道端に落ちてた竜を拾ったら、ウチの家政夫になりました!

椿蛍

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4 【緑】森の中のゴミ小屋ではありません!

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 夜が明け、森に白い靄が立ち込めて小鳥達がさわやかな朝を告げに窓辺へとやってくる。
 森の朝の空気は冷たく、肌寒く感じてショールを肩にかけ、ぎゅっと前で結ぶ。
 頭を揺らしながら、寝ぼけまなこで台所に行き、朝食用のお湯をかける。
 そして、居間の暖炉に薪を放り込んだ。
 薪が燃え始め、暖炉からはパチパチと薪の爆ぜる音が聞こえ出す。暖かい空気が頬に触れ、暖炉前にしばらく座り込んだ。
 暖炉前にいると、一度目覚めたはずなのに新たな眠気を誘い、うとうとしてしまう。
 完全に覚めきらない頭でぼうっと窓の外を眺めた。
 森は平和な朝を迎え、いつもと同じ一日が始まる。
  部屋が温まり、白く曇った窓ガラス越しから外の緑が見える。冷たい窓ガラスが水の粒をいくつも作り、木製の窓枠の下へと落ちていく。
 朝の光に照らされた明るい緑の色をした草木をぼんやりと眺め、穏やかな空気に私の顔も自然と笑顔になった――この時までは。

「なんだっ! これはっー!」

 家を震わす絶叫が森の穏やかな空気を一瞬で吹き飛ばした。
 さっきまでの眠気はどこへ行ったのか、聞き慣れない男の声と気配に驚き、目がパチッと開いた。その声は私が使っている寝室のほうから聞こえ、ぼうっとしていた頭の隅までしっかり覚醒させた。

「え? い、今のはなに?」

 昨晩は子竜に私のベッドを譲り、私は毛布を持って来て居間のソファーで眠った。
 もしや、侵入者では? 
 それなら、全力で排除しなければいけない。
 可愛い乙女が一人で住む森の一軒家があると、不届きな輩が噂を聞きつけてやってきたに違いない!
 箒を手にして、寝室へと走って向かう。  

「くせ者ぉー! 覚悟っ!」

 バンッと寝室のドアを開けるとそこには上半身裸の黒髪黒目の男の人がいた。筋肉質な体が目に入り、戸惑わないわけがない。
 彼氏いない歴年齢十六年の私には刺激が強すぎた。

「ぎゃっー! 変態っ! へんたーいっ!」

 箒で殴りかかるも、あっさり指で受け止められ、棒切れのようにぽいっと横に投げ捨てられてしまった。
 せめて手で受け止めて欲しい。
 私の渾身の一撃を指だけでかわされるなんて悲しすぎる。

「誰が変態だ。このゴミ小屋の持ち主はお前か!」 
「ごっ、ごっ、ゴミ小屋?」

 私の神聖なる工房にして、我が城に向かってなんたる暴言を!
 ここで怒るはずだった私だけど、目の前にいる男の人の顔が彫刻のように整っていたせいで言葉を失った。人間離れした顔立ちと偉そうな雰囲気に彼がただの変態ではないような気がする。
 けれど、上半身裸。
 そして、シーツの下は確認できないけど、もしかするとノーガード、なにも着ていないという可能性もある。その恐ろしい可能性にぶるぶると震えた。

「よくこんなゴミだらけの部屋で眠れるな」

 顔はいいけど口は悪い。気だるげな仕草は王様のようで、男はゆっくりと短い黒髪をかきあげた。

「おい、なにか着るものをよこせ、婢女はしため
「はっ、はっ、はっ……」
「なんだ? 散歩前の犬の真似か?」
「ちっ、ちがいますっ! あなたを助けたのに婢女呼ばわりするなんてひどいじゃないですかっ!」
「助けた? 木の上で眠っていただけだ」

 つまり、上から落ちてきたのは寝相が悪かったせいで、ただ木の上で眠っていたと言い張るわけですか……?
 それは苦しい嘘じゃないですかと、非難の目を向けた私を彼はふんっと鼻先で笑い飛ばし一蹴した。
 遠慮の欠片も感謝もない、なんて傍若無人な変態なの!
 私のベッドの中で全裸で偉そうに語ってって……大事な鱗、じゃない子竜はどこに消えてしまったのだろうか。
 
「子竜はどこ? もしかして、あなたは私から子竜を盗みにきた泥棒?」
「こんなゴミ小屋から盗みたいと思えるものは何ひとつない」

 小屋じゃなくて屋敷と言って欲しい。
 森の一軒家とはいえ、しっかりとしたレンガ造りの家。そして、居間と台所は別で私の寝室や作業場だってある。
 それなのに小屋とはなんたる暴言。

「あのっ! せめてゴミ屋敷って呼んでもらっていいですか?」
「いや、お前、そこはゴミ小屋じゃなくて、小屋と呼んでくれの間違いだろ? だが、ゴミだらけだということは認識しているようだな」

 ごそごそと男が動き出し、ベッドから出ようとする。
 まさか全裸をピュアな乙女の前にさらそうっていうの?

「まっ、待ってください! 裸はっ、全裸は困りますぅぅっ!」
「じゃあ、服をよこせ。なにかないのか?」
「ロク先生の服ならあります。ちょっと待っていてください。この部屋のクローゼットに入ってるんです」

 クローゼットのドアをガチャっと開けるとドサァアアアッと物が飛び出し、斜面を作る。そして、私の体を埋めた。

「ブフッ!」

 さらに追いうちをかけるように服やぬいぐるみ、安眠をお約束するマットレス、それから高級毛布が私の顔に容赦なくぶつかってきた。マットレスや高級毛布はロク先生が押し売りに負けて買った毛布で、自分の分と私の分を購入してくれた思い出の品だ。
 色々な物の中に埋もれ、ジタバタしていると、男は呆れた顔でベッドの上から私を見下ろし、ため息をついた。

「お前、今までよくゴミで窒息して死ななかったな」
「ううっ……。今、死にそうです……」

 雪崩を起こした物達によって、ぎゅむっと押し潰されている私。抜け出そうと、懸命にもがく私の頭の上にコンッと木彫りの熊がぶつかった。
 木彫りの熊はリアリティがあり、こっちを威嚇しながら口に魚をくわえている。身動きが取れない私の目の前に転がったロク先生のお土産である木彫りの熊。
 私のことを鋭い目で睨み、『由緒正しい土産物である木彫りの熊をクローゼットに閉じ込めていいと思っているのか! このぼんやり染物師が!』と語っている。

「……ごめんなさい。顔が怖くて、飾る場所がありませんでした」
「木彫りの熊と会話できるのか?」
「少しだけ」

 変人かと、小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。変人は全裸のあなたなんですがと反論しようとした瞬間、男はとんでもないことを言い出した。

「仕方ない。ベッドから出て、俺が探す」
「ひっ……! 裸のままベッドから出るなんてっ!」

 その禁断の布を取り、真っ裸になるわけですか?
 男の人に免疫のない私の息の根を止めにきた。

「やめてくださいっ! 全裸はっ、全裸だけはっ!」
「わかっている」

 ベッドから出る直前、男の体は一瞬にして黒い鱗に覆われ、鋭い爪と牙を伸ばす。そして、私が拾った素材……じゃなくて、子竜に変化した。
 明るい場所でその姿を眺めると、鱗の一枚一枚に光沢があり、まるで黒曜石のように輝いて見えた。

「うわぁ……! 宝石みたい!」

 明るい日差しの元で見る竜の姿はすべてのパーツが宝石で彫られたのではないかと思わせるくらい美しかった。

「本当の姿はもっと巨大だが、目立つ上に人間の世界では動きづらいからな」

 子竜の姿になった男は翼を動かし、ふわっと飛ぶと私を足で踏んづけた。

「ぎゃふっ!」

 絶対わざとに決まってる。
 踏まれた勢いで顎を床にぶつけた私は子竜姿の男を恨めしい目で見た。気づいているくせに私を無視し、クローゼットの中からロク先生の服を見つけると、それを引っ張り出し、再びパタパタと翼を動かしてベッドへ戻る。

「おい。着替えを手伝う婢女でないのなら、部屋から出ていけ」
「てっ、手伝えません」

 裸の男の人の着替えを純真な乙女たる私が手伝えるわけがない。
 埋もれた状態だったけど、そこからなんとか這い出ると素直に部屋のドアを閉め、寝室から出た。
 そこでようやく私はワンテンポ遅れて気づく。
 どうして私は自分の家、それも私の寝室から追い出されているのだろうか――遠慮するのは男の方。一度は出た寝室から、もう一度中に入る。

「ここは私の家なのにどうして部屋から追い出されないとだめなのっ……ひっ!」

 私は見てしまった。
 男の全裸を直視し、ドアノブを手にしたまま固まった。
 向こうは平然としているというのに私はまるで石のよう。

「ぎゃっー! ロクせんせーいっ!」
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