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3 遅刻する花婿
しおりを挟む結婚式は小さく身内だけというのが、向こうの要望だった。
こちらも父が亡くなったばかりで、大仰なものはできず、見栄っ張りな母は周りの人には父の遺言で結婚すると、言いふらして、借金のことは身内だけが知るところとなった。
時任様もご両親がすでに亡くなり、身内が少ないと聞いており、代わりに会社の重役が多く出席していた。
新しい会社のせいか、重役と言っても若い人が多い。
「素晴らしいドレスですね」
式場のスタッフが感嘆のため息をもらすほど、確かにドレスは力が入っていた。
「まるで、絹山様のためにあるようなドレスですよ」
時間がかかるウェディングドレスをどうやって準備したのか、サイズはピッタリだった。
ウェディングドレスはオーダーメイドで生地はミカドシルクを使用し、肌触りは最高だった。
マーメイドラインのオフショルダーのドレスに後ろには大きなリボンがつき、パールが散らされ、レースが見事なロングベール、ダイヤモンドのイヤリングとネックレス、いくらかかったのか、気になる所だったけれど、秘書が婚姻届けを持って以来、会うのは初めてで、私も結婚式のためのエステや引っ越しで忙しく、まだ顔を合わせていない。
こんな夫婦、いるのだろうか―――昔なら、いたのかもしれないけれど。
「とてもお似合いですわ。こんなに似合う方はそうそういませんわ。身長も高くて、すらりとされてますからね」
着替えを手伝うスタッフは絶賛してくれたけど、母と麗奈は文句ばかり言っていた。
「たいしたことないわよ」
「可愛らしいプリンセスラインがよかったのじゃないかしら」
など、ケチばかりつけるので、スタッフは部屋から二人を追い出してしまった。
バージンロードは父の友人であり、副社長である鈴岡のおじ様にお願いした。
「本当によかったのかい?莉世さんは社長の代わりにどれだけ絹山の百貨店のために尽くしてきたことか…」
私は大学を卒業後、父の秘書として働いた。
そして、一緒に働いてみて、わかったのは父は経営に興味がないということだった。
「仕方ないんです。これからは聡さんと麗奈が経営に関わると言っていますから」
聡さんは優秀だと聞いている。
きっと私より、うまく百貨店を経営していくに違いない。
「そろそろ時間です」
「はい」
「大変だ!新郎がまだきてないぞ」
「社長、どこにいるんですかー!」
向こうの控え室が騒がしい。
まさか、結婚式当日になっても顔を合わせないの?
全部、秘書任せだったけれど、結婚式ばかりはそうはいかない。
遅いのをおかしく思った母と麗奈がやってきて、新郎が来ていないことに驚き、麗奈は笑った。
「さすが評判通りの常識のない人間ね。よかったわ。私の結婚相手じゃなくて」
「このままだと、莉世だけで結婚式なのかしら」
想像しただけで恥ずかしい。
こんなのはあんまりだと、思っていると、ヘリの音がした。
「時任社長がきましたっ」
ヘリから降りて、やってくると慌てて、重役の人達が控え室に連れていき、白のタキシードを着せた。
「おいおい。お前ら乱暴じゃないか?」
「結婚式に遅れるなんて!信じられません」
「途中で猫を拾ったんだ。動物病院に連れて行ったせいで遅れた」
嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけばいいのに―――ボサボサの頭にメガネをかけて顔がよく見えない。
だらしない姿に麗奈は口に手をあて大笑いしていた。
「席に戻るわ。新郎がきて、よかったわね。莉世お姉様」
よかったなんて、思っていないくせにそんなことを言って去っていった。
「あー。遅れてすまなかったな」
頭をかきながら、謝ってきたけど、私は苦笑するしかなかった。
「社長、なにか言うことあるでしょう」
「ウェディングドレス、よく似合ってるな。式までに間に合ってよかった」
違うっ!そうじゃない!と周りの人が言っていたのに不思議そうに首をかしげていた。
確かに噂通り、変わった人のようで、戸惑ったけれど、唯一の救いは母と麗奈が気に入らなかったドレス姿を褒めてくれたことだけは素直に嬉しく思ったのだった。
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