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第3章 日常変貌〈チェンジワールド〉

いつもと同じ朝?

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「もー。本当にどうしちゃったのソーマくん? 玄関の時もそうだし、今朝はやっぱり少しおかしいよ?」
「わるいユナ。ほんとにゴメン。ユナの料理がほんとうれしくて、なんだか頭がボーっとしちゃって……!」
 中学校への登校途中。

 一緒に歩きながら心配そうにソーマの顔を見るユナ。
 ソーマは、ユナに謝りっぱなしだった。

「まあ、それはいいんだけど……」
 ソーマの言葉にユナは顔を赤らめて、まんざらでもない様子。

 ユナの料理に興奮するルシオンをどうにか無理やり押さえつけて、ソーマとユナは学校むかって出発していた。
 ソーマのブレザーは昨日の事件で消滅してしまっていたが、去年サイズが合わなくなってしまっていたものを、無理やり羽織ってごまかしている。
 ズボンはスペアがあった。

 ブレザー……新しいの買わないと。
 ソーマは生活費が振り込まれる口座の残高を計算して、ため息をついた。

(はー。それにしても美味かったなあ。おまえたちは毎日あんなモノを食べているのか? ちょっとヤバくないか? 気持ち良すぎて頭がオカシクなったり、禁断症状で苦しみぬいて死んでしまったりしないのか?)
「……なんのドラッグだよ! まったく大げさだな……!」
 頭の中ではルシオンが、ユナの料理の味を思い出しながらゴキゲンだった。

「仕方がないのですソーマ様。ルシオン様のような魔王の眷属は、帝国の民の規範となるよう、普段からとても質素なお食事をなさっているのです」
(その通りだ。わたしたちが普段口にするのは、なんていうか……ああいう野蛮な美味さとは違う……もっと高貴で清らかな食事なのだ!)
 ソーマのまわりを飛びながらそう説明するコゼットに、ルシオンが偉そうな合いの手。
 
 野蛮……。
 ソーマはちょっとイラッときた。
 ユナの作った料理を、あれほど喜んで食べていたのに。
 ソーマにツっこまれたら、後から「野蛮」だなんて。

「じゃあ聞くけど、お前らはいつもどんなモン食ってるんだよ?」
 ユナに気づかれないくらい小さな声で、ソーマはルシオンにそう尋ねる。

(フン。いいだろう教えてやる……)
 ルシオンが鼻を鳴らしてソーマに答えた。

(帝都の中央、魔王城の中心をつらぬきそびえた偉大なる千年樹『ゼクトバウム』。その巨樹の幹を……)
「おお。巨樹の幹を……!」
(ちょっと傷つけると沁み出して来る『ゼクトバウムの聖液』だ!)

 ………………( ゜Д゜)
 樹液か?
 樹液を吸うのか?

(それだけじゃないぞ。1年を通じて瑞々しい命を絶やさないその巨樹の葉に……)
「おお。巨樹の葉に……!」
(夜になると自然に溜まっている清らかな『ゼクトラオブの露』だ!)

 ………………( ゜Д゜)
 夜露か?
 夜露を飲むんだな?

(『ゼクトラオブ』それ自体もシャキシャキして美味しいのだ!)

 ………………( ゜Д゜)
 あー。
 葉っぱも食べるんだ。

(極めつけは超貴重品。年に1度、春になると一斉に満開になる巨樹の花の……)
「おお。巨樹の花の……!」
(つけ根のところに溜まってる自然な甘さが癖になる『ゼクトブルーメの蜜』だ!)

 ………………( ゜Д゜)
 花の蜜か?
 花の蜜を吸ってるんだな?

 ソーマはツっこむ気持ちも萎えて来た。
 いつも昆虫なみの食生活をしていれば、それはスクランブルエッグとベーコン乗せトーストにも悶絶するだろう。

(……な、なんだその沈黙は……! お前、わたしのことをバカにしてないか……!?)
「い……いや、そんなことないよルシオン。わかった、この話はやめよう。ハイ! やめやめ……」
 ソーマの反応に何かを察したのか。
 ルシオンはソーマにくってかかる。
 ソーマは生暖かい笑みを浮かべながら、ルシオンをなだめるしかなかった。
 その時だった。

「わ。踏切りがぁ……」
 道の向こうで閉まっていく踏切の遮断機にユナが気の抜けた声。

 ルシオンの騒ぎで、結局家を出たのは遅刻ギリギリの時刻。
 このタイミングで皇急御珠みたま線の開かずの踏切が閉まったら、状況はどうにもならなかった。

「もー。朝からグダグダしているからよ。しょーがないなー……」
 ユナはブツブツ言いながら、ブレザーの胸ポケットから銀色の小さな音叉おんさを取り出す。
 ユナが魔法を使う時の触媒マテリアだった。
 
「今日もコレ使うしかないか。ソーマくん、つかまって!」
「ユナ。わるい……」
 ソーマの右手を掴みながら、音叉を軽く叩いた。
 そして澄んだ音色が、あたりに響いて、足元で風が巻いた。

飛翔フライハイ!」
 ユナの飛行魔法が発動する。
 ソーマとユナの体が空に舞い上がった。

(なんだコレは? 触媒あんなものを使って魔素エメリオに干渉しているのか?)
 ユナの魔法に、ルシオンが興味シンシンな様子でそう声をあげた。

「ああ。そうだよ。多分、きっと……」
 ユナにつかまりながら、ソーマは投げやりな調子で小さくそう答える。

 ソーマにもボンヤリとだが、魔法というものの仕組みが分かって来た。

 昨日の戦いでルシオンが使った凄まじい攻撃能力。
 コゼットがコウたちを守った遮断能力や開錠能力。
 そしてユナが使っている飛行魔法。

 それぞれの仕組みは同じなのだ。
 ルシオンが言うところの『魔素エメリオ』に干渉して、世界に奇跡を起こす能力。

 違いは発動の条件だった。

 ユナやその他の人間が奇跡を発動させるには、数秒の精神集中と触媒マテリアにインプットした呪文ワードの詠唱が必要だった。

 だがルシオンやコゼットは違う。
 触媒マテリアも詠唱も必要なく、ただ自分の肉体に備わった本能みたいなモノで奇跡を発動する。

 それが、深幻想界シンイマジアの住人と、この世界の人間の違いみたいだった。

 もっとも……。
 ソーマは小さく舌打ちする。
 仕組みが少し分かったところで、ソーマの状況は変わらない。
 自分だけ魔法が使えないという、ソーマの情けない状況は。

(こんな薄っすい魔素エメリオの中で、よくこんな危なっかしいことが出来るなあ。ある意味すごいぞ。感動するっ!)
「危なっかしくて悪かったな。こうしないと遅刻なんだよ!」
 ユナの魔法に感心するような、バカにするようなルシオンの言葉。

 ソーマはイラっときて頭を振った。
 遅刻ギリギリなのだって全部コイツが原因なのに。
 
 その時だった。

「よう御崎ィ。今日も委員長のダッコでちゅかぁ?」
「キリト……!」
 ソーマを更にイライラさせる、嫌味ったらしい声。

 ユナとソーマに並走する、着崩したブレザーの黒川キリトだった。
 今日も高価な飛翔魔機フライトボードを乗りこなしている。

 ギュンッ!
 突然キリトのボードがユナとソーマの前方に飛び出した。

「きゃあっ!」
「うわあっ!」
 視界を遮られて、ユナの手元の音叉がブレる。
 風が乱れて、ユナの高度とスピードが落ちた。
 ソーマは必死に、ユナの体にしがみつく。
 今落ちたら、軽い怪我じゃすまない。

「ギャハハッ! 情けねえなあ御崎ソーマ! 落ちこぼれの魔法拒絶者マジカリジェクト! そのまま墜ちちまえって!」
 前方では、キリトがソーマを指さして大笑いしてる。

 あいつ……!
 俺だけじゃなくユナにまで危険なことを……!
 ユルセネエ……!

 ソーマは自分の無力さに打ちひしがれたまま、ただキリトをにらんで歯ぎしりするしかなかった。

(ん……いまアイツ、お前のことをアオったぞ。このわたし・・・・・挑発・・したぞ?)
 頭の中で、ルシオンのトゲトゲしい声。

「やめろルシオン。あいつが挑発したのはお前じゃない。俺だ。落ち着いて黙ってろ……」
 ソーマは頭を振って、ルシオンをなだめた。

(お前がヤラレたなら、なぜ戦わない? このままではアイツに馬鹿にされたままだろう……?)
「俺は……いいんだ。アイツやユナみたいに魔法が使えない。だから黙って……やり過ごすしかないんだ」
 ルシオンの言葉に、ソーマは小さくそう答えた。
 情けなくて目から涙が零れそうだった。

 だが、その時だった。

(魔法が使えない・・・・? お前の体が? お前はいったい何を言っているんだ・・・・・・・・・!?)
 ルシオンが、心底呆れたようにソーマに言った。

「え……?」
 ソーマは顔を上げる。
 ルシオンはいったい、何を言っているのだろう。

(いいから、自分の指先に意識を集中してみろ?)
「…………!」
 ルシオンに言われるまま、ソーマは目を瞑って指に意識を集める。

 そして。
 シュウウウウ……
 指先に「何か」が集まってくるのが、感じ取れた。


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