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23 白河家の呼び出し【壱都】

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俺が社長の座を追われた話は瞬く間に広がった。
その日の夜には白河の祖父に呼びつけられることとなった。

「ごめんなさい……」

ずっと朱加里あかりは謝ってばかりだった。

「謝らなくていい」

「壱都さん。お祖父さんは認知症ではなかったんです。本当にしっかりされていて、亡くなる前日もいつもと変わらない様子でした」

泣き出しそうな顔をしていた朱加里の頬をなでた。

「わかっている。落ち着いて」

「どうして町子さんはあんな嘘をついたのか」

人から裏切られるというのは辛いことだ。
特に一緒に働いていて、仲良くしていた相手だっただけに朱加里の動揺は大きかった。

「町子さんより、白河家ですよ」

樫村は運転席から俺と朱加里に言った。

「白河家が集まっている所に朱加里さんを連れて行くなんて、可哀想すぎせんか。魔物の巣窟そうくつにウサギを放り込むようなものですよ」

間違ってはいないが、朱加里を脅かすなよと思っていた。
朱加里は自分が財産を失ったことより、俺が井垣グループの社長の座を追われたことのほうが重要で、ずっと気にしていた。

「井垣グループの社長の座が欲しくて朱加里と婚約したわけじゃないって言ったのにまだ不安?」

「信じていないわけじゃないんです。ただ壱都さんは社長になるまで頑張って来たでしょう?ただ井垣の社長になったわけじゃないってことは私はわかっているんです」

―――驚いた。
短い期間、それもバイトとして少し働いただけで朱加里は社内の空気や仕事の内容を把握していた。

「海外支店にいたのも井垣グループの社長になるためだったんですよね」

「……そうだ」

「その数年間の努力が無になったことが申し訳ないんです」

「完全になくなったわけじゃない」

「え?」

「いいから。とりあえず、今は白河家だよ?朱加里」

井垣の社長を座を追われたと聞いた白河家はすぐに俺を呼びつけたわけだが、その場にはきっと全員が大集合している。
まあ、そうなって当然だ。
バカな三男坊がやらかしたと白河の連中は手を叩いて喜んでいるに違いない。
白河の性格の悪さは折り紙つきだからな。
自分もその中の一人だからこそ、わかる。
白河本邸にはずらっと高級車が並び、主役の登場を待っていた。

「朱加里」

「はっ、はい」

「ゲームのルールを決めようか」

「ゲームって……こんな時に?」

「そうだな。なにを言われても別れませんと答えて」

「それはゲームなんですか?」

「ゲームだよ。そう思うと気楽だろう」

「はい」

朱加里はやっと笑った。

「壱都さんらしいですね。わかりました」

「行こう」

手を差し伸べると、朱加里はその手をとった。
樫村は健闘を祈りますというように俺と朱加里の背を見送った。
本邸の中に入るとすでに全員が集まっていた。
今回は遅刻してない。
張り切って時間前に全員が集まりすぎなのだ。
そんなに俺を笑いものにしたいか。
祖父が一番上座に座って、俺をにらみつけていた。

「壱都。呼ばれた理由はわかるな?」

「はい」

俺と朱加里は末席に座らされ、祖父と両親、兄の二人がこちらを見ていた。
他の親戚は祖父に俺の文句を言うだけ言って、追い返されたようだ。
さしずめ『井垣に恥をかかされた』『白河の名に傷をつけた』そんなところか。

「お前らしくもない」

珍しく祖父は隣の朱加里を気遣っているのか、いつもの毒舌がトーンダウンしていた。
意外と気に入っているのかもしれない。

「こうなる前に相談してくれれば、よかったんじゃないか?」

一番上の兄である克麻かつまは溜息を吐いた。

「意地を張らずに助けを求めることも必要だぞ」

二番目の兄の直将なおまさは呆れているし、父は何も言わない。

母は心配そうに俺を見ていた。
これはなかなかおもしろいなと思っていると、祖父は言った。

「井垣の遺言では財産を孫娘に渡すから、その相手としてお前をくれという話だったはずだ。井垣から疎まれ、財産を失った娘を白河家の嫁にする必要はあるか?」

祖父の言葉に父が頷いた。

「詐欺同然だ。結婚してなかったのが、幸いだったな。今すぐ別れなさい」

朱加里に父はそんなことを言ったが、朱加里は俺の顔を見た。

「別れません。壱都さんを信じています」

「なんだと?」

「まあ」

父と母は驚いていたけれど、祖父は笑っていた。

「壱都は社長の椅子を追われ、今となっては白河にも戻れず、ただの無職だぞ。それでも別れないのか?」

「別れません」

祖父はなるほど、と頷いた。

「井垣によく似ている。頑固者だな」

「壱都!お前はどうなんだ。別れずにこれからどうするつもりだ?」

父は怒っていたが、隣の母は朱加里を気遣い、声をかけた。

「その話は私達には関係ありませんわね?朱加里さん、お茶でもいかが?」

母は朱加里にそう言った。
母なりの親切だったかもしれないが、母の言うお茶はお茶席だ。
朱加里はお茶席だとわかっているのか、いないのか―――頷き、母と行ってしまった。
大丈夫なのだろうか。

「聞いているのか。壱都」

「聞いてますよ」

聞いていなかったけれど、微笑んでそう答えれば、父も満足だろう。
『お前はいつもどこかフラフラしている男だ』『もっと後先を考えて行動しろ』と延々と説教をされ、解放されたのは夕方になっていた。
井垣の社長の座に戻るようにしますと俺が言うまで説教された。
まったく、兄も父も暇なことだ。
俺に説教する時間があるなら、自分の仕事をしていればいいものを。
長く説教を聞いていたせいか、耳にまだ残っているような気がした。
ため息をつきながら玄関を出て、車の前までやってくると、朱加里はすでに戻ってきていた。
母と楽しそうに話をしている。

「随分と話が弾んでいますね」

「あら、壱都さん。お話は終わったの?」

「ずっと説教でしたよ。なにを話をしていたんです?」

「同じお茶の先生に習っていたから、そのお話をしていたのよね」

朱加里が頷く。

「またご一緒しましょう。壱都さん、困ったことがあるなら、ちゃんとお祖父様やお父様、皆とご相談してね」

「わかってますよ」

母からも念を押して言われてしまった。
母は笑いながら、手を振り、見送ってくれた。
白河本邸の門を抜けると、樫村が息をはいた。

「他の親戚の方から、問い詰められましたよ。どうなっているのかと」

「しつこく残っていたのか」

「壱都さんに一言、言ってやろうと意気込んでいましたよ」

樫村の采配なのか、顔を合わすことはなかったから、今頃、悔しがっているに違いない。
朱加里は疲れたのか、ただ静かに座っていた。

「待たせたかな」

「いいえ」

「母さんのお茶はお茶席だったけれど、平気だった?」

「大丈夫です。お祖父さんの知り合いだというお茶の先生のところへおつかいに通っていましたから。その時、お茶の先生からお茶とお茶菓子をよくご馳走になっていたので作法は少しだけわかるんです」

「ご馳走に?」

「親切な方で行くと必ず、お茶席を設けてくれるんです」

「へえ。他にはどんな知り合いがいたのかな」

「お花の先生や作法の先生とか。日舞と琴と……どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

さすが井垣会長。
朱加里が恥をかかずにすむよう必要なものを自然に身につけさせていたというわけか。
まったく――――会長には敵わないな。
俺の妻となった時、彼女が恥をかかないようにしていたのだ。
参ったな、と俺はつぶやいて、車のシートに体を預けた。
目を閉じると井垣会長の顔が思い浮かぶ。
その記憶の中の井垣会長は笑っていたような気がした。
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