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11 変装

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直真なおさだお兄様、仕事が終わったら、一緒に食事でもいきません?」

「すみません。今日は残業でして」

目をうるうるさせたお願いポーズが可愛い。
あんな技もあるわけね。
心のメモに残しておこう。
姫愛ちゃんはあの手この手で直真さんを誘惑していた。
使えるかどうかは別にしてよ?
女子としては勉強しておこうかなって余裕ぶっていると―――姫愛ちゃんが直真さんの手を握った。

「どうしても?」

ちょっ!それはだめでしょ!?
椅子から立ち上がり、スパンッと姫愛ちゃんの手に手刀を落とした。
ふう。
油断大敵。

「直真さん、書類どうぞ」

ついでにドサッとコピーが終わった書類を置いた。

「ありがとう。有里」

直真さんと目が合い、私を見てにこやかに微笑んでいた。
こ、このっ!
絶対にわざとだ!
私が嫉妬するのを見たかっただけで、直真さんは満足するとうまく姫愛ちゃんをかわし、部屋から出した。

「昨日、俺だけ歓迎会に出席させた仕返しだ」

昨日の分!?
まだ根に持ってたわけ!?
にらみつけたけど、直真さんは勝ち誇った顔でパラパラと書類をめくっていた。


◇    ◇    ◇    ◇    ◇


「直真さんは残業かー」

なんでも、社長と班目まだらめさんが会う約束をしていて、直真さんも同席するんだとか。
と、いうことはよ?
遅くなるわけよね。
家政婦の衣早子いさこさんが食事を作ってくれたから、夕飯は大丈夫。
掃除もしなくていいし。
時間はたっぷりある。

よし!奥様最高!
ネトゲをがっつりやる?
いえいえ。
今はバージョンアップ前で日常のノルマしかやることがない。
週のノルマは昨日で終わったし。

そんなわけで、スーツを脱ぎ、パーカーにデニムという、直真さんと一緒にいると出番がない服を着た。
なぜ、そんな無駄な服をわざわざ持ってきたのかって?
チャキッと変装用のキャップとメガネを装着した。

「それは!ゲーセンに行くため!」

財布とスマホ、家の鍵を持ち、裏の勝手口から家を出た。

―――脱出成功。

つまりよ?
仮にも宮ノ入みやのいりグループ会長の孫にして、今は専務だけど。
そんな偉い立場の人の妻がまさかのゲーセン通いなんて知られたら大変じゃない?
だから、変装してわからないようにしている。
これでも気を遣ってるんだよ。
こんな私でも。

「さて。最初はやっぱりぐるっと一回りして、気になったゲームを軽くプレイしていこう」

がっつり一万円札を小銭に換えた。

「格ゲーは久しぶりだし、無理かも」

私も歳をとったものね。
一時期は酔拳の有里ちゃんと呼ばれていたのに。

「こ、これは!」

懐かしのシューティングゲーム!!
今じゃもうどこにも置いてないなと思っていたのに!
椅子に座り、お金を投入した。
スティックを軽やかに動かし、ボタンを連打した。
思い出すなー。
この感覚!
しばらく、取り憑かれたかのようにシューティングゲームを楽しんだ。

「あー、眼が疲れたー」

全面クリアはできなかったけど、なかなか楽しませてもらった。
さーて。
そろそろクレーンゲームへと参りますか。

まずは大袋のお菓子をいくつかとった。
直真さんへのお土産にしよう―――と思ったけと、ゲーセン行ったのバレるから、やっぱり隠しておこう。
クレーンゲームでがっつり飴をとると、パーカーのポケットにいれ、その中の一つを口の中に飴を放り込んだ。

ふっ!勝者の味よ。

なにかいいのないかなーと探していると、店先のクレーンゲームでイライラしているサラリーマンがいた。
まだ若く、シャツを腕捲りしてクマのぬいぐるみを狙ってるのか、何度も挑戦していた。

「くそ!」

若者よ。熱いねー。
どうしても欲しいのか、じゃらじゃらと小銭を両替しては頑張っていた。

「彼女へのプレゼントなのかな」

ふむ。
さりげなく、後ろについた。
爽やかな好青年は他人の気配に気づいたらしく、ハッと我に返り、頭を下げた。

「あ、すみません。占領して」

「あー、いえいえ」

順番だと思ったらしく、譲ってくれた。
アームの強さは見るからにいけるレベル。
頭を狙い、アームで持ち上げるようにして落とす!
ゴドンと穴に容易く入った。
ほらねー!楽勝、楽勝。

「すごいな」

ふふ。
そうでしょうとも。
青年よ。私から一つアドバイスをしよう。

「動画を見て攻略方法を学ぶといいですよ」

はいっとクマのぬいぐるみを渡した。

「これ、俺に?」

「欲しかったんでしょ?」

「あ、ああ。まあ」

恥ずかしそうにうなずいた。
ついでに飴もあげた。

「俺からもなにかお礼を」

「あー!気にしないで。そういうのはナシで!今のはゲーマーの情けというかね?そういうのだから。ナイスファイトだったよ!」

「でもなぁ」

お礼できないのが悔しいのか、申し訳なさそうにしていた。
なんて義理堅い。

「っと、私は帰りますね」

そろそろ帰らないと直真さんが帰宅するし。

「そっか。またここにくるか?」

「うーん、たぶん?」

「俺の名前は竜成りゅうせい。次に会った時は必ずお礼するからな!」

「え、いいのにー」

「そ、それで、そっちの名前は?」

「私?私は有里だよ」

「そっか。それじゃあ、また今度な!有里!」

爽やかな笑顔で竜成は笑って片手をあげると手を振った。

「またねー」

彼女とお幸せにと思いながら、ひらひらと手を振り返した。
いやー、いいことした後の気分は最高だねー。
戦利品のお菓子を手に大満足で私は帰ったのだった。
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