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6 白川財閥の王子様(3)
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紗耶香さんは私の一つ下の高校一年生。
春からは二年生になる。
今すぐじゃないってことは結婚はまだだけど、婚約ってことよね……
すごいなぁと思いながら、壱都さんと紗耶香さんを見た。
「白河と井垣は今まで犬猿の仲だったかもしれないけれど、結婚することで、過去の憂いを水に流してはどうかしら?お互いに悪い話ではないでしょう?」
犬猿の仲だけど、結婚。
お互いの利益になっても損はなし。
つまり、政略結婚ってこと?
ドラマみたいな話をドキドキしながら聞いていた。
なんて答えるのだろうと壱都さんの返事を待っていたのは私だけじゃない。
その場にいた全員が彼の返事を待っていた。
それなのに壱都さんは柔らかく微笑むだけで、返事はしなかった。
無言のお断りだと私は察したけど、芙由江さんも紗耶香さんも諦めきれないようだった。
それにしても、微笑みだけで人を黙らせることができるなんて。
これは―――なかなかの手練れ。
芙由江さんがまだなにか話をしたそうにしていたけれど、壱都さんはそれを遮り、思い出したかのように言った。
「ああ、そうだ。井垣会長の部屋にハンカチを忘れてきてしまったみたいだから、とってきてもらえるかな?」
壱都さんが私の方を見ていたので、私に頼んでいるような形になってしまった。
「わかりました」
すぐそこなんだから、自分で取りに行けばいいのにと思わずにいられなかったけど、仕方ない。
相手は白河財閥のお坊っちゃんで断って波風をたてたくなかった。
お祖父さんの部屋にノックをし、中に入った。
「どうした?」
「壱都さんがハンカチを忘れたそうなんです」
「テーブルの上だろう」
誰が誰と結婚するというのだろう。
結婚の話が出ていたのは紗耶香さんじゃないの?
「壱都さん。そろそろ、お時間が……」
車の中から、スーツを着た男の人が現れた。
やれやれと壱都さんは溜息を吐き、またあの胡散臭い笑みを浮かべた。
「忙しいのも困りものだね。ゆっくり話もできない」
す、と目を細めた。
綺麗なせいか、威圧感が半端ない。
思わず、後ろに下がると逃がさないというように腕を掴まれてしまった。
壱都さんは私の体を軽々と抱き寄せる。
「な、なにするんですか!」
笑った息が耳にかかってくすぐったい。
「それじゃあ、また。婚約者殿」
耳元でそう囁いたかと思うと、唇が一瞬だけ触れた。
「……っ!」
「浮気はしないようにね。マフィン、おいしかったよ。ごちそうさま」
そう言って、壱都さんは笑いながら車に乗った。
手を離され、もう自由なはずなのに石みたいに固まったまま、その場から動けなかった。
そんな私をあわれむように運転席に座った男の人がすみません、とこちらに軽く頭を下げるけど、壱都さんのほうは平然としたまま。
車が動きだし、見えなくなるまで私はその姿を見送った。
「今のは何?」
婚約者、結婚って?
誰が誰と?
触れた唇の感触がまだ残っていた。
私のファーストキスだったのにあっさり奪われてしまった。
それだけじゃない。
爽やかそうに見えるのはうわべだけ。
とんでもない人だ。
計算づくめで腹黒い。
人をうまく扱って、それこそ操り人形かなにかくらいに思っているに違いない。
あんな人と結婚なんて冗談じゃない。
きっと決めたのはお祖父さんだ。
断ってやる!と決めて、お祖父さんの部屋に向かった。
「お祖父さん!」
「話したか」
お祖父さんは私と壱都さんが話をしたことはわかっていたようだった。
きっとハンカチを持って行った時点で気づいていたのだろう。
「婚約って、いえ、結婚ってどういうことですか」
お祖父さんは話す前にちらっと襖戸を見た。
聞かれたくないと思っていることに気づき、私は戸を閉めた。
完全に戸を閉めるとお祖父さんは低く小さい声で話をした。
「わしが死んだ後、お前が一人になる」
その言葉に私はさっきまでの勢いが消えた。
「そんなことは……」
ないですとは言えなかった。
私を使用人くらいにしか思ってない父達の存在。
お祖父さんがいるから、まだ私はこの家で他の人達からも優しくしてもらえている。
でも、お祖父さんがいなくなったら、頼れる人は誰もいない身だ。
「息子の壮貴は頼りにならん。まともな人間に育たなかった。すまない」
「お祖父さんが謝ることじゃないです」
「お前のような孫がいてくれてよかった。安心して妻のところへ逝ける」
「そんなこと言わないでください!」
「明日死ぬわけではないが、準備はしておきたい。お前に贅沢はさせてやれないが、それには理由があると思っていなさい」
「贅沢なんてしなくていいから、少しでも長生きしてくれたらそれでいいんです」
そうじゃなかったら、私のことを心配してくれる人が誰もいなくなってしまう。
泣き出した私の頭をお祖父さんは優しく撫でた。
「それでも、いつか終わりはくる。その時、お前を守ってくれる。あの男がな」
壱都さんが―――?
お祖父さんが選んだ私の婚約者。
それもひっそりと誰にも知られることのない相手。
いったいお祖父さんも壱都さんもなにを企んでいるのだろう。
私には教えてもらえなかった。
きっと私が二人の企みに気づくのはお祖父さんが亡くなった時なのだろう―――まだ泣くのは早いとお祖父さんは笑っていた。
春からは二年生になる。
今すぐじゃないってことは結婚はまだだけど、婚約ってことよね……
すごいなぁと思いながら、壱都さんと紗耶香さんを見た。
「白河と井垣は今まで犬猿の仲だったかもしれないけれど、結婚することで、過去の憂いを水に流してはどうかしら?お互いに悪い話ではないでしょう?」
犬猿の仲だけど、結婚。
お互いの利益になっても損はなし。
つまり、政略結婚ってこと?
ドラマみたいな話をドキドキしながら聞いていた。
なんて答えるのだろうと壱都さんの返事を待っていたのは私だけじゃない。
その場にいた全員が彼の返事を待っていた。
それなのに壱都さんは柔らかく微笑むだけで、返事はしなかった。
無言のお断りだと私は察したけど、芙由江さんも紗耶香さんも諦めきれないようだった。
それにしても、微笑みだけで人を黙らせることができるなんて。
これは―――なかなかの手練れ。
芙由江さんがまだなにか話をしたそうにしていたけれど、壱都さんはそれを遮り、思い出したかのように言った。
「ああ、そうだ。井垣会長の部屋にハンカチを忘れてきてしまったみたいだから、とってきてもらえるかな?」
壱都さんが私の方を見ていたので、私に頼んでいるような形になってしまった。
「わかりました」
すぐそこなんだから、自分で取りに行けばいいのにと思わずにいられなかったけど、仕方ない。
相手は白河財閥のお坊っちゃんで断って波風をたてたくなかった。
お祖父さんの部屋にノックをし、中に入った。
「どうした?」
「壱都さんがハンカチを忘れたそうなんです」
「テーブルの上だろう」
誰が誰と結婚するというのだろう。
結婚の話が出ていたのは紗耶香さんじゃないの?
「壱都さん。そろそろ、お時間が……」
車の中から、スーツを着た男の人が現れた。
やれやれと壱都さんは溜息を吐き、またあの胡散臭い笑みを浮かべた。
「忙しいのも困りものだね。ゆっくり話もできない」
す、と目を細めた。
綺麗なせいか、威圧感が半端ない。
思わず、後ろに下がると逃がさないというように腕を掴まれてしまった。
壱都さんは私の体を軽々と抱き寄せる。
「な、なにするんですか!」
笑った息が耳にかかってくすぐったい。
「それじゃあ、また。婚約者殿」
耳元でそう囁いたかと思うと、唇が一瞬だけ触れた。
「……っ!」
「浮気はしないようにね。マフィン、おいしかったよ。ごちそうさま」
そう言って、壱都さんは笑いながら車に乗った。
手を離され、もう自由なはずなのに石みたいに固まったまま、その場から動けなかった。
そんな私をあわれむように運転席に座った男の人がすみません、とこちらに軽く頭を下げるけど、壱都さんのほうは平然としたまま。
車が動きだし、見えなくなるまで私はその姿を見送った。
「今のは何?」
婚約者、結婚って?
誰が誰と?
触れた唇の感触がまだ残っていた。
私のファーストキスだったのにあっさり奪われてしまった。
それだけじゃない。
爽やかそうに見えるのはうわべだけ。
とんでもない人だ。
計算づくめで腹黒い。
人をうまく扱って、それこそ操り人形かなにかくらいに思っているに違いない。
あんな人と結婚なんて冗談じゃない。
きっと決めたのはお祖父さんだ。
断ってやる!と決めて、お祖父さんの部屋に向かった。
「お祖父さん!」
「話したか」
お祖父さんは私と壱都さんが話をしたことはわかっていたようだった。
きっとハンカチを持って行った時点で気づいていたのだろう。
「婚約って、いえ、結婚ってどういうことですか」
お祖父さんは話す前にちらっと襖戸を見た。
聞かれたくないと思っていることに気づき、私は戸を閉めた。
完全に戸を閉めるとお祖父さんは低く小さい声で話をした。
「わしが死んだ後、お前が一人になる」
その言葉に私はさっきまでの勢いが消えた。
「そんなことは……」
ないですとは言えなかった。
私を使用人くらいにしか思ってない父達の存在。
お祖父さんがいるから、まだ私はこの家で他の人達からも優しくしてもらえている。
でも、お祖父さんがいなくなったら、頼れる人は誰もいない身だ。
「息子の壮貴は頼りにならん。まともな人間に育たなかった。すまない」
「お祖父さんが謝ることじゃないです」
「お前のような孫がいてくれてよかった。安心して妻のところへ逝ける」
「そんなこと言わないでください!」
「明日死ぬわけではないが、準備はしておきたい。お前に贅沢はさせてやれないが、それには理由があると思っていなさい」
「贅沢なんてしなくていいから、少しでも長生きしてくれたらそれでいいんです」
そうじゃなかったら、私のことを心配してくれる人が誰もいなくなってしまう。
泣き出した私の頭をお祖父さんは優しく撫でた。
「それでも、いつか終わりはくる。その時、お前を守ってくれる。あの男がな」
壱都さんが―――?
お祖父さんが選んだ私の婚約者。
それもひっそりと誰にも知られることのない相手。
いったいお祖父さんも壱都さんもなにを企んでいるのだろう。
私には教えてもらえなかった。
きっと私が二人の企みに気づくのはお祖父さんが亡くなった時なのだろう―――まだ泣くのは早いとお祖父さんは笑っていた。
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