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2章 再会
12.甘いもの
しおりを挟む「甘いものは、好き……ですけど」
この国ではお菓子は高級品だ。なかなか食べられない。身を守った方が良いと言われていたのに、なぜ突然甘いものが好きと聞いたのだろう?
「実は……。菓子作りが趣味なんだが、食べに来ないか?」
……え、菓子作りが趣味? 誰がだろう?
「どなたが、菓子作りを趣味になさっているのですか?」
僕はアラン様の周囲の誰かが、趣味で作っていらっしゃるのかと思って聞いてみた。
「いや、違う。俺が。菓子作りが趣味なんだ。恥ずかしいが……」
なんだか慌てて訂正している。
「えっ!? バレンシア公爵様が、ですか?」
意外な趣味で驚いた。
「見かけによらないと、部下に言われる」
でしょうね……。僕もまさかと思った。アラン様は恥ずかしいのか、顔を赤くしていた。
「お菓子作りが趣味って、素敵ですね」
僕には作れないから凄いと思う。
「そう言ってもらえると、嬉しい」
照れて頭をかいた。
「あっ、それで話は終わりじゃない。家の者も、側近も甘いものが好きではなくて、せっかく菓子を作ったのに誰も食べてくれないのだ。それで……ルカ」
「はい」
僕はアラン様の話の続きを待った。
「俺が作った物で良かったら、食べてくれないか?」
え! 嬉しい! アラン様の手作りのお菓子を食べれるなんて!
「嬉しいです! あ、でも僕で良いのですか?」
身分差を忘れていけない。……不安になってしまった。
「君が一緒に作った菓子を食べてくれたら、嬉しい」
見上げないとアラン様の顔が見えないくらい、身長差がある。少し照れて誘ってくれたアラン様が、可愛いかった。
「ぜひ! 楽しみです」
嬉しい。
「では、近いうちに連絡するので都合の良い日を教えてくれ。また」
アラン様はお店の扉を開いた。カランカランと、ドアのベルが鳴る。
「楽しかった。ありがとう、ルカ」
そう言って帰って行った。
「こちらこそ、ありがとう御座いました」
外はすっかりと暗くなってしまっていた。アラン様の姿が見えなくなるまで見送っていた。
「……嘘みたい」
憧れていた、英雄騎士 アラン•バレンシア公爵様が僕の家で一緒にお茶を飲めたなんて。
幸せだ。
こんな幸せが続いたらいいのに。
その夜の僕は嬉しくて、なかなか眠れなかった。
朝になって昨日の出来事は夢だったのかと疑った。
リビングまで寝間着のまま行き、アラン様が座っていた場所を眺める。
あそこの椅子にアラン様が座っていて、一緒にお茶を飲んだのが昨日のことなのに遠く感じた。
「もう二度とないと思うけれど、思い出が出来て良かった」
国の英雄騎士様と会えただけ幸運。話せた僕は運が良かった。
なのに、欲が出てしまう。
もっと会いたい。もっと話したい。もっと近くにいたい。はぁ……と僕はため息をついた。
僕は着替えて洗面室に行き、鏡を見た。
顔を洗う時、長い前髪が濡れるのでピンで前髪をとめている。
額に醜い傷が鏡に映っていた。
さらわれて助けられたあと、僕は保護者の父に引き渡された。気を失っていた僕は、隠せなかった耳としっぽを見られた。
『お前は獣人だったのか! よくも私を騙したな!』
目が覚めた僕は父に切りつけられた。
母は僕をかばい、深い傷を負った。
僕の額にはそのとき出来た、醜い傷がある。その傷を見るたびに、あのときのことがよみがえる。
「もう忘れるんだ」
自分に言い聞かせて、鏡に水をかけて汚れを拭いた。僕の傷が綺麗に無くなるように。
いつものように前髪を下ろして、フードを深く被ってリビングに向かった。
食欲がないので、ホットミルクを朝ごはんがわりに飲んでいた。
今日は特に、急がなければならない依頼はない。
「どうしようかなぁ……」
何かする気分じゃない。
んーー! と腕を上に伸ばした。
「はぁ……。とりあえず、お店を開けるか」
キッチンでマグカップを洗ってから、洗面室で歯を磨く。ダラダラとゆっくり歯を磨いた。
リビングは夜のうちに掃除を終えているので、お店の方を掃除する。
ほうきを持ってお店のドアを開けた。
……今日も天気が良さそうだ。
お店の前とお隣さんの前まで、ほうきで掃除をする。
お隣さんは足が悪いおばあさんが住んでいるので、代わりに掃除をするととても喜んでくれた。
落ち葉が増えてきたので、綺麗にほうきで掃いていく。だいたい綺麗になって、葉をちり取りで取って袋に入れた。
「これでよし」
袋口を縛り、裏庭に持って行こうとした。
「お早う御座います」
聞き覚えのない声の人が、僕に挨拶してきた。
振り返って声の主を見ると、騎士服を着た男性が立っていた。
「お早う御座います……」
見たこともない騎士さんだ。とりあえず挨拶は返す。
「初めまして。私はアラン•バレンシア様から頼まれました側近の ニール•サンライト と申します」
アラン様の側近? え? 頼まれた?
「ルカ……様でしょうか?」
品の良い仕草。貴族様だと思う。そんな方が僕に何の用だろう。
「はい。そうですが……」
「お茶会の招待状を届けに参りました」
胸の内側にあるポケットから封筒を取り出した。
「あ、お茶会と言っても、団長とルカ様と二人きりのプライベートなお茶会なのでご安心なさって下さい」
にっこりと笑う騎士さんはとても美形で、きっとモテそうと思った。
僕はハッ! と我に返った。
「バレンシア公爵様からですか!? え。社交辞令じゃなかったんだ……」
まさかと思った。本人はそのつもりはなくても、忙しい方だ。僕なんかの平民の約束は、忙しさにまぎれて約束を果たせないと半分あきらめていた。
「あの方は、できない約束はしませんよ」
側近のニールさんがにっこりと笑って言った。
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