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July
32 あなたの香りを残して
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コンサートが終わり、梶井さんに楽屋で待つように言われ、楽屋に入った。
「わー……」
さすが梶井さんは人気がある。
梶井さんは大きな花束をいくつももらっていて、楽屋には差し入れやプレゼントが山のように積まれていた。
運び込まれるプレゼントと花束、忙しそうにするスタッフさん達の中で一人座っているのも気まずかった。
そこにいるのもなんだか居心地が悪く感じて、裏口からそっと出て夏の夜風にあたっていた。
不思議だと思う。
春にやったコンサートと同じ場所なのに私と梶井さんの関係はまったく違っていた。
こんな深紅のドレスと靴、アクセサリーやバッグまで買ってもらって、コンサートが終わったら食事に行こうって言われるなんて考えてもみなかった。
ドレスに合わせた赤いネイル。
前の私なら、似合わないって思って、つけたりしなかったのにドレスに合わせたいって思ってつけた。
爪を暗い夜空に掲げて、眺めていると声をかけられた。
「あれー?一人?」
「こんなところでどうしたの?」
酔っぱらいのサラリーマン二人だった。
「いえ、ちょっと人を待っていて……ぶっ!」
言い終わる前にばさっと上からジャケットが落ちてきた。
「なにか用か?」
梶井さんの低い声がジャケット越しに聞こえてきた。
ジャケットから顔をのぞかせると、梶井さんの鋭い目が酔っぱらいをにらみつけていた。
まるで、ライオンみたい。
そんな目を向けられたサラリーマン達はぎょっとした顔で身を引いた。
高身長で日本人離れした顔でチェロを弾いているせいか、体つきもどちらかというとがっしりしているから、迫力がある。
「い、いや」
「一人でいるから危ないと思ってさ」
逃げるようにして、二人はいなくなった。
「おい、望未。なにしているんだ。中で待てよ」
「うん……」
「相変わらず、目が離せない危ない奴だな」
「え?」
「春もそうだったろ?薄着して女一人で歩くな。いい大人なんだから気をつけろよ」
梶井さんのその言葉で春のコンサートが終わった時、私に声をかけたのは偶然でも気まぐれでもなかったんだとわかった。
「……もしかして、あの時、私のこと女としてちゃんと見ていてくれたの?」
梶井さんはすっと目を逸らし、ジャケットを私に着せた。
「梶井さん、暑いよ……」
「駐車場まで着てろ」
「今からどこ行くの?」
「ホテル」
「えっ!?」
再会したばかりなのに梶井さんってば―――ぷっと梶井さんは噴き出した。
「ホテルのレストラン」
「さ、最悪!わざとでしょ?今の!」
笑っているけど、わざとに決まっている。
だから、これは私からの仕返し。
もう私はお嬢ちゃんでも子供でもない。
そうでしょ?
背中を追って、走って行く。
梶井さんの腕に自分の腕をするりと絡めて耳元まで背伸びをして囁いた。
「梶井さんの部屋がいい」
「俺の部屋?ホテルに部屋をとってあるのに?」
やっぱり部屋を用意してあったんじゃない。
すぐに私をからかうんだから。
これだから、梶井さんは。
でもね、私はそんなのいいの。
「部屋がいい。じゃないと梶井さんの匂いが消えてしまうから、ちゃんと残していって」
「お前は犬か?」
「だって、梶井さんはすぐにドイツに戻るでしょ?旅立つ人より、残されるほうが寂しいの」
「……わかった」
梶井さんは日本での仕事が終われば、またドイツに戻ってしまう。
忙しい人だから。
部屋の鍵はもらって、いつでも入れる。
あの部屋に私専用のピアノを置いてくれたけど、日が経つにつれて梶井さんの香水の香りが消えてなくなってしまった。
だから、私が寂しくないようにあなたの痕を残して欲しい。
私を慈しむような目で見下ろしていた梶井さんの視線をつかまえて、私からキスをした。
もうそんな子供じゃないってことを教えるために。
「わー……」
さすが梶井さんは人気がある。
梶井さんは大きな花束をいくつももらっていて、楽屋には差し入れやプレゼントが山のように積まれていた。
運び込まれるプレゼントと花束、忙しそうにするスタッフさん達の中で一人座っているのも気まずかった。
そこにいるのもなんだか居心地が悪く感じて、裏口からそっと出て夏の夜風にあたっていた。
不思議だと思う。
春にやったコンサートと同じ場所なのに私と梶井さんの関係はまったく違っていた。
こんな深紅のドレスと靴、アクセサリーやバッグまで買ってもらって、コンサートが終わったら食事に行こうって言われるなんて考えてもみなかった。
ドレスに合わせた赤いネイル。
前の私なら、似合わないって思って、つけたりしなかったのにドレスに合わせたいって思ってつけた。
爪を暗い夜空に掲げて、眺めていると声をかけられた。
「あれー?一人?」
「こんなところでどうしたの?」
酔っぱらいのサラリーマン二人だった。
「いえ、ちょっと人を待っていて……ぶっ!」
言い終わる前にばさっと上からジャケットが落ちてきた。
「なにか用か?」
梶井さんの低い声がジャケット越しに聞こえてきた。
ジャケットから顔をのぞかせると、梶井さんの鋭い目が酔っぱらいをにらみつけていた。
まるで、ライオンみたい。
そんな目を向けられたサラリーマン達はぎょっとした顔で身を引いた。
高身長で日本人離れした顔でチェロを弾いているせいか、体つきもどちらかというとがっしりしているから、迫力がある。
「い、いや」
「一人でいるから危ないと思ってさ」
逃げるようにして、二人はいなくなった。
「おい、望未。なにしているんだ。中で待てよ」
「うん……」
「相変わらず、目が離せない危ない奴だな」
「え?」
「春もそうだったろ?薄着して女一人で歩くな。いい大人なんだから気をつけろよ」
梶井さんのその言葉で春のコンサートが終わった時、私に声をかけたのは偶然でも気まぐれでもなかったんだとわかった。
「……もしかして、あの時、私のこと女としてちゃんと見ていてくれたの?」
梶井さんはすっと目を逸らし、ジャケットを私に着せた。
「梶井さん、暑いよ……」
「駐車場まで着てろ」
「今からどこ行くの?」
「ホテル」
「えっ!?」
再会したばかりなのに梶井さんってば―――ぷっと梶井さんは噴き出した。
「ホテルのレストラン」
「さ、最悪!わざとでしょ?今の!」
笑っているけど、わざとに決まっている。
だから、これは私からの仕返し。
もう私はお嬢ちゃんでも子供でもない。
そうでしょ?
背中を追って、走って行く。
梶井さんの腕に自分の腕をするりと絡めて耳元まで背伸びをして囁いた。
「梶井さんの部屋がいい」
「俺の部屋?ホテルに部屋をとってあるのに?」
やっぱり部屋を用意してあったんじゃない。
すぐに私をからかうんだから。
これだから、梶井さんは。
でもね、私はそんなのいいの。
「部屋がいい。じゃないと梶井さんの匂いが消えてしまうから、ちゃんと残していって」
「お前は犬か?」
「だって、梶井さんはすぐにドイツに戻るでしょ?旅立つ人より、残されるほうが寂しいの」
「……わかった」
梶井さんは日本での仕事が終われば、またドイツに戻ってしまう。
忙しい人だから。
部屋の鍵はもらって、いつでも入れる。
あの部屋に私専用のピアノを置いてくれたけど、日が経つにつれて梶井さんの香水の香りが消えてなくなってしまった。
だから、私が寂しくないようにあなたの痕を残して欲しい。
私を慈しむような目で見下ろしていた梶井さんの視線をつかまえて、私からキスをした。
もうそんな子供じゃないってことを教えるために。
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