婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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43 変わらぬ夢を【斗翔】

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手を握り、会場の外に出た。
夏永かえは驚いてなにも言えずに目を何度もぱちぱちさせていた。
きっと『夢なのかな?』なんて思っているんだろう。
だから、教えてあげた。

「現実だよ、夏永」

「そ、そうよね」

「驚いた?」

「あ、当たり前よ!合併ってなに!?」

朝日奈あさひな建設に全部あげたんだよ」

「あ、あげたって」

「俺には夏永だけでいい」

他はいらない。
何も。

「そんな簡単に捨ててよかったの?」

「一番欲しい物は手に入ったから、それでいい」

笑うと夏永はぽろぽろと涙をこぼした。
雨みたいに。

「待っててくれて、ありがとう。夏永」

夏永のことを好きな奴はいたはずだ。
少なくとも二人。
その二人と俺の決定的に違うところはただ一つ。
手で夏永の涙をぬぐった。

「泣かないで」

―――大切なものが夏永だけだったということだ。

「斗翔」

「うん」

名前を呼ぶ夏永を抱き締めた。
俺が夏永をどれだけ苦しめていたのかと思うと胸が痛い。
人がいなかったら、何度もキスをしていたはず。
泣いてる夏永にスーツの上着をかぶせるとフロントで部屋のキーをもらった。

「行こう」

誰の目にも触れたくない―――触れさせたくない。
最上階の部屋に入った。
そこは広く静かで空中庭園のようでここだけが別世界。
空が近く感じる。

「すごい眺め……」

夏永は大きな窓ガラスから地上を見つめていた。

「そうだね」

気持ちが落ち着くまで二人で並んでその景色を眺めた。
夏永は涙の痕を残して、放心気味でぽすんっと頭が俺の肩にぶつかった。

「ちゃんといるよ」

夏永は現実味がないのか、ぺたぺたと俺の腕を触ってみて、それから自分の頬をつねっていた。
痛いと小さく唸っているのが聴こえた。
うん、現実だからね。
そんな夏永を見ているだけで俺は幸せで、自然に笑えた。

「すごい部屋ね、斗翔がこんなことできるようになるなんて……驚いたわ」

「俺は夏永のためならなんでもできるよ」

「うん……斗翔は成長したよね」

夏永にそう言われて嬉しかった―――正直、きつかったけどね。
特にレストランで俺じゃない男といた時は相手を殴りそうになったし。
でも、それは夏永には言わない。
成長したって褒めてくれたから。
ソファーになだれ込むように夏永を抱き締めて座った。

「俺と会わない間、なにしていたか全部聞かせて」

「ぜ、全部!?」

「そうだよ。夏永も聞いていいよ?」

「え、えっと、婚約パーティーはどうなったの?どうしてこんなことになってるの?」

「わがままなお嬢様に自分の思いどおりにはならないってことをわからせる必要があったから、父親の柴江頭取に協力してもらったんだ」

「頭取に!?」

「本人は今日までずっと婚約パーティーだと思っていたから、相当衝撃を受けたんじゃないかな」

「そう……」

「俺が婚約すると思ってた?」

「うん。でも、斗翔を信じるって決めてたから」

「家の絵、見た?」

「見たわ」

くすりと夏永が笑う。
あれは俺達だけしか知らない秘密。
結婚したら住もうと約束していた場所。
夏永の手にそっと自分の手を重ねた。
あの雨の朝の続きのように。

「夏永の番だよ?」

「ずっと染物をしていたの。私ね、おばあちゃんの跡を継ごうと思って」

「うん」

「これからは須麻繊維の研究員として所属しながら、作品を作りつつ、いろいろ試していけたらなって須麻さんと話して―――」

言い終わらないうちにその口を塞いでキスをした。
キスをしてから、しまったなと思ったけど、もう遅い。
夏永が笑って俺の髪をくしゃりとかきあげた。

「やっぱり妬いてた?」

「当たり前だよ」

内緒のはずがもうバレてしまった。

「あの男が夏永のことを好きだってことはわかってたし」

「そんなことないわよ。向こうは妹くらいにしか考えてないと思うけど」

「夏永は鈍いからな」

「に、にぶい!?」

「その分、俺がしっかりしないとね」

夏永はなんだか不満そうな顔をしていた。
こればっかりは俺の方が正しいと思うな。

「そういえば、これから斗翔はどうするの?」

「俺は独立して事務所をかまえるつもりだよ」

「えっ!そうなの!?」

夏永は驚いて、ぼすっとクッションを叩いた。

「あの島で夏永と暮らしたい。夏永はあそこから離れないだろうし」

「うん……。できたら、おばあちゃんの工房を使いたいから」

「俺の最初の仕事はあの家を直すところからかな」

「二人の家?」

「そう二人の家。犬と猫を飼って―――」

またあの時と同じ夢の話をした。
あの時と違うのはそれが誰にも邪魔されず、現実になるってことだけだった。
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