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25 妹の行方
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ギデオン様は私がベアトリーチェの行方を気にしていたことを覚えていて、調べてくれたらしい。
「ギデオン様……」
やっぱり優しい方だと思う。
いつも険しい顔をしているギデオン様だけど、寝顔は穏やかで、この時間が長く続けばいいのにと思うくらいだった。
眠っているギデオン様を眺めながら、報告書を読んだ。
それによると、ベアトリーチェは武器商人オディロンと共にいると書かれており、二人の居場所は港を転々とし、捕まらないように注意を払っているとのことだった。
そこまではよかった。
その先に書かれてあることが、本当のことなのかどうか―――何度も読んだけど、同じことが書かれてある。
その内容が信じられなかった。
「どうして、ベアトリーチェが貢ぎ物にされるの……?」
白い紙を持つ手が震えた。
その紙にはベアトリーチェが貢ぎ物にされること。そして、その行き先はアシエベルグ王国の国王陛下の元だと書いてある。
オディロンはなにを考えているのだろう。
「アシエベルグ王国の国王陛下へ渡されたら、ベアトリーチェはどうなってしまうの?」
アシエベルグ王国の王がどんな方なのか知らないけど、そこにはギデオン様を殺そうとした前国王の王妃達がいる。
そこへ行って、ベアトリーチェは幸せになれる?
ううん、そうじゃない。
問題はオディロンだった。
どうして、ベアトリーチェを手放すのだろう。
「二人は愛し合っていたんじゃないの……?」
するりと私の手から報告書が奪われた。
私の背後から報告書を奪ったのはギデオン様で寝起きのせいか、いつもの倍、目付きが悪い。
「主の持ち物を勝手に持ち出すとは悪い犬だな」
温度のないアイスブルーの瞳の中に私の悲しそうな顔が見えた。
そんな私を見ないようにするためか、ギデオン様は目を閉じて嘆息した。
「どこまで読んだか知らないが、お前の妹はアシエベルグ王に渡される」
「ギデオン様、ベアトリーチェはどうなるんですか?」
「どうにもならない。アシエベルグ王の元へ連れていかれるだけだ」
ギデオン様はティーポットを手にすると、カップに紅茶を注ぎ、白い湯気があがる紅茶を口にした。
ティーカップには王家の紋章である獅子と薔薇、剣の力強い紋章の絵が描かれていた。金色の毛並みと青い瞳。
ギデオン様と同じ。
今の私はギデオン様が優しい顔をしたギデオン様じゃなくて、レムナーク国王と話をしているような気分だった。
「あ、あの。ベアトリーチェを助けてあげられないでしょうか」
「なんのために?」
「な、なんのためって」
気だるげな様子で椅子に座るギデオン様は玉座にいる時と同じ顔をしていた。
私はなにかおかしいことを言ってしまっただろうか。
「なにか理由があるはずなんです。オディロンとベアトリーチェは愛し合っていて、貢ぎ物にされるなんて絶対おかしいです」
「おかしいか? 俺は少しもおかしいとは思わなかったが」
ギデオン様は紅茶を飲みながら報告書に目を通した。
「ヴィオレットはオディロンを見請け人に選ばなかっただろう?」
「はい」
「奴が悪党だと知っていたからだ。とはいえ、ヴィオレットはその悪党から、金を散々巻き上げているがな」
高級娼館『パレ・ヴィオレット』で金を巻き上げられる男はどれだけいるだろうか。
『パレ・ヴィオレット』がある場所はアシエベルグ王国領だけど、土地の権利を持っているのはヴィオレットだった。
没落貴族からヴィオレットが土地を買い、パトロンによって建てられた『パレ・ヴィオレット』。
女王の城であり、権力の象徴でもある。
ヴィオレットは人々に施しを多く行い、働く場所を与えたことで寂れた海沿いの町は豊かになった。
下働きをしていた私でも寝る場所に困らず、食べるものも十分に与えられていた。
それを考えると、やっぱりヴィオレットを完全に悪党とは呼べない。
オディロンとは違う。
「エルヴィーラは妹に騙され、ここに来た。これで妹はお前の気持ちがよくわかったはずだ」
そう言うと、ギデオン様は報告書を暖炉の火にくべた。白い紙が形を変え、赤い炎を揺らめかせて消えた。
「一度裏切った人間は信用できない。簡単にまた裏切る」
「でも、ベアトリーチェは妹です」
「妹? 俺にも妹がいるが」
上着のボタンをはずし、ギデオン様はシャツをまくり、肌を晒した。傷だらけの肌はギデオン様の心中を雄弁に語っていた。
「エルヴィーラ。妹のことは忘れろ」
命を狙われ続けてきたギデオン様にとって裏切りは死に等しい。一度の裏切りが死に繋がってきたことは想像に固くない。
「アップルパイを焼いたんだろう?」
「は、はい……。今回のアップルパイはおいしいですよ」
無理矢理、笑顔を作ってギデオン様の前にアップルパイを置いた。
ギデオン様はアップルパイを全部残さず食べてくれた。
私は嬉しいはずなのに心から喜べず、うまく笑えなかった。
もし、ベアトリーチェがここにいたのなら、妃になっていたのは私じゃなくて、ベアトリーチェだったかもしれない。
私はこのまま、妃になっていいのだろうか。
この先、ベアトリーチェのことを忘れたふりをして生きていく?
そんなことできそうにない。
「エルヴィーラ」
「はっ、はい」
「明日、一緒に湖にでも出掛けるか。釣りや狩猟もできるぞ」
「湖ですか?」
「王宮から外に出たことがなかっただろう? ローナがたまにお前を王宮の外へ連れ出してやれと言うからな」
「……嬉しいです」
初めて行く王宮の外とギデオン様とのおでかけに大喜びしたかった。
けれど、嬉しいのに悲しい。
「約束だ」
ギデオン様は私の額にキスをした。
額から頬へ、頬から唇へと落ちていくキス。
アイスブルーの瞳が私を見つめている。
このぬくもりを私だって手放したくない。
それなのにベアトリーチェ―――オディロンと愛し合って、幸せに暮らしているんじゃなかったの?
私はギデオン様の唇を受け止めながら、心は徐々に重苦しくなっていった。
幸せであればあるほど、まるで呪いのように私を傷つける棘へと変わり、突き刺さる痛みを忘れることができなかった。
「ギデオン様……」
やっぱり優しい方だと思う。
いつも険しい顔をしているギデオン様だけど、寝顔は穏やかで、この時間が長く続けばいいのにと思うくらいだった。
眠っているギデオン様を眺めながら、報告書を読んだ。
それによると、ベアトリーチェは武器商人オディロンと共にいると書かれており、二人の居場所は港を転々とし、捕まらないように注意を払っているとのことだった。
そこまではよかった。
その先に書かれてあることが、本当のことなのかどうか―――何度も読んだけど、同じことが書かれてある。
その内容が信じられなかった。
「どうして、ベアトリーチェが貢ぎ物にされるの……?」
白い紙を持つ手が震えた。
その紙にはベアトリーチェが貢ぎ物にされること。そして、その行き先はアシエベルグ王国の国王陛下の元だと書いてある。
オディロンはなにを考えているのだろう。
「アシエベルグ王国の国王陛下へ渡されたら、ベアトリーチェはどうなってしまうの?」
アシエベルグ王国の王がどんな方なのか知らないけど、そこにはギデオン様を殺そうとした前国王の王妃達がいる。
そこへ行って、ベアトリーチェは幸せになれる?
ううん、そうじゃない。
問題はオディロンだった。
どうして、ベアトリーチェを手放すのだろう。
「二人は愛し合っていたんじゃないの……?」
するりと私の手から報告書が奪われた。
私の背後から報告書を奪ったのはギデオン様で寝起きのせいか、いつもの倍、目付きが悪い。
「主の持ち物を勝手に持ち出すとは悪い犬だな」
温度のないアイスブルーの瞳の中に私の悲しそうな顔が見えた。
そんな私を見ないようにするためか、ギデオン様は目を閉じて嘆息した。
「どこまで読んだか知らないが、お前の妹はアシエベルグ王に渡される」
「ギデオン様、ベアトリーチェはどうなるんですか?」
「どうにもならない。アシエベルグ王の元へ連れていかれるだけだ」
ギデオン様はティーポットを手にすると、カップに紅茶を注ぎ、白い湯気があがる紅茶を口にした。
ティーカップには王家の紋章である獅子と薔薇、剣の力強い紋章の絵が描かれていた。金色の毛並みと青い瞳。
ギデオン様と同じ。
今の私はギデオン様が優しい顔をしたギデオン様じゃなくて、レムナーク国王と話をしているような気分だった。
「あ、あの。ベアトリーチェを助けてあげられないでしょうか」
「なんのために?」
「な、なんのためって」
気だるげな様子で椅子に座るギデオン様は玉座にいる時と同じ顔をしていた。
私はなにかおかしいことを言ってしまっただろうか。
「なにか理由があるはずなんです。オディロンとベアトリーチェは愛し合っていて、貢ぎ物にされるなんて絶対おかしいです」
「おかしいか? 俺は少しもおかしいとは思わなかったが」
ギデオン様は紅茶を飲みながら報告書に目を通した。
「ヴィオレットはオディロンを見請け人に選ばなかっただろう?」
「はい」
「奴が悪党だと知っていたからだ。とはいえ、ヴィオレットはその悪党から、金を散々巻き上げているがな」
高級娼館『パレ・ヴィオレット』で金を巻き上げられる男はどれだけいるだろうか。
『パレ・ヴィオレット』がある場所はアシエベルグ王国領だけど、土地の権利を持っているのはヴィオレットだった。
没落貴族からヴィオレットが土地を買い、パトロンによって建てられた『パレ・ヴィオレット』。
女王の城であり、権力の象徴でもある。
ヴィオレットは人々に施しを多く行い、働く場所を与えたことで寂れた海沿いの町は豊かになった。
下働きをしていた私でも寝る場所に困らず、食べるものも十分に与えられていた。
それを考えると、やっぱりヴィオレットを完全に悪党とは呼べない。
オディロンとは違う。
「エルヴィーラは妹に騙され、ここに来た。これで妹はお前の気持ちがよくわかったはずだ」
そう言うと、ギデオン様は報告書を暖炉の火にくべた。白い紙が形を変え、赤い炎を揺らめかせて消えた。
「一度裏切った人間は信用できない。簡単にまた裏切る」
「でも、ベアトリーチェは妹です」
「妹? 俺にも妹がいるが」
上着のボタンをはずし、ギデオン様はシャツをまくり、肌を晒した。傷だらけの肌はギデオン様の心中を雄弁に語っていた。
「エルヴィーラ。妹のことは忘れろ」
命を狙われ続けてきたギデオン様にとって裏切りは死に等しい。一度の裏切りが死に繋がってきたことは想像に固くない。
「アップルパイを焼いたんだろう?」
「は、はい……。今回のアップルパイはおいしいですよ」
無理矢理、笑顔を作ってギデオン様の前にアップルパイを置いた。
ギデオン様はアップルパイを全部残さず食べてくれた。
私は嬉しいはずなのに心から喜べず、うまく笑えなかった。
もし、ベアトリーチェがここにいたのなら、妃になっていたのは私じゃなくて、ベアトリーチェだったかもしれない。
私はこのまま、妃になっていいのだろうか。
この先、ベアトリーチェのことを忘れたふりをして生きていく?
そんなことできそうにない。
「エルヴィーラ」
「はっ、はい」
「明日、一緒に湖にでも出掛けるか。釣りや狩猟もできるぞ」
「湖ですか?」
「王宮から外に出たことがなかっただろう? ローナがたまにお前を王宮の外へ連れ出してやれと言うからな」
「……嬉しいです」
初めて行く王宮の外とギデオン様とのおでかけに大喜びしたかった。
けれど、嬉しいのに悲しい。
「約束だ」
ギデオン様は私の額にキスをした。
額から頬へ、頬から唇へと落ちていくキス。
アイスブルーの瞳が私を見つめている。
このぬくもりを私だって手放したくない。
それなのにベアトリーチェ―――オディロンと愛し合って、幸せに暮らしているんじゃなかったの?
私はギデオン様の唇を受け止めながら、心は徐々に重苦しくなっていった。
幸せであればあるほど、まるで呪いのように私を傷つける棘へと変わり、突き刺さる痛みを忘れることができなかった。
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