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32 私の敵【優奈子】
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―――面白くないわ。
清本夏永がみじめに暮らし、ボロボロになった姿を見るつもりだった。
それがなに?
楽しそうに暮らしていて、近所にも馴染んでいた。
私に対してあの反抗的な態度も気に入らない。
「斗翔さんに会うから、森崎建設に寄ってちょうだい」
「はい」
運転手兼SPは車を森崎建設に向けた。
森崎建設では私は女王様のようなものよ。
中に入れば、全員が頭を下げるし、ご機嫌取りの上手な人達が群がって気分を良くさせてくれる。
一人だけ除いて。
「斗翔さん、お仕事はどう?」
ちょうど設計課の人達とミーティング中だった。
照明や壁紙のカタログを広げ、真剣な顔で話し合っている。
「光の陰影を考えてこの証明にしたい」
「そうですね。その方が壁の色が際立つと思います」
仕事中とばかりに堂々と私を無視。
挨拶くらいしたらどうなの?
気に入らない。
近寄って、その腕に私の腕を絡めた。
「斗翔さん、忙しいかもしれないけれど、ランチくらいは一緒にとりましょうよ」
「頭取から仕事中は邪魔しないように言われたはずだけど?」
それなら、いつ私と一緒にいてくれるのよ。
そう言いかけて口をつぐんだ。
一日の間で仕事以外で会える時間はなく、父の言いつけでSPや運転手はマンションには近寄ることすらしてくれない。
周りに森崎の社員たちがいる。
私達がうまくいってないとわかれば、陰で笑うに違いないわ。
ぐっと感情をこらえていると、若い女子社員がコーヒーをのせたトレイを持ってきた。
「コーヒーをお持ちしました」
ミーティング中のメンバーにアイスコーヒーを配り、私の分はない。
「どうぞ、森崎さん」
私がいるのに気づいているはずよね?
それなのにまるで私のことなんて目に入っていないという素振りをした。
女子社員は私の方に顔を一切向けず、斗翔さんに近寄って嬉しそうな顔でコーヒーを置いた。
「砂糖いれておきました」
「ありがとう」
私にはお礼なんて一度も言ってくれなかったのにその子には言うの?
斗翔さんが手にする前にさっとコーヒーが入った紙コップをつかみ、その女子社員に投げつけてやった。
「きゃあっ!」
ばしゃっと音をたてて、ブラウスを濡らし、紙コップがからんっと音を立てて床に転がった。
「た、大変。製図は大丈夫ですか!?」
女子社員はコーヒーをかぶったというのに製図の心配をし、他のメンバーたちは全員が椅子から立ち上がった。
「パソコンに保存してあるから平気だよ」
斗翔さんは私をにらみつけた。
「なんてことをするんだ」
「この子が悪いのよ。私の分だけコーヒーを置かなかったから腹が立ったの」
「そ、それは後からきたからで……」
「なに?あなた、明日からこなくていいわ。クビよ」
設計課のフロア内が騒然としたのを見て、言ってやった。
「他の人も辞めたいのかしら?」
「す、すみません。他の人は関係ありませんから」
コーヒーを運んだ女子社員はやっと自分の立場を理解したようで、私に謝罪してきた。
設計課も静かになった。
それなのに斗翔さんだけは違っていた。
顔色一つ変えず、私に冷ややかな目を向けてきた。
「クビにはしないから、連れていって着替えさせてあげて」
斗翔さんの言葉に緊張が解かれ、全員が動き出した。
「こっちへ」
「着替えましょう」
周りのメンバーが泣いている彼女の肩を抱いて連れて行った。
「私に冷たい斗翔さんが悪いのよ」
「軽蔑するよ」
「いいわよ、軽蔑しても。婚約者であることは変わらないわ」
斗翔さんにそう言ってほほ笑むと手のついていない他の人のコーヒーを口にした。
なんとでも言えばいいわよ。
どうせ何もできないんだから。
冷たい視線も気にならない。
文句があるなら、言えばいいじゃない。
言えないだろうけどね。
飲み干したコーヒーの紙コップを渡して斗翔さんの左手を握った。
「婚約指輪を買いに行きましょう?そうね。ペアリングがいいわね」
手を振りほどき、冷ややかな目が私を見下ろす。
「その指輪はいくつ目の指輪?」
その言葉にぎくりとした。
私が今まで付き合ってきた恋人を知っている?
まさか。
誰か教えたの?
気づいているわけないわ。
斗翔さんは他人に興味がないタイプだし、私のことも知らなかった。
「なに言ってるの。過去に付き合った人くらいいるわよ。もしかして嫉妬?」
斗翔さんがため息をつき、口を開きかけた瞬間、電話が鳴った。
「森崎社長。朝日奈建設の社長からお電話です」
朝日奈建設と聞いて、さすがの私も斗翔さんから手を離した。
国内トップの建設会社で、父の銀行の取引先の一つでもある。
「今、出る」
そういえば、橋の建設がと言っていたわね。
あれは嘘ではなかったのかしら。
斗翔さんは電話に出ると話し込んでいるのが見えた。
「朝日奈建設から挨拶にくるらしい。お茶の用意をしてもらえるかな」
設計課の女子社員がうなずいた。
「社長室ですか」
「そうだね。大事な話があるそうだから」
朝日奈建設?
それも社長室を使うような相手となると社長か重役なのかしら?
「私も同席するわ」
もちろん、婚約者としてね。
斗翔さんは私に初めて笑った顔を見せた。
「いいよ。向こうもぜひって言っていたから」
ぜひ?
面識がない朝日奈建設の人が?
不思議に思っていたけれど、それ以上はなにも教えてくれなかった。
私は思い知ることになる。
やってきた二人の顔を見て。
清本夏永がみじめに暮らし、ボロボロになった姿を見るつもりだった。
それがなに?
楽しそうに暮らしていて、近所にも馴染んでいた。
私に対してあの反抗的な態度も気に入らない。
「斗翔さんに会うから、森崎建設に寄ってちょうだい」
「はい」
運転手兼SPは車を森崎建設に向けた。
森崎建設では私は女王様のようなものよ。
中に入れば、全員が頭を下げるし、ご機嫌取りの上手な人達が群がって気分を良くさせてくれる。
一人だけ除いて。
「斗翔さん、お仕事はどう?」
ちょうど設計課の人達とミーティング中だった。
照明や壁紙のカタログを広げ、真剣な顔で話し合っている。
「光の陰影を考えてこの証明にしたい」
「そうですね。その方が壁の色が際立つと思います」
仕事中とばかりに堂々と私を無視。
挨拶くらいしたらどうなの?
気に入らない。
近寄って、その腕に私の腕を絡めた。
「斗翔さん、忙しいかもしれないけれど、ランチくらいは一緒にとりましょうよ」
「頭取から仕事中は邪魔しないように言われたはずだけど?」
それなら、いつ私と一緒にいてくれるのよ。
そう言いかけて口をつぐんだ。
一日の間で仕事以外で会える時間はなく、父の言いつけでSPや運転手はマンションには近寄ることすらしてくれない。
周りに森崎の社員たちがいる。
私達がうまくいってないとわかれば、陰で笑うに違いないわ。
ぐっと感情をこらえていると、若い女子社員がコーヒーをのせたトレイを持ってきた。
「コーヒーをお持ちしました」
ミーティング中のメンバーにアイスコーヒーを配り、私の分はない。
「どうぞ、森崎さん」
私がいるのに気づいているはずよね?
それなのにまるで私のことなんて目に入っていないという素振りをした。
女子社員は私の方に顔を一切向けず、斗翔さんに近寄って嬉しそうな顔でコーヒーを置いた。
「砂糖いれておきました」
「ありがとう」
私にはお礼なんて一度も言ってくれなかったのにその子には言うの?
斗翔さんが手にする前にさっとコーヒーが入った紙コップをつかみ、その女子社員に投げつけてやった。
「きゃあっ!」
ばしゃっと音をたてて、ブラウスを濡らし、紙コップがからんっと音を立てて床に転がった。
「た、大変。製図は大丈夫ですか!?」
女子社員はコーヒーをかぶったというのに製図の心配をし、他のメンバーたちは全員が椅子から立ち上がった。
「パソコンに保存してあるから平気だよ」
斗翔さんは私をにらみつけた。
「なんてことをするんだ」
「この子が悪いのよ。私の分だけコーヒーを置かなかったから腹が立ったの」
「そ、それは後からきたからで……」
「なに?あなた、明日からこなくていいわ。クビよ」
設計課のフロア内が騒然としたのを見て、言ってやった。
「他の人も辞めたいのかしら?」
「す、すみません。他の人は関係ありませんから」
コーヒーを運んだ女子社員はやっと自分の立場を理解したようで、私に謝罪してきた。
設計課も静かになった。
それなのに斗翔さんだけは違っていた。
顔色一つ変えず、私に冷ややかな目を向けてきた。
「クビにはしないから、連れていって着替えさせてあげて」
斗翔さんの言葉に緊張が解かれ、全員が動き出した。
「こっちへ」
「着替えましょう」
周りのメンバーが泣いている彼女の肩を抱いて連れて行った。
「私に冷たい斗翔さんが悪いのよ」
「軽蔑するよ」
「いいわよ、軽蔑しても。婚約者であることは変わらないわ」
斗翔さんにそう言ってほほ笑むと手のついていない他の人のコーヒーを口にした。
なんとでも言えばいいわよ。
どうせ何もできないんだから。
冷たい視線も気にならない。
文句があるなら、言えばいいじゃない。
言えないだろうけどね。
飲み干したコーヒーの紙コップを渡して斗翔さんの左手を握った。
「婚約指輪を買いに行きましょう?そうね。ペアリングがいいわね」
手を振りほどき、冷ややかな目が私を見下ろす。
「その指輪はいくつ目の指輪?」
その言葉にぎくりとした。
私が今まで付き合ってきた恋人を知っている?
まさか。
誰か教えたの?
気づいているわけないわ。
斗翔さんは他人に興味がないタイプだし、私のことも知らなかった。
「なに言ってるの。過去に付き合った人くらいいるわよ。もしかして嫉妬?」
斗翔さんがため息をつき、口を開きかけた瞬間、電話が鳴った。
「森崎社長。朝日奈建設の社長からお電話です」
朝日奈建設と聞いて、さすがの私も斗翔さんから手を離した。
国内トップの建設会社で、父の銀行の取引先の一つでもある。
「今、出る」
そういえば、橋の建設がと言っていたわね。
あれは嘘ではなかったのかしら。
斗翔さんは電話に出ると話し込んでいるのが見えた。
「朝日奈建設から挨拶にくるらしい。お茶の用意をしてもらえるかな」
設計課の女子社員がうなずいた。
「社長室ですか」
「そうだね。大事な話があるそうだから」
朝日奈建設?
それも社長室を使うような相手となると社長か重役なのかしら?
「私も同席するわ」
もちろん、婚約者としてね。
斗翔さんは私に初めて笑った顔を見せた。
「いいよ。向こうもぜひって言っていたから」
ぜひ?
面識がない朝日奈建設の人が?
不思議に思っていたけれど、それ以上はなにも教えてくれなかった。
私は思い知ることになる。
やってきた二人の顔を見て。
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