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第1章 魔王融合〈デモンズユナイト〉

トライボール

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「やった!」
 ソーマは声を上げる。
 ナナオが真っ白な指揮棒タクトを、自分の触媒マテリアを振って風魔法を発動させたのだ。
 魔法は数秒の精神集中と、触媒マテリアにインプットした簡単な呪文ワードの詠唱で発動する。
 ナナオが得意の風魔法で、スカイを先取した。

 ソーマも得意の足で相手チームより先にミドルボールをかかえ上げた。
 魔法はダメでも足の速さはクラスで誰にも負けなかった。
 だがその時だった。

「なっ!」
 ソーマは目の前で起きた異変に唖然とした。
 地面に残った最後の1つ、アースボールが動き出したのだ。
 人間の手では重くて動かせないはずの球が、滑るように競技場を走って、自陣のサークルめがけてつっこんでいく。
 
無摩擦ゼロフリクション!」
 ソーマはアースボールに仕掛けられた魔法に気付いた。
 
 相手チームの山桜ハル。
 アースボールを指で小突いて微笑んでいたのは彼女だった。
 変性魔法が得意なハルはボールの摩擦係数を0に変えて、重い陶器の球を指1本で簡単に動かしたのだ。
 
「キリトくん、よけて!」
 後ろの方から、ナナオの悲鳴が聞こえた。
 アースボールは自陣のサークルに、そしてサークルの前でどっしり構えたキリトに向かって一直線に走っていた。
 重いボールが直撃したら、軽い怪我どころでは済まないだろう。

「フン……」
 だがキリトは動かなかった。
 唇の片端を吊り上げて不敵に笑う。
 キリトは右手で拳を作った。
 中指にはめた金色の指輪をボールに向けた。
 そして……

失せろビートイット!」
 鋭い声で響いたキリトの詠唱。
 ボールが、キリトの脚先に触れた。

「「あ!」」
 みんなが、驚きの声を上げた。
 キリトの蹴り上げたアースボールが、まるでサッカーボールみたいに軽々と空中に跳ね上がった。
 重量級の陶器の球が、今度は風船みたいにフワフワ空を舞っている!

「ナナオ! あれも頼むぜ!」
「わ、わかった!」
 キリトの号令でナナオの風がアースボールを捉えた。

重量制御ウェイトコントロール!」
 ソーマは走りながら、キリトの得意属性を思い出していた。
 アースボールはキリトの魔法でその重量を元の数千分の1まで軽くされていたのだ。
 いまやボールは、ナナオの風でもやすやす運べる羽毛みたいなものだ。

 いま3つのボールは、すべてソーマたちの手に在った。

「よし、俺も……!」
 ソーマは目の前に迫った敵陣のサークルに意識を集中した。
 風魔法が得意なナナオから、相手チームの選手がボールを奪取するのはもう無理だろう。
 だから、ここで、ソーマがゴールを決めてしまえば。
 勝利はソーマのチームのものだった。

 サークルまで、あと10メートル、5メートル。
 いけるか……ゴールだ!

 だがその時だった。
 
 スルン。

「えっ!?」
 ソーマは一瞬、何が起きたか理解できなかった。
 地面を蹴るはずのソーマの足が、空振りしていた。
 視界がグルリと1回転していた。

「しまった!」
 ソーマは空中で、自分に起こったことを理解して唇を噛んだ。
 無摩擦ゼロフリクションだ。
 山桜ハルがソーマの足元か、あるいは靴に変性魔法を仕掛けたのだ。

 どうする。どうする。
 地面に落ちるまでの数瞬。
 ソーマは必死で考えを巡らせる。
 ミドルボールを地面に落としたら負けになる。
 逆に言えば体でかばって、地面に触れさせなければ。
 まだチャンスはある。

 そう思ったソーマがボールを抱え込もうとした、だが次の瞬間。

 グン。

「うおわ!」
 ソーマは悲鳴を上げた。
 ソーマの手の内で、ボールが急に重みを増した。
 突然の出来事でたえられなかった。

 ボールはソーマの手を離れた。

 そして。
 ドサリ。
 ソーマの体とボールが、同時に地面に転がっていた。

「試合終了!」
 ゲームの勝敗を告げるホイッスルが校庭に鳴り響いた。

「ううう……」
 ソーマは頭を振りながら地面から立ち上がった。
 ボールはソーマのそばに転がっていた。

「御崎くん。大丈夫?」
 そう声をかけてくる者がいた。
 ほっそりとした長身。
 キラリと光る眼鏡。
 穏やかな笑みを浮かべた整った顏。
 相手チームのリーダー格、氷室マサムネ。
 
 勉強も魔法も運動も、とにかく優秀。
 いつも穏やかに笑っているけど、いまいち何を考えているかわからない。
 ソーマはちょっと苦手だった。

「あ、ああ。さっきのはマサムネが?」
「そうだよ御崎くん。頑張ったし、惜しかったね。けど味方の動きだけじゃなくて相手のことも良く見ていないと……」
 ソーマにそう答えて、マサムネはボールを拾い上げた。
 重量制御ウェイトコントロールだ。

 ソーマの手の内のボールにしかけられて、ソーマからボールを奪ったのはマサムネだった。
 魔法ならなんでも得意のマサムネが仕掛けた変性魔法が、試合の勝敗を決めたのだ。

「でもけっこう驚いたよ。まさか3つのボールを全部先取されるなんて。御崎くんの頑張りには、いつか結果がついてくる。僕はそう信じてるよ」
「…………」
 ソーマにそう言うと、マサムネは背中を向けて教師の羽柴の方へ何かを言いにいった。
 ソーマは、何も言えなかった。

「ソーマくん。大丈夫? 怪我してない?」
 ナナオが心配そうな顔でソーマの方にかけて来る。

「御崎ソーマぁあああああ!」
 黒川キリトが、ものすごい顔でソーマの方に歩いてきた。
 額には血管が浮き上がっている。

「このクズ! 無能!」
「わ、悪かったよキリト」
 キリトがソーマの襟首をつかんだ。
 ソーマも小さく謝る。
 キリトの態度は大嫌いだが、ソーマのせいで負けたのは事実だ。
 そして、突然。

 ゴッ!

「エグゥ……!!」
 ソーマのミゾオチに、何かが叩き込まれていた。

 キリトの握りこぶしだった。
 息をすることも出来ずに、ソーマは呻いた。
 キリトの拳は、重くて固い、鉄の塊みたいだった。

「…………!」
 ソーマは気付いた。
 キリトは自分の拳に、変性魔法をかけているのだ。
 誰にも気付かれないようにひっそりと。
 そして魔法を使えないソーマにむかって……!

「自分のクズさがわかったんなら、2度と試合なんか出るんじゃねーぞ! 今度おなじマネしたら100発ブチかます!」
 ソーマを地面に放りだすと。キリトはそう言い放った。
 そしてソーマとナナオに背を向けて、昇降口の方まで行ってしまった。

「ソーマくん! ソーマくん!」
「う、ぐ、ぐ……」
 オロオロするナナオ。
 ソーマは地面に膝をついたまま、しばらくの間苦しい息を吐くしかなかった。

  #

「そうションボリすんなよソーマ。キリトがああなのは、いつもの事だろ?」
「そーだよ。元気だしなってソーマくん!」
 放課後。
 夕暮れ時の通学路を、ソーマとコウとナナオの3人が歩いていた。

「ああ。わるい2人とも……」
 ソーマはそう答えるが、まだ心は浮かないままだ。

「そうだソーマ。今日はさ、アソコに行ってみようぜ?」
「アソコ?」
 話題を変えようとして、コウが話を切り出した。
 ソーマは首をかしげる。

御霊みたま山だよ。御霊山!」
「御霊山って……例の山火事のあった……!」
 コウの言葉に、ソーマの目が見開かれた。


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