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2 【虹】友達が欲しい
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私の心と同じ、しぼみかけているコットンキャンディ。ちょっとしぼんでしまっていてもコットンキャンディは舌の上で雪みたいにシュッと溶けて、甘さが広がり、とてもおいしい。
手渡されたコットンキャンディは空色で、昼下がりの今の空と同じ色をしている。
ぼんやりしている暇はなく、日が傾く前に用事を済ませなければならないのにマリエッタに声をかけるのを諦め切れず、未練がましく眺めていた。
けれど、私の目を覚まさせるかのように港のほうから 船鐘の音がカーンと鳴り響き、私の頭の上にドンッと居座っていた鳩がバサバサと飛び立ち、ようやく我に返った。
「あっ……し、仕事っ……! ぼっーとしてたら仕立て屋が閉まっちゃう!」
船鐘の音と海鳥が騒がしく鳴く中、仕立て屋への道を急ぐ。
港近くに店を構える仕立て屋は開店してまだ半年とちょっとしか経っていない新しい店で、町の大通りに店を構えてないものの、王都で流行のスタイルを取り入れていて評判は上々。
「王都かぁ……」
潮風にマントがパタパタと音をたて、フードからこぼれた髪がなびく。
エルヴァルト王国の王都から出たことがなかった私がこの町に来たのは半年ほど前。
不思議と町の人とうまくいっていない今でさえ、戻りたいと思うことはなかった。ここにいても王都にいても友達がいないのは同じだからかもしれない。
エルヴァルト王国の紋章が入った貨物船が港へ入って行くのが倉庫と倉庫の隙間から見えた。
細長く切り取られた風景を映した港への路地は猫がよくいて、今日も漁師からもらえる魚を狙って木箱の上にちょこんと座っている。
紋章入りの貨物船には砂糖や香辛料、コーヒー、紅茶など、ここでは手に入らない物が積まれ、港へと運び込まれる。
この国の領土は広く、世界で一番栄えている国だと、私を育ててくれた先生から教えてもらった。
私も帰りには砂糖とコーヒーを買う予定だった。
幾度となく鳴らされる船鐘に背中を押され、急かされて早足になる。
お昼くらいにと約束したのにすでにお昼をかなり過ぎてしまった。
けれど、仕立て屋からは夕方だと思っているわねと言われており、私が遅れて来ること前提。そんなふうに言われてしまうのは、私のトロさを理解してのことだと思う……
自分がトロくて鈍くて、ちょっとぼんやりしているのは自覚している。
先生にも牛の歩みより遅いだなんて言われている私だから、牛より遅いのは間違いない。
育ての親とも言える先生は私とは真逆で、一か所に留まることを知らない風のような人だった。
東の国から旅人としてエルヴァルト王国へやって来た先生は染物師としての力を国王陛下に認められ、王都に工房を持つことを許された。
先生の出身地はこの国から、ずっと離れた遠い東の果ての小さな国だという。
捨て子だった私を拾わなかったら、先生は工房を持たず、自由に生きていたと思う。
先生は私を育てるため、工房を得ると王都で暮らし、染物師としての技術や知識を私に教えた。私が染物をできる年齢になると、先生は工房の留守番役を私に任せ、また旅を始めた。
私に自然や自分の暮らしの中に新しい色を見い出しなさいという言葉を残して。
その教えを守り染物師としての腕を磨いてきた私。そして、去年――十五歳という破格の若さで独立を果たしたのだった。
「牛より遅い私だけど、染物の腕だけはいいんだから」
それだけが私の取り柄であり、唯一の自慢。
ただひとつの……もっと、取り柄を増やしたいと思いながら、仕立て屋に着く前に残りのコットンキャンディを口に入れた。
「雲って口のなかにいれたら、こんなかんじなのかなぁ」
青い空に浮かぶ雲をぼっーと眺め、大きなコットンキャンディを食べる自分を想像する。
私の横を牧草地から戻ってきた羊達が通りすぎ、馬が水飲み場までやってきて水を飲み終え、スズメが頭の上にとまって、ハッと我に返った。
「大変! 日が暮れちゃう」
どうして、こんなにトロいのか――自分で自分が嫌になる。
仕立て屋の階段につまづき、転びそうになりなから仕立て屋のドアを開けた。前のめりで必死に掴んだドアには牛が首につけているカウベルと同じものが付けられ、ドアベルがカランカランと田舎の店らしい長閑な音を鳴らしたけれど、私のほうは忙しなく焦ったせいで顔は真っ赤だった。
「すっ、すみませっ……遅れっ……げほっ、げほっ」
遅れたことのお詫びを口にしただけなのに早く謝罪の言葉を慌てすぎたせいで咳が出る始末。
なんとも決まらない一挙一動に我ながら情けなくなる。
「あらぁ、アリーチェちゃん。遅かったわね。豚にでもぶつかって下敷きになったかと思ったわ。なにかあったのかと、心配していたのよ?」
「いえっ! 今回は豚の大群はいませんでした」
以前、放牧から帰って来た豚に巻き込まれ、横断できずに立ち往生していた過去を覚えられていたようだった。
仕立て屋の主人は作業場がある奥の部屋から、身に付けたアクセサリーのじゃらりという重い音を鳴らしながら現れた。
砂漠の国から仕入れたというエキゾチックなデザインのアクセサリーは妖艶な魅力をより引き立て、目にも眩しいきらびやかな宝石がたっぷり使われていた。
彼は――そうドレスを着て、女性よりも女性らしい格好をしているけど、『彼』であり、ドレスも女物。
彼はこの仕立て屋の主人で、第一印象はきつめの美人というイメージを人に抱かせる。でも、本当はとても気さくで優しい人。
名前はルチアという。ルチアというのは女性名だけど、その名前しか教えてもらえず、それは私だけでなく町の人も同じで、彼はルチアさんとみんなから呼ばれていた。
女性よりも綺麗だから女性名を呼んだところで違和感はまったくない。
「心配をおかけしてすみません……」
「いいけど、川に落ちて流されなくてよかったわ。ほら、前に橋の下の魚を眺めていたら、川に落ちたことあったでしょ」
これが冗談ならいいけど、ルチアさんの顔は真剣で本気で言っている。
川に落ちた日のことは私も忘れずしっかり覚えている。
あの日は冬が終わり、春の日差しが嬉しくて浮き足立っていた。温み始めた川の水に泳ぐ魚の姿が気持ち良さそうで、それを橋の上から眺めていたら、ついウトウトしてしまった。
そのまま、眠りこけた私は川に落ちてしまい、頭から爪先までびしょ濡れになり、濡れ鼠のような姿でルチアさんの店まで行って着替えを借りた。
まだ川の流れが遅く、浅瀬で橋も低かったから、無傷で済んだのが幸いだった。
あれ以来、橋の上から魚を眺める時はぼんやりしないように気を付けている。
「い、いえ。普通に家を出たんですが、気がついたら遅くなってました」
「ハイハイ。いつものことよね」
美人で優しく面倒見もよく、仕立ての腕もいいルチアさん。
ルチアさんは私と同じくらいの時期に町へ越して来て店を開き、住み始めた。私と違って社交性の高いルチアさんはすぐに周りに溶け込み、町でも一目置かれた存在となっていた。大通りに店を構えずとも人気急上昇の店として、この町だけでなく近隣の村にまで周知されていて腕は確か。
彼……彼女はこんな私にも親切で、初めて会った時から昔馴染みの知り合いのように話しかけてくれた。
この町で頼まれる私の仕事はルチアさんの店の依頼がすべてで、ドレスに使う布だけでなく、私が季節に合わせて染めた布の量り売りをしてもらっている。今日も依頼された布と店に置いてもらう布を染めて持ってきた。
染めた布が入った籠を手渡すと、ルチアさんは布を広げて手触りやムラがないか確認する。
様々な染料で染めた布は同じ赤でも微妙に違う。
夜が明ける空の色が毎日少しずつ違うみたいに微妙な色の変化があることを私は知っている。
「アリーチェちゃんはわずかな色の違いでも依頼すれば対応してくれるから助かってるのよ」
「ありがとうございます」
「羊毛、綿に絹。白い布は数あれど、色が白だけじゃ、ドレスも帽子も作れないもの。次回もお願いね」
「はいっ!」
ルチアさんからもらえる仕事は収入のためというより、私の夢である町の人と仲良くなるための第一歩。
『なんて素敵な色のドレスなの』
『これは森に住むアリーチェという可愛い染物師が染めたんだよ』
『まあ! 今度、会ったら声をかけてみましょう!』
「なんちゃってー!」
「なにを考えていたか、手に取るようにわかるのが悲しいわね……」
ルチアさんが憐れみの目を私へと向けた。
「まず、その黒マントとフードをやめたら?」
「それはできませんっ!」
ぶんぶんっと私は首を横に振った。
このフードを取り除いたら、ますます私の周りから人がいなくなってしまう。
「私の瞳は珍しい色をしていますから……。気味が悪いって思われたくないんです」
「そう? 不思議だけど、アタシはいいと思うわよ」
ずりずりとフードを引っ張って、深くかぶり直す。
私の瞳は虹色――光のあたり具合で色彩を変化させる不思議な目の色でをしている。
髪の色はカフェオレ色で、身長も低いし、ぽてんとした体つきをしている。森のタヌキと親戚じゃないかってくらい平凡そのものだった。
でも、それが悪いと私は思わない。
平凡なほうが親しみを持ってもらえるから!
「仲良くなったら、目を見せます……。驚かれたくないので……」
「そういえば、アタシも最初は驚いたわね」
ルチアさんは私を不気味だと思わなかったみたいだけど、興味津々に目を覗かれ、顔を両手で持ち上げられて、首がもげるところだった。
美しいものが好きなのよと、うっとりとした表情を浮かべ、ルチアさんは言っていたのを覚えている。
その後も私の瞳を狙っているんじゃないかってくらい見られていたから、ドキドキを通り越してハラハラしていた。
「それじゃあ、布の売り上げと品物の代金を渡すわね。アリーチェちゃんが町の人と仲良くなりたいのはわかるけど、森は暗くなると危ないんだから、早めに町を出なさいよ」
「暗くても大丈夫です」
「大丈夫なワケないでしょ。ほらほら、早く帰んなさい」
日暮れにはまだ早いし、買い物も済ませていない。
ルチアさんは私を子供扱いするけど、私は染物師として独立し、働いて収入を得ている。
「もう大人なのに……」
町の人達にもっと頼りにされたい!
大活躍して、町の人達から信頼を得たい!
そんな野望を胸に抱きつつ、ルチアさんから渡されたお金を確認する。
出来映えに満足してくれたのか、いつもより多めの硬貨が袋に入っていて、なにかおいしいものを買って帰れそうだった。
パンとコーヒーと砂糖。それから、王都で愛読していた恋愛小説と雑誌も買いたい。
「お肉のかたまりも買おうかな」
肩かけ布鞄を籠から取り出して、紐を肩にかけ。大通りの雑貨屋や食料品店で買い物を済ます。
その間もやっぱり好奇の目で見られていた。
「ううっ……。いつか、向こうから話しかけられるくらい親しくなりたいっ」
私がこの町に住み始めたのは十六歳の誕生日から。まだ日が浅いとはいえ、半年以上経っている。
そろそろ挨拶くらいは普通に交わしたいと思っているのに進展のない私と町のみなさんの関係。
なにか信頼度を上げられる大きな出来事があれば、この距離を一気に縮められるのに。
そんなことを思っていると、叫び声が聞こえてきた。
手渡されたコットンキャンディは空色で、昼下がりの今の空と同じ色をしている。
ぼんやりしている暇はなく、日が傾く前に用事を済ませなければならないのにマリエッタに声をかけるのを諦め切れず、未練がましく眺めていた。
けれど、私の目を覚まさせるかのように港のほうから 船鐘の音がカーンと鳴り響き、私の頭の上にドンッと居座っていた鳩がバサバサと飛び立ち、ようやく我に返った。
「あっ……し、仕事っ……! ぼっーとしてたら仕立て屋が閉まっちゃう!」
船鐘の音と海鳥が騒がしく鳴く中、仕立て屋への道を急ぐ。
港近くに店を構える仕立て屋は開店してまだ半年とちょっとしか経っていない新しい店で、町の大通りに店を構えてないものの、王都で流行のスタイルを取り入れていて評判は上々。
「王都かぁ……」
潮風にマントがパタパタと音をたて、フードからこぼれた髪がなびく。
エルヴァルト王国の王都から出たことがなかった私がこの町に来たのは半年ほど前。
不思議と町の人とうまくいっていない今でさえ、戻りたいと思うことはなかった。ここにいても王都にいても友達がいないのは同じだからかもしれない。
エルヴァルト王国の紋章が入った貨物船が港へ入って行くのが倉庫と倉庫の隙間から見えた。
細長く切り取られた風景を映した港への路地は猫がよくいて、今日も漁師からもらえる魚を狙って木箱の上にちょこんと座っている。
紋章入りの貨物船には砂糖や香辛料、コーヒー、紅茶など、ここでは手に入らない物が積まれ、港へと運び込まれる。
この国の領土は広く、世界で一番栄えている国だと、私を育ててくれた先生から教えてもらった。
私も帰りには砂糖とコーヒーを買う予定だった。
幾度となく鳴らされる船鐘に背中を押され、急かされて早足になる。
お昼くらいにと約束したのにすでにお昼をかなり過ぎてしまった。
けれど、仕立て屋からは夕方だと思っているわねと言われており、私が遅れて来ること前提。そんなふうに言われてしまうのは、私のトロさを理解してのことだと思う……
自分がトロくて鈍くて、ちょっとぼんやりしているのは自覚している。
先生にも牛の歩みより遅いだなんて言われている私だから、牛より遅いのは間違いない。
育ての親とも言える先生は私とは真逆で、一か所に留まることを知らない風のような人だった。
東の国から旅人としてエルヴァルト王国へやって来た先生は染物師としての力を国王陛下に認められ、王都に工房を持つことを許された。
先生の出身地はこの国から、ずっと離れた遠い東の果ての小さな国だという。
捨て子だった私を拾わなかったら、先生は工房を持たず、自由に生きていたと思う。
先生は私を育てるため、工房を得ると王都で暮らし、染物師としての技術や知識を私に教えた。私が染物をできる年齢になると、先生は工房の留守番役を私に任せ、また旅を始めた。
私に自然や自分の暮らしの中に新しい色を見い出しなさいという言葉を残して。
その教えを守り染物師としての腕を磨いてきた私。そして、去年――十五歳という破格の若さで独立を果たしたのだった。
「牛より遅い私だけど、染物の腕だけはいいんだから」
それだけが私の取り柄であり、唯一の自慢。
ただひとつの……もっと、取り柄を増やしたいと思いながら、仕立て屋に着く前に残りのコットンキャンディを口に入れた。
「雲って口のなかにいれたら、こんなかんじなのかなぁ」
青い空に浮かぶ雲をぼっーと眺め、大きなコットンキャンディを食べる自分を想像する。
私の横を牧草地から戻ってきた羊達が通りすぎ、馬が水飲み場までやってきて水を飲み終え、スズメが頭の上にとまって、ハッと我に返った。
「大変! 日が暮れちゃう」
どうして、こんなにトロいのか――自分で自分が嫌になる。
仕立て屋の階段につまづき、転びそうになりなから仕立て屋のドアを開けた。前のめりで必死に掴んだドアには牛が首につけているカウベルと同じものが付けられ、ドアベルがカランカランと田舎の店らしい長閑な音を鳴らしたけれど、私のほうは忙しなく焦ったせいで顔は真っ赤だった。
「すっ、すみませっ……遅れっ……げほっ、げほっ」
遅れたことのお詫びを口にしただけなのに早く謝罪の言葉を慌てすぎたせいで咳が出る始末。
なんとも決まらない一挙一動に我ながら情けなくなる。
「あらぁ、アリーチェちゃん。遅かったわね。豚にでもぶつかって下敷きになったかと思ったわ。なにかあったのかと、心配していたのよ?」
「いえっ! 今回は豚の大群はいませんでした」
以前、放牧から帰って来た豚に巻き込まれ、横断できずに立ち往生していた過去を覚えられていたようだった。
仕立て屋の主人は作業場がある奥の部屋から、身に付けたアクセサリーのじゃらりという重い音を鳴らしながら現れた。
砂漠の国から仕入れたというエキゾチックなデザインのアクセサリーは妖艶な魅力をより引き立て、目にも眩しいきらびやかな宝石がたっぷり使われていた。
彼は――そうドレスを着て、女性よりも女性らしい格好をしているけど、『彼』であり、ドレスも女物。
彼はこの仕立て屋の主人で、第一印象はきつめの美人というイメージを人に抱かせる。でも、本当はとても気さくで優しい人。
名前はルチアという。ルチアというのは女性名だけど、その名前しか教えてもらえず、それは私だけでなく町の人も同じで、彼はルチアさんとみんなから呼ばれていた。
女性よりも綺麗だから女性名を呼んだところで違和感はまったくない。
「心配をおかけしてすみません……」
「いいけど、川に落ちて流されなくてよかったわ。ほら、前に橋の下の魚を眺めていたら、川に落ちたことあったでしょ」
これが冗談ならいいけど、ルチアさんの顔は真剣で本気で言っている。
川に落ちた日のことは私も忘れずしっかり覚えている。
あの日は冬が終わり、春の日差しが嬉しくて浮き足立っていた。温み始めた川の水に泳ぐ魚の姿が気持ち良さそうで、それを橋の上から眺めていたら、ついウトウトしてしまった。
そのまま、眠りこけた私は川に落ちてしまい、頭から爪先までびしょ濡れになり、濡れ鼠のような姿でルチアさんの店まで行って着替えを借りた。
まだ川の流れが遅く、浅瀬で橋も低かったから、無傷で済んだのが幸いだった。
あれ以来、橋の上から魚を眺める時はぼんやりしないように気を付けている。
「い、いえ。普通に家を出たんですが、気がついたら遅くなってました」
「ハイハイ。いつものことよね」
美人で優しく面倒見もよく、仕立ての腕もいいルチアさん。
ルチアさんは私と同じくらいの時期に町へ越して来て店を開き、住み始めた。私と違って社交性の高いルチアさんはすぐに周りに溶け込み、町でも一目置かれた存在となっていた。大通りに店を構えずとも人気急上昇の店として、この町だけでなく近隣の村にまで周知されていて腕は確か。
彼……彼女はこんな私にも親切で、初めて会った時から昔馴染みの知り合いのように話しかけてくれた。
この町で頼まれる私の仕事はルチアさんの店の依頼がすべてで、ドレスに使う布だけでなく、私が季節に合わせて染めた布の量り売りをしてもらっている。今日も依頼された布と店に置いてもらう布を染めて持ってきた。
染めた布が入った籠を手渡すと、ルチアさんは布を広げて手触りやムラがないか確認する。
様々な染料で染めた布は同じ赤でも微妙に違う。
夜が明ける空の色が毎日少しずつ違うみたいに微妙な色の変化があることを私は知っている。
「アリーチェちゃんはわずかな色の違いでも依頼すれば対応してくれるから助かってるのよ」
「ありがとうございます」
「羊毛、綿に絹。白い布は数あれど、色が白だけじゃ、ドレスも帽子も作れないもの。次回もお願いね」
「はいっ!」
ルチアさんからもらえる仕事は収入のためというより、私の夢である町の人と仲良くなるための第一歩。
『なんて素敵な色のドレスなの』
『これは森に住むアリーチェという可愛い染物師が染めたんだよ』
『まあ! 今度、会ったら声をかけてみましょう!』
「なんちゃってー!」
「なにを考えていたか、手に取るようにわかるのが悲しいわね……」
ルチアさんが憐れみの目を私へと向けた。
「まず、その黒マントとフードをやめたら?」
「それはできませんっ!」
ぶんぶんっと私は首を横に振った。
このフードを取り除いたら、ますます私の周りから人がいなくなってしまう。
「私の瞳は珍しい色をしていますから……。気味が悪いって思われたくないんです」
「そう? 不思議だけど、アタシはいいと思うわよ」
ずりずりとフードを引っ張って、深くかぶり直す。
私の瞳は虹色――光のあたり具合で色彩を変化させる不思議な目の色でをしている。
髪の色はカフェオレ色で、身長も低いし、ぽてんとした体つきをしている。森のタヌキと親戚じゃないかってくらい平凡そのものだった。
でも、それが悪いと私は思わない。
平凡なほうが親しみを持ってもらえるから!
「仲良くなったら、目を見せます……。驚かれたくないので……」
「そういえば、アタシも最初は驚いたわね」
ルチアさんは私を不気味だと思わなかったみたいだけど、興味津々に目を覗かれ、顔を両手で持ち上げられて、首がもげるところだった。
美しいものが好きなのよと、うっとりとした表情を浮かべ、ルチアさんは言っていたのを覚えている。
その後も私の瞳を狙っているんじゃないかってくらい見られていたから、ドキドキを通り越してハラハラしていた。
「それじゃあ、布の売り上げと品物の代金を渡すわね。アリーチェちゃんが町の人と仲良くなりたいのはわかるけど、森は暗くなると危ないんだから、早めに町を出なさいよ」
「暗くても大丈夫です」
「大丈夫なワケないでしょ。ほらほら、早く帰んなさい」
日暮れにはまだ早いし、買い物も済ませていない。
ルチアさんは私を子供扱いするけど、私は染物師として独立し、働いて収入を得ている。
「もう大人なのに……」
町の人達にもっと頼りにされたい!
大活躍して、町の人達から信頼を得たい!
そんな野望を胸に抱きつつ、ルチアさんから渡されたお金を確認する。
出来映えに満足してくれたのか、いつもより多めの硬貨が袋に入っていて、なにかおいしいものを買って帰れそうだった。
パンとコーヒーと砂糖。それから、王都で愛読していた恋愛小説と雑誌も買いたい。
「お肉のかたまりも買おうかな」
肩かけ布鞄を籠から取り出して、紐を肩にかけ。大通りの雑貨屋や食料品店で買い物を済ます。
その間もやっぱり好奇の目で見られていた。
「ううっ……。いつか、向こうから話しかけられるくらい親しくなりたいっ」
私がこの町に住み始めたのは十六歳の誕生日から。まだ日が浅いとはいえ、半年以上経っている。
そろそろ挨拶くらいは普通に交わしたいと思っているのに進展のない私と町のみなさんの関係。
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