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6  妹

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私が働く地下の資料室は新メニュー開発のためのキッチンと事務作業をするための机、資料棚があるだけの薄暗い部屋だった。
それでも私とっては誰とも会わずに済む居心地のいい場所。
静寂と心の平安が守られる。
落ち着く―――
新聞や雑誌から気になるレシピをチョキチョキとハサミで切り取ってファイリングした。
それから、私が関わっているフェアの売上の確認をする。

「やっぱりイチゴフェアはデザートの販売数がいつもより伸びてるし、春のフェアにイチゴは手堅いわね。山菜を使った天ぷらや炊き込みご飯も好調だったみたいだし、よかった……」

春の新メニューはイチゴ大福をイメージしたパフェでカラフルな求肥ぎゅうひとあんこ、バニラアイスを添え、イチゴムースとイチゴゼリーを交互にいれて、イチゴをたっぷりいれた和風パフェが好評だった。
春らしい緑を出すためにうぐいす餡、白餡、黒餡の三色のあんこを小玉にして丸めたところに抹茶パウダーをかけた。
和食チェーン店楠野くすの屋はデザートにも力をいれている。

「今日は夏に向けた新メニューを考えよう!」

夏のレシピファイルを棚から取り出したその時

「へぇー。月子ってば。結婚したからってずいぶんと張り切ってるじゃない」

声にビクッと身を震わせて振り返ると、入り口付近に妹が立っていた。

「きょ、響子、どうしたの?」

嫌な予感がした。
慌てて机の上にあったファイルやバッグを片付けて、からっぽにすると響子と向き合った。

「私の婚約者と無事に結婚できたみたいだから、おめでとうって言いにきてあげただけ」

「そ、そう。ありがとう……」

「ずいぶん、天清たかきよさんに気に入られたみたいじゃない?心配してたのよ?ほら、月子は暗いし、話もちゃんとできないし、かわいくないから」

じろじろと響子は私の外見でなにか変化がないかチェックしていた。

「結婚して少しはおしゃれになるのかなって思ってたけど全然ね。グレーのスーツに重たい髪!ちょっと染めたら?呪いの人形みたいよ?」

くすくすと笑われた。
変化がなかったらなかったで笑われて、いつもと違う明るい色のスーツを着た時は『やだー、なんか勘違いしちゃった?似合ってないわよ。しかも、そのスーツ、私のお下がりだからね?』と、言われた。
あれはわざと他のスーツを隠して、それしかないようにされてたのだ。
今度はなんの嫌がらせをするつもりなんだろう。
そればかりが頭の中をぐるぐると巡っていた。

「し、仕事するから出てって」

「なに?生意気なんだけど。私とおしゃべりできて嬉しいでしょ?他に口をきいてくれる人もいないくせに」

「そんなことない」

そう答えてから、ハッとした。
黙っていればよかった、失敗したと―――響子は私に近寄るとにっこり微笑んだ。

「そうよね?今は天清さんがいるものね」

響子の手には一階の自販機で買ったミネラルウォーターがあった。

「これ、飲もうと思ったけど、月子にあげるわ」

キャップはすでに空いていて、棚にどんっと追いつめると頭から水をかけた。
ペットボトルの中身がからになるまで。

「頭、冷えた?天清さんも今は結婚したばかりで、浮かれているみたいね。月子が美人だなんておかしいことを言ってるけど、私がそばにいれば目が覚めるわ。月子がどれだけ退屈でつまらない子だってこと、わからないのよ」

そう言われて俯いた。
今まで何度も聞いた言葉だ。
運動や習い事で負ける度に響子は私にそう言い聞かせてきた。
だから、今更傷つく方がおかしい。
そう思って黙っていると、響子は笑いながら言った。

「天清さんは以前から私をバカにしていた所があったから、あてつけに違う男と結婚して恥をかかせてやったのにまだわからないようね。あんな男、私に夢中にさせたところを捨ててやるわ。皆の前で恥をかかせた罪は重いんだから!」

天清さんの屈託ない笑顔を思い出し、響子を止めなければと震える体を手で抑え、必死に口を開いた。

「で、でも。響子には好きだって言って結婚した相手がいるし……う、浮気になんてなったら、こ、困るんじゃない?」

「バカじゃないの?彼は私のお願いを一番聞いてくれるから結婚したの。私がちょっと遊んだくらいじゃ嫌われないわよ。そんなこともわからないの?」

わからない……。
けれど、響子の中ではそれが常識のようだった。

「天清さんは私がもらってあげるわね。月子はこの暗い地下室で頑張って?じゃあね、お姉ちゃん!」

―――お姉ちゃん。
そう私のことを呼ぶのは都合のいい時か、機嫌がいい時だけ。
響子はからんっと空っぽになったペットボトルを私の足もとに投げつけた。
ぽたぽたと髪から滴る水はグレーのスーツもブラウスも濡らして、冷たく体を冷やした。
浮かれていた心も。
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