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20 皇妃のたくらみ

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 衝撃的なものが朝食に出てきた。
 金色のバターが溶けて、パンケーキの上を滑っていく。
 
 ――これは、ルスキニア帝国の権力を結集させた究極のパンケーキ!

 素材にこだわり、トッピングも生クリーム、フルーツ、野菜、ソースなど多種多様。
 これは、とんでもなく美味しいパンケーキだと、見ただけでわかる。
 
「どういうこと?」

 私が食べたいと思っていたものが、タイミングよく朝食に出てくるなんて都合が良すぎる。

「皇帝陛下が皇妃様のために、パンケーキをご用意するよう厨房に命じられました」
「私のために!?」

 ――クリスティナに【魅了】されているレクスが、私のためになにかするなんてありえるの?

 解かれていない【魅了】魔法に耐えるには、強い精神力が必要だ。

「恐ろしい男ね……」

 私の大好きな蜂蜜は、たっぷりかけられるように瓶で登場し、子供たちには生クリームをつけてあげた。

「おいちー」
「ふあふあ」

 子供たちは究極のパンケーキとあって、かなりお気に召したようだ。
 レクスが私たちの食べる物を気にかけるなんて珍しい。
 きっと毒が入っていたと、私が言ったから気を遣ったのかもしれない。
 皇帝陛下直々に、厨房へ命じただけあって、パンケーキは今まで食べた中で一番美味しかった。

「こぼさないのよ」

 昨日見た夢のせいか、アーレントとフィンセントを見ていると、弟子たちの幼い頃を思い出す。
 生意気に育ったけど、昔は素直で可愛かった。
 なぜ、あんな狂犬みたいな性格に成長してしまったのか謎だ。
 夢には弟子たちだけじゃなく、成長したアーレントとフィンセントが出てきたような気がする。
 それから、レクスも。

「こりぇ、すき!」
「もっと!」

 パンケーキに大喜びする双子を見ていると、あんな生意気に育つ未来が嘘のように思えてくる。
  
 ――そうならないように、頑張らなくちゃ。

 今のところ、子供たちは天使のように可愛らしく、とても賢い。

「おかーしゃま、おいち?」
「あーんしゅる?」

 サファイアの目をキラキラさせ、元の原型を完全に失っているパンケーキを差し出した。
 いつの間にトッピングしたのか、生クリームがたっぷりついていて、それが、ぼとっと落ちるのが見えた。
 慌てて汚れた口と手をふく。

「生クリームをつけすぎよ」

 最低限の人数しか侍女を置いていないため、双子のお世話はなかなか大変で、ついいないはずのハンナを呼んでしまいそうになる。

 ――ハンナ、早く帰ってきて!

「皇妃様。お休みをありがとうございました」
「ハンナあああぁぁ!」

 思わず、ハンナに抱きついた。

「大変でしたよね。遅くなって申し訳ありません」
「いいの! 帰ってきてくれたんだから、なんだっていいのよ! それで、どうだった?」

 お休みを希望していたのは本当だけど、この休暇を利用して、ハンナにはあることを頼んであった。

「はい。皇妃様がおっしゃっていたとおりでした」

 ハンナは侍女たちへちらりと視線をやる。
 それで、私も気づく。

「ハンナ以外の侍女は、アーレントとフィンセントの勉強の準備をしてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
「図書室から本を運んで、お茶の用意もお願いするわ。それから、手紙を書くための便箋とインクも準備してほしいの」
「は、はいっ! かしこまりました!」

 すぐに終わらない仕事を言いつけた。
 少ない侍女たちは仕事をこなすため、慌ただしく私の前から下がっていく。
 
 ――これで、ここにいるのは私とハンナ、子供たちだけになったわ。

「いいわ。ハンナ、手に入れた情報を教えてくれる?」

 ハンナはうなずいた。

「皇妃様のヨミは当たってました。クリスティナ様は皇宮へやってくる前、毒の素材を集めていたようです」
「やっぱりね」
「偽名を使っておりましたが、売った者たちに外見の特徴をうかがうと、全員が同じように答えました」

 私が毒を盛られた犯人を調べていると言った時、ハンナの行動は早かった。
 怪しい侍女を遠ざけ、なるべく信頼できる侍女だけを選んでくれた。
 その行動を見て、私はハンナを信用することにし、クリスティナが毒の入手に関わっているかもしれないと打ち明けた。

「まさか、クリスティナ様が皇妃様を殺そうとするなんて……」
 
 いくら好感度が高くても、毒殺に関わっていると知れば、信用はなくなる。
 一度しか【魅了】魔法をかけられていない場合、【魅了】魔法を解く方法は、意外と簡単なのだ。

 ――信用できないと思わせる。

 疑念を抱くことで、【魅了】されにくくなり、かけられていた【魅了】魔法も時間の経過とともに薄れる。
 時間はかかるけど、これが一番精神に負担がかからない方法である。

「証拠になるかわかりませんが、購入した日と売却者、クリスティナ様が使用した偽名を控えてきました」

 ハンナは書きとめたものを私に見せた。

「ありがとう。でも、きっとこれだけ揃っていても、クリスティナはうまく逃げると思うわ」
「そうですね……。別人だと主張されてしまえば、皇妃様が不利になると思います。クリスティナ様は人気ですし、皇帝陛下に気に入られていますから……」

 これだけの証拠では、まだ不十分。
 完全に勝てると確信できるまで、クリスティナと争うつもりはなかった。
 それに――

「クリスティナだけでなく、毒と知らずに、料理やお茶に混ぜた人間まで、罰せられるのは不本意だわ」
「皇帝陛下の性格を考えたら、厳罰を与えられるのではないでしょうか」

 たとえ、妻として私が愛されていなくても、皇妃という立場にいる限り、レクスは厳しい罰を与えるだろう。
 でも、私はレクスに罰を与えさせたくない。
 残酷な所業をなるべく回避し、悪逆皇帝一家という不名誉な呼び名を避ける。
 そうでなくては、未来を変えられない。

「今となっては騙されませんが、以前の私なら、クリスティナ様から栄養剤と言われて渡されていたら、信じていたと思います」

 どうしてでしょうかと、ハンナはため息をついた。
 これが【魅了】魔法の影響力である。
 ユリアナに毒を盛っていたのは、クリスティナが魔法で操った者たちである可能性が高い。

「皇帝陛下に、この調査結果をお見せしてはどうですか?」
「レクス様はクリスティナに好意を持っているだろうし、彼女を貶めるために、私がたくらんだと思われるかもしれないわ」

 レクスはまだクリスティナの【魅了】魔法にかかったままだ。
 それも一番複雑で強力な【魅了】である。
 他者に疑心暗鬼なレクスだからこそ、数年間、【魅了】の魔法をかけられても耐えられた。
 
 ――数年間も【魅了】されて、それでも、クリスティナを妃にしてないだけでも奇跡よ。

「皇帝陛下はクリスティナ様に騙されているんですよ! なんとかしなくてはいけません!」

 騙されているというか、魔法で【魅了】されているのである。
 毒の件も含め、クリスティナを罰する方法はひとつだけある。
 それも、魔女ごと罰する方法が。

「神殿から神官を呼びましょう」

 魔女を捕らえるのは神官の役目。
 そして、魔女と戦うことを専門とする神官もいる。
 当然、大魔女の私とは不仲で、隙あらば、捕まえようとするから鬱陶しい。

 ――神官を呼ぶのを避けていたけど、しかたないわ。

「神殿の神官様をお呼びするのですか?」
「毒の混入に関わっていないか、全員の前で審問してもらうのよ。良心が残っているなら、正直に話してくれるでしょう」

 ハンナにはそう言ったけど、私の目的はクリスティナが魔女だと暴くこと。
 
「神官様は魔法を使える特別な方々ですよね。人数も少なくて、お忙しいから滅多に神殿の外で活動しないと聞いてます」
「大丈夫。私は神殿と関わりの深いグラーティア神聖国の王女ですから、力を貸してくださるでしょう」

 【魅了】魔法を神殿は禁止している。
 これが、神殿の知るところになれば、クリスティナは捕まり、魔力を封じられて牢屋行きである。

「クリスティナ様を捕まえるべきです」
「もちろん、そのつもりよ」

 でも、これは危険な賭けである。
 神官まで呼んで、クリスティナを犯人だと立証できなかったら、レクスの前で『皇妃様に嫌われる可哀想な私』を演じる可能性がある。

 ――そうなったら、レクスも私を嘘つきな皇妃だと思うだろうし、皇宮の人々の信頼も一瞬で失うわ。

 私がクリスティナを犯人に仕立てあげたなんて、嫌な噂が広がるのは必至。
 意地悪な皇妃にいじめられたと噂され、クリスティナに同情が集まり、やっと良好になった周囲との関係も一気に悪化するだろう――でも。

「悪いことばかり考えていてもいけないわよね! 失敗しても、ハンナが私を信用してくれたんだから、それで満足よ」
「皇妃様……」

 ハンナは感激した様子で両手を胸の前に組んだ。

「でも、皇妃様はよく毒の成分がわかりましたね」
「毒の勉強していたのよ。毒の成分がわからないと【解毒】できないもの」
「さすが、皇妃様は博識でいらっしゃいます」

 私が言ったのは、魔法の【解毒】であり、医術師たちの解毒方法とは違う。
 毒の成分がわかったのは、【解毒】の魔法を完成させる途中に、【鑑定】を行ったからだ。
 成分から素材を推測するのは、それほど難しくない。
 むしろ初歩の初歩。
 魔法を構築し、【解毒】に至るまでの必須知識である。

「皇妃様。そして、アーレント様とフィンセント様。今まで以上に、お仕えさせていただきます」
 
 私はハンナという心強い味方を手に入れた。

「ハンナ。神官を舞踏会に招待するわ」
「それは名案ですね。舞踏会なら大勢の人が集まりますし、怪しい人間がいても神官様が裁いてくれるでしょう!」

 ――怪しい人間……。私も気をつけないとね。

 表向きは舞踏会の招待状だけど、中身は魔女の調査依頼である。
 神殿側は調査のため、最低でも神官を一人向かわせるはず。
 魔女と聞いたら、神殿は無視できないことを私は知っている。
 
 ――神殿は魔法使いと魔女を嫌う。

 魔女だと疑われたら最後、彼らは猟犬よりもしつこく追い回し、捕まえるまで諦めない。
 神官が来れば、【魅了の魔女】だけでなく、私も危険だ。
 
  ――でも、これが最善だと思う。

 そう思うのは、アーレントとフィンセントだけでなく、レクスも救われてほしいと願っているからだ。
 私はルスキニア皇帝一家を守りたい。
 気づけば、私は一家全員の幸せを考えていたのだった。
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