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5、ドジをしてしまって

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 「あの、美味しかったです」
「そうか」
フラリとネズミの獣人ジミーさんは、どこかへ行ってしまった。

「彼は食材調達に行きました。人見知りなので気になさらず。仕事は色々やってもらっています」
 キースさんが話してくれた。
「はい」
人見知りなジミーさんだけど、ボクの先輩だ。美味しい料理を作ってくれたし、お話したいな。

 
「ムウ。4番テーブルに、果実水を持って行ってくれ」
ファルさんに頼まれたので、トレーに果実水を乗せて運んだ。
 4番テーブルは奥。気を付けて運ばないと。

 そろりそろりとゆっくり歩いて運んでいく。
「あっ」
 カッチャーーン!!
何かにつまずいて、転びそうになった。なんとか踏みとどまって、転倒はまぬがれたけれど運んでいたトレーを落としてしまった。

 楽しそうなおしゃべりで賑やかだった店内が、一瞬でシーンと静まり返った。
 「も、申し訳ございません!」

 おそるおそる4番テーブルのお客さんを見ると、頭から果実水を被ったお姉さんの長い髪の毛がびちゃびちゃになっていた。
 
 「ごめんなさい! お怪我はないですか!? どうしよう……」
「ムウ! 布を」
 ファルさんが、きれいな布を持ってきてくれた。
「本当にごめんなさい! これで拭いてください、お姉さん」
ボクはお姉さんにきれいな布を渡した。
 
 お姉さんは布を黙って受け取った。でも様子が変だ。
「うっ……」 
 お姉さんは布を握りしめて顔を伏せた。
「どうしよう……。お姉さん、ごめんなさい……」
ファルさんとキースさんがこちらに来た。

 「お客さん。申し訳ございません。こちらの不手際で……」
「うっ……、うぅ……」
 キースさんが話しかけたら、お姉さんが泣いてしまった。
驚いてボクも泣きそうになった。キースさんとファルさんは固まっていた。

 「ごめんなさい……」
ボクは謝り続けた。そっと布を手から外してお姉さんの顔を拭いた。
 「……違うの。違うの」
お姉さんは顔を上げて、涙目でボクを見た。なにが違うのかな?

 「悲しい事があって……」
クスン……と、涙を流した。ボクはお姉さんの濡れた頭を、布で拭いた。お姉さんと同じ目線になるため、しゃがんだ。
 
「悲しい事?」 
 ボクがお姉さんの目を覗き込むと、余計に泣き出した。キースさんとファルさんを見ると、二人で向かい合って頷いた。
 
「お客さん。ここじゃあ濡れた服を乾かせないので、店の奥へどうぞ」
 ファルさんがお姉さんの手を取って、椅子から立たせた。
「あっ! その子も一緒に来て……」
 お姉さんに手をつながれた。ボクがお姉さんに果実水をかけたのだから、最後まで謝らなくちゃいけない。
 「はい。ボクはお姉さんに謝らなくちゃいけないし、お洋服も乾かします」

 ファルさんとお姉さんとボクの3人で、お店の奥に移動した。
「あっ……! お店の皆さま、お騒がせしてすみません! 大丈夫ですから心配しないで下さい。ただ、悲しい事があったので泣いてしまいました」
お姉さんがお店のお客さんに、伝えてくれた。お客さんは、お姉さんの話を聞いてホッとしたようだ。

 ボクとファルさんは、奥の休憩室にお姉さんを案内した。
 「お姉さん、本当にすみませんでした!」
 ボクは申し訳なくて、すぐにお姉さんに謝った。
 「あ……、それはいいのよ。もう謝らないで」
 お姉さんに、椅子へ座るよう促した。

 「え、でも……」
「あなたの顔を見て、国に置いてきた弟を思い出したの」
 そう言ってボクの頭を撫でた。

 「見て」
 そう言い、お姉さんは頭から耳を出した。
「あっ! お姉さんもウサギの獣人だったの!?」
ピョコン! と白くて長い耳を見て言った。

 トントン。休憩室のドアが叩かれて開いた。
「失礼します」
 入ってきたのはオーナーのルカさん。
「果実水をかけてしまって、申しわけありませんでした。すぐに乾かしますから」

 そう言ってルカさんは、手のひらをお客さんに向けた。
「乾け」
 ルカさんが言うと、手のひらからキラキラと光が出た。風がお客さんの周りに吹いて、あっという間に頭の先から足元まで濡れていた所が乾いた。

「え、凄い!」
その場にいた三人は、ルカさんの魔法に驚いた。
「不快にさせてしまって、申しわけ御座いません」
ルカさんがお客さんに頭を下げた。

「えっ! そんな! 服は乾いたし、もう謝らないで下さい! 泣いたのは弟を思い出して……くすん」
「ああっ! お姉さん、泣かないで!」
 ボクは座っているお姉さんに近づいて、横からキュッと抱きしめた。

「ボクはムウ と言います。お姉さん、弟さんと会えなくて寂しい?」
 お姉さんは、涙をポロリと流して頷いた。
「寂しい……」
 
「ボクを弟さんと思って、ギュッとしていいよ」
何だかボクも姉を思い出して、お姉さんに言ってしまった。
「ありがとう……」
お姉さんは姿勢を変えて、ボクをそっと抱きしめた。

 しばらくお姉さんは泣いていたけれど、ボクが頭を撫でてあげたら落ち着いたのか泣き止んだ。
「ムウ君」
 お姉さんはボクから離れて名前を呼んだ。
「はい」

「ありがとうね」
お姉さんは涙を指で拭いて、ボクに言った。
「いえ、ボクがドジをしてしまって……すみませんでした」
ボクはできるだけ低く頭を下げた。

「もう謝らないで。ムウ君に頭を撫でてもらったら元気が出たわ。また、来てもいいかしら?」
 お姉さんはニコッと笑った。
「は、はい! ぜひいらして下さい!」

 今度はボクが、お姉さんに頭を撫でてもらった。
「……柔らかいのね、ムウ君の耳」
 そう言って優しく撫でていた。弟さんを思い出して泣いた、ボクと同じウサギの獣人のお姉さん。

 もう泣かないといいけど。
ボクはお姉さんの顔を見て思った。 
 
 
 
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