婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

文字の大きさ
32 / 44

32 私の敵【優奈子】

しおりを挟む
―――面白くないわ。
清本きよもと夏永かえがみじめに暮らし、ボロボロになった姿を見るつもりだった。
それがなに?
楽しそうに暮らしていて、近所にも馴染んでいた。
私に対してあの反抗的な態度も気に入らない。

斗翔とわさんに会うから、森崎建設に寄ってちょうだい」

「はい」

運転手兼SPは車を森崎建設に向けた。
森崎建設では私は女王様のようなものよ。
中に入れば、全員が頭を下げるし、ご機嫌取りの上手な人達が群がって気分を良くさせてくれる。
一人だけ除いて。

「斗翔さん、お仕事はどう?」

ちょうど設計課の人達とミーティング中だった。
照明や壁紙のカタログを広げ、真剣な顔で話し合っている。

「光の陰影を考えてこの証明にしたい」

「そうですね。その方が壁の色が際立つと思います」

仕事中とばかりに堂々と私を無視。
挨拶くらいしたらどうなの?
気に入らない。
近寄って、その腕に私の腕を絡めた。

「斗翔さん、忙しいかもしれないけれど、ランチくらいは一緒にとりましょうよ」

「頭取から仕事中は邪魔しないように言われたはずだけど?」

それなら、いつ私と一緒にいてくれるのよ。
そう言いかけて口をつぐんだ。
一日の間で仕事以外で会える時間はなく、父の言いつけでSPや運転手はマンションには近寄ることすらしてくれない。
周りに森崎の社員たちがいる。
私達がうまくいってないとわかれば、陰で笑うに違いないわ。
ぐっと感情をこらえていると、若い女子社員がコーヒーをのせたトレイを持ってきた。

「コーヒーをお持ちしました」

ミーティング中のメンバーにアイスコーヒーを配り、私の分はない。

「どうぞ、森崎さん」

私がいるのに気づいているはずよね?
それなのにまるで私のことなんて目に入っていないという素振りをした。
女子社員は私の方に顔を一切向けず、斗翔さんに近寄って嬉しそうな顔でコーヒーを置いた。

「砂糖いれておきました」

「ありがとう」

私にはお礼なんて一度も言ってくれなかったのにその子には言うの?
斗翔さんが手にする前にさっとコーヒーが入った紙コップをつかみ、その女子社員に投げつけてやった。

「きゃあっ!」

ばしゃっと音をたてて、ブラウスを濡らし、紙コップがからんっと音を立てて床に転がった。

「た、大変。製図は大丈夫ですか!?」

女子社員はコーヒーをかぶったというのに製図の心配をし、他のメンバーたちは全員が椅子から立ち上がった。

「パソコンに保存してあるから平気だよ」

斗翔さんは私をにらみつけた。

「なんてことをするんだ」

「この子が悪いのよ。私の分だけコーヒーを置かなかったから腹が立ったの」

「そ、それは後からきたからで……」

「なに?あなた、明日からこなくていいわ。クビよ」

設計課のフロア内が騒然としたのを見て、言ってやった。

「他の人も辞めたいのかしら?」

「す、すみません。他の人は関係ありませんから」

コーヒーを運んだ女子社員はやっと自分の立場を理解したようで、私に謝罪してきた。
設計課も静かになった。
それなのに斗翔さんだけは違っていた。
顔色一つ変えず、私に冷ややかな目を向けてきた。

「クビにはしないから、連れていって着替えさせてあげて」

斗翔さんの言葉に緊張が解かれ、全員が動き出した。

「こっちへ」

「着替えましょう」

周りのメンバーが泣いている彼女の肩を抱いて連れて行った。

「私に冷たい斗翔さんが悪いのよ」

「軽蔑するよ」

「いいわよ、軽蔑しても。婚約者であることは変わらないわ」

斗翔さんにそう言ってほほ笑むと手のついていない他の人のコーヒーを口にした。
なんとでも言えばいいわよ。
どうせ何もできないんだから。
冷たい視線も気にならない。
文句があるなら、言えばいいじゃない。
言えないだろうけどね。
飲み干したコーヒーの紙コップを渡して斗翔さんの左手を握った。

「婚約指輪を買いに行きましょう?そうね。ペアリングがいいわね」

手を振りほどき、冷ややかな目が私を見下ろす。

「その指輪はいくつ目の指輪?」

その言葉にぎくりとした。
私が今まで付き合ってきた恋人を知っている?
まさか。
誰か教えたの?
気づいているわけないわ。
斗翔さんは他人に興味がないタイプだし、私のことも知らなかった。

「なに言ってるの。過去に付き合った人くらいいるわよ。もしかして嫉妬?」

斗翔さんがため息をつき、口を開きかけた瞬間、電話が鳴った。

「森崎社長。朝日奈あさひな建設の社長からお電話です」

朝日奈建設と聞いて、さすがの私も斗翔さんから手を離した。
国内トップの建設会社で、父の銀行の取引先の一つでもある。

「今、出る」

そういえば、橋の建設がと言っていたわね。
あれは嘘ではなかったのかしら。
斗翔さんは電話に出ると話し込んでいるのが見えた。

「朝日奈建設から挨拶にくるらしい。お茶の用意をしてもらえるかな」

設計課の女子社員がうなずいた。

「社長室ですか」

「そうだね。大事な話があるそうだから」

朝日奈建設?
それも社長室を使うような相手となると社長か重役なのかしら?

「私も同席するわ」

もちろん、婚約者としてね。
斗翔さんは私に初めて笑った顔を見せた。

「いいよ。向こうもぜひって言っていたから」

ぜひ?
面識がない朝日奈建設の人が?
不思議に思っていたけれど、それ以上はなにも教えてくれなかった。
私は思い知ることになる。
やってきた二人の顔を見て。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...