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22 同じ香り
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島に帰ってきた私は忙しかった。
打ち合わせで決めた作品をそろえなければならなかったし、生前おばあちゃんが仲良くしていた人達にも個展のお知らせを送るためリストを作らなくてはいけなかった。
「リストはこれでいいし、あとは作品を確認してっと」
おばあちゃんの作品の梱包をしなくてはいけないけど、まずは作品の確認から始める。
須麻さんからはこれだけは外せないというリストをもらっていたから、その作品リストにそって進めるつもだった。
改造した蔵に作品はすべて片付けてあるけれど、それを年に数回虫干しするのは私の役目だった。
母は田舎を嫌って泊まることはなく、幼い頃から一人預けられていた時も送る時と迎えに来る時以外は立ち寄りもしない。
母は染物どころか田舎暮らしに興味がない人だった。
この島に来ることが好きだった私を母は『変わっている』と言ったけれど、ここがあったからこそ、今の私が救われているのだと思う。
パチンと蔵の灯りを付けた。
蔵の中の戸を開けると正面には巨大なタペストリーが飾ってある。
おばあちゃんが製作した巨大なタペストリーはいくつもあるけど、須麻さんはおばあちゃんが一番気に入っていた作品がどれなのか、わかっていた。
「家族より須麻さんの方がおばあちゃんのこと理解してたのかもね」
藍色に銀糸が混じった布は夜空に星、海にも見える。
そのタペストリーは島の夜のように表現され、一番手前には夜の木々表現したのか、葉脈の模様が綺麗に縫われている。
細かい葉の模様の糸は藍色に負けない色をだして、遠くから見ると葉が浮き上がっているように見えるのだ。
『君が唄代先生の後継者だ』
須麻さんの言葉が頭から離れない。
作品を梱包するまえに虫食いや汚れがないか、外に出し、風に通して湿気を払う。
「うん。大丈夫ね」
丁寧に作品を一つ一つ確認していると、山道を登ってきた人の姿が目に入った。
納多さんだった。
作業服姿の納多さんは手にお弁当袋を持っていた。
「こんにちは」
相変わらずの真面目顔。
にこりともしない。
「こんにちは。すみません。ちょっとバタバタしていて」
「いえ。とても綺麗な色の布ですね」
ランドリーロープにはおばあちゃんの作品が吊るされ、色とりどりの布が風にはためいていた。
「個展の準備でしょう?昨日、打ち合わせから帰ってきた姿が窓から見えたので知っています。星名さんからお弁当を持って行けと言われたので持ってきました。どうぞ」
納多さんが渡してくれたのはお茶が入った水筒とおにぎりだった。
小さなお弁当容器にはきゅうりの浅漬けとナスの浅漬けが入っている。
そんな元気なさそうに見えたかな。
自分ではいつもどおりの顔でいたつもりだったのに。
「もしかして、また心配かけました?」
「まあ、ちょっと」
「……平気ですよ。ほら、忙しくしてると気が紛れますから」
「なにかあったんですか?」
「聞きます?笑えますよ?」
ははっと私は乾いた笑いを浮かべながら、言った。
「私、元カレに未練タラタラで会いに行ってきたんです。そしたら、なんと二人で暮らしていた家は壊されていて、更地になっていたんです。ものの見事になにもなくて」
ふわりと布が頬に触れた。
ヨモギで染めた緑の布が目に入る。
それはよく見る落ち着く色だった。
「あげくに婚約者と暮らすためにマンションに引っ越したって聞いて……」
『監視がいる』って言っていたけど、何が本当で何が嘘なんだろう。
斗翔が嘘をつくわけないって思ってる。
でも、家を更地にしたのは私と決別するためじゃないのかなって勘繰ってしまう。
斗翔は思い出を全部消して新しい道に進むことを決めたのだろうか……。
連絡をとろうにもスマホの番号は変えられてしまって通じない。
せめて声を聞けたらいいのに。
「そうですか」
やっぱり納多さんは無表情で抑揚のない声だった。
「これ、どうぞ」
ブドウで染めた薄紫のハンカチを納多さんが差し出してくれたのを見て、自分が泣いていることに気付いた。
「ハンカチ、使ってくれてるんですね」
「せっかくですから」
小さい子にするみたいにハンカチで涙をふいてくれた。
「あの、莉叶ちゃんじゃないんだから……」
自分で拭けますと言おうとした瞬間、体を抱きしめられた。
「……!?」
「大人の慰め方はよくわかりませんが、これでいいですか?」
体が大きい納多さんはすっぽりと私を包み込んでくれた。
斗翔と同じ香りで。
斗翔―――
「ごめんなさい……」
「構いませんよ。彼の名を呼びたければ呼んでも」
涙がこぼれた。
納多さんは気づいていたのだ。
私がその香りで斗翔を思い出していたことを。
大きな手のひらが頭をなでる。
「斗翔……斗翔に会いたい……」
納多さんの大きな体が作る影と色とりどりの布は私の姿を隠してくれる。
今はいい、泣いても。
同じ香りが斗翔がそばにいるみたいだと錯覚させて、泣けなかったあの日のかわりに泣いた。
私の泣く声と蝉の鳴き声庭に響いていた。
打ち合わせで決めた作品をそろえなければならなかったし、生前おばあちゃんが仲良くしていた人達にも個展のお知らせを送るためリストを作らなくてはいけなかった。
「リストはこれでいいし、あとは作品を確認してっと」
おばあちゃんの作品の梱包をしなくてはいけないけど、まずは作品の確認から始める。
須麻さんからはこれだけは外せないというリストをもらっていたから、その作品リストにそって進めるつもだった。
改造した蔵に作品はすべて片付けてあるけれど、それを年に数回虫干しするのは私の役目だった。
母は田舎を嫌って泊まることはなく、幼い頃から一人預けられていた時も送る時と迎えに来る時以外は立ち寄りもしない。
母は染物どころか田舎暮らしに興味がない人だった。
この島に来ることが好きだった私を母は『変わっている』と言ったけれど、ここがあったからこそ、今の私が救われているのだと思う。
パチンと蔵の灯りを付けた。
蔵の中の戸を開けると正面には巨大なタペストリーが飾ってある。
おばあちゃんが製作した巨大なタペストリーはいくつもあるけど、須麻さんはおばあちゃんが一番気に入っていた作品がどれなのか、わかっていた。
「家族より須麻さんの方がおばあちゃんのこと理解してたのかもね」
藍色に銀糸が混じった布は夜空に星、海にも見える。
そのタペストリーは島の夜のように表現され、一番手前には夜の木々表現したのか、葉脈の模様が綺麗に縫われている。
細かい葉の模様の糸は藍色に負けない色をだして、遠くから見ると葉が浮き上がっているように見えるのだ。
『君が唄代先生の後継者だ』
須麻さんの言葉が頭から離れない。
作品を梱包するまえに虫食いや汚れがないか、外に出し、風に通して湿気を払う。
「うん。大丈夫ね」
丁寧に作品を一つ一つ確認していると、山道を登ってきた人の姿が目に入った。
納多さんだった。
作業服姿の納多さんは手にお弁当袋を持っていた。
「こんにちは」
相変わらずの真面目顔。
にこりともしない。
「こんにちは。すみません。ちょっとバタバタしていて」
「いえ。とても綺麗な色の布ですね」
ランドリーロープにはおばあちゃんの作品が吊るされ、色とりどりの布が風にはためいていた。
「個展の準備でしょう?昨日、打ち合わせから帰ってきた姿が窓から見えたので知っています。星名さんからお弁当を持って行けと言われたので持ってきました。どうぞ」
納多さんが渡してくれたのはお茶が入った水筒とおにぎりだった。
小さなお弁当容器にはきゅうりの浅漬けとナスの浅漬けが入っている。
そんな元気なさそうに見えたかな。
自分ではいつもどおりの顔でいたつもりだったのに。
「もしかして、また心配かけました?」
「まあ、ちょっと」
「……平気ですよ。ほら、忙しくしてると気が紛れますから」
「なにかあったんですか?」
「聞きます?笑えますよ?」
ははっと私は乾いた笑いを浮かべながら、言った。
「私、元カレに未練タラタラで会いに行ってきたんです。そしたら、なんと二人で暮らしていた家は壊されていて、更地になっていたんです。ものの見事になにもなくて」
ふわりと布が頬に触れた。
ヨモギで染めた緑の布が目に入る。
それはよく見る落ち着く色だった。
「あげくに婚約者と暮らすためにマンションに引っ越したって聞いて……」
『監視がいる』って言っていたけど、何が本当で何が嘘なんだろう。
斗翔が嘘をつくわけないって思ってる。
でも、家を更地にしたのは私と決別するためじゃないのかなって勘繰ってしまう。
斗翔は思い出を全部消して新しい道に進むことを決めたのだろうか……。
連絡をとろうにもスマホの番号は変えられてしまって通じない。
せめて声を聞けたらいいのに。
「そうですか」
やっぱり納多さんは無表情で抑揚のない声だった。
「これ、どうぞ」
ブドウで染めた薄紫のハンカチを納多さんが差し出してくれたのを見て、自分が泣いていることに気付いた。
「ハンカチ、使ってくれてるんですね」
「せっかくですから」
小さい子にするみたいにハンカチで涙をふいてくれた。
「あの、莉叶ちゃんじゃないんだから……」
自分で拭けますと言おうとした瞬間、体を抱きしめられた。
「……!?」
「大人の慰め方はよくわかりませんが、これでいいですか?」
体が大きい納多さんはすっぽりと私を包み込んでくれた。
斗翔と同じ香りで。
斗翔―――
「ごめんなさい……」
「構いませんよ。彼の名を呼びたければ呼んでも」
涙がこぼれた。
納多さんは気づいていたのだ。
私がその香りで斗翔を思い出していたことを。
大きな手のひらが頭をなでる。
「斗翔……斗翔に会いたい……」
納多さんの大きな体が作る影と色とりどりの布は私の姿を隠してくれる。
今はいい、泣いても。
同じ香りが斗翔がそばにいるみたいだと錯覚させて、泣けなかったあの日のかわりに泣いた。
私の泣く声と蝉の鳴き声庭に響いていた。
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