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第1章 魔王融合〈デモンズユナイト〉

闇夜の追撃

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「なんだ!?」
 虹色に輝く『接界点ゲート』につっこんだわたしは悲鳴を上げた。
 さっきまで飛んでいた辺境の森の景色が、フッツリ途切れた。
 
 かわりにわたしの目の前に広がっているのは、こんもりとした夜の山並。
 その向こうで瞬いている、まるで宝石をまき散らしたような色とりどりの明かり……街の灯だった。
 そしてその明かりの方角に逃げてゆくのは、飛竜に乗ったグリザルドの背中。
 
「わー! 突っこんじゃいましたよルシオンさま!」
「『接界点ゲート』! グリザルドめ。我が帝国の至宝を『向こう側』に持ち去るつもりか!」
 耳元でオロオロするコゼットの声。
 小さな青いチョウが、わたしの顏のまわりをハサハサ飛びまわる。

 わたしは盗賊の企みを知って歯をギリギリさせた。
 あいつは……双頭のグリザルドは、帝国の至宝『ルーナマリカの剣』をこの世界・・・・に持ち込んだのだ。
 
 だがいったい何故?
 なんのために……?
 
 ここで考えていても仕方がない。
 わたしは再び背中の翅をしならせる。
 グリザルドを捕まえて、あいつに直接しゃべらせればいいだけの話。

 たたきつける夜風を切って、わたしは盗賊の追跡を開始した。
 
 だがその時だった。

 ビシンッ!

「うわあ!」
 何かが空を走る音がした。
 わたしは苦痛の声をあげた。
 背中を、強烈な衝撃が貫いていた。

 光り輝くわたしの翅を、何かが引き裂いていた。
 背中が焼けるように熱い……いや、冷たい・・・!?
 
 ビシンッ!
 ビシンッ!
 ビシンッ!

 たて続けに軋んだ音。
 空を走る何かがわたしの体に食い込んでいった。

「これは……『氷』!?」
 わたしは自分の身体を襲ったモノの正体に気づいて、驚きの声をあげる。
 
 わたしの翅を引き裂いていたのは、弾丸のような小さな氷の欠片だった。
 わたしの手足に食い込んで、わたしを内側から引き裂こうとしているもの。

 それは蒼黒い光を放った、凍てつく氷の塊だった!
 
「くそおおおお!」
 わたしは怒りの叫びをあげる。
 罠だった。

 わたしを攻撃してきたのはグリザルドではなかった。
 グリザルドを手引きして、この世界・・・・で待ち伏せしていた者がいた。

 そいつが地上の何処からか、このわたしを攻撃している!

「まずい!」
 わたしは体をひるがえす。
 距離を取らなければ。

 グリザルドの飛竜の後尾にいるのでは、相手の思うツボだ。
 わたしは傷ついた翅をどうにかしならせて、その場から上昇しようとした。

 でももう、ダメだった。

 バリン。
 氷に裂かれたわたしの翅が、わたしの背中から、もげて落ちた。
 手足の感覚がなくなってきた。
 体全体が、焼けつくように冷たい。
 全身から力が抜けてゆく。
 
 飛ぶ力を失ったわたしの体が、この世界・・・・の地上に向かって墜ちてゆく。

  #

「なんだよアレ!」
「竜……だよな?」
「そんなまさか……でも……!?」
 夜空に浮かんだ虹色の揺らぎ。
 その揺らぎの中からいきなり飛び出してきた「何か」を見上げて、ソーマたち3人は呆然と立ち尽くしていた。

 翼竜のような翼を広げて空を旋回しているのは、ゲームや映画に出てくる竜としか表現できないモノだった。
 そしてその竜の後尾にピッタリついて怪物を追い回しているのは……。

 小柄な、人間の少女にしか見えない姿だった。
 
 だが……

「おい、なんかヤバイぞ!」
 少女の方を指さして、コウがつぶやいた。

 パチン。
 パチン。
 パチン。

 細い稲妻のような紫色の閃光が夜空を走っていた。
 何かの弾けるような甲高い音が、何度も何度も空に響いた。

 閃光が走るそのたびに、少女の体が傷ついていく。
 手や足に、何かが食い込んでいる。
 何かに引き裂かれている。

「わ、墜ちる!」
 少女の姿に目をこらしていたソーマが悲鳴を上げた。
 少女は、背中についた虫の翅みたいなものをしならせて、その場から上昇しようとしていた。
 だが、無駄なあがきみたいだった。

 空中でフッと。
 少女の全身から力が抜けた。
 夜の空から真っ逆さま。
 少女の体が地上むかって墜ちていく。

 そして、
 ザアアア……。
 自然公園のに西、雑木林の向こうに少女の姿が消えた。

「1人墜落したぞ!」
「どうする? 救急車呼ぶ?」
「あの竜は? 警察に通報しないと!」
 少女の消えたその先をにらんで、ソーマが震える。
 オロオロしながら辺りを見回すナナオ。
 コウは空中で旋回する竜を指さして、困惑の表情だった。

「いや。人命優先だ。助けないと!」
「あ、待ってソーマくん!」
「ソーマ!」
 自分でも気がつかない内に、ソーマの足は駆け出していた。
 雑木林の向こう。
 少女の消えたその場所へ。
 ナナオとコウも、ソーマの後を追う。

「ナナオ、119番して。救急車に来てもらおう。コウは警察に。空の竜のことを……!」
「「わかった!」」
 ナナオとコウに連絡を頼むソーマ。
 3人は、夜の公園を走った。

  #

「ええと……多分このあたりのはず……」
「あー。足が痛い!」
 雑木林で、3人は途方に暮れていた。
 道もろくにない、完全に自然のままの林の中。
 見通しは悪いし、帰り道すら危なっかしかった。

 その時だった。

「こっち……ひらけてる……あ、いた!」
 ナナオが何かを見つけたらしい。
 ガサガサガサ……

 ナナオの後をついて、木々をかき分けて前に進むと……。

 晴れた雲間からのぞく月の光を反射して、水面が輝いていた。
 そこは御霊山の中腹、雑木林の合間にたたえられた大きな池だった。

 その池のほとりに、ソレは横たわっていた。

「こいつ……いや、この子・・・はいったい……!?」
 少女を見下ろしながら3人は息を飲んだ。
 
 黒鳥のように優美なドレス。
 少女がまとっているのは、街中では見たこともないような奇妙な、だが美しい服だった。

 輝くような銀色の長い髪。
 まるで雪の様な白い肌。
 ばら色に染まった頬。
 桜色の唇。
 まるでおとぎ話から飛び出してきた妖精みたいな、綺麗な顏をしていた。

 だが、恐ろしいモノが少女の手足や腹をえぐっていた。
 少女の体に食い込んでいるもの。
 それはヒンヤリとした冷気をあたり放つ、蒼黒く輝く氷の塊だった。

 死んでいるのだろうか、それともまだ息があるのだろうか。
 少女の目は閉ざされている。
 命の鼓動を打っているのかどうかも、3人にはわからなかった。

「ひどい怪我だ! 手当しないと。助けないと!」
「まてナナオ! 下手に動かしたらかえって危ないかも!」
「そうだな。救急車が来るのを待って、ココまで案内しないと……」
 取り乱すナナオに、ソーマとコウは難しい顔で答えた。

 その時だった。
 
 バサリ……バサリ

 何かが羽ばたく音がした。
 頭の上から冷たい夜風が叩きつけてきた。
 木の枝と葉がザワザワと揺れて、池の水面が乱れた。

「あれは……!」
 ソーマは頭上の異変に気づいて目を見開いた。
 3人の上空、池の周囲をグルグルと旋回する者がいた。
 さっきまで少女が追っていた怪物。

 夜空に浮かんだ虹色の揺らぎから飛び出した、真っ赤な竜だった。

「へっへ。ざまあねえな、お姫様よぉ……ん?」
 竜の背中に乗った何者かが、下卑た笑い声を上げたが、その声がすぐに途切れた。
 そいつ・・・が、ソーマたちの姿に気づいたのだ。

「人間のガキどもか。見られてたってことか……。どうする? この場で始末するか?」
「だめよ。グリザルド……」
 竜の上から3人を見下ろして、そう叫ぶしわがれ声。
 そして、雑木林の向こうの闇から、それに答える者がいた。

「あたしたちが人間を殺すのは駄目。あとあと色々カドが立つ。人間の始末・・は、人間に任せましょう……」
 低いけれどよく通る甘ったるい女の声が、竜の上から響くしわがれ声に、そう答えた。

 キシキシキシ……
 何かの軋むような音とともに、あたりの温度が急速に下がっていった。
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