上 下
33 / 34

33 君の音【唯冬】

しおりを挟む
「今日は仕事入れるなって言っただろ」

「何回も謝ったじゃないですか。時間には間に合うように終わったんだから、もう許してくださいよー!」

宰田さいだは運転しながら、すみませんと言っていたが、蛇みたいにしつこいんだから困りますよと小さい声で呟いたのはしっかり聴こえているからな?

「まあまあ。宰田を許してやれって」

「うん。ステーキ弁当に罪はない」

こいつら!
どさくさに紛れて、宰田に唐揚げ弁当からステーキ弁当に格上げさせ、仕事が終わると俺と一緒にコンクール会場についてきた。
急に雑誌の取材の仕事が入ったのはこいつらの罠じゃないかと怪しんでいる。
こんな都合よく三人同時にスケジュールを合わせてこれるか?

「いやー、楽しみだなー」

知久ともひさはうきうきしていたが、一番怪しい。
じろりとにらむとさっと目をそらした。
こいつが犯人か。
知久が『みんなで千愛ちゃんを応援しよう!』と騒ぎだしたから、わざと日にちを教えていなかったというのに。
宰田が教えたんだろうな。

「周りに迷惑にならないように静かにしてろよ」

「わかってるよ」

今、返事をしてほしいのは逢生あおじゃなくて、知久だけどな。

「へぇー。同じ会場なんだなー」

そう、同じ会場だ。
千愛が棄権したコンクール会場は同じコンクールで同じ会場。
だからこそ、一緒にいるつもりだった。
それが、仕事?
まったく納得いかない。
車から一番先に降りたのは知久で張り切って入り口に向かった。
遠足気分もいいところだ。
コンクール会場のロビーに入ると隈井くまい先生がうろうろしているのが見えた。

「隈井先生、休憩ですか?」

前半と後半の途中休憩だろう。
気分転換にコーヒーでも飲みにきたか?と思っていると違っていた。
俺の顔を見るなり、早口でまくしたてた。

渋木しぶき君!いいところにきた。雪元ゆきもとさんがいない。どういうことだと思う?会場に来ていたのは目にしていたんだが、今になって姿が見えないんだ!」

千愛ちさがいない!?」

「えっ!?千愛ちゃんが?」

「昼寝して寝過ごしてる……?」

深月みづき君じゃあるまいし、そんなわけないだろう!」

隈井先生のこんなに焦った顔を見たことがない。

「休息は大事だよ」

真面目な顔で逢生あおは言ったが、千愛に限ってあり得ない。

「これは……トラブルかもな。探そう。スタッフの誰かが千愛ちゃんの姿を見ていないか聞いてくるよ」

知久ともひさは険しい顔をしていた。
逢生と違ってすぐに察してくれて助かる。
なにがあった?
ここにきて、いったい誰が千愛を妨害した?

「千愛の両親か妹のどちらかか」

「渋木君。なんて顔をしているんだ。まるで視線で人を殺せそうなくらいの顔じゃないか。君はそんな顔をするような人間じゃないだろう?」

「先生も周りも俺を買いかぶりすぎなんですよ。俺はそんな優しい人間なんかじゃないんです」

千愛を救いたいという気持ちは確かにあったかもしれない。
けど、結局は自分のために千愛をそばに置きたかっただけだ。
あの優しく触れる指を忘れられなくて。
彼女が欲しくて仕方なくて、俺から逃げれないようにしてしまった。
あの両親達と同じ。
閉じ込めた。
俺の――――

「唯冬は優しい」

「逢生」

「少なくとも俺よりは面倒見いいし、他人に興味がある」

「お前基準だとハードルがぐっと下がるな」

「失礼な」

こっちが馬鹿馬鹿しくなるくらい逢生は気楽に言った。

「必死に尽くす唯冬の姿を見るのが面白い」

「そうだよなー。他の人間にも同じくらい尽くせよ。そしたら、もうちょっとは人としての優しさレベルがあがるぞ?」

遠くからわざわざ知久がつけくわえた。
もっとましなフォローができないのかと思っていたが、知久の後ろに女性がいることに気づいた。

「ナンパしてきたわけじゃないぞ」

「当たり前だ」

コンクールの運営スタッフらしくネームプレートを首から下げている。

「あ、あの、雪元さんに隈井先生が伝言があると言われて案内したんです。それで、控え室のほうに向かっていくのを見たのが最後で」

隈井先生が眉をひそめた。
そんな伝言を頼んだ覚えはないらしい。

「誰に頼まれた?」

「えっと、雪元虹亜こあさんだったと思います。……姉妹ですよね?」

怪しい人間を取り次いだわけじゃないと言いたいらしいが―――

「やられたね」

逢生は苦笑した。

「なるほどね……レストランでの仕返しをしたってわけか」

「だろうな。ひと気のない場所を探す。あの短絡的な思考タイプなら、千愛を閉じ込めるのが精いっぱいだ」

「仕返しとはなんだね!?」

焦る隈井先生に言った。

「先生。千愛は必ず見つけます。先生は千愛の他に出場している生徒もいるでしょう?席に戻った方がよろしいのでは?」

「しかし!」

「騒ぎになると他の出場者達が動揺するかもしれません」

「……わかった。必ず見つけられると約束してくれるな?」

「もちろんです」

納得してくれたのか、隈井先生は苦い顔で返事をして戻って行った。
後半の演奏が始まるアナウンスが流れた。
急がなくては―――

「関係者しか使わない場所はありますか?」

知久が女性スタッフの手をすっと握り、ほほ笑んだ。

「えっ、ええっ!ありますっ!こっちですっ!」

あっさり関係者しか入れない場所へ案内してくれた。
スタッフ控え室のドアの鍵はかかっておらず、そこにはいなかった。

「トイレや掃除用具が入ってるところにはいなかったよ」

逢生が戻ってくる。
棚の中までくまなく探したけれど、いない。

「ここじゃないのかもな」

「他の場所は?」

「えっと、今日は使用していないのですが、後はもう二階席くらいしか」

「きっとそこだ!」

知久が走り出した。
長い通路を走り、二階席の階段が目に入る。
そこを知久が駆け上がり、見に行った。
だが、すぐに戻ってくる。

「いや、いないな。ここだと誰かを呼べるよな」

「確かに」

ホールの中で見ていない場所はもうここしかない―――

「二人とも静かに」

逢生が目を閉じた。
聴こえてくるのは出場者が演奏する曲の音だけ。
いや、違う、これは。

「聴こえる」

逢生はすっと目を開けた。
俺にも知久にもその音は聴こえていた。

「千愛だ」

すぐに誰が弾いているのかわかった。
ピアノの音がするほうへ近づくと、そこにはドアがあり、鍵がかかっていた。

「そういえば、そこの鍵がないって警備員の人が騒いでいました。今すぐマスターキーを持ってきます!」

女性スタッフが走って行った。
そのドアから微かに聴こえてくるのは。
サティのジムノペディだった―――彼女の中で特別な曲になっていた。
俺が彼女だけのために弾いたあの雨の日の曲。

「もう俺だけが特別に思っているわけじゃないんだな」

開かないドアに手を触れて、名前を呼んだ。

「千愛」

「唯冬!」

応えるように俺の名前を彼女が呼ぶ。
それは特別な音。
俺にとっては一番大切な音だ。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている

ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。 夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。 そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。 主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

好きすぎて、壊れるまで抱きたい。

すずなり。
恋愛
ある日、俺の前に現れた女の子。 「はぁ・・はぁ・・・」 「ちょっと待ってろよ?」 息苦しそうにしてるから診ようと思い、聴診器を取りに行った。戻ってくるとその女の子は姿を消していた。 「どこいった?」 また別の日、その女の子を見かけたのに、声をかける前にその子は姿を消す。 「幽霊だったりして・・・。」 そんな不安が頭をよぎったけど、その女の子は同期の彼女だったことが判明。可愛くて眩しく笑う女の子に惹かれていく自分。無駄なことは諦めて他の女を抱くけれども、イくことができない。 だめだと思っていても・・・想いは加速していく。 俺は彼女を好きになってもいいんだろうか・・・。 ※お話の世界は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。 ※いつもは1日1~3ページ公開なのですが、このお話は週一公開にしようと思います。 ※お気に入りに登録してもらえたら嬉しいです。すずなり。 いつも読んでくださってありがとうございます。体調がすぐれない為、一旦お休みさせていただきます。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...