16 / 44
16 あなたの残り香
しおりを挟む
斗翔が帰ってから、何もやる気になれずに空を見上げてボッーとしていた。
せっかくの晴れ間だったというのに……。
もしかして私ってば、ちゃんと生活できてない?
しかも、斗翔に大人うんぬんと説教しといてこれ。
「……ダメな大人ってことで」
ぼすっと座布団に顔を埋めた。
ブルードゥシャネルの香り―――シトラスの残り香が忘れたくても忘れさせてはくれない。
これは卑怯だよ。
斗翔……。
残された方がきついじゃない。
忘れようと決めて、ここにきたのに結局、拒み切れずに流されてしまった。
「馬鹿じゃないの。私」
左手を空にかざして斗翔の言葉を思い出していた。
ちょうど指輪のあった部分に太陽がかかる。
指輪の代わりに太陽の白い光がきらきらと光っていた。
「サンライトホワイト―――」
『指輪、はずしたんだ』
悲しい声だった
当り前だよ……。
フラれたのに指輪してるなんておかしいじゃない?
それなのにどうして私が罪悪感を持たなきゃいけないのよ!
悔しくて座布団にボスボスとパンチをして八つ当たりした。
疲れてぼすんっと座布団に顔をのせると、また残り香で斗翔を思い出して後悔が押し寄せる。
なにしてるの、私は。
「うー」
唸っているとワンワンッと犬の鳴き声が聞こえ、のろのろと顔をあげると目の前にゴールデンレトリバーのジュディがデデンと構えていた。
「ぎゃっ!」
ち、ちかっ!
暑いせいか、舌をだして荒い息をしていて、べろんっと舐められかけたところをサッと回避した。
はっ!甘いわね、ジュディ。
あなたの動きは見切ってるのよ!
ドヤ顔でにやりと笑うとジュディから鼻でドスドス攻撃された。
「い、痛っ!なにするのよ」
止めてもらおうにもジュディだけが先に走ってきたらしく、飼い主がいない。
「ジュディー!早いよー!」
莉叶ちゃんが息を切らせて、ようやく追い付いてきた。
デニムスカートにオフホワイトのTシャツ、ピンクのストールを首にぐるりと結んでいて、ちょうどよいワンポイントになっている。
金魚みたいで可愛い。
その後ろを納多さんが付き添ってきたのが見え、顔を伏せた。
斗翔め!
ご近所付き合いが気まずくなったじゃないの。
「夏永ちゃん。こんにちはー!」
「こんにちは。莉叶ちゃん。ストール使ってくれてるんだ?」
桜色のストールがよく似合ってる。
おばあちゃんが遺した染色液で染めた桜色のストールは綺麗だな―――緑の中で花が咲いたような色は自然に溶け込んでいて、さすがおばあちゃん、腕がいい。
敵わないなぁと思いながら、その桜色のストールを眺めているとなんだか心が落ち着いてきた。
「ママにストールを巻いてもらったの。えっと、これ、夏永ちゃんにブドウと家で飼ってる卵のおすそわけでーす」
莉叶ちゃんが言った物を持っていたのは納多さんで私に黙って差し出した。
「ありがとうございます」
「いえ」
カゴには白い卵や茶色の卵が入っている。
大きさもバラバラなのが生々しいというか。
草がついていて……うん……産みたて感あるね……。
「家で鶏を飼っているの?」
「そうだよ。早く食べてね。早く食べないとヒナが孵っちゃうし」
「そうね。わかったわ」
真剣な顔でうなずくと、納多さんが笑った。
「そんなわけないでしょう……っ!」
「え!?」
笑う納多さん、あきれ顔の莉叶ちゃんに自分が馬鹿なことを言っていることに気付いた。
「あのね、莉叶の冗談だよ……」
「じょ、冗談!?」
莉叶ちゃんは可哀想なものでも見るかのような目で私を見ていた。
うっ!なにも知らない大人だと思われたっ!
納多さんはまだ笑っているし……。
ふ、ふーん。
笑うと無愛想な顔もけっこう可愛いわね(負け惜しみ)。
「納多さん。仕事はお休みですか?」
「今日は土曜日ですから、仕事は休みです」
無職だと曜日の感覚までなくなるらしい。
納多さんは作業服ではないとはいえ、そこまでラフな服装はせず、ダークグリーンのポロシャツにグレーのパンツ、腕時計までしている。
髪の毛はばっちりセットされていて、休日なのに働いている男の人ってかんじだった。
それに比べ、私はだぶっとしたリネンコットンのベージュワンピース、髪はまとめてなくてばさばさだし、足は裸足でダラダラモードだし……。
「社会復帰が遠い……」
なんとなく後ろ暗い気分になり、すいっと納多さんから目を逸らした。
「ねえねえ!夏永ちゃんがこのストールを作ったって本当?」
「染めただけよ。それにその桜色はね、私の亡くなったおばあちゃんが桜の木の枝から煮出して作った染色液なの。瓶に入って残っていたのを使ったのよ」
「あんな茶色の桜の枝から?こんなきれいな色になるの?じゃあ、ママとおばあちゃんがもらった緑と紫のストールは?」
「緑はヨモギ、紫はブルーベリーよ」
「すごいねぇ」
「簡単よ」
どうやら、名誉挽回できたみたいね!
あー、よかった!と胸を撫で下ろしていると、納多さんが苦笑しているのが見えた。
必死に大人の威厳を守ろうとしている私の心の中がバレバレみたいね……。
いいじゃないっ!尊敬いされたいのよ!と視線を送ると納多さんはそんな無駄な見栄をという目をして私をあわれんでいた。
くそー!!
「そ、そうねー!今日、もらったブドウの皮でも染められるのよ。よかったら明日、一緒に染めてみる?」
名誉挽回のため、とりつくろう私はうわずった声になりながら、莉叶ちゃんに大人ぶってみせた。
「本当!?」
「ちょうどおばあちゃんの工房から染める前の白いハンカチがあったし、一緒に試してみようか」
「やってみたい!」
「じゃあ、明日ね」
「うん!」
莉叶ちゃんは私に尊敬の眼差しを向けていた。
フフッ!どうよ!
チラッと納多さんを見ると興味深そうにブドウを眺めていた。
そっち?尊敬するのは私じゃなく、ブドウ!?
「なんなら、納多さんもやってみます?」
「そうですね。莉叶さんが一人で山道を歩くのは危ないので付き添いをお願いされたらご一緒します。それじゃあ、莉叶さん。帰りましょうか」
「えー!もう?」
「明日も来るんでしょう?」
納多さんはジュディをなでると手で先に行くように合図した。
賢いジュディはさっと走りだし、それを見た莉叶ちゃんは慌てて追いかけていった。
「ジュディ!待ってー!」
犬と子供の扱いがうまい。
「それでは失礼します」
「あ、はい……」
いつも笑ってればいいのにまた仏頂面。
莉叶ちゃんの後ろを追うようについていった。
まるで子供の面倒をみる犬みたい。
さしずめ、犬種でいうとドーベルマンといったところでしょうか。
「グダグダしてないで、そろそろ活動しようっと」
掃除してご飯作って―――もう夕方だけど。
そう思って、茶の間に入るとちょうどスマホの着信音が鳴った。
「お母さんから?もしもしー?」
『夏永、元気にやってるの?あなたときたら、連絡ひとつ寄越さないから困るわ。ダラダラしてないで、おばあちゃんの物を整頓してちょうだいよ』
お説教からのスタートにげんなりした。
傷心の娘にたいしてこれである。
ちょっとは気を遣って欲しいわよ。
「大丈夫。規則正しく生活してるから」
と、バレバレの嘘を気の抜けた声で言った。
はあっと電話先で母親がため息をついているのが丸聞こえだった。
『電話したのはね。おばあちゃんの追悼個展の依頼がきたからなの。ぜひやってもらえないかって話でね。追悼個展の準備なんだけど、夏永がしてちょうだい。どうせひまでしょ?』
「えー!なんで私が!?」
『無職だからよ』
グサッと母の言葉が突き刺さった。
え?
なになに?
私をめった打ちにしちゃうわけ?
『夏永ならおばあちゃんの作品にも詳しいし、その個展の報酬は収入のない夏永の生活費の足しにもなるでしょう?』
「ぐっ……それはそうだけど……」
『よかったわね。おばあちゃんのおかげで収入が入って。仏壇に手をあわせておきなさいよ。細かいスケジュールと段取りはメールで送っておくから。それじゃあね』
ブツッと母親は言いたいことだけ言って、電話を切った。
収入のないって、そんなハッキリと……。
いや、本当のことだけど。
「ううっ、我が親ながらひどすぎるー!」
無職に世間の風当たりは厳しい―――それを身をもって知ったのだった。
せっかくの晴れ間だったというのに……。
もしかして私ってば、ちゃんと生活できてない?
しかも、斗翔に大人うんぬんと説教しといてこれ。
「……ダメな大人ってことで」
ぼすっと座布団に顔を埋めた。
ブルードゥシャネルの香り―――シトラスの残り香が忘れたくても忘れさせてはくれない。
これは卑怯だよ。
斗翔……。
残された方がきついじゃない。
忘れようと決めて、ここにきたのに結局、拒み切れずに流されてしまった。
「馬鹿じゃないの。私」
左手を空にかざして斗翔の言葉を思い出していた。
ちょうど指輪のあった部分に太陽がかかる。
指輪の代わりに太陽の白い光がきらきらと光っていた。
「サンライトホワイト―――」
『指輪、はずしたんだ』
悲しい声だった
当り前だよ……。
フラれたのに指輪してるなんておかしいじゃない?
それなのにどうして私が罪悪感を持たなきゃいけないのよ!
悔しくて座布団にボスボスとパンチをして八つ当たりした。
疲れてぼすんっと座布団に顔をのせると、また残り香で斗翔を思い出して後悔が押し寄せる。
なにしてるの、私は。
「うー」
唸っているとワンワンッと犬の鳴き声が聞こえ、のろのろと顔をあげると目の前にゴールデンレトリバーのジュディがデデンと構えていた。
「ぎゃっ!」
ち、ちかっ!
暑いせいか、舌をだして荒い息をしていて、べろんっと舐められかけたところをサッと回避した。
はっ!甘いわね、ジュディ。
あなたの動きは見切ってるのよ!
ドヤ顔でにやりと笑うとジュディから鼻でドスドス攻撃された。
「い、痛っ!なにするのよ」
止めてもらおうにもジュディだけが先に走ってきたらしく、飼い主がいない。
「ジュディー!早いよー!」
莉叶ちゃんが息を切らせて、ようやく追い付いてきた。
デニムスカートにオフホワイトのTシャツ、ピンクのストールを首にぐるりと結んでいて、ちょうどよいワンポイントになっている。
金魚みたいで可愛い。
その後ろを納多さんが付き添ってきたのが見え、顔を伏せた。
斗翔め!
ご近所付き合いが気まずくなったじゃないの。
「夏永ちゃん。こんにちはー!」
「こんにちは。莉叶ちゃん。ストール使ってくれてるんだ?」
桜色のストールがよく似合ってる。
おばあちゃんが遺した染色液で染めた桜色のストールは綺麗だな―――緑の中で花が咲いたような色は自然に溶け込んでいて、さすがおばあちゃん、腕がいい。
敵わないなぁと思いながら、その桜色のストールを眺めているとなんだか心が落ち着いてきた。
「ママにストールを巻いてもらったの。えっと、これ、夏永ちゃんにブドウと家で飼ってる卵のおすそわけでーす」
莉叶ちゃんが言った物を持っていたのは納多さんで私に黙って差し出した。
「ありがとうございます」
「いえ」
カゴには白い卵や茶色の卵が入っている。
大きさもバラバラなのが生々しいというか。
草がついていて……うん……産みたて感あるね……。
「家で鶏を飼っているの?」
「そうだよ。早く食べてね。早く食べないとヒナが孵っちゃうし」
「そうね。わかったわ」
真剣な顔でうなずくと、納多さんが笑った。
「そんなわけないでしょう……っ!」
「え!?」
笑う納多さん、あきれ顔の莉叶ちゃんに自分が馬鹿なことを言っていることに気付いた。
「あのね、莉叶の冗談だよ……」
「じょ、冗談!?」
莉叶ちゃんは可哀想なものでも見るかのような目で私を見ていた。
うっ!なにも知らない大人だと思われたっ!
納多さんはまだ笑っているし……。
ふ、ふーん。
笑うと無愛想な顔もけっこう可愛いわね(負け惜しみ)。
「納多さん。仕事はお休みですか?」
「今日は土曜日ですから、仕事は休みです」
無職だと曜日の感覚までなくなるらしい。
納多さんは作業服ではないとはいえ、そこまでラフな服装はせず、ダークグリーンのポロシャツにグレーのパンツ、腕時計までしている。
髪の毛はばっちりセットされていて、休日なのに働いている男の人ってかんじだった。
それに比べ、私はだぶっとしたリネンコットンのベージュワンピース、髪はまとめてなくてばさばさだし、足は裸足でダラダラモードだし……。
「社会復帰が遠い……」
なんとなく後ろ暗い気分になり、すいっと納多さんから目を逸らした。
「ねえねえ!夏永ちゃんがこのストールを作ったって本当?」
「染めただけよ。それにその桜色はね、私の亡くなったおばあちゃんが桜の木の枝から煮出して作った染色液なの。瓶に入って残っていたのを使ったのよ」
「あんな茶色の桜の枝から?こんなきれいな色になるの?じゃあ、ママとおばあちゃんがもらった緑と紫のストールは?」
「緑はヨモギ、紫はブルーベリーよ」
「すごいねぇ」
「簡単よ」
どうやら、名誉挽回できたみたいね!
あー、よかった!と胸を撫で下ろしていると、納多さんが苦笑しているのが見えた。
必死に大人の威厳を守ろうとしている私の心の中がバレバレみたいね……。
いいじゃないっ!尊敬いされたいのよ!と視線を送ると納多さんはそんな無駄な見栄をという目をして私をあわれんでいた。
くそー!!
「そ、そうねー!今日、もらったブドウの皮でも染められるのよ。よかったら明日、一緒に染めてみる?」
名誉挽回のため、とりつくろう私はうわずった声になりながら、莉叶ちゃんに大人ぶってみせた。
「本当!?」
「ちょうどおばあちゃんの工房から染める前の白いハンカチがあったし、一緒に試してみようか」
「やってみたい!」
「じゃあ、明日ね」
「うん!」
莉叶ちゃんは私に尊敬の眼差しを向けていた。
フフッ!どうよ!
チラッと納多さんを見ると興味深そうにブドウを眺めていた。
そっち?尊敬するのは私じゃなく、ブドウ!?
「なんなら、納多さんもやってみます?」
「そうですね。莉叶さんが一人で山道を歩くのは危ないので付き添いをお願いされたらご一緒します。それじゃあ、莉叶さん。帰りましょうか」
「えー!もう?」
「明日も来るんでしょう?」
納多さんはジュディをなでると手で先に行くように合図した。
賢いジュディはさっと走りだし、それを見た莉叶ちゃんは慌てて追いかけていった。
「ジュディ!待ってー!」
犬と子供の扱いがうまい。
「それでは失礼します」
「あ、はい……」
いつも笑ってればいいのにまた仏頂面。
莉叶ちゃんの後ろを追うようについていった。
まるで子供の面倒をみる犬みたい。
さしずめ、犬種でいうとドーベルマンといったところでしょうか。
「グダグダしてないで、そろそろ活動しようっと」
掃除してご飯作って―――もう夕方だけど。
そう思って、茶の間に入るとちょうどスマホの着信音が鳴った。
「お母さんから?もしもしー?」
『夏永、元気にやってるの?あなたときたら、連絡ひとつ寄越さないから困るわ。ダラダラしてないで、おばあちゃんの物を整頓してちょうだいよ』
お説教からのスタートにげんなりした。
傷心の娘にたいしてこれである。
ちょっとは気を遣って欲しいわよ。
「大丈夫。規則正しく生活してるから」
と、バレバレの嘘を気の抜けた声で言った。
はあっと電話先で母親がため息をついているのが丸聞こえだった。
『電話したのはね。おばあちゃんの追悼個展の依頼がきたからなの。ぜひやってもらえないかって話でね。追悼個展の準備なんだけど、夏永がしてちょうだい。どうせひまでしょ?』
「えー!なんで私が!?」
『無職だからよ』
グサッと母の言葉が突き刺さった。
え?
なになに?
私をめった打ちにしちゃうわけ?
『夏永ならおばあちゃんの作品にも詳しいし、その個展の報酬は収入のない夏永の生活費の足しにもなるでしょう?』
「ぐっ……それはそうだけど……」
『よかったわね。おばあちゃんのおかげで収入が入って。仏壇に手をあわせておきなさいよ。細かいスケジュールと段取りはメールで送っておくから。それじゃあね』
ブツッと母親は言いたいことだけ言って、電話を切った。
収入のないって、そんなハッキリと……。
いや、本当のことだけど。
「ううっ、我が親ながらひどすぎるー!」
無職に世間の風当たりは厳しい―――それを身をもって知ったのだった。
13
お気に入りに追加
1,489
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる