上 下
22 / 44

22 同じ香り

しおりを挟む
島に帰ってきた私は忙しかった。
打ち合わせで決めた作品をそろえなければならなかったし、生前おばあちゃんが仲良くしていた人達にも個展のお知らせを送るためリストを作らなくてはいけなかった。

「リストはこれでいいし、あとは作品を確認してっと」

おばあちゃんの作品の梱包こんぽうをしなくてはいけないけど、まずは作品の確認から始める。
須麻すまさんからはこれだけは外せないというリストをもらっていたから、その作品リストにそって進めるつもだった。
改造した蔵に作品はすべて片付けてあるけれど、それを年に数回虫干しするのは私の役目だった。
母は田舎を嫌って泊まることはなく、幼い頃から一人預けられていた時も送る時と迎えに来る時以外は立ち寄りもしない。
母は染物どころか田舎暮らしに興味がない人だった。
この島に来ることが好きだった私を母は『変わっている』と言ったけれど、ここがあったからこそ、今の私が救われているのだと思う。
パチンと蔵の灯りを付けた。
蔵の中の戸を開けると正面には巨大なタペストリーが飾ってある。
おばあちゃんが製作した巨大なタペストリーはいくつもあるけど、須麻すまさんはおばあちゃんが一番気に入っていた作品がどれなのか、わかっていた。

「家族より須麻さんの方がおばあちゃんのこと理解してたのかもね」

藍色に銀糸が混じった布は夜空に星、海にも見える。
そのタペストリーは島の夜のように表現され、一番手前には夜の木々表現したのか、葉脈の模様が綺麗に縫われている。
細かい葉の模様の糸は藍色に負けない色をだして、遠くから見ると葉が浮き上がっているように見えるのだ。

『君が唄代うたよ先生の後継者だ』

須麻さんの言葉が頭から離れない。
作品を梱包するまえに虫食いや汚れがないか、外に出し、風に通して湿気を払う。

「うん。大丈夫ね」

丁寧に作品を一つ一つ確認していると、山道を登ってきた人の姿が目に入った。
納多のださんだった。
作業服姿の納多さんは手にお弁当袋を持っていた。

「こんにちは」

相変わらずの真面目顔。
にこりともしない。

「こんにちは。すみません。ちょっとバタバタしていて」

「いえ。とても綺麗な色の布ですね」

ランドリーロープにはおばあちゃんの作品が吊るされ、色とりどりの布が風にはためいていた。

「個展の準備でしょう?昨日、打ち合わせから帰ってきた姿が窓から見えたので知っています。星名せなさんからお弁当を持って行けと言われたので持ってきました。どうぞ」

納多さんが渡してくれたのはお茶が入った水筒とおにぎりだった。
小さなお弁当容器にはきゅうりの浅漬けとナスの浅漬けが入っている。
そんな元気なさそうに見えたかな。
自分ではいつもどおりの顔でいたつもりだったのに。

「もしかして、また心配かけました?」

「まあ、ちょっと」

「……平気ですよ。ほら、忙しくしてると気が紛れますから」

「なにかあったんですか?」

「聞きます?笑えますよ?」

ははっと私は乾いた笑いを浮かべながら、言った。

「私、元カレに未練タラタラで会いに行ってきたんです。そしたら、なんと二人で暮らしていた家は壊されていて、更地になっていたんです。ものの見事になにもなくて」

ふわりと布が頬に触れた。
ヨモギで染めた緑の布が目に入る。
それはよく見る落ち着く色だった。

「あげくに婚約者と暮らすためにマンションに引っ越したって聞いて……」

『監視がいる』って言っていたけど、何が本当で何が嘘なんだろう。
斗翔とわが嘘をつくわけないって思ってる。
でも、家を更地にしたのは私と決別するためじゃないのかなって勘繰ってしまう。
斗翔は思い出を全部消して新しい道に進むことを決めたのだろうか……。
連絡をとろうにもスマホの番号は変えられてしまって通じない。
せめて声を聞けたらいいのに。

「そうですか」

やっぱり納多さんは無表情で抑揚のない声だった。

「これ、どうぞ」

ブドウで染めた薄紫のハンカチを納多さんが差し出してくれたのを見て、自分が泣いていることに気付いた。

「ハンカチ、使ってくれてるんですね」

「せっかくですから」

小さい子にするみたいにハンカチで涙をふいてくれた。

「あの、莉叶りかちゃんじゃないんだから……」

自分で拭けますと言おうとした瞬間、体を抱きしめられた。

「……!?」

「大人の慰め方はよくわかりませんが、これでいいですか?」

体が大きい納多さんはすっぽりと私を包み込んでくれた。
斗翔と同じ香りで。
斗翔―――

「ごめんなさい……」

「構いませんよ。彼の名を呼びたければ呼んでも」

涙がこぼれた。
納多さんは気づいていたのだ。
私がその香りで斗翔を思い出していたことを。
大きな手のひらが頭をなでる。

「斗翔……斗翔に会いたい……」

納多さんの大きな体が作る影と色とりどりの布は私の姿を隠してくれる。
今はいい、泣いても。
同じ香りが斗翔がそばにいるみたいだと錯覚させて、泣けなかったあの日のかわりに泣いた。
私の泣く声と蝉の鳴き声庭に響いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...