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10 秘書との駆け引き《社長視点》

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―――夢を見ていた。
母がまだ生きていた頃、母と子一人だけで暮していた。
母は俺を育てるので必死で働いていて、物心ついた時から、熱を出してもアパートの狭い部屋で一人静かに眠るしかなかった。
誰もいない。
しんっとしていて、返事もなく、ただ自分の苦し気な息の音だけが響いていた。
寂しさに負けて、熱の残る体で外に出ようとしたら、誰かがそれを止めた。
「母さん?」
その手は熱のある体には冷たくて、心地よい。
誰だったのかは、わからないけれど、久しぶりに深く眠れた気がした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


目を覚ますと、なぜか、木村有里きむらゆりがいた。
何してんだ、こいつ。
人の横ですやすやと安眠して。
付き合ってもいない男のベッドで堂々と眠るとか、馬鹿なのか?
サイドテーブルにポカリとバナナが置いてある。
一房そのまま、ドンッと男らしく置かれていた。
「ちょっとは色気出せよ」
体温計を手に取り、測ると熱は下がっていた。
額になにかはられてあるのに気づいた。
「一応、看病はしてくれていたのか?」
のんきな顔をして、眠っている。
なんとなく、イラッとしたので、ばちんとデコを叩いてやった。
う、うーんと唸ると目を開けて、こっちを見た。。
「はー、よく寝たー。しゃ、社長!?」
「よくそんなに寝れるな」
クソ呆れるくらいにな。
俺の前でそんな無防備に眠る奴なんかいない。
もしかして、こいつ大物か?
「今、何時ですか?」
「昼過ぎ」
「あー!半日無駄にした!って、社長、なんか食べました?」
「まだ」
「プリンとヨーグルト、バナナありますよ。それ、食べててください。私、なんか作りますよ」
「いや、そこまでしてもらうわけには」 
宮ノ入みやのいり会長から面倒見てやってくれって言われているので」
「ジジイから!?」 
なにを企みやがってんだ。
あの野郎。
「もー。ちゃんとおじいちゃんって呼んだらどうですか。まだ反抗期なんですか?あ、パジャマ、着替えておきますか」
「誰が反抗期だ!ぬ、脱がすな!」
いきなり、ボタンを外し始め、脱がそうとする。
何をしているんだ。こいつ!
「あ、男兄弟でなれているんで。大丈夫ですよ」
「恥じらいがなさすぎる!」
「下も脱がします?」
「やめろ!」
「じゃあ、自分で着替えてください」
「わかった」
脱がしたことはあっても脱がされたことはない。
怖いもの知らずもいいところだ。この女。
「兄弟いるのか」
「そうなんですよ。兄と弟がいて」
「もしかして、昨日、コンビニで買い物していなかった?」
「あー、弟です。私のポテチを勝手に食べたんで。一緒に買いに行ったんですよ」
「そうだったのか」
「もしかして。社長、女の人の所から帰ってる途中でした?」
鋭いな。
勘が良すぎるだろ。
「もう別れた」
「えー?」
「特別な相手じゃないから、まあ、いつでも別れてもよかった」
「付き合うって、特別な相手じゃないと付き合っても楽しくないんじゃないですか」
「楽しくはないかな」
確かに今まで、楽しいと思ったことはなかった。
なにかしらの利害があるから、付き合うだけだ。
「なんなら、有里さん。付き合おうか?」
「お断りします」
だから、少しは考えろよ。こいつは!
「ふーん。理由は?」
「えっ!その、社長がどんな人かわからないし」
それはこっちの台詞だ。
「私なんかじゃ、釣り合いませんよ!」
へーえ。
ベッドから起き上がり、目の前に行くと、びくっと体を震わせた。
「ま、待った!」
「なに?」
なにを言い出すか、興味があった。
「私は社長が思うような人間じゃないんですよ!堕落しきったとんでもないヤツですから!」
堕落?
どうみても堕落しきったようには見えない。
「断るにしても、もっとマシな言い訳を―――」
「正直、付き合うより、ネトゲしていたいんですよ!!」
「はあ?」 
ネトゲ!?
バッとスマホを見せた。
「これが、私が大切に育てたキャラです。もうね。我が子同然ですよ。見てください。このレアアイテムの数々!この達成感と充実感がわかります?」
「わからないな」
正直、わかりたくもない。
「そうでしょ!だから、社長じゃ、ダメなんです!」
「待て。俺はそのゲームに負けたってことか?」
「言うなれば、そういうことです」
得意顔で頷いた。
「お前っ!いいか、冷静に考えろ!」
ふう、とため息を吐かれた。
「社長。残念ですけど、今の社長では、正直、ギルドメンバー以下の新密度だと思ってください。乙女ゲームだとハートがMAXで5つくとこ、3くらい」
「それはどんな評価だ」
「普通ですかねー」
こいつっっ!
「なるほど。それじゃあ、大好きなゲームのように俺とゲームをするか」 
「はあ?私に勝てるわけないですよ。ド素人が」
「俺がお前におちたら、俺の負け。俺がお前を諦めたら、お前の勝ち。お前が勝ったら、有給を自由に使わせてやる」 
目をキラキラさせていた。
「ありがとうございます!」
「お前っ!何、自分が勝ったつもりでいるんだ!」
なにが、ネットゲームだ。
こっちに引きずり出してやる。
浮かれまくっている木村有里を睨み付けたのだった。
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