婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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12 嵐の夜

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納多さんが言ったとおり、日が暮れる頃にはひどい雨風になり、窓に雨が激しく叩きつけていた。
古い家のせいか、風のせいで家中がガタガタと音をたてていた。

「飛ばされないわよね……」

不安で屋根を見上げた。
今のところ雨漏りはしていない。

「停電にならきゃいいけど」

念のため、懐中電灯を準備すると電池がなくて使えなかった。

「買ってこなかったわよー!電池ー!」

悔やみながら、カチカチボタンを押したけど、無駄だった。
当たり前だけど。

「停電になる前に風呂にはいろっと。はー、またあの山道を登るのはきついから配達してもらえばいいか……」

スニーカーとサンダル、電池と今後の生活に必要な物をメモ帳に書きながら一人笑った。
このメモ帳は後輩からもらった可愛いメモ帳で、文房具が大好きな彼女は私にも時々、メモ帳や付箋をくれた。

「あんなことさえなかったら、いい関係のままでいられたのにな……」

私だって、後輩や課長の立場だったら、同じことをしていたかもしれない。
恨んでないって言ったら嘘になるけど、今はそう思うことにしている。
そうじゃないと、私が今までやってきた仕事まで嫌いになりそうだったから。

「うん!気晴らしにカモミールのお風呂にしよっと!」

乾燥させたカモミールを束ねて、お湯をはった浴槽に投げ入れた。
ハーブのいい香りがする。

「贅沢ー!癒されるわー」

熱いお湯にちゃぷっと足をつけると靴擦れした部分がひりひりと痛んだ。

「ううっ……靴擦れが染みる……」

納多さんが肩を貸し、絆創膏をはってくれたことを思い出して、少しだけ笑えた。
あの人、あんなことできたんだなって思った。
イメージとしては『これでもはっておきなさい!手がかかる人ですね!』とか文句を言いそうだったのに。
あの真面目そうな顔とぴっちりとセットされた黒髪を思い出した。

「もうちょっと愛想があれば、モテそうなのになー」

タオルをぷくっと浮かべて風船みたいに丸い形を作った。
時間はたっぷりあるし、のんびりお湯につかりながら、このちょっとした贅沢な時間を楽しんだ。
停電さえ気にしなければ、どれだけお風呂に入っていても構わないのだから。

「でも、さすがにお腹すいたわ」

空腹に負けてお風呂から出て、髪をふいた。
今日の私は一味違いますよ?
そう!ちゃんとご飯の準備を済ませてある。
台所に行くと予約しておいたご飯が炊けていた。

「なんか、久しぶりにご飯を炊いたなー」

自分一人でいたのとお腹がすかなかったから、作る気になれなかったんだよね。
炊きたてのご飯に卵をかけて食べた。
おかずは星名せなちゃんからもらったトマトを切っただけの質素な食卓だったけど、十分おいしくいただけた。
そして、気づく。
ようやく自分から食べ物を口にして、おいしいって思えるようになったことを。 

「うん!なんか、頑張れそうな気がしてきた!」

ご飯が終わると、やかんでお茶を沸かした。
冷蔵庫にいれるまでは井戸水がでる水道から水を出してやかんを冷やした。
おばあちゃんは染め上がった生地を洗うために井戸水をひいていた。
水道代が助かるってものよね。
ありがとう、おばあちゃん。
ちゃんとご飯も食べたし、お茶もばっちり沸かしたし、これで納多さんも私に文句を言えないはずよ!
それだけのことなのに得意満面で田舎生活もサマになってきたじゃないの。
なんて、調子に乗っていた。

「自転車もほしいなー。あとはリュックとかもいるわよね」

パソコンで自転車を見ていたけど。
欲しい自転車はなかなかお高い。
無職だから、貯金は大事にしていきたいところ。
いつまでいるかはわからないけど。
ドンドンドンッと玄関を叩く音がした。
初めは風かと思っていたけど、違ったみたいで心配した星名ちゃんと伶弥りょうやさんかな?と思って、玄関の鍵を開けた。

夏永かえ……」

そこにいたのは雨で濡れ鼠のようになった斗翔とわだった。
言葉が出てこない。
本物?
斗翔は青白く暗い表情で頬にさわると冷たい。
触れるから、夢じゃないし、玄関に水が落ちて染みになっている。

「斗翔、どうしてここに?」

雨に濡れたせいで体温が低かった。

「お風呂に―――」 

そう言いかけた瞬間、体を抱き締められて唇を塞がれた。
まるで、私を喰らうようなキス。

「斗翔っ……!?」

返事はなく、拒もうとしても強い力で逃げることはできなかった。
重ねる唇は必死でそこに私がいることを確かめるみたいに何度もキスをした。
なぜ、ここがわかったの?
どうやってここにきたの?
問いかけようとしても言葉は書き消されて、ゴオッという強い風の音がした後、ぷっつりと電気は消え、 闇の中に私達の姿は溶けた。
この闇の中なら、誰にも見つからない。
どうか神様、このまま私達を闇色塗りつぶして―――そう願っていた。
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