら!
 
 ……マサムネは、剣道4段の実力だった。

 つまり、ソーマがどう足掻いても、絶対に勝てない。

「あのーボク。急にお腹が痛くなってきて……保健室で少し休んでから……帰りますっ!」
「ソーマ?」
「ソーマくん!」
 いきなり負け犬の目になったソーマが、マサムネに背を向けてどこかに消えようとした、だがその時だった。

「ならば、御崎くんでなくてもいい!」
「…………!?」
 マサムネの声に、ソーマの体が固まった。
 いったい、何を言っている・・・・・・・

「御崎くんがやらないならば、君に用がある。御崎くんにいたモノ……いやあるいは、御崎くんに化けた・・・モノ……!」
「マサムネ……?」「ソーマくんに……なに?」
「マサムネくん、何を言っているの……!?」
 マサムネの言葉に、わけがわからず困惑の声を上げるコウとナナオ。
 ユナも、不安そうな顔でマサムネをにらむ。

  #

「昨日の朝から……ずっと気にかかっていたんだ。あの夜の御霊山の事件・・。いきなり魔法が使えるようになったという御崎くん。黒川くんとの朝のトラブル。そして魔法実技の不可解な出来事……!」
 マサムネはソーマの顔を、そしてコウ、ナナオ、ユナ、その場にいる者たちの顔をゆっくり見回しながら、そう言った。

 ソーマの親友2人と幼馴染にも、この茶番には付き合ってもらう必要があった。

 マサムネには、見極める必要があるのだ。
 この中の誰が、何を、どれだけ・・・・知っているのか。
 そして、御崎ソーマの正体を!

「さあ、どうしたバケモノ、来ないのか? お前が本物の異界者ビジターならば、装具袋そんなものは不要かな? 黙っているなら、こちらから行くぞ……!」
 ソーマを挑発するように。
 マサムネはソーマの背中にそう声をかけ、右手の魔法練刀マジカスティックを振り上げた。

 するとソーマは……!

  #

(おいおい。あいつ、ヤル気マンマンじゃないか! ヤろう今スグ! ほれほれ、はやく体を返せ!)
「だめだルシオン……絶対にダメ……!!!!」
 ソーマの頭の中に、ワクワクしたルシオンの声が鳴り響く。

 ソーマはパニックに陥っていた。
 いったい何時の間に!?
 あの氷室マサムネは、ソーマに起きた異変……どころか、ソーマの中のルシオンの存在に気づいていたというのだ!

 とりあえず、なんとかマサムネから逃げないと。
 ユナとコウとナナオを、この修羅場から引き離さないと。
 でないと俺の日常が、大事な友達と、幼馴染が……!

 ソーマは全身に意識を集中して、どうにかこの場を立ち去ろうとする。
 少しでも気を抜けば、ルシオンはソーマの体を乗っ取ってマサムネに飛びかかるだろう。

 昨日のキリトの時と同じだった。
 今、この場をソーマがコントロールしなければ。
 ルシオンは、マサムネを殺してしまうだろう。
 
 そして、最悪の事態がおきた。
 マサムネが、ソーマの背中にむかって魔法練刀マジカスティックを振り上げている。

 もうこれ以上、この場を抑えきれない。
 絶体絶命、どうするソーマ!

 だが、その時だった。

「だめですよ、ルシオン様!」
(……コゼット?)
 ソーマの耳元で、ハサハサと翅音がした。
 小さな青いチョウになったコゼットの声が、そう話しかけてきたのだ。

「今は、ルシオン様が戦うべき時ではありません。あの方と戦って勝利をつかむのは……ソーマ様です!」
「俺が……無理に決まってる。それにアイツ、ルシオンのことに気づいている……!」
 ソーマは泣きそうな声で、コゼットに小さくそう答えた。
 だが……。

「大丈夫。あの方は、まだ事の核心に至ってはいません。だからブラフはったりをかましてルシオン様を挑発しているのです。見方を変えれば、わたくしたちがそれを逆手にとって、あの方から引き出せる情報がたくさんあります。ですからソーマ様の出番なのです!」
「……俺の?」

「大丈夫。このわたくしの言う通りにヤれば、絶対に勝てます。ルシオン様。あなたの『目』と『力』を、全部ソーマ様に預けてください……」
(えーヤダ。なんでわたしが、こんなヤツと替……)

「いいから早く!」
(……はい)
 コゼットの厳しい声に、ルシオンはションボリそう答えた。

「……これは!?」
 ソーマは小さく驚きの声を上げた。
 ソーマの体の感覚に、何か・・が流れ込んで来た。

  #

「わ……わかったよマサムネ。しょうがないなー」
「御崎くん……!?」
 こっちを振り向いて、ヘタレた顔で笑うソーマ。
 マサムネは小さく驚きの声を上げた。

 親友や幼馴染の前で。
 御崎ソーマが、自分と戦うという。

 マサムネの姿を借りている(に違いない)異界者ビジターは、マサムネの挑発に乗らなかったらしい。
 いったい、何を考えている?
 なぜその正体の欠片も現さない。
 あの黒川キリトに、そうしたように!

 マサムネは光る眼鏡の奥から、ソーマをにらんだ。

「えーと、コレを着けるんだよな? 『決闘デュエル』なんて、前期に1回やっただけだもんなぁ……」
 ソーマは足元の装具袋デュエルバックを拾い上げると、ヒクついた顔でそう呟いた。

  #

「王女は今あの建物の中だ。この世界のガキどもは、だいたいこの時間まで『学校』ってトコにいる」
「なるほどね、大勢のヒトの子に紛れて、あたしたちを探ってたってわけか? あの王女にそんな頭があったとは……」
 聖ヶ丘中学からほどない商業ビルの屋上。
 眼下の学校を見渡しながら、黒衣のメイローゼは首をかしげていた。

「いずれにしても連中とは話をつけた。グリザルド、始めろ!」
「メイローゼ……本当にヤルのか……?」
 傍らに立つチャラ男のグリザルドにメイローゼが何かを命令した。
 女の命令を受けたグリザルドの顔は浮かなかった。

「この辺に住んでる連中は……みんな街の衆だ。ならず者でも兵隊でもない。そいつらを見境なく殺すってのは……俺の流儀スタイルじゃねえ……!」
「いまさら何を言ってるグリザルド。お前がやらないなら、お前の首をもいでから、あたしがヤルまでのこと。お前も自分の仕事のためにココに居るんだろう……ヤレ!」
 苦々しげな顔のチャラ男に、メイローゼは苛立たしげにそう言った。

「それに安心しろグリザルド。あたしたちの傀儡鬼ゴーレム飛行傀儡ガーゴイルには、どのみち大した力は無い。人間を何人か殺して、家をいくつかブッ壊して、それで終わりさ。あとは連中がカタをつけてくれる……。さあ召喚を開始しろ……!」
 肩を震わすグリザルドを嘲るように、メイローゼは冷たく笑っていた。


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