私達は結婚したのでもう手遅れです!

椿蛍

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番外編

嘉祥の日

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六月の半ば、十六日は嘉祥かじょうの日といって和菓子の日となっている。
元々は室町時代に武家が納涼のために行っていた嘉祥という儀式から生まれた日でお菓子を贈るようになったのが始りだとか。
一年を半分過ぎたところで、残り半年の厄払いと福を招く意味を込めたものが好まれる。
十二月と同じ六月の晦日と呼び、昔はこの六月も特別な月だったに違いない。
この月に合わせ菓子箱を『柳屋』は販売している。
簡単にいうと和菓子屋にだって『イベント』が必要なわけですよ!

「バレンタインデーのように広まれ!和菓子の日!」

百花がバーンっと店の前で仁王立ちになってそんなことを叫んでいた。
その迫力は逆にお客さんが遠のくような気がするよ……百花……

「今日、帆希ほまれの修行先で帆希のお菓子が店頭に並んでいるって聞いたけど、がんばってるみたいでうれしいね」

「そうなのよ!やっぱり帆希はすごいわよね」

やっと入口から百花が動いた。
よかった。
お客さんが入ってこれないかと思った。
百花は店の売り上げなどを管理しているパソコンから、ファイルを開いて帆希のお菓子の画像を見せてくれた。
花の色と同じ真っ白な餡の下に広がる緑の葉の色をした細工、そして真ん中には細かな黄色の軸が丁寧に表現されてあった。
まるで本物の花のよう。
その帆希が作った練り切の名は花橘はなたちばな

うずら鳴き ふるしと人は 思へれど
花橘の 匂うこの屋戸やど

大伴おおともの家持やかもちが詠んだ歌が添えてあった。

「みやびだね!」

「さすが老舗中の老舗!」

私と百花が盛り上がっていると、店の自動ドアがガッーと開いた。

「やっほー。百花……ちゃん、羽花さんもいたのか……」

がっかりされた。
あ、あれ?まるで私がお邪魔虫みたいな空気だったけど気のせい!?

「おはよう。竜江、早いわね。今、お茶をいれてくるわね」

竜江さんが店に入ってくると慣れた様子で百花は店の奥へお湯を沸かしに入って行った。

「おー、ありがとうなー!」

お礼を言う竜江さんもどこか慣れている。

「羽花さん、今日の出勤、早いっすねー」

「今日は和菓子の日で買ってくれたお客様にお饅頭を一個プレゼントするから、包装の手伝いをするために早く出勤していたんですよ」

「ふーん」

なんだか不満そうだった。
もしや、竜江さんってば!!
ピッコーンと人妻の勘が働いた。

「竜江さん、今日は仕事じゃないですか?」

「朝の挨拶」

「毎日?」

「挨拶は大事だからな」

これって、これって―――!

「もしかして、竜江さんは百花狙いですか。遊びならやめてくださいね」

「遊び!?」

「こっちには冬悟さんっていう強い味方がいることを忘れないでください!」

いざとなったら、冬悟さんに竜江さんを止めてもらうんだからっ!

「脅しかよ!卑怯だぞ!」

ゴゴゴゴッと私と竜江さんはにらみ合った。
けれど、先に負けたのは竜江さんだった。
溜息をついて、小さい声で言った。

「実は百花と付き合ってる」

「付き合ってるっ!?」

これは―――!
私の人妻の勘が冴えすぎじゃないですか……
自分が恐ろしい。
こんな、いともたやすく二人の関係を暴いてしまう自分が。

「大きい声で言うなよっ!百花は弟が帰ってきて、自分が一人前になるまで羽花さんには内緒だって言ってたからな。バレたってわかったら怒られる」

怒られるって……
すでに二人の力関係は出来上がっているようだった。

「百花は仕事、頑張ってるよ」

「わかってる。けど、納得してないみたいだ。すぐにお姉ちゃんの世話になりたくないとか、面倒をかけている間はとか言うから、いろいろと考えてるんだろ」

「百花……」

しっかり者の百花が仕事では私のことを認めてくれているんだとわかって嬉しかった。
その気持ちを汲んで、私も知らないふりをしよう。
そう決めた時、百花がお茶をお盆にのせて戻ってきた。

「何してるの、二人とも」

百花がお茶を持って入ってくると、竜江さんは慌てて取り繕った。

「いや、なんでもない。ちょっと冬悟さんの話をしてただけだ」

「ふーん?」

「そうそう!今日のお菓子について!」

「お茶、ありがとな!これ、飲んだら仕事に行ってくる」

「そう?今日は急ぐのね。いってらっしゃい」

竜江さんに声をかけた百花の顔を見るととても優しい顔をしていた。
百花は本気で竜江さんを好きなんだってわかった。

「いってきます」

そんな百花に私や冬悟さんの前じゃ見せないような顔で竜江さんが笑う。
ふざけてない竜江さんの顔。
二人はちゃんと想いあってる―――って私にだってわかった。
店を出る前に竜江さんが百花に気づかれないよう、こっそり私に手招きをした。
百花が熱心に和菓子の日のために書かれた説明の文句を覚えているのを見て、そっと店を出た。
竜江さんは車の前で待っていた。

「誤解ないように言っとく。冬悟さんに殺されたくないしな」

私より冬悟さんですか……
ブレないですね。
確かに冬悟さんだけは怒らせてはいけない存在ですが。

「俺は真面目にちゃんと百花と付き合ってる。あいつがこの店を守っていくってんなら、俺はそれを助けるだけだ」

「竜江さん……」

「そんなわけで、百花にはバレたこと内緒にしといてくれよ!じゃー、仕事に行くから」

「ちょっと見直しました」

「ちょっとかよ!?」

「百花のこと、よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げると、竜江さんが動揺しているのが伝わってきた。

「頼まれなくても、大事にする。百花も、店も」

そう言って達江さんは車に乗って去って行った。
照れた顔を私に見られないようにして。

「照れ屋さんですね」

でも、百花もそうだからお似合いかもしれない。
緩やかだけど、確かに時間は流れている。
空を見上げると竹が風で揺れていた。
何十年、何百年も同じ変わらぬこの場所に『柳屋』とともある竹林。

「お姉ちゃーん!ぼんやりしてないで、レジお願い!」

ぼんやり……
少しは変わったはずなのにまたぼんやりと言われてしまう私。
でも―――

「変わらないことがあってもいいのかも」

緑の暖簾をくぐって店に入った。

「いらっしゃいませ!」

そう私は笑顔でお客様に挨拶をした。
いつものように。
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