ネトゲ女子は社長の求愛を拒む

椿蛍

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番外編

奥様達の攻防戦【後編】

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湾岸沿いにそびえ立つ宮ノ入グループのマンションに入ると、エントランスが広がり、くつろげるスペースがある。
大抵、奥様達はここでカモがやってくるのをまっている。
今の私は夕飯のすき焼きの材料を持っているから、まさに鴨が葱を背負ってやってきた!といったところ。
案の定、一人目が食いついてきた。

「あらぁ、有里さん。今日は早いお帰りね。月曜だからかしら?会社で頑張って働いている直真さんを置いてお一人だけで?」

一人で帰ってきたら、まるで悪!と言わんばかりの口ぶり。
こっちはちゃんと仕事してから、帰ってきてるんだよっ!と思いながら、笑顔を作った。

「今日は直真さんの好きな物を夕飯に作ってあげるつもりなんですよー!でも部長の奥様みたいに料理教室に通ってないから、料理上手ではないんですけどー」

「料理教室なんて私、通ってなんか―――」

「あれ?違いました?毎週木曜日だったと思うんですけど。イケメンシェフとお会いしてるのって」

ひっと息をのむのがわかった。

「きっと美味しいフレンチ料理を作られるんでしょうね」

「わ、私、ちょっと用事を思い出しましたから、失礼しますわね」

「はーい。またー」

まずは一人―――にやりと笑った。
八木沢ファイルによると、フレンチレストランに通っているとあり、そこのイケメンシェフにスーツやら、財布やらと貢いでいる。
お気に入りのメンズショップまで調査済みで出入りする部長夫人とシェフの姿をとらえた写真まで用意され、いつでも使えるようにしてあるのが直真さんの本当の怖さだよね。

「材料を切って、すき焼きの準備が終わったらジムに行こっと」

今日は直真さんが早く帰るって言うし、一緒に夕飯を食べれるからね。
でも、その前にやることがある。
下ごしらえを終え、動きやすい服に着替えた。
いつもなら、まず行かないマンション上階のスポーツジムに行くとカモがきたとばかりにまた一人近づいてきた。
次は専務夫人。

「有里さんじゃなくて?珍しいお顔を拝見したから、ご挨拶をと思いましたのよー。有里さん、聞きましてよ。結婚式は身内だけでなさるそうね」

今日、会社の方に言ったばかりなのにもう耳に入ってるなんて、とんだ地獄耳だよ!
その耳、塞いでくれるわ!と意気込んだ。

「皆さん、お忙しいのに時間を割いていただくのは悪いなーって思ったんです。あ!でも、専務夫人はあまり時間を気にされない方ですよねー」

「どういう意味かしら?」

「友達との会食や集まりに一時間以上の遅刻は当たり前とか。飛行機の搭乗時間が間に合わないとかで飛行機を止めたことあるんですよね」

「な、なぜそれをっ!!」

「それから新幹線で―――」

「有里さん!もう言わなくてよろしいわ!」

専務夫人は赤い顔をし、逃げるようにして、少しずつ離れて行った。
よし!まずまず。
ふう、いい仕事した。

二人葬ったところで、満足して部屋に戻ると直真さんから電話が来た。

「あ、直真さん!夕飯はすき焼きにしましたよ」

『そうか。すき焼きはいいが、ちゃと野菜はいれろよ。この間、焼き肉屋に行った時、お前、肉しか食べてなかったからな』

「わかってます……」

しっかり見られていたようだ。
さすがあんなファイルを作成するだけあって、めざとい。

『有里。結婚式と新婚旅行、沖縄でいいか?』

直真さんっ!!
もー!なんて優しい人だよ!
じーんと感動して目尻から涙がこぼれそうになった。

「はい!もちろんっ」

私の結婚相手が直真さんでよかったー!
ありがとう、神様!!

『国内で俺はいいが、一つだけ約束しろ』
 
「なんですか?」

『パソコンとゲーム機はおいてけよ』

「ええええ!!!」

『まさか、お前、新婚旅行中にゲームするつもりだったのか?』

「ま、まさかー!そこまでゲーム中毒じゃないですよ?」

『それならいい。もうすぐ帰る』

電話がきれた。
気のせいじゃなかったら、電話口で笑ってなかった?
私の考えなんかお見通しってわけ?

「まだまだ甘いですよ」

三日程度なら、遅れもたいしたことはない。
そう思いながら、おしゃれなクッションを手にした。
そう、私はまだ直真さんに言ってないことがある。
それは―――直真さんが好きだから、私だって多少の努力はしますよってことを。
私のTシャツとジャージとかは我慢して、間抜けなネコのクッションも実家に置いてきた。
直真さんは気づいてないだろうけど、私だってちゃんと考えている。
それに私は宮ノ入グループのマンションに住む奥様になるんだから。
クローゼットの中にあるお気に入りの『どすこい。』と毛筆字体で書いたTシャツと小豆色ジャージをそっと奥深くへと片付けたのだった。
しばしのお別れよ……。
私の戦闘服(ネトゲ用)達よ。
服を片付け終えたところで『ピンポーン』とインターホンが鳴った。

「はーい!」

さてと。
次はだれかなー?
―――私の奥様としての生活はまだ始まったばかり。
鏡の前で軽くチェックし、微笑むとドアを開けたのだった。           
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