婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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21 明るい光

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夏永かえちゃんは染物を小さいころからやってるのかな?」

「ええ、まあ。子供の遊び程度ですけど」

「そっかぁ、それはいいね!」

キラキラと目の前で楽しそうに話す姿は無邪気な子供みたいだった。
その人はずっとおあばあちゃんがどれだけすごい人なのか、作品の素晴らしさについて延々と語っていた。
レモンのサイダーはもう二人とも飲んでしまって、からっぽだというのに話は尽きない。
須麻すま馨介けいすけさんは繊維メーカーの社長らしい。
けれど、少しも偉そうじゃなくて久しぶりに会った友人に趣味の話をするような気さくさで話してくれる。

「俺と唄代うたよ先生の出会いはさ。運命としか言えなくてね」

まるで恋をした少年のように須麻さんは語った。

「たまたま仕事に疲れて休憩したカフェの場所が先生の個展の隣でね。ガラス張りの日差しがたっぷり入る場所で天井からつるした緑やピンクや黄色の布が館内の空調で揺れていて、その色彩の繊細さに一瞬で心を奪われたね」

「はあ……」

身内が褒められて悪い気はしないけど、この話題、いつ終わるんだろう……
おばあちゃんに出会う前からスタートし、今やっとおばあちゃんに出会ったところだ。
どんなかんじで二人が仲良くなったのかというなれそめからだった。
プロローグが終わったところかな。
もうすぐお昼になりそうだ。
島を回るバスの本数は少ない。
最終は夜の七時だから、慌てなくていいけれど、暗い山道を歩くのはさすがに怖い。
そっと立ち上がって言った。

「あの。バスの時間がありますので、そろそろ失礼します」

「もうそんな時間か。よかったら、お昼でもどう?夏永かえさん、顔色だいぶよくなったみたいだし」

それはあなたがマシンガンみたいに話していたせいで何も考えるヒマがなかったからですよとは言えずに丁重に断った。

「いいえ。今日は帰ります」

「そういわず。どうせ長い付き合いになる」

「え?」

「君も染物をしてるんだろ?」

「趣味程度です。草木染めで食べていけませんから、仕事にはしません」

「食べて、か。君は唄代先生がなにをしていたか知らないみたいだな。よし!一緒に食事をしたら教えてあげよう。おいで」

「えっ!?ちょ、ちょっと!」

「ほら。早く」

須麻さんは笑いながら、私の手をひくと返事も待たずに問答無用でその場から連れ去った。
それが最善の選択肢だとでも言うように有無を言わせない。
須麻さんが私を連れてきたのは近くのホテルの中にあるレストランだった。
この高級ホテル知ってる……。
最高の贅沢をしたいならここで決まり!
なんてうたい文句で宣伝しているホテルで高いランチバイキングに一度だけ後輩ときたことがあった。
私がすっごく美味しかったと斗翔とわに自慢したら、じゃあディナーに行こうかって誘ってくれたのを思い出す。
実現する前にこんなことになってしまったけど……
暗い気持ちになっていると須麻さんが私の顔をにこにこしながら見ていた。

「なんですか?」

「唄代先生が亡くなって悲しかったけれど、君に会えたことは嬉しいと思っていたんだ」

口説き文句かと勘違いしそうになる。
この人、絶対にモテる!
おばあちゃんもきっとこのメロメロだったんじゃないかなってくらい人あたりがいい。
須麻さんは和食レストランに入ると予約もせずに個室に入った。
予約なしで入れるなんて、相当のお金持ちかもしれない。
ホテルの上階にあるのにガラスの向こうに日本庭園があり、緑の苔が青々とし、鹿威ししおどしには水がちょろちょろと流れていた。
モダンな和食レストランはおしゃれで一品ずつ小さな器に入った芸術品みたいな料理が運ばれてくる。
枝豆のゴマ豆腐風、和風だしのジュレがのったサーモン、豚の角煮が一切れついてきて箸で切れるくらい柔らかく、こんがり焼き目がついたのどぐろの味噌焼きはちょうどいい塩加減だった。
豪華な食事に驚いていると、須麻さんはにっこり笑った。

「食べれそうなものをとりあえず、食べてみたらどう?その後でなにか悩みがあるなら、相談に乗ろう。彼氏にでもフラれたのかな?」

「どうしてわかったんですか」

「うーん、長年の勘かな。俺の予想では遠距離恋愛をしていて、今日久しぶりに彼氏に会った。ここにくる前に彼氏の家に行ったら、女がいたってとこ?」

「違います。少し近いですけど」

あれ、ハズレたかと言いながら、須麻さんは出てきた料理を眺めた。

「好きなものはない?和食だとさっぱりしているし、食欲がなくても小さい器に入ってると食べやすいかなって思ったんだけど」

「大丈夫です。食べれますから。すみません。お気遣いいただいて」

気を遣わせてしまったと、箸で枝豆のゴマ豆腐風をつまんだ。
ひんやりとしていて枝豆の味が濃くておいしい。

「おいしいです」

「食べることができてよかったよ」

ほっとしたように須麻さんは笑った。
その顔を見ていると、こっちまで落ち着いてくる。

「そのストールは自分で染めたもの?」

「あ。そうです。庭のヨモギを摘んで」

「綺麗な色だ」

目を細めてじっとこちらを見て言われたせいか、ドキッとした。
明るくて女性の扱いになれていて、イケメン、お金持ちの社長ときたら、モテないわけないんだけど、それだけじゃなくて一緒にいて居心地いい。
これは女の人は入れ食い状態だとみてもいい。
私の長年の勘ですけどね……
斗翔もモテたから、人を引き寄せる力には敏感だ。
バレンタインの斗翔なんて、チョコレートを受け取らないっていうのに女子社員が集まってきて、設計課の人達が仕事に支障をきたさないようにちぎってはなげ、ちぎってはなげよ!
……きっと今はもうその必要もないだろうけど。
気づくと斗翔のことを考えてしまっていて、頭をぶんぶんっと振ると目の前の須麻さんが不思議そうな顔で私を見ていた。

「え、えーと。普通にヨモギで染めただけですよ。染める時になにも特別なことはしてません。ヨモギそのままの色ですから、私の腕ではないんです」

「それでいいと思う。唄代先生も同じことを言っていた。自分はただ自然が持つ色を出すためのお手伝いをしてるのよってね」

「そうですね。おばあちゃんはよくそう言ってました」

懐かしい。
私を見つめたまま、須麻さんは言った。

「君のことは唄代先生から聞いていたよ。娘はなにも興味を持たなかったけど、孫娘は違うってね。だから、俺は君に会いたかった」

まるで愛の告白のようなセリフだった。

「そのストールを見た瞬間すぐにわかったよ。君が唄代先生の後継者だってことがね」

「私がおばあちゃんの後継者だなんて名乗れませんよ。働きだしてからはもう染物から離れていて、手伝い程度しかしていなかったんです」

「でも、それは君が染めた。違う?」

「そうですけど」

 「俺としては嬉しい。唄代さんの色を受け継いでくれる人がいるってことだけでも。須麻繊維では草木染めの染料を使った商品も取り扱っていてね。これ、見てくれる?」

スマホに保存してある画像を見せてくれた。

「須麻繊維の技術でレザーやボタンも草木染の色を出せるようになってきているんだ。その色を唄代先生と一緒に研究開発していた」

「おばあちゃんが!?」

「唄代先生には須麻繊維の研究員扱いで参加していただいていた」

須麻さんは記念撮影なのか、工場内で撮ったおばあちゃんとの写真を見せてくれた。

「知らなかった……」

「唄代先生と作った色が見たいなら今度見せようか?」

―――見たい。
でも、しばらくはここに来たくない。
即答できずにいると須麻さんが笑った。

「君さえよければ工房まで持っていくよ。俺の都合がつくときになっちゃうけどね。いい?」

「いえ、そんな悪いですから」

「口実なんだけどな?」

「え?」

「君に興味がある。だから、持っていく。それでいい?」

面白い人だなと思った。
私が気遣わないようにわざわざそんなふうにいうなんて。

「ありがとうございます」

この人なら断っても持ってくるだろう。
明るい須麻さんのおかげか、昼食は食べることができた。

「ちゃんと食べてえらかったね。じゃあ、駅まで送ろうか」

ぽんぽんっと子供にやるみたいに頭を叩き、夏の太陽みたいに笑った。
赤―――ふっと頭に色が浮かんだ。
情熱、華やかさ、激しさ、エネルギーのかたまりみたいな須麻さん。

「なに?」

「いいえ」

私は首を横に振った。
須麻さんは自分の車に私を乗せると、おばあちゃんとの楽しかった思い出話をしながら駅まで送ってくれた。

「一人で帰れる?」

「はい。須麻さん、いろいろありがとうございました」

人を不快にさせず、スマートに振る舞って気を遣わせない。
天性のものかもしれない。
変わり者のおばあちゃんが親しくしていただけある。

「次に会った時は笑顔で会おう。またね、夏永ちゃん」

ひらひらと手を振って見送ってくれた。
会釈して別れた私は自分が泣くのではと思っていたけれど、涙は出ず、頭の中ではおばちゃんの思い出話がずっと占めていた。
『綺麗な色だ』
私が染めた色を褒めてくれた。

「やってみようかな」

いい大人のくせに子供のようにはしゃぐ須麻さんの姿が目に浮かんで涙ではなく、笑みがこぼれた。
今は染物で頭をいっぱいにした。
何も考えなくていいように―――
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