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お別れ
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棺桶で眠るおばあちゃんは、とても穏やかな顔をしていた。寝起きが凄く良い人だったから、ぱちりと目を覚まして、いつもみたいに「おはよう、夜依ちゃん」って言ってくれそうで。その瞼が開く訳もないのに、じっと見つめてしまう。起きて、と願いながら。
明日の午前中には火葬されて、骨になってしまう。骨の軽さは知っている。私は肉体に魂が宿るんだと思う。肉体は器であり、骨になったら留まる場所が無くなって、宙を漂う。そして、四十九日が経ったら天に昇っていくか、消えていくか。宙に浮いてしまったら、おばあちゃんが何処にいるかわからないから。
だから、最期に沢山話そうと思った。
深夜2時。8畳の和室、嗅ぎ慣れた白檀の匂いと蝋燭だけが灯されたおばあちゃんの部屋で、棺を見つめる。日に焼けた畳に鎮座する、不自然なほどに真新しい檜の棺には、遺体が腐敗しないように冷却装置が付いていて、運転音が静かに鳴り響いている。
棺に向かい合うように足を抱え込んで座り込んだ。
ぽたり、と滑り落ちるように涙が落ちた。
涙腺を意識していないとすぐに緩んでしまう。
「おばあちゃん。」
囁くような、情けない声だった。
「……今日ね、色んな人が来てくれたよ。」
葬儀には絶えず人が訪れていた。おばあちゃんは人との縁を大切にする人だったから、老若男女問わず沢山の友達や知り合いが居た。笑顔でお別れを告げにくる人もいれば、ボロボロと大泣きで暫く棺から動けなかった人もいた。
「……愛、だねぇ……」
「……でも、骨は、食べれないかな……」
おばあちゃんが死ぬ数日前。遺骨を食べる人がいた、という話を聞いたのはよく覚えている。
これは、偶然?
お母さんからは、おばあちゃんは心臓発作だったと聞いた。おばあちゃんが心臓を悪くしてた、なんて聞いたこともない。お母さん達も突然のことで困惑していた。
ただの不遇な死。
だとしたら、あの手紙はなに? おばあちゃんがイタズラでこんなことするとも思えない。だけど、意味がないとも思えない。しかも、左手小指の第一関節と指定してまで。
「おばあちゃん、起きてよ……」
返事は返ってこない。
「わかんないよ……」
鼻水を啜る音が何度もこだました。
私は障子越しに夜が明けていくのを感じながら、ただ独り、話し続けていた。
◆
翌朝、おばあちゃんは火葬された。
出棺の時に、お母さん曰くおばあちゃんの古い友人だという男性が泣きそうな顔で「気を付けてな。いってらっしゃい」と囁いていたのが、深く印象に残っている。おばあちゃんはどこへいくのだろうか。
骨になったおばあちゃんを見た時、一番最初に左手小指の骨が焼け残っているか確認した。灰になってしまうかと思ったけど、ちゃんと残っていた。
あの手紙を読んでから、骨を食べるかは後で考えるとして、確保だけはしておこうと考えていた。やっぱり、おばあちゃんには何か意図があるんだと思う。
だから、事前にお母さんに分骨したいと伝えて、分骨証明書などの手続きもしてもらった。遺骨を入れられるペンダント型の骨壷を用意してもらって、そこにしっかりと左手小指の骨を納めた。無くさないようにと首に掛けた時、おばあちゃんが胸元に居てくれるような安心感があった。
小指の先の骨は「指仏」とも呼ばれていて、遺骨の中でも喉仏と同じくらい大事とされているらしい。これは、精進落としの際に隣の席だった人が教えてくれた。出棺の時に「いってらっしゃい」と囁いていた人だ。
名前は繋さん。彼とおばあちゃんは所謂、幼馴染らしい。少し冷めた懐石料理を口にしながら、おばあちゃんとの思い出話を沢山してくれた。意外だったのは、幼い頃のおばあちゃんはお転婆で男勝りな性格だったらしく、内気でいじめられがちな繋さんをよく守っていたという。いつも、ふふふと微笑んでいるおばあちゃんしか知らない私からしたら、とても信じられなかったけど、おじいちゃんを静かに尻に敷いていた光景を思い出して、早々に納得した。
そして、昔話を聞いている中でふと思いついた。
「繋さんは、遺骨を食べる話とか聞いたことありますか?」
瞬間、彼の手からグラスが滑り落ち、ガシャンッ! と大きな音を立てて割れた。
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