私達は結婚したのでもう手遅れです!

椿蛍

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本編

32 それぞれの思惑

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「ごめんなさい。私は冬悟とうごさんの妻ですから」

なかなか離れてくれないので、力いっぱい顔をぐいっと手のひらで押しやった。
力いっぱい押したせいで頬が赤くなり、玄馬はるまさんは痛そうに頬をさすりながら言った。

「あいつは悪い男だぞ!ヤクザの俺が言うんだから間違いない!」

「そうかもしれません」

頭がよくて、かっこよくて、なんでもできてしまう冬悟さん。
ぼんやりしている私のことなんて、簡単に騙してしまうだろう。

「でも、冬悟さんは嘘だけはつかないんです」

「はあ?」

「はぐらかすのは上手なんですけど、嘘をつき通せばいいのに私のお父さんにもきちんと自分のことを話してくれました」

「人がよすぎるだろ」

「人がいいのは冬悟さんです。私なんかの存在をずっと気にかけてくれていて、助けてくれる人なんていません」

「そんなことねえ!俺だって、お前のことをずっと見てたんだからな。羽花ちゃんは近所でも店の手伝いをして素直でいい子だって評判だぞ」

「私、そんないい子じゃないです。継母がいなくなった時、心配するよりもホッとしてしまったんです」

なぜ、冬悟さんが継母にそんなことをしたのか、私はわかってしまった。
ただ借金を作らせるのではなく、若い男と逃げたという事実を作らせ、二度と『柳屋』の敷居をまたげないようにした。
冬悟さんが継母を追い出したのだ。
だから、きっと継母はもう『柳屋』には戻ってこない。
そんな気がした。

「私、継母が嫌いでした。真面目な父を馬鹿にしていたことも。跡継ぎである弟がいるからといって『柳屋』で仕事もしないで偉そうにしている姿をみるのも。私や百花に家事をやらせて自分はなにもせずにいるのも本当は嫌だった」

涙がこぼれた。
継母がいない場所で暮らしたいと思っていた。
そんなこと父や職人さん達には言えなかったし、もちろん百花にだって。
だから、私はいつも平気な顔をしていた。
友達と遊びたかったし、学生らしいこともたくさんしたかった。
やりたいことを我慢してお店を手伝ってきた。
それを全部、冬悟さんはわかってくれている。
贅沢な暮らしも新婚旅行も結婚式も―――今までなにもできなかった私のため。

「でも、お店に冬悟さんが通い始めてくれて、顔を合わせるようになってからは毎日が幸せでした。やっと私も人並みに恋をして、ウキウキしても許されるんだって思えて」

「羽花ちゃん……」

「だから、私、騙されたっていうのなら、ずっと冬悟さんに騙されていたいです。だって、私のためにしてくれたことだから」

玄馬さんは自分の前髪を握りつぶした。

「幻滅させてしまってごめんなさい」

「そんなことねえよ。むしろ、幸せにしてやりたいって思えた」

「えっ!?」

どうしてそうなるのっー!?
この流れは『そうか、わかった。冬悟と幸せにな』の流れですよ……

「ここにいろよ。俺がお前のためになんでもしてやる」

「こ、困ります。私、冬悟さんのこと好きだって言いましたよね!?」

「言った。けど、俺もずっと羽花ちゃんを見ていたんだ。簡単に手放したくない」

「そんな!私を冬悟さんのところへ帰してください!」

「嫌だね」

なんて頑固なんだろう。
さすが礼華さんのお兄さん。
困った顔をしていると玄馬さんはにやりと笑った。

「あいつがここに羽花ちゃんがいるってわかっても乗り込んでこれるとは思えねえけどな」

「そんなことないです!迎えにきてくれます!」

「ここをどこだと思ってんだ?矢郷組本部だぞ。嶋倉が矢郷と敵対するって腹ならともかく。この世界から足を洗うときに矢郷とは争わねえって約束で足を洗ってんだ」

つまり、この場所に冬悟さん達は出入り禁止みたいなものってこと?
ここへ冬悟さんがやってくると約束を破ったことになって矢郷組との争いになる。
そういうことなの? 

「そんな……」

バタバタと大きな足音がして、振り返った。
しんっとしていた家の中が蜂の巣をつついたかのように騒がしくなった。
声は遠いけれど、何かが起きたことだけは確かだ。
廊下から、やっぱり派手なシャツを着た男の人達が顔を出す。

「玄馬さん! 嶋倉の連中がきやがった!」

「嶋倉の野郎どもから殴り込みをかけられました!」

その報告に玄馬さんの顔が強張った。

「あいつ、正気かよ……」

「卑怯にも礼華さんを人質にとっているらしく、妻と交換だって言ってますが……」

「礼華が?あの馬鹿が!」

玄馬さんはちっと舌打ちして立ち上がった。

「お前はここにいろ。いいな?」

「い、嫌です!冬悟さんと帰ります!」

「悪いな。それは無理だ」

腕を掴まれ、引きずられるとす巻きにしていた縄で腕をぐるぐる巻きにされてしまった。

「はずしてくださいっ!」

そのまま、柱にくくると、ぽんっと私の頭を叩いた。

「こっちにも面子ってもんがある。素人の嶋倉に負けるわけにはいかねえ」

私の声は玄馬さんに少しも届いてない。
聞こうともしてくれなかった。
背筋が寒くなるほどの凶悪な顔をした玄馬さんはやっぱりヤクザなんだとわかった。
玄馬さんは振り向きもしないで、呼びに来た人達と行ってしまった。

「どうしよう……」

玄馬さんと争う前に冬悟さんのところに戻らなくてはと思った。
私と礼華さんを怪我もなくお互い無事だとわかれば、争いも収まるかもしれない。

「い、急がなくちゃ」

泣きたい気持ちで腕の縄をなんとか解こうともがいた。
けれど、さすがプロ。
解けそうにない。

「ううっ……縄ぬけを覚えておけばよかった」

「そんなもの覚えてどうする」

頭上から低い声がした―――その声の主を見た。
着物姿のおじいちゃんがそこにいた。

「親戚のおじいちゃん!」

ぼた餅を食べていたボディーガードの二人もいる。

「誰が親戚のおじいちゃんだ。矢郷組の組長だとそろそろ気づけ!」

「組長!?おじいちゃんが!?」

「そうだ。矢郷組の組長で玄馬と礼華の祖父でもある」

う、うそー!!

「嶋倉の孫がきたというから、なんの用かと思えば、色恋沙汰で馬鹿な真似をしてるのか」

あきれたような口調でおじいちゃんは言った。

「縄をほどいてやれ」

「助けてくれるんですか?」

「ぼた餅の礼がまだだったからな」

「おじいちゃん……」

「誰がおじいちゃんだ!」

おじいちゃんは玄馬さんや礼華さんに比べて話が分かる人のようだった。
ボディーガードの人達が縄をほどいてくれた。

「行くぞ」

「待ってください。玄馬さんに指輪を捨てられてしまって……」

慌てて縁側から庭に降りて、指輪を拾って戻ると泥で汚れた足をおじいちゃんは笑った。

「自分が汚れても構わないくらいそれが大事か」

「はい。前も言いましたけど。結婚指輪ですから」

「うちの孫に勝ち目はないようだ」

おじいちゃんはそう言うとしっかりとした足取りで玄関の方へと向かった。
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