上 下
12 / 72
2章 再会

12.甘いもの

しおりを挟む

 

「甘いものは、好き……ですけど」
 
 この国ではお菓子は高級品だ。なかなか食べられない。身を守った方が良いと言われていたのに、なぜ突然甘いものが好きと聞いたのだろう?
 
「実は……。菓子作りが趣味なんだが、食べに来ないか?」

 ……え、菓子作りが趣味? 誰がだろう?
 
「どなたが、菓子作りを趣味になさっているのですか?」
 僕はアラン様の周囲の誰かが、趣味で作っていらっしゃるのかと思って聞いてみた。

「いや、違う。俺が。菓子作りが趣味なんだ。恥ずかしいが……」
 なんだか慌てて訂正している。
「えっ!? バレンシア公爵様が、ですか?」
 意外な趣味で驚いた。

「見かけによらないと、部下に言われる」
でしょうね……。僕もまさかと思った。アラン様は恥ずかしいのか、顔を赤くしていた。
「お菓子作りが趣味って、素敵ですね」
 僕には作れないから凄いと思う。

「そう言ってもらえると、嬉しい」
 照れて頭をかいた。
「あっ、それで話は終わりじゃない。家の者も、側近も甘いものが好きではなくて、せっかく菓子を作ったのに誰も食べてくれないのだ。それで……ルカ」
「はい」
 僕はアラン様の話の続きを待った。

「俺が作った物で良かったら、食べてくれないか?」
え! 嬉しい! アラン様の手作りのお菓子を食べれるなんて!
「嬉しいです! あ、でも僕で良いのですか?」
身分差を忘れていけない。……不安になってしまった。

「君が一緒に作った菓子を食べてくれたら、嬉しい」
見上げないとアラン様の顔が見えないくらい、身長差がある。少し照れて誘ってくれたアラン様が、可愛いかった。

「ぜひ! 楽しみです」
嬉しい。
「では、近いうちに連絡するので都合の良い日を教えてくれ。また」
 アラン様はお店の扉を開いた。カランカランと、ドアのベルが鳴る。

「楽しかった。ありがとう、ルカ」
そう言って帰って行った。
「こちらこそ、ありがとう御座いました」
 外はすっかりと暗くなってしまっていた。アラン様の姿が見えなくなるまで見送っていた。

「……嘘みたい」
憧れていた、英雄騎士 アラン•バレンシア公爵様が僕の家で一緒にお茶を飲めたなんて。
 幸せだ。
こんな幸せが続いたらいいのに。
 その夜の僕は嬉しくて、なかなか眠れなかった。


 朝になって昨日の出来事は夢だったのかと疑った。
リビングまで寝間着のまま行き、アラン様が座っていた場所を眺める。
 
 あそこの椅子にアラン様が座っていて、一緒にお茶を飲んだのが昨日のことなのに遠く感じた。
「もう二度とないと思うけれど、思い出が出来て良かった」
国の英雄騎士様と会えただけ幸運。話せた僕は運が良かった。
 
 なのに、欲が出てしまう。
もっと会いたい。もっと話したい。もっと近くにいたい。はぁ……と僕はため息をついた。

  僕は着替えて洗面室に行き、鏡を見た。
顔を洗う時、長い前髪が濡れるのでピンで前髪をとめている。
額に醜いが鏡に映っていた。

 さらわれて助けられたあと、僕は保護者の父に引き渡された。気を失っていた僕は、隠せなかった耳としっぽを見られた。
『お前は獣人だったのか! よくも私を騙したな!』
 目が覚めた僕は父に切りつけられた。

 母は僕をかばい、深い傷を負った。
僕の額にはそのとき出来た、醜い傷がある。その傷を見るたびに、あのときのことがよみがえる。

「もう忘れるんだ」
自分に言い聞かせて、鏡に水をかけて汚れを拭いた。僕の傷が綺麗に無くなるように。


 いつものように前髪を下ろして、フードを深く被ってリビングに向かった。
 食欲がないので、ホットミルクを朝ごはんがわりに飲んでいた。

 今日は特に、急がなければならない依頼はない。
「どうしようかなぁ……」
 何かする気分じゃない。
んーー! と腕を上に伸ばした。
「はぁ……。とりあえず、お店を開けるか」

 キッチンでマグカップを洗ってから、洗面室で歯を磨く。ダラダラとゆっくり歯を磨いた。
 リビングは夜のうちに掃除を終えているので、お店の方を掃除する。

 ほうきを持ってお店のドアを開けた。
……今日も天気が良さそうだ。
お店の前とお隣さんの前まで、ほうきで掃除をする。
 お隣さんは足が悪いおばあさんが住んでいるので、代わりに掃除をするととても喜んでくれた。

 落ち葉が増えてきたので、綺麗にほうきで掃いていく。だいたい綺麗になって、葉をちり取りで取って袋に入れた。
「これでよし」
 袋口を縛り、裏庭に持って行こうとした。
 
「お早う御座います」
聞き覚えのない声の人が、僕に挨拶してきた。
 振り返って声の主を見ると、騎士服を着た男性が立っていた。

「お早う御座います……」
見たこともない騎士さんだ。とりあえず挨拶は返す。
「初めまして。私はアラン•バレンシア様から頼まれました側近の ニール•サンライト と申します」
アラン様の側近? え? 頼まれた?

「ルカ……様でしょうか?」
品の良い仕草。貴族様だと思う。そんな方が僕に何の用だろう。
「はい。そうですが……」

「お茶会の招待状を届けに参りました」
 胸の内側にあるポケットから封筒を取り出した。
「あ、お茶会と言っても、団長とルカ様と二人きりのプライベートなお茶会なのでご安心なさって下さい」
 にっこりと笑う騎士さんはとても美形で、きっとモテそうと思った。

 僕はハッ! と我に返った。 
「バレンシア公爵様からですか!? え。社交辞令じゃなかったんだ……」
 まさかと思った。本人はそのつもりはなくても、忙しい方だ。僕なんかの平民の約束は、忙しさにまぎれて約束を果たせないと半分あきらめていた。

「あの方は、できない約束はしませんよ」
側近のニールさんがにっこりと笑って言った。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

処理中です...