上 下
25 / 29

25 妹の行方

しおりを挟む
 ギデオン様は私がベアトリーチェの行方を気にしていたことを覚えていて、調べてくれたらしい。

「ギデオン様……」

 やっぱり優しい方だと思う。
 いつも険しい顔をしているギデオン様だけど、寝顔は穏やかで、この時間が長く続けばいいのにと思うくらいだった。
 眠っているギデオン様を眺めながら、報告書を読んだ。
 それによると、ベアトリーチェは武器商人オディロンと共にいると書かれており、二人の居場所は港を転々とし、捕まらないように注意を払っているとのことだった。
 そこまではよかった。
 その先に書かれてあることが、本当のことなのかどうか―――何度も読んだけど、同じことが書かれてある。
 その内容が信じられなかった。
 
「どうして、ベアトリーチェが貢ぎ物にされるの……?」

 白い紙を持つ手が震えた。
 その紙にはベアトリーチェが貢ぎ物にされること。そして、その行き先はアシエベルグ王国の国王陛下の元だと書いてある。
 オディロンはなにを考えているのだろう。

「アシエベルグ王国の国王陛下へ渡されたら、ベアトリーチェはどうなってしまうの?」

 アシエベルグ王国の王がどんな方なのか知らないけど、そこにはギデオン様を殺そうとした前国王の王妃達がいる。
 そこへ行って、ベアトリーチェは幸せになれる?
 ううん、そうじゃない。
 問題はオディロンだった。
 どうして、ベアトリーチェを手放すのだろう。
 
「二人は愛し合っていたんじゃないの……?」


 するりと私の手から報告書が奪われた。
 私の背後から報告書を奪ったのはギデオン様で寝起きのせいか、いつもの倍、目付きが悪い。

「主の持ち物を勝手に持ち出すとは悪い犬だな」

 温度のないアイスブルーの瞳の中に私の悲しそうな顔が見えた。
 そんな私を見ないようにするためか、ギデオン様は目を閉じて嘆息した。

「どこまで読んだか知らないが、お前の妹はアシエベルグ王に渡される」
「ギデオン様、ベアトリーチェはどうなるんですか?」
「どうにもならない。アシエベルグ王の元へ連れていかれるだけだ」

 ギデオン様はティーポットを手にすると、カップに紅茶を注ぎ、白い湯気があがる紅茶を口にした。
 ティーカップには王家の紋章である獅子と薔薇、剣の力強い紋章の絵が描かれていた。金色の毛並みと青い瞳。
 ギデオン様と同じ。
 今の私はギデオン様が優しい顔をしたギデオン様じゃなくて、レムナーク国王と話をしているような気分だった。

「あ、あの。ベアトリーチェを助けてあげられないでしょうか」
「なんのために?」
「な、なんのためって」

 気だるげな様子で椅子に座るギデオン様は玉座にいる時と同じ顔をしていた。
 私はなにかおかしいことを言ってしまっただろうか。

「なにか理由があるはずなんです。オディロンとベアトリーチェは愛し合っていて、貢ぎ物にされるなんて絶対おかしいです」
「おかしいか? 俺は少しもおかしいとは思わなかったが」

 ギデオン様は紅茶を飲みながら報告書に目を通した。

「ヴィオレットはオディロンを見請け人に選ばなかっただろう?」
「はい」
「奴が悪党だと知っていたからだ。とはいえ、ヴィオレットはその悪党から、金を散々巻き上げているがな」

 高級娼館『パレ・ヴィオレット』で金を巻き上げられる男はどれだけいるだろうか。
 『パレ・ヴィオレット』がある場所はアシエベルグ王国領だけど、土地の権利を持っているのはヴィオレットだった。
 没落貴族からヴィオレットが土地を買い、パトロンによって建てられた『パレ・ヴィオレット』。
 女王の城であり、権力の象徴でもある。
 ヴィオレットは人々に施しを多く行い、働く場所を与えたことで寂れた海沿いの町は豊かになった。
 下働きをしていた私でも寝る場所に困らず、食べるものも十分に与えられていた。
 それを考えると、やっぱりヴィオレットを完全に悪党とは呼べない。
 オディロンとは違う。

「エルヴィーラは妹に騙され、ここに来た。これで妹はお前の気持ちがよくわかったはずだ」

 そう言うと、ギデオン様は報告書を暖炉の火にくべた。白い紙が形を変え、赤い炎を揺らめかせて消えた。

「一度裏切った人間は信用できない。簡単にまた裏切る」
「でも、ベアトリーチェは妹です」
「妹? 俺にも妹がいるが」

 上着のボタンをはずし、ギデオン様はシャツをまくり、肌を晒した。傷だらけの肌はギデオン様の心中を雄弁に語っていた。

「エルヴィーラ。妹のことは忘れろ」

 命を狙われ続けてきたギデオン様にとって裏切りは死に等しい。一度の裏切りが死に繋がってきたことは想像に固くない。

「アップルパイを焼いたんだろう?」
「は、はい……。今回のアップルパイはおいしいですよ」

 無理矢理、笑顔を作ってギデオン様の前にアップルパイを置いた。
 ギデオン様はアップルパイを全部残さず食べてくれた。
 私は嬉しいはずなのに心から喜べず、うまく笑えなかった。
 もし、ベアトリーチェがここにいたのなら、妃になっていたのは私じゃなくて、ベアトリーチェだったかもしれない。
 私はこのまま、妃になっていいのだろうか。
 この先、ベアトリーチェのことを忘れたふりをして生きていく?
 そんなことできそうにない。

「エルヴィーラ」
「はっ、はい」
「明日、一緒に湖にでも出掛けるか。釣りや狩猟もできるぞ」
「湖ですか?」
「王宮から外に出たことがなかっただろう? ローナがたまにお前を王宮の外へ連れ出してやれと言うからな」
「……嬉しいです」

 初めて行く王宮の外とギデオン様とのおでかけに大喜びしたかった。
 けれど、嬉しいのに悲しい。

「約束だ」

 ギデオン様は私の額にキスをした。
 額から頬へ、頬から唇へと落ちていくキス。
 アイスブルーの瞳が私を見つめている。
 このぬくもりを私だって手放したくない。
 それなのにベアトリーチェ―――オディロンと愛し合って、幸せに暮らしているんじゃなかったの?
 私はギデオン様の唇を受け止めながら、心は徐々に重苦しくなっていった。
 幸せであればあるほど、まるで呪いのように私を傷つける棘へと変わり、突き刺さる痛みを忘れることができなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話

狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。 そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

リス獣人のお医者さまは番の子どもの父になりたい!

能登原あめ
恋愛
* R15はほんのり、ラブコメです。 「先生、私赤ちゃんができたみたいなんです!」  診察室に入ってきた小柄な人間の女の子リーズはとてもいい匂いがした。  せっかく番が見つかったのにリス獣人のジャノは残念でたまらない。 「診察室にお相手を呼んでも大丈夫ですよ」 「相手? いません! つまり、神様が私に赤ちゃんを授けてくださったんです」 * 全4話+おまけ小話未定。  * 本編にRシーンはほぼありませんが、小話追加する際はレーディングが変わる可能性があります。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

優しい紳士はもう牙を隠さない

なかな悠桃
恋愛
密かに想いを寄せていた同僚の先輩にある出来事がきっかけで襲われてしまうヒロインの話です。

私の愛する夫たちへ

エトカ
恋愛
日高真希(ひだかまき)は、両親の墓参りの帰りに見知らぬ世界に迷い込んでしまう。そこは女児ばかりが命を落とす病が蔓延する世界だった。そのため男女の比率は崩壊し、生き残った女性たちは複数の夫を持たねばならなかった。真希は一妻多夫制度に戸惑いを隠せない。そんな彼女が男たちに愛され、幸せになっていく物語。 *Rシーンは予告なく入ります。 よろしくお願いします!

処理中です...