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14 牽制

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嵐が去った後の朝は空気が澄んでいて、空もいつもより青い。
寝室の窓から見える木の葉からは、ぽつぽつと昨日の雨の名残の水滴が落ちていて、うとうとしながらそれを見ていた。

「ん……」

ぼうっとした頭で起きあがろうとして、どさりと毛布の上に転がった。
斗翔とわの腕が私の体をしっかりつかんでいて、起き上がることができなかった。
昨日の夜は気づかなかったけれど、明るい場所で見た斗翔は少し痩せて、顔色もよくない。
疲れているのか目を覚ます様子がなく、そっと前髪をなでた。

「斗翔、どうしてきたの」

問いかけても熟睡している斗翔からは答えが返ってこない。
もう一緒にいられないって言ったのは斗翔だよ?
それに連絡だってとれなかったのに。
聞きたいことはたくさんあった。
けれど、疲れた顔をして眠る斗翔を起こせずにそっと離れた。
今はなにも聞かずにいてあげようと決めて。
そっと毛布をかぶせ、散らばった服を集めた。
起きる前には洗濯して乾かさないと斗翔が帰れない。

「変ね」

自分一人だとなにもやる気になれなかったのに斗翔といると自分がしっかりするのが可笑しくて、なんだか笑えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ごめん、夏永かえ

起きた斗翔の最初の言葉は謝罪だった。
どの『ごめん』なのだろうと思いながら、作ったご飯をちゃぶ台に並べた。

「そうね。突然現れたから驚いたわ」

斗翔が目を覚ましたのはお昼頃だった。
天気がよかったおかげでなんとか服も乾き、それを着せた。
さすがにずっとミノムシみたいに毛布でぐるぐる巻きにしておくわけにはいかないしね。

「ほら、斗翔。ご飯食べて。冷めるでしょ」

私がいつも通りに話しかけると、斗翔は一瞬、泣きそうな顔をした。
その顔のせいで肝心なことには触れることができず、私は聞きたかったことを心の中に仕舞った。
温かい味噌汁とご飯、卵焼きともらい物のトマトを切ったもの、昨晩つけておいたキュウリの浅漬けを出すと斗翔は目を細めて幸せそうにそれを食べた。
 
「斗翔、少し痩せた?ちゃんとご飯食べないとだめじゃない」

「夏永も痩せた」

「私はいいのよ。ダイエットになるし!」

「そんなことない。抱き心地が悪くなる」

「あのねえー!」

私があえて触れずにいることをどうして斗翔は言うのよっ。
なにもなかったことにして、別れようとしてるのにそれがわからないわけ?

「夏永は俺のこと、忘れるつもりだった?」

「なに言ってるのよ!別れを切り出したのは斗翔なのよ?」

「あの時はしかたなかった。今も俺には監視がつけられてる。まいてきたけどね」

「監視!?」

「それから、俺が共和きょうわ銀行の娘と結婚しないと森崎建設へ融資を取り止めるって言われて脅されてる」

「脅し!?」

「家にも帰してもらえなくて、ホテル暮らしだったんだ。ただ、ずっと同じホテルだったから構造上どこから抜け出せるかわかって、うまく抜け出してきた。車はレンタカーだよ」 

「そんな……」

「連絡しようにも前のスマホは取り上げられてたし、パソコンも外部と連絡がとれないように遮断されていたんだ。信じてくれる?」

信じる信じないもなにも―――あまりに突拍子もない話すぎてすぐに返事ができなかった。
斗翔が見せたスマホは新しい。
優奈子さんに渡されたのだろうか。

「し、信じるとしてよ?斗翔が抜け出したことがバレたら森崎建設が危ないんじゃない?平気なの?」

斗翔は黙った。
大丈夫じゃない―――もし、今、銀行からの融資を受けれず森崎建設が倒産したら、斗翔がどれだけの人から恨まれて憎まれるか。

「斗翔。早く帰ったほうがいいわ」

「わかってる。でも、帰りたくない」

ずっとここにいたいと小さい声で斗翔は言ったけれど、いるわけにはいかないこともわかってるはずだった。
斗翔は私の指を見た。

「指輪、はずしたんだ」

「え?う、うん」

斗翔の指にだってない。
胸が痛い―――それは私との別れを決めたからじゃないの?
こみ上げてくる涙をこらえていると、庭から声がした。

「すみません。玄関が開いてなかったもので」

涙が一瞬でひいた。
縁側の向こうを見ると作業服姿の納多のださんが庭先に立っているのが見えた。
カゴにはキュウリとナスが入っていて、持っていくように星名せなちゃんに頼まれたのかもしれない。

「納多さん……」

「お邪魔でしたか」

斗翔にちらりと視線をやり、申し訳なさそうに言った。

「いえ。そんなことは……」

「この野菜を届けるように頼まれまして。昨日の靴擦れは大丈夫ですか?両足とも赤くなっていたでしょう?」

「昨日はありがとうございました。もうだいぶ治りました」

「誰?」

斗翔が私の頭上から顔を出した。

朝日奈あさひな建設で働いている納多です。下の民宿でお世話になっているので色々と頼みごとをされるんですよ」

野菜のカゴをどさりと置くと、納多さんは斗翔をじっと見つめた。

「そうなんだ」

気に入らないというように斗翔は目を細めた。
こんな顔をする斗翔を見たことがなく、驚いて見上げていると、突然、座っていた私の目線の高さまでしゃがんだ。
足首をつかまれ、倒れると斗翔は赤い踵を見て爪先にキスをした。

「斗翔!?」

足を持ち上げると、足の甲から踵まで、ゆっくりと舐めた。
ぞわりと肌が粟立ち、必死に足から手をふりほどこうとしてもほどけず、斗翔はやめない。

「な、なにしてるのっ?斗翔っ!」

足を持ち上げたまま、赤い踵にキスをして納多さんを横目で見る。

「夏永は俺のだから」

納多さんは声もなく、驚いて眺めていたけれど、すぐに表情をいつもの飄々とした顔に戻した。

「そうですか。失礼します」

「ご、ごめんなさい!」

納多さんの背中に謝罪の言葉を投げ掛けたけど、返事はなかった。

「斗翔!なんてことするのよ!納多さんはそ、そういうんじゃないのにっ!」

「そういうんじゃないって、どういう意味?」

足を離さず、斗翔の唇は踵から上に滑り、太ももまでなぞった。

「……っ!や、めて」

「夏永は鈍いところがあるから。あいつ、絶対に夏永のこと好きだよ」

「思ってないわよ!納多さんは大人なの!そんな子供っぽいことしないでよ!」

斗翔は表情を曇らせ、足から手を離した。

「じゃあ、今日は帰る。大人だから」

なにそれ―――お、大人だから?
なに張り合ってるの?
ううん、そもそも私達は別れたのよ!?

「また来るから、浮気はしないで」

「う、浮気って?」

そもそも別れたわよね?私達。
斗翔は帰っていったけれど、それはまるで突然やってきて、去っていく嵐みたいだった。
会えたのは嬉しいけど、私達に未来さきはない。
だから、複雑な気分だった。
そもそもどうやって私の居場所を調べたのだろうか?
放心状態から解放され、はぁっとため息をつき、スマホを見ると母親から『会社から忘れ物を送りたいって連絡があって住所教えたから』というメッセージが入っていた。

「もー!」

会社には私の実家の住所のデータが残っていたようだった。
入社した時の書類に実家の住所と電話番号を書いたのを覚えている。
敵は身内にあり。
どうしてくれるの?
この状況!
ぼぶっと顔を埋めた座布団からは斗翔の匂いが残っていて、夢で終わらせてはくれなかった。
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