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25 欲と望みと ※クリスティナ視点

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【魅了の魔女】と呼ばれた私が目をつけたのは、伯爵令嬢クリスティナ。 
 周囲からどれだけ愛されても、彼女の『愛されたい』欲は尽きることがなかった。

『望んでも、どうしても叶わないもの』

 私たちは同じ気持ちを抱えた者同士だった。

 ――私はユリアナになりたかった。
 ――私はヘルトルーデになりたかった。

 大魔女と呼ばれ、多くの弟子を従え、不老不死の最強魔女ヘルトルーデ。
 神殿に逆らったとしても、神殿は彼女を罰することができなかった。
 なぜなら、彼女よりも強い神官が、神殿にいなかったから。 
 
 ――邪魔なヘルトルーデ。
 ――邪魔なユリアナ。

 クリスティナは皇帝の妻になるのが望み。
 私の望みは、ヘルトルーデがこの世界から消えること。

『戦の天才と呼ばれるルスキニア皇帝なら、ヘルトルーデを殺せる』

 私たちの願望は一致し、願いを叶えるために、私がクリスティナを喰らって完全に同化した。 
 誰からも愛されたクリスティナ。
 そんなクリスティナが、唯一振り向いてもらえなかったのが、ルスキニア皇帝のレクスだけ。

『恋が叶いますように。そのためなら、私のすべてを捧げても構いません!』

 苦しい片思いから逃れようと、『恋を叶えるおまじない』で魔女を呼んだ。
 それが私、【魅了の魔女】。
 そして、クリスティナは【魅了の魔女】になった。
 だから、この状況はクリスティナが望んだことでもある。
 彼女の希望で、【魅了の魔女】になったのに、私に不満をぶちまける。

 ――うそつき、うそつき、うそつき!

 クリスティナの声が直接、頭に響く。

 ――うるさいわね! 神殿に【浄化】されたら、魂が消滅するのよ!
 
 クリスティナの恋なんてどうでもいい。
 今は自分がどうやって生き残るかだけ。
 ずっとクリスティナは、私に恨み言を言い続けていて、頭がおかしくなりそうだ。
 
 ――恋の成就を魔女に任せるからでしょ。私は神様じゃないの。魔女なのよ。

 魔女になんかお願いしなければよかったと、クリスティナは泣いている。
 うっとうしいこと、この上ない。
 でも、あともう少しで、ルスキニア皇帝はクリスティナを愛し、妃になれたはずだったのだ。

 ――いったいどこから、私の計画は狂ったの?

 過去の記憶を遡り、冷静になって考えてみる。
 すべて自分に優位に動いていたと思っていた頃――あの頃、なにかおかしなことがあったはず。
 たとえば、皇子たちに【魅了】をかけた時、守護魔法によって反撃されたこと。
 皇妃が【魅了】で操っていた犬をおとなしくさせたこと。

 ――もしかして、私より強い魔女がルスキニア皇宮にいた?

 その可能性に気づき、胸に不安が広がる。
 私より強い魔女。
 それは――地下牢に靴音が響き、恐怖を覚え、背筋が寒くなった。

 ――まだ夜は明けてないわ。あの忌々しい神官長が迎えに来たのでないなら、いったい誰が来たのよ!?

 神殿に向かうのは明日の朝、夜が明けてからと決まっていた。
 兵士が牢を守り、ネズミ一匹入れないほど厳重な警備がされている。
 そんな場所へ侵入できるのは、皇帝くらいなものである。
 燭台の灯りが石の壁を照らし、黒い影と侵入者の姿を映し出す。

 ――ユリアナ。

 現れたのは皇妃ユリアナだった。
 グラーティア神聖国から嫁いだ気位の高い王女で、なかなか皇帝に心を開かなかった。
 傷つく皇帝の心の隙を狙った【魅了】によって、私は皇宮を支配し、皇妃の地位を手に入れる―― 

「【魅了の魔女】。名前は忘れてしまったから、そう呼ばせてもらうわ」 

 ――はずだった。

 ユリアナが魔女でなかったなら。
 フード付きのマントをかぶり、人目を忍んでここへやってきたのだとわかる。
 厳重な警備をやすやすと突破し、自信たっぷりな笑みを浮かべる彼女は、ユリアナでありユリアナではなかった。
 ユリアナはパチンと指を鳴らした。
 短い時間の魔法構築。
 それができるのは限られた魔女――いいえ、違う。
 ヘルトルーデのみ!

「大魔女ヘルトルーデ……って声が出る!?」

 さっきの魔法は、私の封じられた声を解除するための魔法だったらしい。

 ――なんの魔法を使ったのか、少しもわからなかったわ。

「声が出ないと話ができないでしょ? だから、リュドの魔法を一時的に解除してあげたの」

 ユリアナの姿をしたヘルトルーデは余裕たっぷりの笑みを見せた。

「そんなことしていいの? 私が叫ぶかもしれないわよ!」
「どうぞ。皇宮全体を魔法で眠らせたから、どれだけ叫んでも誰も来ないわ」
「皇宮全体を!?」

 ヘルトルーデが使う魔法は、私の魔法と規模が違う。
 広いルスキニア皇宮全体に、魔法を使うなんて、とんでもない魔力を持っている。
 
「私となにを話すつもり?」
「クリスティナが使った『おまじない』について知りたいの」

 用があるのは、【魅了の魔女】の私ではなく、クリスティナらしい。

「どこで『おまじない』を手に入れたの?」
「知らないわ」
「クリスティナは完全に消えてないでしょう?」
「私をここから逃がしてくれたら、クリスティナに聞いてあげてもいいわ」」
 
 私が無条件で、なんでも引き受けると思ったら大間違いだ。

「ヘルトルーデこそ、ユリアナの体をどうやって奪ったのよ?」
「礼儀のなってない魔女ね。もう一度言うわ。クリスティナが使った『おまじない』は、どこで手に入れたもの?」 
「命令しないで欲しいわ。私の【魅了】に負けていたくせに!」

 負けたと言ったのが悪かったのか、ムッとした顔で、私をにらんだ。

「聞き捨てならないわね。私があなたの【魅了】に負けた? なら、私を【魅了】してみたら?」

 ヘルトルーデは私の【魅了】に負けない自信があるようで挑発してくる。
 パチンと指を鳴らし、封じられた私の魔力と魔法を解放した。
 
 ――ふふっ。馬鹿なヘルトルーデ。【魅了】して利用してやるわ!
 魔法構築――【目標】【誘惑】【幻影】。

「【魅……】」

 完成するはずだった私の【魅了】魔法。
 構築した魔法は、積み木が崩れるかのように、バラバラに分解されていく。

「な、なにが起きてるの?」

 魔法構築失敗――それだけで終わらず、私が構築していた魔法が奪われ、再構築される。

「私の魔法よ!? どうして、私の魔法が勝手に構築されるのよ!」
「【魅了】」

 ヘルトルーデが私の魔法を奪うと、【魅了】魔法を完成させた。
 【目標】【変更】【誘惑】――魔法を奪い、構築された魔法を勝手に組み直したのだ。

「なぜ私が大魔女と呼ばれるかわかる?」

 ヘルトルーデが積み木遊びをしている子供のように笑う。

「私を魔法では殺せない」

 ヘルトルーデと対等に戦える者。
 それは、世界でただ一人。
 戦の天才と呼ばれる者だけ。

「大魔女を殺せるのは、レクスだけでしょうね」

 うっとりとした顔でヘルトルーデは言った。

 ――まるで恋。

「さてとl。私の命令を聞いてもらわなきゃね? 【魅了】されたクリスティナは、私に逆らえないだろうし」

 ヘルトルーデは私に【魅了】を使わせるためにここへきたのかもしれない。
 魔法構築を変え、クリスティナを【魅了】してしまえば、敵になることはなくなる。

「もう一度聞くわ。『おまじない』をどこで手に入れたの?」
「それはっ……わかりません」

 クリスティナの魂は、私と完全に同化して消えてしまい、『おまじない』をどこで手に入れたかわからない。
 
「間に合わなかったみたいね。古くて危険な『おまじない』を回収しないと、また次の犠牲者が出るのに……」

 古代、人は誰もが魔法を使えていた。
 それは『おまじない』として存在し、やがて『おまじない』を悪用するものが現れる。
 世界は混乱を極めた。
 そのため、魔法を管理する神殿が生まれ、世界は平穏を得たのだ。

「神殿がちゃんと魔法を管理しないから、こんなことになるのよ。私を怠惰だって言うけど、本当に怠惰なのは神殿よね」

 時々、古い書物から『おまじない』を知り、危険と知らずに使った人間が犠牲になってきた。
 神殿の役目は、誰かが犠牲になる前に危険な『おまじない』を回収することにある。
 ヘルトルーデが完全に敵とされないのも、神殿に協力している部分があるからだろう。

「クリスティナに聞けないのなら、もういいわ」

 そう言うと、ヘルトルーデは指をパチンと鳴らした。

「【魅了の魔女】。生きて牢屋を出られたら、また遊びましょう」

 ふたたび私の声と魔力を封じる。
 私に別れを告げ、去っていくヘルトルーデは、ユリアナの姿をしていたけど、大魔女にしか見えなかった。
 どんな姿をしていてもヘルトルーデはヘルトルーデ。
 
 ――私が目指した大魔女。 

 憧れの魔女ヘルトルーデは、私の名前を一度も呼ばなかった。

 ――私の名前くらい呼んで欲しかったわ。

 腹が立つはずなのに、【魅了】されているせいか、ヘルトルーデに対する怒りの感情は生まれない。
 彼女は偉大なる大魔女。
 私がもっとも尊敬し、憧れる存在なのだから――
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