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五章 着眼大局
46 調査
しおりを挟む「下等な魔物……。下位魔族の生き物や植物は、上位の魔族の命令は聞きません。集団で暴れたとしても、人間の手で駆除できるはずです」
ミレーヌは部屋の奥の壁に掛けてある、黒板くらいの大きな水晶の平らな板を指さした。
「見てください」
指先から魔力を流して、水晶の平らな板から地図のようなものが浮き上がった。
「マオ様へ先にお話ししたかったのですが、カルマスの採用面接が始まってしまって遅くなってしまいました」
サウスさんが頭を下げて謝罪した。僕は「いや、頭を上げて!」と言い、説明をするようにお願いをした。
チカチカと水晶板の色々な所が光っている。
「この光っている箇所は、魔物が人間を襲ったと報告があった場所になります」
サウスさんは長い指示棒をどこからか取り出して、水晶板を示した。その光は、この国の所々にあって見逃せない数になっている。
「……けが人は出たのですか?」
僕はグッと声を堪えて言った。
「今のところは……かすり傷程度らしいのですが、しつこく追いかけて来たそうです」
「それは色々な魔物が?」
僕はそんなに魔物のことは詳しくなかったけれど、この二年間みっちり勉強した。特に魔物の生体について。
「そうですね。おとなしい魔物までも、急に暴れ始めたようです」
サウスさんは難しい顔をしながら説明してくれた。おとなしい魔物まで暴れ始めた……?
「人間側から手を出した、可能性はあるのかな?」
魔物と人間はある協定を結んでいる。
「襲われた冒険者から話を聞きました。森の中を歩いていたら、おとなしいはずの魔物から突然襲われたとか」
ある程度知能があって、高位魔族の命令を聞く魔物なら、いきなり襲って行かないはずだ。人間側も危険な魔物と、何もしなければ襲ってこない魔物を知っているはずなのに、なぜ?
「何者かが魔物に、なにかをした疑いがあります」
サウスさんが苦々しく言った。
「……単独行動か? いったい何をしてくれたのだろう」
僕はこぶしをギュッと握りしめた。銀のブレスレットが鈍く光った。
「これ以上魔物が人間を襲うなら、国も黙ってはいないだろう。魔族は、暴れている魔物をどうにかしなければならない。僕も調査に行くよ」
「マオ様!」
「魔王様!」
サウスさんとミレーヌが僕を呼んだ。
今は小さな不安が、このままでは大きな恐怖に変わっていく。そうなれば、また争いが起こる。
「あれ? また争いが起こるって……? 僕は……」
混乱しているようだ。落ちつくために、何かを飲もうと考え立ち上がった。
「あ、私がお茶を淹れてまいります」
スッと素早くミレーヌが、お茶を淹れに歩いていった。
「少し、記憶が混乱しているようだ……、です」
口調まで変わっていきそうだ。忙しかったからかな。
「休んでから調査へ行きましょう。時間はあります」
サウスさんが僕を気遣ってくれた。
「悪い。少し休ませて」
椅子に座って両手を組んでテーブルに肘をついた。額に組んだ手で触って目を閉じた。
【西で魔物に危害を加えたヤツがいる。そこを探せ】
目を閉じていたら、僕の意思で話してない情報が遠くから聞こえた。
「マオ様!?」
「えっ……」
大きな声で呼ばれたので、顔を上げた。サウスさんは僕を凝視していた。
「マオ様、お茶を淹れてきましたわ。どうぞ」
お茶を淹れてきたミレーヌが、僕の前のテーブルに置いた。
「この香りは、ハーブティー? ペパーミントにレモンバーベナ、エルダーフラワーとレモンマートル……。あとは……」
香りが良い。スーッとする。霧がかかったような頭の中が、すっきりしそうだ。ハーブティーを飲んでみた。
「はぁ……。美味しい」
「良かったですわ。マオ様が育てたハーブをブレンドしてみました」
ミレーヌがハーブをブレンドしてくれた。
「ありがとう」
ゆっくりハーブティーを飲んでいると落ち着いてきた。とにかく様子を見に行かないといけない。ミレーヌとサウスさんは、僕がハーブティーを飲み終えるまで待っててくれた。
まず調査に訪れたのは、ハリマさんが襲われた森。リール村より少し離れた場所の森だ。あまり手入れがされてないようだ。うっそうと木が茂っている。
冒険者たちや商人たちが通る道は整備されているが、一歩入れば迷い込むだろう。ここの道から出て森の中は魔物のテリトリーだ。ただこの道には弱い結界が張られているのが見えるから、弱い魔物は入り込めないはずなのだけれど……。
「サウスさん。魔物はこの結界を破ってまで、人間に襲うかな?」
ミレーヌとサウスさんも結界が見えてるはずだ。張られている結界を見て調べていた。
「いえ。人間がテリトリー内に入ってきたり、先に攻撃をされない限り……結界を破ってまで人間のテリトリーに入らないでしょう」
そうか……。では何でこの道をただ通っていた、ハリマさんが襲われたのか。
「この辺りに魔力の乱れがあります。あと、あそこに魔物とは違う魔力の残滓があります」
サウスさんは、僕から離れたところで森の中を指さした。その方向を見てみると、確かに魔物ではない魔力の残りかすがあった。
「たしかに。これは、人間の魔力残滓か」
人間が、魔物に何かをしたようだった。
何のために? 何が目的なのだろうか。僕は魔物のへの悪意に、ざらざらと気持ちの悪い不快感が残った。
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