24 / 26
24 暴かれた正体
しおりを挟む
クリスティナの仮面の下には、レクスを襲った者と同じ傷があった。
私の反撃魔法が作った同じ傷。
クリスティナが悪意を持って、誰かを攻撃した証拠である。
その誰かとは、皇宮においてクリスティナの敵になるような存在――皇妃のみ。
大広間が静まり返った。
「おやおや」
性悪な本性をちらつかせたリュドが、クリスティナの傷を眺めて、くすりと笑った。
「リュド神官長、これは……これは違うんです! 肌荒れです!」
「へえ? ひどい肌荒れですね。ならば、それが本当かどうか、僕が調べてあげますよ」
クリスティナの顔が恐怖で歪んだ。
リュドは【神の剣】神官長の地位にいるだけあって、特殊な魔法を使う。
その魔法で、二百年の間、神殿に反逆する者たちを捕まえてきた。
「さて。どんな魔法を使い、なにをしようとしたのかな?」
リュドが魔法を構築していくのが見える。
【目標】、【過去視】――魔力の塊が形になって、ひとつの魔法を完成させる。
「【追跡】」
神殿の【神の剣】を名乗る神官たちが使える特殊魔法だ。
過去に使用した魔法を遡ることができる。
あの魔法で、どれだけの人間が捕まり、牢屋に放りこまれたか。
私が動揺することはなかった。
なぜなら、これまで何度も見た光景だったから。
大魔女ヘルトルーデにとって、神官はめんどくさい相手ではあるけど、レクスほど危険ではない。
あくまで、リュドは対魔法使いと魔女相手に戦う存在なのである。
魔法を中心にして戦う相手は、大魔女たる私の敵にならない。
むしろ、戦の天才と呼ばれるレクスのほうが、危険な相手だった。
「へぇ。君の正体は【魅了の魔女】か。死んだはずだけど、しぶとく魂だけ残って、令嬢の体を喰ったみたいだね」
使用した魔法を探知したリュドは、おもちゃを見つけた子供のように笑った。
猫かぶっていた丁寧な態度が消え、本当の性格が表に出てくる。
「違います! 私は伯爵令嬢クリスティナです!」
「そう思っているのは君だけだ。もう君はクリスティナじゃない。【魅了の魔女】だよ」
「わ、私はクリスティナ! クリスティナなのよ!」
クリスティナは懸命に否定するも、リュドは取り合わない。
「神殿に逆らう卑しき魔女。お前が吐く言葉は穢れている。口を閉じ沈黙せよ。【鎖】」
リュドは容赦なく、魔法の鎖でクリスティナを封じ、捕らえる。
あれは魔力だけでなく、声を封じて完全に魔法を使用できなくするためのものだ。
「これで、ルスキニア帝国に害なす魔女はいなくなりました」
――クリスティナはリュドの後ろで、もがいているけど。
それに貴族たちが恐怖で固まっている。
「クリスティナ様が魔女ですって?」
「我々は伯爵令嬢に騙されていたのか!?」
「もしや、ルスキニア帝国は魔女に乗っ取られるところだったのでは……」
貴族たちは状況を少しずつ理解してきたようだ。
それと同時にクリスティナが使った【魅了】魔法も解けていく。
レクスが私の手をとり、手の甲に口づけた。
――ぎゃああああ!
私が最後を迎える時、自分の断末魔の悲鳴って、きっとこんな感じだと思う。
「ルスキニア帝国の危機を救ったのは、ユリアナだ」
レクスに絡まっていた【魅了】魔法がほどけ、糸が消えていくのが見えた。
それは嬉しいけど、手が……手があぁぁぁ!
「ユリアナが異変に気づかなければ、ルスキニア皇宮は魔女に乗っ取られていただろう」
ユリアナに対して否定的だった貴族や皇宮の人々が、私を一斉に見る。
「皇妃さまが救ってくださったのか?」
「我々、ルスキニア人を嫌っていたと思っていたが、誤解していたようだ」
「皇妃様。ありがとうございます」
「ルスキニアを救ってくださり、感謝します」
そんな感謝されるとは思っていなかったため、慌ててしまった。
「私はなにもしておりません。昔から親しくさせていただいている神殿に、調査をお願いする手紙を書いただけです!」
私が恐縮していると、どさくさに紛れてリュドが口を挟んだ。
「信心深いグラーティア神聖国の王女を妻に迎えて、正解でしたね。神殿の栄光によって、ルスキニアは救われたのです」
リュドはすかさず、信心深さを強調し、ルスキニア帝国にも神殿の権力を浸透させようとさせた。
――相変わらず、腹黒い神官ね!
もちろん、そんなもの阻止である。
「私と神殿だけの力ではありませんわ。皇帝であるレクス様が【魅了】に屈することなく、私を信じてくださったからです」
神殿ではなく、レクスが強かった――そういうことにしておこうと決めた。
リュドは不満そうな顔をしたけど、手柄を神殿が独占しようとしても、そうはさせない。
「皇妃様は母になられ、お強くなりましたね」
以前のユリアナをリュドは知っている。
だから、なおさら変化には敏感だ。
――気を付けないと、おかしく思われてしまうわね。
「神官長様。ありがとうございます」
リュドにうやうやしい態度を見せた。
「いえ。お礼を言うのはこちらのほうです。元神官が魔女となり、ルスキニア帝国を混乱させてしまい、神殿長に代わり、お詫び申し上げます」
「これから、クリスティナはどうなるのですか?」
「神殿に連れ帰ってから、罪状を調べあげ、神殿長によって裁かれます」
クリスティナ取り押さえられ、リュドの魔法の【鎖】だけでなく、駆けつけた兵士によって本物の鎖でぐるぐる巻きにされている。
厳重に縛らなくても、魔力を封じられ、魔法が使えなくなった魔女は無力だ。
「アーレント、フィンセント。クリスティナをよく見ておきなさい。あんなふうになりたくないなら、二人はいい子にしてないとだめよ?」
「う、うん……あーれ、いいこ!」
「ふぃん、いいこ、なる!」
二人は怖かったのか、ぎゅっと私のドレスのスカートをつかみ、リュドから顔を隠した。
「ユリアナ様。皇子たちには魔法の才能があるようですね」
仮面を砕いたのをリュドが見て、才能があると判断したようだ。
アーレントとフィンセントが褒められ、嬉しいはずが、私は喜べなかった。
「神殿に預けてはどうでしょう? 魔法の才能を伸ばしてあげられます」
魔法の才能を持った子供は、神殿に集められ、教育を受ける。
一人前の神官になるまで、神殿から出られず、親の顔を忘れてしまう子供もいる。
「皇子たちの力は、人々のために正しく使うべきかと。神殿は歓迎しますよ」
神殿に子供たちを預けたなら、残虐皇帝一家と呼ばれないだろう。
才能を伸ばせるとわかっていても、未来を回避できると知っていても――家族として過ごせなくなることを考えたら、私は二人を神殿にやりたくなかった。
私は親の顔を覚えていない。
神官に連れられて家を出てから、一度も帰れないまま、気づけば私は家族を忘れていた。
――レクスはなんて答えるだろう。
「神殿に寄越していただければ、才能を伸ばせますよ。どうですか。どちらか一人だけでも神殿に渡しては?」
神殿と不仲なルスキニア帝国が、友好関係を築くのであれば、それも悪くない話だ。
アーレントとフィンセントの手をぎゅっと握っていた。
「断る」
レクスの答えに、私は思わず、微笑んだ。
――私も両親にそう言ってほしかった。
それは何百年たっても変わらない思い。
大魔女と呼ばれ、何百年生きようと、忘れられない記憶の傷がある。
「本当にそれでよろしいのですか?」
「くどい。何度も言わせるな」
レクスの態度にリュドはため息をついた。
「ルスキニアの皇子をクソ坊主にしてたまるか。それより、さっさと裏切り者を始末するぞ」
「は? 始末?」
――あ、あれ? 感動していたのに、不穏なことを言わなかった?
そういえば、レクスは裏切り者を見逃すような甘い性格ではないと思い出した。
「俺を殺そうとした貴族と【魅了】魔法を使った魔女か。俺が直々に死を与えてやろう」
レクスはクリスティナを冷たい目で見下ろし、剣先を向ける。
慌ててリュドは、クリスティナの前に立った。
「お待ちを! 魔女の裁きは神殿の役目! いくらルスキニア皇帝であっても許可できません」
「許可? 誰の許可がいる。ここはルスキニア帝国だ。神殿ではない」
裏切り者には厳しいレクス。
それがわかるルスキニア貴族、エルナンド、皇宮の人々はだれも止めようとしなかった。
見せしめとして、ここで殺すつもりなのだ。
「レクス様。クリスティナを殺してはなりません」
ここで、神殿を敵に回すのはまずい。
未来で、レクスたちを倒すよう依頼したのは神殿である。
「ユリアナ。裏切り者をかばうな。一度裏切った者はもう一度裏切る」
裏切られ続けてきたレクスが、そう言いたくなる気持ちもわかる。
けれど、レクスには残虐皇帝ではなく、立派なルスキニア皇帝として生きてほしい。
「魔法使いと魔女を裁くのは神殿の役目です。レクス様は皇帝。皇帝が直接手を下すに値する相手でしょうか?」
「俺に裏切り者を殺すなと?」
「そうは言っておりません。裏切り者は罰を受けるべきです」
「ほう」
周囲はハラハラした顔で、私とレクスを眺めていた。
「皇帝であるレクス様が直接手を下すのであれば、それ相応の相手でなければなりません」
「俺にふさわしい相手か。では、誰なら俺と対等に戦える?」
緊張感が漂う中、私はきっぱりと言った。
「魔女ヘルトルーデ」
リュドがその名を聞いて、息をのんだのがわかった。
「レクス様と対等に戦えるのは、この世界でヘルトルーデだけです」
大魔女ヘルトルーデは最強の魔女。
その魔女と同列にレクスを扱えば、驚くのも無理はない。
レクスはしばらく考え、剣を鞘に戻す。
ハラハラした顔で見守っていたエルナンドが、ほっと胸をなでおろしたのが見えた。
「大魔女ヘルトルーデか。お前がそう言うのであれば、今回は見逃す」
エルナンドが額の汗をぬぐいながら、私に言った。
「皇妃様が自分を強いと認めてくださって、とても喜んでいらっしゃいます」
――あの威圧感で?
長い付き合いのエルナンドが言うのだから、間違いないだろうけど、私じゃなかったら、途中で緊張のあまり倒れていたと思う。
「では、エルナンド。俺の命を奪おうとした不届きな貴族はお前に処理を任せる」
「お任せください」
「魔女は神殿に渡す。それでいいだろう?」
私は黙ってうなずいた。
「ルスキニア皇帝は誰も止められないと思っていましたが、違ってましたね」
リュドが笑顔でレクスに近づく。
そして、なにを言うのかと思ったら――
「安心するのはまだ早いかと。このルスキニア皇宮には、もう一人魔女が隠れています」
リュドもまた見逃すような性格ではなかった。
「ルスキニア皇帝に守護魔法を施した魔女が、どこかにいるはずです」
「俺を守る魔女か」
レクスはじっと手のひらを見つめた。
その手は剣のマメと傷だらけで、王族とは思えない手をしていた。
「……酔狂な魔女だ」
――ちょっ、ちょっと!? 大魔女の守護魔法に対して酔狂とはどういうことよ。
弟子に守護魔法をかけたら、変態的なまでに感激し、泣いて喜ぶのに、それを変わり者みたいに言われてしまった。
「神殿に要請し、他の【神の剣】たちも呼び寄せて、調査しましょうか?」
リュドはとんでもないことを言い出した。
捕まる気はまったくないけど、いなくなった後、アーレントとフィンセントがどうなるか気になる。
それにレクスが、ちゃんとした皇帝でいてくれるかわからない。
――再び戦う未来だけは訪れてほしくない。
無意識にアーレントとフィンセントの手をきつく握りしめていた。
「おかーしゃま?」
「ぎゅう?」
レクスはリュドに答えた。
「魔女はいない」
レクスが魔女をかばった。
「子供たちが遊びで、俺に守護魔法をかけたのだろう」
「そんな馬鹿な……」
リュドがなにか言おうとしたけれど、すかさずエルナンドが横から口を挟んだ。
「神官長殿。自分が言うのもなんですが、皇子たちは天才です! 賢いですし、可愛らしいですし、ちょっと会わない間に、身長も伸びて……」
まだまだ続くエルナンドの皇子自慢に、リュドは嫌そうな顔をした。
「神官長が心配するほどのことではない」
「……それなら、結構ですが。魔女など、かばってもなんの得にもなりませんよ。欲に囚われた汚らわしい存在です」
神殿に対して反抗ばかりの私だけど、汚らわしいまで言わなくてもいいと思う。
大魔女に戻ったら、最初にリュドをボコボコにしようと、心に決めた。
「なるほど。俺には魔女の加護があるということだな」
「は? 加護? 魔女ですが?」
「俺を守っているというのなら、魔女だろうが、悪魔だろうが関係ない」
「なんということを言うんですか」
レクスはリュドを無視して、貴族たちに向かって言った。
「よく聞け。今後、俺の命を狙ったものは魔女の報復にあうだろう!」
傷だらけのクリスティナ、血まみれの貴族の男。
間違いなく、レクスには加護がある。
それも大魔女ヘルトルーデの加護が――貴族たちは全員、跪き、エルナンドは胸に手を添え、頭を垂れたのだった。
偉大なるルスキニア皇帝一家に。
私の反撃魔法が作った同じ傷。
クリスティナが悪意を持って、誰かを攻撃した証拠である。
その誰かとは、皇宮においてクリスティナの敵になるような存在――皇妃のみ。
大広間が静まり返った。
「おやおや」
性悪な本性をちらつかせたリュドが、クリスティナの傷を眺めて、くすりと笑った。
「リュド神官長、これは……これは違うんです! 肌荒れです!」
「へえ? ひどい肌荒れですね。ならば、それが本当かどうか、僕が調べてあげますよ」
クリスティナの顔が恐怖で歪んだ。
リュドは【神の剣】神官長の地位にいるだけあって、特殊な魔法を使う。
その魔法で、二百年の間、神殿に反逆する者たちを捕まえてきた。
「さて。どんな魔法を使い、なにをしようとしたのかな?」
リュドが魔法を構築していくのが見える。
【目標】、【過去視】――魔力の塊が形になって、ひとつの魔法を完成させる。
「【追跡】」
神殿の【神の剣】を名乗る神官たちが使える特殊魔法だ。
過去に使用した魔法を遡ることができる。
あの魔法で、どれだけの人間が捕まり、牢屋に放りこまれたか。
私が動揺することはなかった。
なぜなら、これまで何度も見た光景だったから。
大魔女ヘルトルーデにとって、神官はめんどくさい相手ではあるけど、レクスほど危険ではない。
あくまで、リュドは対魔法使いと魔女相手に戦う存在なのである。
魔法を中心にして戦う相手は、大魔女たる私の敵にならない。
むしろ、戦の天才と呼ばれるレクスのほうが、危険な相手だった。
「へぇ。君の正体は【魅了の魔女】か。死んだはずだけど、しぶとく魂だけ残って、令嬢の体を喰ったみたいだね」
使用した魔法を探知したリュドは、おもちゃを見つけた子供のように笑った。
猫かぶっていた丁寧な態度が消え、本当の性格が表に出てくる。
「違います! 私は伯爵令嬢クリスティナです!」
「そう思っているのは君だけだ。もう君はクリスティナじゃない。【魅了の魔女】だよ」
「わ、私はクリスティナ! クリスティナなのよ!」
クリスティナは懸命に否定するも、リュドは取り合わない。
「神殿に逆らう卑しき魔女。お前が吐く言葉は穢れている。口を閉じ沈黙せよ。【鎖】」
リュドは容赦なく、魔法の鎖でクリスティナを封じ、捕らえる。
あれは魔力だけでなく、声を封じて完全に魔法を使用できなくするためのものだ。
「これで、ルスキニア帝国に害なす魔女はいなくなりました」
――クリスティナはリュドの後ろで、もがいているけど。
それに貴族たちが恐怖で固まっている。
「クリスティナ様が魔女ですって?」
「我々は伯爵令嬢に騙されていたのか!?」
「もしや、ルスキニア帝国は魔女に乗っ取られるところだったのでは……」
貴族たちは状況を少しずつ理解してきたようだ。
それと同時にクリスティナが使った【魅了】魔法も解けていく。
レクスが私の手をとり、手の甲に口づけた。
――ぎゃああああ!
私が最後を迎える時、自分の断末魔の悲鳴って、きっとこんな感じだと思う。
「ルスキニア帝国の危機を救ったのは、ユリアナだ」
レクスに絡まっていた【魅了】魔法がほどけ、糸が消えていくのが見えた。
それは嬉しいけど、手が……手があぁぁぁ!
「ユリアナが異変に気づかなければ、ルスキニア皇宮は魔女に乗っ取られていただろう」
ユリアナに対して否定的だった貴族や皇宮の人々が、私を一斉に見る。
「皇妃さまが救ってくださったのか?」
「我々、ルスキニア人を嫌っていたと思っていたが、誤解していたようだ」
「皇妃様。ありがとうございます」
「ルスキニアを救ってくださり、感謝します」
そんな感謝されるとは思っていなかったため、慌ててしまった。
「私はなにもしておりません。昔から親しくさせていただいている神殿に、調査をお願いする手紙を書いただけです!」
私が恐縮していると、どさくさに紛れてリュドが口を挟んだ。
「信心深いグラーティア神聖国の王女を妻に迎えて、正解でしたね。神殿の栄光によって、ルスキニアは救われたのです」
リュドはすかさず、信心深さを強調し、ルスキニア帝国にも神殿の権力を浸透させようとさせた。
――相変わらず、腹黒い神官ね!
もちろん、そんなもの阻止である。
「私と神殿だけの力ではありませんわ。皇帝であるレクス様が【魅了】に屈することなく、私を信じてくださったからです」
神殿ではなく、レクスが強かった――そういうことにしておこうと決めた。
リュドは不満そうな顔をしたけど、手柄を神殿が独占しようとしても、そうはさせない。
「皇妃様は母になられ、お強くなりましたね」
以前のユリアナをリュドは知っている。
だから、なおさら変化には敏感だ。
――気を付けないと、おかしく思われてしまうわね。
「神官長様。ありがとうございます」
リュドにうやうやしい態度を見せた。
「いえ。お礼を言うのはこちらのほうです。元神官が魔女となり、ルスキニア帝国を混乱させてしまい、神殿長に代わり、お詫び申し上げます」
「これから、クリスティナはどうなるのですか?」
「神殿に連れ帰ってから、罪状を調べあげ、神殿長によって裁かれます」
クリスティナ取り押さえられ、リュドの魔法の【鎖】だけでなく、駆けつけた兵士によって本物の鎖でぐるぐる巻きにされている。
厳重に縛らなくても、魔力を封じられ、魔法が使えなくなった魔女は無力だ。
「アーレント、フィンセント。クリスティナをよく見ておきなさい。あんなふうになりたくないなら、二人はいい子にしてないとだめよ?」
「う、うん……あーれ、いいこ!」
「ふぃん、いいこ、なる!」
二人は怖かったのか、ぎゅっと私のドレスのスカートをつかみ、リュドから顔を隠した。
「ユリアナ様。皇子たちには魔法の才能があるようですね」
仮面を砕いたのをリュドが見て、才能があると判断したようだ。
アーレントとフィンセントが褒められ、嬉しいはずが、私は喜べなかった。
「神殿に預けてはどうでしょう? 魔法の才能を伸ばしてあげられます」
魔法の才能を持った子供は、神殿に集められ、教育を受ける。
一人前の神官になるまで、神殿から出られず、親の顔を忘れてしまう子供もいる。
「皇子たちの力は、人々のために正しく使うべきかと。神殿は歓迎しますよ」
神殿に子供たちを預けたなら、残虐皇帝一家と呼ばれないだろう。
才能を伸ばせるとわかっていても、未来を回避できると知っていても――家族として過ごせなくなることを考えたら、私は二人を神殿にやりたくなかった。
私は親の顔を覚えていない。
神官に連れられて家を出てから、一度も帰れないまま、気づけば私は家族を忘れていた。
――レクスはなんて答えるだろう。
「神殿に寄越していただければ、才能を伸ばせますよ。どうですか。どちらか一人だけでも神殿に渡しては?」
神殿と不仲なルスキニア帝国が、友好関係を築くのであれば、それも悪くない話だ。
アーレントとフィンセントの手をぎゅっと握っていた。
「断る」
レクスの答えに、私は思わず、微笑んだ。
――私も両親にそう言ってほしかった。
それは何百年たっても変わらない思い。
大魔女と呼ばれ、何百年生きようと、忘れられない記憶の傷がある。
「本当にそれでよろしいのですか?」
「くどい。何度も言わせるな」
レクスの態度にリュドはため息をついた。
「ルスキニアの皇子をクソ坊主にしてたまるか。それより、さっさと裏切り者を始末するぞ」
「は? 始末?」
――あ、あれ? 感動していたのに、不穏なことを言わなかった?
そういえば、レクスは裏切り者を見逃すような甘い性格ではないと思い出した。
「俺を殺そうとした貴族と【魅了】魔法を使った魔女か。俺が直々に死を与えてやろう」
レクスはクリスティナを冷たい目で見下ろし、剣先を向ける。
慌ててリュドは、クリスティナの前に立った。
「お待ちを! 魔女の裁きは神殿の役目! いくらルスキニア皇帝であっても許可できません」
「許可? 誰の許可がいる。ここはルスキニア帝国だ。神殿ではない」
裏切り者には厳しいレクス。
それがわかるルスキニア貴族、エルナンド、皇宮の人々はだれも止めようとしなかった。
見せしめとして、ここで殺すつもりなのだ。
「レクス様。クリスティナを殺してはなりません」
ここで、神殿を敵に回すのはまずい。
未来で、レクスたちを倒すよう依頼したのは神殿である。
「ユリアナ。裏切り者をかばうな。一度裏切った者はもう一度裏切る」
裏切られ続けてきたレクスが、そう言いたくなる気持ちもわかる。
けれど、レクスには残虐皇帝ではなく、立派なルスキニア皇帝として生きてほしい。
「魔法使いと魔女を裁くのは神殿の役目です。レクス様は皇帝。皇帝が直接手を下すに値する相手でしょうか?」
「俺に裏切り者を殺すなと?」
「そうは言っておりません。裏切り者は罰を受けるべきです」
「ほう」
周囲はハラハラした顔で、私とレクスを眺めていた。
「皇帝であるレクス様が直接手を下すのであれば、それ相応の相手でなければなりません」
「俺にふさわしい相手か。では、誰なら俺と対等に戦える?」
緊張感が漂う中、私はきっぱりと言った。
「魔女ヘルトルーデ」
リュドがその名を聞いて、息をのんだのがわかった。
「レクス様と対等に戦えるのは、この世界でヘルトルーデだけです」
大魔女ヘルトルーデは最強の魔女。
その魔女と同列にレクスを扱えば、驚くのも無理はない。
レクスはしばらく考え、剣を鞘に戻す。
ハラハラした顔で見守っていたエルナンドが、ほっと胸をなでおろしたのが見えた。
「大魔女ヘルトルーデか。お前がそう言うのであれば、今回は見逃す」
エルナンドが額の汗をぬぐいながら、私に言った。
「皇妃様が自分を強いと認めてくださって、とても喜んでいらっしゃいます」
――あの威圧感で?
長い付き合いのエルナンドが言うのだから、間違いないだろうけど、私じゃなかったら、途中で緊張のあまり倒れていたと思う。
「では、エルナンド。俺の命を奪おうとした不届きな貴族はお前に処理を任せる」
「お任せください」
「魔女は神殿に渡す。それでいいだろう?」
私は黙ってうなずいた。
「ルスキニア皇帝は誰も止められないと思っていましたが、違ってましたね」
リュドが笑顔でレクスに近づく。
そして、なにを言うのかと思ったら――
「安心するのはまだ早いかと。このルスキニア皇宮には、もう一人魔女が隠れています」
リュドもまた見逃すような性格ではなかった。
「ルスキニア皇帝に守護魔法を施した魔女が、どこかにいるはずです」
「俺を守る魔女か」
レクスはじっと手のひらを見つめた。
その手は剣のマメと傷だらけで、王族とは思えない手をしていた。
「……酔狂な魔女だ」
――ちょっ、ちょっと!? 大魔女の守護魔法に対して酔狂とはどういうことよ。
弟子に守護魔法をかけたら、変態的なまでに感激し、泣いて喜ぶのに、それを変わり者みたいに言われてしまった。
「神殿に要請し、他の【神の剣】たちも呼び寄せて、調査しましょうか?」
リュドはとんでもないことを言い出した。
捕まる気はまったくないけど、いなくなった後、アーレントとフィンセントがどうなるか気になる。
それにレクスが、ちゃんとした皇帝でいてくれるかわからない。
――再び戦う未来だけは訪れてほしくない。
無意識にアーレントとフィンセントの手をきつく握りしめていた。
「おかーしゃま?」
「ぎゅう?」
レクスはリュドに答えた。
「魔女はいない」
レクスが魔女をかばった。
「子供たちが遊びで、俺に守護魔法をかけたのだろう」
「そんな馬鹿な……」
リュドがなにか言おうとしたけれど、すかさずエルナンドが横から口を挟んだ。
「神官長殿。自分が言うのもなんですが、皇子たちは天才です! 賢いですし、可愛らしいですし、ちょっと会わない間に、身長も伸びて……」
まだまだ続くエルナンドの皇子自慢に、リュドは嫌そうな顔をした。
「神官長が心配するほどのことではない」
「……それなら、結構ですが。魔女など、かばってもなんの得にもなりませんよ。欲に囚われた汚らわしい存在です」
神殿に対して反抗ばかりの私だけど、汚らわしいまで言わなくてもいいと思う。
大魔女に戻ったら、最初にリュドをボコボコにしようと、心に決めた。
「なるほど。俺には魔女の加護があるということだな」
「は? 加護? 魔女ですが?」
「俺を守っているというのなら、魔女だろうが、悪魔だろうが関係ない」
「なんということを言うんですか」
レクスはリュドを無視して、貴族たちに向かって言った。
「よく聞け。今後、俺の命を狙ったものは魔女の報復にあうだろう!」
傷だらけのクリスティナ、血まみれの貴族の男。
間違いなく、レクスには加護がある。
それも大魔女ヘルトルーデの加護が――貴族たちは全員、跪き、エルナンドは胸に手を添え、頭を垂れたのだった。
偉大なるルスキニア皇帝一家に。
739
お気に入りに追加
3,900
あなたにおすすめの小説

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる