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第3章 日常変貌〈チェンジワールド〉

魔法実技

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(はぉおおおおお……美味かったぁ。あの『キュウショク』とかいうのを作った料理人。ユナほどではないが、かなりの腕前だな褒めてやる。しかしあの『ギュウニュウ』とかいう飲み物はどうなんだ? なんか甘ったるくて料理に合ってなくないか? もう少しサッパリとした爽やかな飲み物の方が……)
「まったくうるさいなールシオン。食べてる時はあれだけ喜んでたくせに、もう文句タラタラかよ……?」
 昼休み。
 校舎の屋上の金網にもたれながら。
 ソーマは頭の中のルシオンに、ブツブツ小言を言っていた。

 給食の時間も大変だった。
 献立はヒジキの炊き込みごはんと肉じゃが。
 何かを1口食べるたびに、頭の中に響くルシオンの悶絶音に、ソーマは声をあげるのを我慢するのに必死だった。
 あんな教室トコロで大声をあげたら、完全に変なヤツあつかいだ。
 
 昨日から、色々なことが起こり過ぎだ。
 ソーマは気持ちを整理したくて、1人で屋上からの景色を見渡していた。

 空が高くて風もすずしい。
 御珠みたまの街並みと、向こうに広がる山並が一望できた。
 気分を落ち着けて、考えをまとめるのに丁度よかった。

「それにしても……」
 ソーマは昨日の夜の景色を思い出しながら、眉をひそめた。

 コウのスマホでいくら調べても。
 昨日の事件は小さな「山火事」。
 ドコのニュースサイトにもそれ以上は書かれていなかった。

 ルシオンを攻撃してきた黒衣の女。
 ルシオンの国から剣を盗んで持ち去った『所長』と呼ばれていた男。
 いったい何者で、なんのためにそんなことを……?

「コゼット? 聞いていいか?」
「なんですのソーマ様?」
 ソーマは自分の肩にとまった小さな青いチョウにそう尋ねた。
 ルシオンの侍女コゼットに。

「お前たちが盗まれた剣って……そんなに凄いモノなのか?」
「はい、それはそれは。『ルーナマリカの剣』は、深幻想界シンイマジアの中でも7大至宝と呼ばれるほどの偉大な剣なのです。振るう者の意思の力で魔素エメリオを自由に吸い取ったり、吐き出したりすることの出来る剣なのです」
魔素エメリオを……?」
「はい。それがどれ程もの凄い事なのかは、人間のソーマ様には、なかなか説明しにくいのですが……」
 ソーマの問いかけに、コゼットは少し困った様子でそう答えた。

「盗賊グリザルドによって剣が盗み出されたと知った時、正直わたくしたちは不思議でした。深幻想界シンイマジアの、どの地に隠しても、どんな魔王の手に渡ったとしても、剣の存在はたちまち周りの国々に知れ渡ることでしょう。大国インゼクトリアと戦争になるのは必定ひつじょう。わざわざそんな危険を冒してまで剣を盗む者の目的が、わたくしたちには分からなかったのです。ですが……」
 コゼットの声が不安げだった。

(剣が持ち去られたのは深幻想界シンイマジアの地ではなかった! この世界・・・・。人間の世界だったのだ!)
 ルシオンもさっきとは一変。
 イライラした様子でそう声をあげる。

「何か……心あたりは無いのか? 犯人の素性とか目的とか……」
「わかりません。ですが、たしかに不穏な兆し・・はありました。もう何年も前から噂だったのです……深幻想界シンイマジアの地に人間が入り込んでいると……!」
「人間?」
 ソーマは思わず声を上げた。
 ちょうどこちら・・・の世界にやって来たルシオンやコゼットたちと同じように。
 向こう・・・の世界に入っていく人間がいるという。

「誰が? 何のために?」
「それもわかりません。でもグリザルドが取引をしたのは、そういう連中だったことは間違いないでしょう。深幻想界シンイマジアの各地に通じる大盗賊と手を結んだ何者かによって、剣は人間の世界に奪われたのです……!」
 ソーマに答えるコゼットの声が、震えていた。

「はー……」
 全く手がかりのない状態に、ソーマはため息をついた。

「なにか……探し出す方法とか無いのかコゼット? 剣の場所とかさ?」
「いいえ。今のままでは、何もわかりません。ただ……」
「ただ……?」
 ソーマはコゼットの言葉が気になった。

「この世界の中で、何者かの手で剣の力が振るわれた・・・・・ならば、魔素エメリオの希薄なこの世界では、剣の吐き出す膨大な魔素エメリオは強力なシルシとなります。わたくしたちに剣の場所を正確に教えてくれるでしょう。それと……可能性はもう1つ……」
「もう1つ?」
 コゼットの言葉に、ソーマが何かを訊き返そうとした。
 その時だった。

「ソーマくん!」
「ユナ……」
 屋上出口の方から、ソーマを呼ぶ声。
 ソーマが振り返れば、立っているのは嵐堂ユナだった。
 なんだか心配そうな顔で、ツカツカとソーマの方に歩いてきた。

「どうしたの? なに1人でブツブツしゃべって……まさかそのチョウチョと……!? 本当に朝からどうちゃったの?」
「いや……違う何でもないユナ! その……なんてゆうか……腹話術の練習してたんだ!」
「フクワジュツ……!?」
 ソーマの口からとっさに飛び出した嘘。
 あからさまにソーマを怪しんでいるユナに、苦しい言いわけだった。

「ああ。年内にマスターしてクリスマスのアレで……ユナたちにも見せたくてさ!」
「なーんだ。そうだったんだ!」
「……え?」
 ホッと胸を撫でおろしたみたいな、ユナの笑顔。

 ソーマは戸惑っていた。
 ユナはソーマの出まかせを、完全に信じてしまっているみたいだった。

「クリスマスの頃には……リンネさんも帰って来るものね。ソーマくん、リンネさんのためにそんな準備を……!」
「う……うん、ウンウンそうなんだ。だから準備を!」
 ユナの早トチリに、ソーマは必死で相槌をうつ。

人形パペットは決めたの? もう買ってしまった?」
「いや……別にマダ……」
「そう……じゃあ、わたしが手作りしてあげる! どんなのがいい? ウシ? カエル?」
「あ、うん。ありがとな。考えとくよユナ……」
 目を輝かせてソーマを見つめるユナ。
 ソーマは伏し目がちに、オズオズそう答える。

 腹話術……本気で練習しなくちゃ。
 適当についたウソが、ユナの前で引っこみがつかなくなった。

「楽しみだなー。またアノ頃みたいにみんなで……ソーマくんとリンネさんと一緒に……めちゃくちゃ笑い合えるといいね!」
 リンネさん……リンネ……姉さん……!
 いつかみんなで笑い合ったクリスマスのホームパーティ。
 でも、今年は……!?

 空を見上げてカラッとしたユナの声に、ソーマの心はザワザワさざめいた。

 ユナにつられて、ソーマも屋上から空を見上げる。
 秋の空が、晴れていてとても高い。

「さ。もう戻ろうソーマくん」
 ユナがソーマの肩に手をかける。

「次は魔法実技だよ? さっさと着替えて集合しないと……」
「うん? ああ、そうだった」
 ユナの言葉にうなずくソーマ。
 2人は屋上出口に向かって駆け出した。

 5限目は、魔法実技だった。

  #

「ぃよぅおおおお……! 御崎ソーマくん! 今日もよろしくお願いしまっすわぁ……!」
 黒川キリトが、ソーマをにらみつけながら両手の指をポキポキ鳴らしていた。

 ソーマとキリトは、トライボールのコートの中央で向き合っていた
 キリトの額でピクピクしてる血管が、ソーマにもハッキリわかった。
 
「ソーマ? 大丈夫か? まだマテリアも用意してないんだろ?」
 ソーマの右斜めからは、戒城コウが心配そうなヒソヒソ声。

「大丈夫だよコウ。今日は魔法は使わない。昨日と同じようにやる……!」
 親友の気遣いに、ソーマは静かにそう答えた。

(「魔法」を使った球の取り合いか……! なんか……面白そうだな!)
 ソーマの頭の中で、ルシオンはワクワクした様子でそう声をあげていた。



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