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26 日常が一番

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「平和っていいですね!」

チョコレートの箱を開けて、一粒口の中に放り込むとクッションを抱え、ゴロゴロと転がりながら、直真なおさださんを見た。

「そうだな」

パソコンの画面から目を離さない直真さんだけど、ネトゲをしているわけではない。
瀧平たきひら工業の事後処理的な仕事で忙しいらしい。

株を手に入れた宮ノ入みやのいり瀧平たきひらを完全子会社とし、謀反を未然に防いだわけだけど、社員達は冷たいと言うより、怖れられているような気がするのは気のせいじゃないはず。
まあ、無視されたり、冷たくされるよりはマシなのかなー。
おばちゃん達はいつもと変わらず、接してくれるからいいけど。

「これで心置きなく、ゲームできます」

「何が心置きなくだ。お前はずっとゲームしていただろ」

そう言う直真さんはずっと仕事してるよね。
忙しいのは知ってるけど、家に帰ってまで仕事とか。
完全に仕事中毒ワーカホリックだよねー。
ちょっともこっちを見ない直真さんを恨めし気に見ていると、それに気づいたのか、少しだけ視線を向けて笑った。

「落ち着いたら、旅行にでも行くか?ちょうど紅葉の季節だしな」

「そうですね」

旅行かあと思いながら、ログイン画面を見ていると、お知らせがきていた。

「わあ!やったー!!きたこれ!」

ガバッと起き上がり、思わず、手を叩いた。

「なんだ?」

「バージョンアップの日が決まったんです!」

「お前、今、俺が旅行誘った以上に喜んでなかったか?」

「えっ!気のせい、気のせいですよ!」

直真さんが私に冷たい目を向けていた。
これは、ヤバイ。

「私、別に旅行いきたくないわけじゃないんです。ただ、このバージョンアップをすごく楽しみにしてたんですよ!」

新しい装備と新エリア解放―――大型アップデートは一つの祭なわけよ!
フェスティバル!!
この高揚感をなんと呼ぼうか。
正座をし、私はおごそかに直真さんに告げた。

「だから、この日は午後から有給休暇を下さい!」

大人の特権とも言える有給休暇の取得を私は要求する!

「ゲームするためにか?」

呆れた顔で直真さんは私を見た。

「そうです。メンテナンスが終わるまで、画面の前で待機するのも楽しいんです」

「よくわからないが、そんなに楽しみなら、休んでいいぞ」

「やったー!直真さん、大好き!」

「今じゃないだろ!そのセリフは!」

あー、よかったあ。
駄目って言われたら、どうしようかと思った。

「そんなに重要なのか?」

「当たり前です!出遅れたら、みんなで全滅する楽しみが減りますからね」

「全滅?それは楽しいのか」

「楽しいんです!」

ふーんと直真さんはさして興味は無さそうだった。

「まあ、それはいいが。引っ越しの準備しておけよ」

「引っ越すんですか!?」

「仕事は終わった。本社に帰る」

「もう戻らないのかと思ってました」

「………そうだな」

やっぱりそれも考えてたんだ。

「俺もよくよく考えたわけだ」

「はい?」

「俺とお前の子供が生まれたとして、瑞生たまき様の子に勝てるかって話だ」

「はあ……」

「愚かだったと思う」

んん!?ゲームを止めて、直真さんの顔を見ると、遠い目をしていた。

「俺達の子が瑞生様の障害になるのではと考えること自体が間違いだった。敵うわけがないのにな。すべてを察していた瑞生様は俺が必要だから、早く戻って来いとおっしゃられた」

おいおい。おっしゃられたって……。
しかも、嬉しそうだし。

「そういうわけだ。瑞生様のため、とっとと仕事を終わらせて本社に戻るぞ」

「普通、『お前のおかげで目が覚めたんだよ』とかじゃないんですかっ!?」

「お前のおかげで目が覚めたのは一つだけだ」

「え?なんですか」

「放って置くと訳の分からない男にひっかかるってことくらいだな」

ちょっ!?
訳の分からないって、直真さんよりクリーンなんですが。
洗濯CMに出演するなら、間違いなく向こうの方だからね!
それくらいピュアさに差があるっていうのに。

「私の人生で一番、訳の分からない男にひっかかったという認識があるのは直真さんだけですよ」

「だれが訳の分からないだ!」

まあ、直真さんが元気になったみたいでよかった。
そして、またあのマンションに帰ることになんとなく、ホッとしていた。
やっぱり直真さんは瑞生さんのそばにいてこそだと思っていたから。

―――というか、最初から瑞生さんは直真さんの性格を察して、仕事が片付いたタイミングでお前がいないと困ると言うつもりだったんじゃないだろうか。
嬉しそうに仕事をしている直真さんに生暖かい目を送ったのだった。
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