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16 あなたの残り香
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斗翔が帰ってから、何もやる気になれずに空を見上げてボッーとしていた。
せっかくの晴れ間だったというのに……。
もしかして私ってば、ちゃんと生活できてない?
しかも、斗翔に大人うんぬんと説教しといてこれ。
「……ダメな大人ってことで」
ぼすっと座布団に顔を埋めた。
ブルードゥシャネルの香り―――シトラスの残り香が忘れたくても忘れさせてはくれない。
これは卑怯だよ。
斗翔……。
残された方がきついじゃない。
忘れようと決めて、ここにきたのに結局、拒み切れずに流されてしまった。
「馬鹿じゃないの。私」
左手を空にかざして斗翔の言葉を思い出していた。
ちょうど指輪のあった部分に太陽がかかる。
指輪の代わりに太陽の白い光がきらきらと光っていた。
「サンライトホワイト―――」
『指輪、はずしたんだ』
悲しい声だった
当り前だよ……。
フラれたのに指輪してるなんておかしいじゃない?
それなのにどうして私が罪悪感を持たなきゃいけないのよ!
悔しくて座布団にボスボスとパンチをして八つ当たりした。
疲れてぼすんっと座布団に顔をのせると、また残り香で斗翔を思い出して後悔が押し寄せる。
なにしてるの、私は。
「うー」
唸っているとワンワンッと犬の鳴き声が聞こえ、のろのろと顔をあげると目の前にゴールデンレトリバーのジュディがデデンと構えていた。
「ぎゃっ!」
ち、ちかっ!
暑いせいか、舌をだして荒い息をしていて、べろんっと舐められかけたところをサッと回避した。
はっ!甘いわね、ジュディ。
あなたの動きは見切ってるのよ!
ドヤ顔でにやりと笑うとジュディから鼻でドスドス攻撃された。
「い、痛っ!なにするのよ」
止めてもらおうにもジュディだけが先に走ってきたらしく、飼い主がいない。
「ジュディー!早いよー!」
莉叶ちゃんが息を切らせて、ようやく追い付いてきた。
デニムスカートにオフホワイトのTシャツ、ピンクのストールを首にぐるりと結んでいて、ちょうどよいワンポイントになっている。
金魚みたいで可愛い。
その後ろを納多さんが付き添ってきたのが見え、顔を伏せた。
斗翔め!
ご近所付き合いが気まずくなったじゃないの。
「夏永ちゃん。こんにちはー!」
「こんにちは。莉叶ちゃん。ストール使ってくれてるんだ?」
桜色のストールがよく似合ってる。
おばあちゃんが遺した染色液で染めた桜色のストールは綺麗だな―――緑の中で花が咲いたような色は自然に溶け込んでいて、さすがおばあちゃん、腕がいい。
敵わないなぁと思いながら、その桜色のストールを眺めているとなんだか心が落ち着いてきた。
「ママにストールを巻いてもらったの。えっと、これ、夏永ちゃんにブドウと家で飼ってる卵のおすそわけでーす」
莉叶ちゃんが言った物を持っていたのは納多さんで私に黙って差し出した。
「ありがとうございます」
「いえ」
カゴには白い卵や茶色の卵が入っている。
大きさもバラバラなのが生々しいというか。
草がついていて……うん……産みたて感あるね……。
「家で鶏を飼っているの?」
「そうだよ。早く食べてね。早く食べないとヒナが孵っちゃうし」
「そうね。わかったわ」
真剣な顔でうなずくと、納多さんが笑った。
「そんなわけないでしょう……っ!」
「え!?」
笑う納多さん、あきれ顔の莉叶ちゃんに自分が馬鹿なことを言っていることに気付いた。
「あのね、莉叶の冗談だよ……」
「じょ、冗談!?」
莉叶ちゃんは可哀想なものでも見るかのような目で私を見ていた。
うっ!なにも知らない大人だと思われたっ!
納多さんはまだ笑っているし……。
ふ、ふーん。
笑うと無愛想な顔もけっこう可愛いわね(負け惜しみ)。
「納多さん。仕事はお休みですか?」
「今日は土曜日ですから、仕事は休みです」
無職だと曜日の感覚までなくなるらしい。
納多さんは作業服ではないとはいえ、そこまでラフな服装はせず、ダークグリーンのポロシャツにグレーのパンツ、腕時計までしている。
髪の毛はばっちりセットされていて、休日なのに働いている男の人ってかんじだった。
それに比べ、私はだぶっとしたリネンコットンのベージュワンピース、髪はまとめてなくてばさばさだし、足は裸足でダラダラモードだし……。
「社会復帰が遠い……」
なんとなく後ろ暗い気分になり、すいっと納多さんから目を逸らした。
「ねえねえ!夏永ちゃんがこのストールを作ったって本当?」
「染めただけよ。それにその桜色はね、私の亡くなったおばあちゃんが桜の木の枝から煮出して作った染色液なの。瓶に入って残っていたのを使ったのよ」
「あんな茶色の桜の枝から?こんなきれいな色になるの?じゃあ、ママとおばあちゃんがもらった緑と紫のストールは?」
「緑はヨモギ、紫はブルーベリーよ」
「すごいねぇ」
「簡単よ」
どうやら、名誉挽回できたみたいね!
あー、よかった!と胸を撫で下ろしていると、納多さんが苦笑しているのが見えた。
必死に大人の威厳を守ろうとしている私の心の中がバレバレみたいね……。
いいじゃないっ!尊敬いされたいのよ!と視線を送ると納多さんはそんな無駄な見栄をという目をして私をあわれんでいた。
くそー!!
「そ、そうねー!今日、もらったブドウの皮でも染められるのよ。よかったら明日、一緒に染めてみる?」
名誉挽回のため、とりつくろう私はうわずった声になりながら、莉叶ちゃんに大人ぶってみせた。
「本当!?」
「ちょうどおばあちゃんの工房から染める前の白いハンカチがあったし、一緒に試してみようか」
「やってみたい!」
「じゃあ、明日ね」
「うん!」
莉叶ちゃんは私に尊敬の眼差しを向けていた。
フフッ!どうよ!
チラッと納多さんを見ると興味深そうにブドウを眺めていた。
そっち?尊敬するのは私じゃなく、ブドウ!?
「なんなら、納多さんもやってみます?」
「そうですね。莉叶さんが一人で山道を歩くのは危ないので付き添いをお願いされたらご一緒します。それじゃあ、莉叶さん。帰りましょうか」
「えー!もう?」
「明日も来るんでしょう?」
納多さんはジュディをなでると手で先に行くように合図した。
賢いジュディはさっと走りだし、それを見た莉叶ちゃんは慌てて追いかけていった。
「ジュディ!待ってー!」
犬と子供の扱いがうまい。
「それでは失礼します」
「あ、はい……」
いつも笑ってればいいのにまた仏頂面。
莉叶ちゃんの後ろを追うようについていった。
まるで子供の面倒をみる犬みたい。
さしずめ、犬種でいうとドーベルマンといったところでしょうか。
「グダグダしてないで、そろそろ活動しようっと」
掃除してご飯作って―――もう夕方だけど。
そう思って、茶の間に入るとちょうどスマホの着信音が鳴った。
「お母さんから?もしもしー?」
『夏永、元気にやってるの?あなたときたら、連絡ひとつ寄越さないから困るわ。ダラダラしてないで、おばあちゃんの物を整頓してちょうだいよ』
お説教からのスタートにげんなりした。
傷心の娘にたいしてこれである。
ちょっとは気を遣って欲しいわよ。
「大丈夫。規則正しく生活してるから」
と、バレバレの嘘を気の抜けた声で言った。
はあっと電話先で母親がため息をついているのが丸聞こえだった。
『電話したのはね。おばあちゃんの追悼個展の依頼がきたからなの。ぜひやってもらえないかって話でね。追悼個展の準備なんだけど、夏永がしてちょうだい。どうせひまでしょ?』
「えー!なんで私が!?」
『無職だからよ』
グサッと母の言葉が突き刺さった。
え?
なになに?
私をめった打ちにしちゃうわけ?
『夏永ならおばあちゃんの作品にも詳しいし、その個展の報酬は収入のない夏永の生活費の足しにもなるでしょう?』
「ぐっ……それはそうだけど……」
『よかったわね。おばあちゃんのおかげで収入が入って。仏壇に手をあわせておきなさいよ。細かいスケジュールと段取りはメールで送っておくから。それじゃあね』
ブツッと母親は言いたいことだけ言って、電話を切った。
収入のないって、そんなハッキリと……。
いや、本当のことだけど。
「ううっ、我が親ながらひどすぎるー!」
無職に世間の風当たりは厳しい―――それを身をもって知ったのだった。
せっかくの晴れ間だったというのに……。
もしかして私ってば、ちゃんと生活できてない?
しかも、斗翔に大人うんぬんと説教しといてこれ。
「……ダメな大人ってことで」
ぼすっと座布団に顔を埋めた。
ブルードゥシャネルの香り―――シトラスの残り香が忘れたくても忘れさせてはくれない。
これは卑怯だよ。
斗翔……。
残された方がきついじゃない。
忘れようと決めて、ここにきたのに結局、拒み切れずに流されてしまった。
「馬鹿じゃないの。私」
左手を空にかざして斗翔の言葉を思い出していた。
ちょうど指輪のあった部分に太陽がかかる。
指輪の代わりに太陽の白い光がきらきらと光っていた。
「サンライトホワイト―――」
『指輪、はずしたんだ』
悲しい声だった
当り前だよ……。
フラれたのに指輪してるなんておかしいじゃない?
それなのにどうして私が罪悪感を持たなきゃいけないのよ!
悔しくて座布団にボスボスとパンチをして八つ当たりした。
疲れてぼすんっと座布団に顔をのせると、また残り香で斗翔を思い出して後悔が押し寄せる。
なにしてるの、私は。
「うー」
唸っているとワンワンッと犬の鳴き声が聞こえ、のろのろと顔をあげると目の前にゴールデンレトリバーのジュディがデデンと構えていた。
「ぎゃっ!」
ち、ちかっ!
暑いせいか、舌をだして荒い息をしていて、べろんっと舐められかけたところをサッと回避した。
はっ!甘いわね、ジュディ。
あなたの動きは見切ってるのよ!
ドヤ顔でにやりと笑うとジュディから鼻でドスドス攻撃された。
「い、痛っ!なにするのよ」
止めてもらおうにもジュディだけが先に走ってきたらしく、飼い主がいない。
「ジュディー!早いよー!」
莉叶ちゃんが息を切らせて、ようやく追い付いてきた。
デニムスカートにオフホワイトのTシャツ、ピンクのストールを首にぐるりと結んでいて、ちょうどよいワンポイントになっている。
金魚みたいで可愛い。
その後ろを納多さんが付き添ってきたのが見え、顔を伏せた。
斗翔め!
ご近所付き合いが気まずくなったじゃないの。
「夏永ちゃん。こんにちはー!」
「こんにちは。莉叶ちゃん。ストール使ってくれてるんだ?」
桜色のストールがよく似合ってる。
おばあちゃんが遺した染色液で染めた桜色のストールは綺麗だな―――緑の中で花が咲いたような色は自然に溶け込んでいて、さすがおばあちゃん、腕がいい。
敵わないなぁと思いながら、その桜色のストールを眺めているとなんだか心が落ち着いてきた。
「ママにストールを巻いてもらったの。えっと、これ、夏永ちゃんにブドウと家で飼ってる卵のおすそわけでーす」
莉叶ちゃんが言った物を持っていたのは納多さんで私に黙って差し出した。
「ありがとうございます」
「いえ」
カゴには白い卵や茶色の卵が入っている。
大きさもバラバラなのが生々しいというか。
草がついていて……うん……産みたて感あるね……。
「家で鶏を飼っているの?」
「そうだよ。早く食べてね。早く食べないとヒナが孵っちゃうし」
「そうね。わかったわ」
真剣な顔でうなずくと、納多さんが笑った。
「そんなわけないでしょう……っ!」
「え!?」
笑う納多さん、あきれ顔の莉叶ちゃんに自分が馬鹿なことを言っていることに気付いた。
「あのね、莉叶の冗談だよ……」
「じょ、冗談!?」
莉叶ちゃんは可哀想なものでも見るかのような目で私を見ていた。
うっ!なにも知らない大人だと思われたっ!
納多さんはまだ笑っているし……。
ふ、ふーん。
笑うと無愛想な顔もけっこう可愛いわね(負け惜しみ)。
「納多さん。仕事はお休みですか?」
「今日は土曜日ですから、仕事は休みです」
無職だと曜日の感覚までなくなるらしい。
納多さんは作業服ではないとはいえ、そこまでラフな服装はせず、ダークグリーンのポロシャツにグレーのパンツ、腕時計までしている。
髪の毛はばっちりセットされていて、休日なのに働いている男の人ってかんじだった。
それに比べ、私はだぶっとしたリネンコットンのベージュワンピース、髪はまとめてなくてばさばさだし、足は裸足でダラダラモードだし……。
「社会復帰が遠い……」
なんとなく後ろ暗い気分になり、すいっと納多さんから目を逸らした。
「ねえねえ!夏永ちゃんがこのストールを作ったって本当?」
「染めただけよ。それにその桜色はね、私の亡くなったおばあちゃんが桜の木の枝から煮出して作った染色液なの。瓶に入って残っていたのを使ったのよ」
「あんな茶色の桜の枝から?こんなきれいな色になるの?じゃあ、ママとおばあちゃんがもらった緑と紫のストールは?」
「緑はヨモギ、紫はブルーベリーよ」
「すごいねぇ」
「簡単よ」
どうやら、名誉挽回できたみたいね!
あー、よかった!と胸を撫で下ろしていると、納多さんが苦笑しているのが見えた。
必死に大人の威厳を守ろうとしている私の心の中がバレバレみたいね……。
いいじゃないっ!尊敬いされたいのよ!と視線を送ると納多さんはそんな無駄な見栄をという目をして私をあわれんでいた。
くそー!!
「そ、そうねー!今日、もらったブドウの皮でも染められるのよ。よかったら明日、一緒に染めてみる?」
名誉挽回のため、とりつくろう私はうわずった声になりながら、莉叶ちゃんに大人ぶってみせた。
「本当!?」
「ちょうどおばあちゃんの工房から染める前の白いハンカチがあったし、一緒に試してみようか」
「やってみたい!」
「じゃあ、明日ね」
「うん!」
莉叶ちゃんは私に尊敬の眼差しを向けていた。
フフッ!どうよ!
チラッと納多さんを見ると興味深そうにブドウを眺めていた。
そっち?尊敬するのは私じゃなく、ブドウ!?
「なんなら、納多さんもやってみます?」
「そうですね。莉叶さんが一人で山道を歩くのは危ないので付き添いをお願いされたらご一緒します。それじゃあ、莉叶さん。帰りましょうか」
「えー!もう?」
「明日も来るんでしょう?」
納多さんはジュディをなでると手で先に行くように合図した。
賢いジュディはさっと走りだし、それを見た莉叶ちゃんは慌てて追いかけていった。
「ジュディ!待ってー!」
犬と子供の扱いがうまい。
「それでは失礼します」
「あ、はい……」
いつも笑ってればいいのにまた仏頂面。
莉叶ちゃんの後ろを追うようについていった。
まるで子供の面倒をみる犬みたい。
さしずめ、犬種でいうとドーベルマンといったところでしょうか。
「グダグダしてないで、そろそろ活動しようっと」
掃除してご飯作って―――もう夕方だけど。
そう思って、茶の間に入るとちょうどスマホの着信音が鳴った。
「お母さんから?もしもしー?」
『夏永、元気にやってるの?あなたときたら、連絡ひとつ寄越さないから困るわ。ダラダラしてないで、おばあちゃんの物を整頓してちょうだいよ』
お説教からのスタートにげんなりした。
傷心の娘にたいしてこれである。
ちょっとは気を遣って欲しいわよ。
「大丈夫。規則正しく生活してるから」
と、バレバレの嘘を気の抜けた声で言った。
はあっと電話先で母親がため息をついているのが丸聞こえだった。
『電話したのはね。おばあちゃんの追悼個展の依頼がきたからなの。ぜひやってもらえないかって話でね。追悼個展の準備なんだけど、夏永がしてちょうだい。どうせひまでしょ?』
「えー!なんで私が!?」
『無職だからよ』
グサッと母の言葉が突き刺さった。
え?
なになに?
私をめった打ちにしちゃうわけ?
『夏永ならおばあちゃんの作品にも詳しいし、その個展の報酬は収入のない夏永の生活費の足しにもなるでしょう?』
「ぐっ……それはそうだけど……」
『よかったわね。おばあちゃんのおかげで収入が入って。仏壇に手をあわせておきなさいよ。細かいスケジュールと段取りはメールで送っておくから。それじゃあね』
ブツッと母親は言いたいことだけ言って、電話を切った。
収入のないって、そんなハッキリと……。
いや、本当のことだけど。
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