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4章 二つの指輪

39.ふわふわと

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「柔らかい。ふわふわだな」

 アラン様が微妙に優しく触れるものだから僕は、ギュッと手を握った。くすぐったい。
毛並みにそって撫でる手にゾクゾクしてしまう。

「全部を撫でるのは、駄目なのか?」
なんだか……おねだりされたみたい。
「あっ……。その、敏感な場所なのでちょっと」
まだ、恋人同士になったのが実感にない今は……。
「そうか。……ルカが良いと言ってくれるときまで、待つからな」

 アラン様の優しい声は安心する……。
「ふっ。しっぽが左右に揺れているぞ」
「あっ!」
 無意識にしっぽを揺らしていた。感情が丸わかりで恥ずかしい。

「わかりやすくて俺は好きだ」
「え……。隠し事が、できないかも」
 僕が振り返ってアラン様を見ると、手のひらにしっぽを乗せて大事そうに撫でて微笑んでいた。
 その姿を見て僕は、アラン様を幸せにしたいと思った。

 11年の長い争い。
最前線に立って戦ってくれた人。アラン様のおかげで平和になって、まだ2年。
他の国とも和平を結んだり、僕の知らない大変な苦労をしてきたのだろうと思う。
 だけどそのことは話さない。

 顔が怖いと言われているけれど、長い争いの経験をしてきたのにアラン様は皆に優しい。
 僕が半獣人と知っても嫌わなかった。
大好き。

「ん? ルカ?」
振り返ってアラン様を見ていたのに気がついた。
「好きです。アラン様」
自然に笑顔になった。まだちょっと恥ずかしいけれど。

「え! アラン様、どうしました?」
しっぽを手のひらに乗せたまま、逆の片手で顔を覆ってしまった。
 
 迷惑だったかな。僕はしゅん……と顔としっぽが、うなだれた。

「いや! 迷惑とかでは断じてないぞ! ……ただ、その」
 まだ顔を覆っている。顔が見えなくて不安になる。
「なんでしょうか? 僕が失礼な、ことを……」

「違う! 俺は、試されているのか、悩んでしまっただけだ! 俺が悪いだけだ」
覆っていた手を外してくれた。顔が真っ赤になっていた。

「迷惑なんかじゃないからな。むしろ嬉しい」
たぶんアラン様がこんなに表情を崩すのは珍しいのだろうな、と思った。
「良かった」
僕はニコニコと笑ってアラン様に話しかけた。

 
「お話し中、失礼します。ルカ様の前髪を整えにまいりました」
 トントンとノックが聞こえた。 
「入れ」
 アラン様が僕のしっぽから手が離れた。素早く耳としっぽを隠す。

「ルカ様、前髪を整えましょうね」
ネネさんがハサミとその他道具を持ってやってきた。
「はい。お願いします」

 アラン様はそのままソファに座っている。
「心配しなくても、きれいに整えますからね? アラン様」
 僕の後ろにいるから見えなかったけど、ネネさんの話しぶりから心配そうにしてるのかな?

 前側にエプロンみたいのをつけてもらって、ネネさんがチョキチョキと器用に髪の毛を切っていく。
 
 何年ぶりだろう?
この国では珍しい母譲りの緑色の瞳。
 この瞳を隠さないと、変な人達に狙われた。

 長くなった前髪。僕自身を守る壁。
見えにくく邪魔だったけど、そのうち慣れた。
 もう小さい子じゃない。自分で自分を守れる。切られた前髪が落ちるたび、気持ちが晴れやかになっていく。

「なんて綺麗な緑色の瞳でしょう! それにとても整ったお顔! 前髪は、まぶたの上ぐらいに揃えましたから。前髪を横にふんわり流して……。まあ!」
 なんだかネネさんが楽しそうだ。

「アラン様、出来ましたわ」
ネネさんに言われて、後ろを向く。
「どうですか?」
 自分じゃ見えないけど、アラン様に見てもらう。

「よく似合う」
 ふわっと、アラン様の大きな手が前髪に触れた。
似合うなら良かった。

 お屋敷で働く皆さんに「お似合いです!」と言われたので嬉しい。

 そうしてアラン様のお屋敷で数日、過ごした。


 
 朝からアラン様は仕事に出かけて、僕はお見送りをする。そのあとお庭の角にある、アラン様が武器防具を手入れするために使っていた作業小屋を借りて、魔法で加護を付ける仕事を再開した。

 数日後、ニールさんがお屋敷にやってきて『お見舞い』と言ってお茶を飲みにきた。
 騎士団から依頼されたお仕事は大変だけど、かなり良い報酬と教えてくれて僕は家の修繕をどうしようか考えた。

「お店を大きくしては、いかがでしょうか?」
ニールさんのアドバイスに迷う。
「うーん」
 今日は大きな木の下でニールさんと二人で椅子に座る。メイドさんがお茶とお茶菓子を運んでテーブルに置いてくれる。

「今日アラン様がルカ様のためにお作りになったのは、バナナケーキにかぼちゃのクッキー、それとマカロンになります。お砂糖控えめ、栄養たっぷりになっております」
 メイドさんが説明をしてくれた。
 
「なんというか。お菓子作りの腕が上がってないか? アラン様」
ニールさんが、イチゴ味の丸くて可愛いマカロンを食べながら言った。
 
「あの……。発言してよろしいでしょうか?」
メイドのアリーさんが片手をあげて、話しかけてきた。
「あ、ああ。構わない」
 ニールさんが戸惑いながら、メイドさんのお話を許した。
 
「失礼いたします。……アラン様の腕前は、もうお店を開けるプロレベルの腕前で御座いますの! 私達だけで召し上がるのはもったいないと思います! 下働きの者の家族にも食べさせたいですし、アラン様のお菓子をお店で売って欲しいと言うものが多いです!」
 どうやらアラン様は、お屋敷の皆さんに作ったお菓子を振る舞っているようだ。優しい。

「私、アラン様のお菓子をもっと食べたいです!」

 熱心なアラン様のお菓子のファンが、ここにいたみたい。
 ニールさんと僕は、両手を組んでニコニコしているメイドのアリーさんを見ていた。
 
 
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