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3章 二人の過去と今と未来へ

30.あの日〈過去と今〉③〜アラン視点〜

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 「いいか? お前はここで見聞きしたことはな」
馬車の中で釘を刺された。
 
 森が続いていて、俺は窓の外を見たまま静かにしていた。無言のまま馬車は進んだ。
 「もう着くぞ」
森の中のお屋敷だった。高位貴族の屋敷だろうか? 俺が色々見ていたら注意をされた。
「詮索もするな」

 屋敷の中に入ると応接間に通された。
 「無事に御子息を助け出しました!」
 団長が『私が助け出した』と、話し出した。

 俺は子供を横抱きしたまま立っていた。
別に子供達が無事だったから、そこまで手柄に執着していた訳じゃないし団長は命令して部下を動かした。それだけだ。でも。

 ソファに親らしき大人が二人並んで座っていた。
母親だろうか? ソファから立ち上がってこちらに駆け寄ろうとしたが、隣にいた男性にとめられて戸惑っていた。
 心配そうに俺に抱かれた子供の方を見る。明るい金髪の綺麗なご夫人だった。
 
 男性はいかにも貴族らしい人で、着ているものや身につけている物は見るだけで高級品と分かるものだった。
 ただ……さらわれた子供が帰って来たというのにこちらを見ないで、へらへらしている団長を男性は表情は変えずに冷たい目で見ていた。
 
 「そうか。例のものを渡そう。こちらへ」
 男性は立ちもせずに、ドン! とお金がたっぷりと入っている袋をテーブルに投げた。
 「それを持って行け。他言無用だ。分かっているな?」
 底冷えのする声だった。本当にこの子の親だろうか疑問だった。

 「受け取りなさい」
 母親にまるで物を受け取るような言い方に、俺はムッとした。
 「は、はい!」
 母親は急いでこちらに走ってきた。泣きそうに、いや、泣いていた。俺の腕の中にいる子供を、そっと受け取って抱きしめた。
 
 「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
母親は綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにして、俺に礼を何度も言った。
俺はこの母親に礼を言われただけで満足した。
 
 「ほら行くぞ」
 大事に子供を抱えている母親の後ろから、たくさんのお金が入っている袋を持ちながら俺に命令した。
 子供は母親の元に無事に帰したし、もう俺は用がない。団長に従うように部屋を出た。

 扉がバタンとしまった時、男性の声が聞こえてきた。
 
 「何だ! その汚い耳とシッポは!!」
 
 その声とともに聞こえた、何かが壊れた音と叫び声。俺は振り返り、先ほどいた応接間に戻ろうとした。
 「俺達は何も聞いてはいないし、見ていない」
 肩を掴まれて無理やり歩かされた。
 「なっ?」

 見かけによらず力が強かった。俺は抵抗できなかった。
聞こえる罵声と何かが壊れる音。

 何が起こったか分からない。でも、見ぬふり知らぬふりをするなんて。怒りが沸き上がる。
 何のための騎士団なのか、誰のための騎士なのか俺は悔しかった。
 
もっと努力して力をつけて、いつかこの騎士団を変えてやると誓った。
 あの時の子供は、どうしただろうか。そればかりが思い出す。


 ■■■■

「アラン様、アラン様!」
俺は昔のことを思い出して、考え込んでいた。ニールの呼ぶ声に気がつくのが遅れた。
「すまん。ちょっと考え込んでいた」
ニールは呆れた顔で、俺の机の前に立っていた。

 今日は仕事を休めないので、騎士団の俺の執務室にいた。子供達は無事に保護し親元に帰したが、獣人の子供達はまだ預かったままだ。
 今日、獣人側と話し合って子供達を引き渡すつもりだ。

 平和になったが、まだ獣人側とは友好的ではない。この機に和平を結ぶ流れになると良いが……。
「また怖い顔になってますよ。どんなことをお考えになってました?」
 
 いちいちニールは人の顔のことを怖いと言う。
「お前がヘマをしたら、北の極寒の砦に左遷しようかと考えていた」
「はぁ!? なんでですか!?」
ニールは持っていた書類の束を俺の机に叩き置いた。
 
「冗談だ」
机に叩き置かれた書類の束を見てウンザリした。
「書類仕事をほぼやっているのは、私ですからね? 知らないですよ」
「……それは困る。悪かった」
俺はニールに、素直に謝罪した。

「仕方ないですね」
ニールは、俺が素直に謝罪したので許してくれたようだ。
「ところで。貴方は無駄な考えはしないです。……事件のことですか?」

「ああ。昔、似たような事件があったのを思い出して考えていた」
 子供達をさらって閉じ込めていた事件。どちらも無事に保護し親元に帰せた。だから昔にあった事件は人々の記憶に強く残ってない。
 だが、手口が似ている。関係はあるのか。

「……当時の資料を探しますか?」
ニールは仕事が早くて助かる。
「頼む」

「これから事情聴取のために、バレンシア邸にお伺いします。よろしくお願いします」
 にっこりとニールは微笑んだ。
「ルカが話している間は、側にいるからな」
 腕組みしてニールを睨んで見る。

 手のひらを胸の辺りにあげて、ヤレヤレ……というような仕草をした。
「過保護……というより、もう妻を溺愛する夫みたいですね?」
 こちらが照れてしまいますよ、とつけ加えて言った。

「つ、妻!? 夫……?」
 いきなりニールに言われて俺は動揺した。書類の束を落とし、飾ってあった猫の置物を倒した。
「歴戦の猛者が、恋愛下手なのが不思議ですよね……」
 ため息を吐きながら言われる。

「……いや、10歳差は難しいだろう」
 ルカは成人済と聞いた。かなり痩せているので、もっと下かと思ったが。
 俺の屋敷で栄養たっぷりの食事をしてもらって、栄養不足を解消して欲しい。

「私の両親は20歳差ですけど、それがなにか?」
「は?」
 ニールは勝ち誇ったような表情をしていた。なぜだ。

「もうそろそろアラン様も、御自分の幸せを考えても宜しいのではないのでしょうか?」
 ニールはそう言い、落ちた書類を拾って机に置いた。

 俺は倒した猫の置物を、もとの位置に直しながらニールの言った言葉を受け取った。
 

 
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