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第一章

15 プロポーズ

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宮ノ入みやのいり常務が左遷させん!?」
宮ノ入本社だけでなく、沖重おきしげグループにも激震が走った。
「常務は八木沢やぎさわさんが兼任で宮ノ入常務は海外支店の副支店長になるんですって」 
「海外支店の副支店長になんて、海外の経験がない常務にしたら、お飾りのポジションじゃない」  
「だから、左遷よ!」 
「なんでも、宮ノ入の名前を使って、契約先に圧力をかけていたのが、バレたらしいわ」  
「うわ、最低ね」
大騒ぎだった。
そんな騒ぎの中でも、雅冬まさとさんは我関せずといった態度を貫き、淡々と仕事をしていたせいか、その騒ぎはすぐに収まった。
私はまた社長秘書として戻り、雑用をこなしている。
けれど、凛々子りりことは会いたくなくて、受付を通らず、裏口から入っているから、あれから顔を合わせていなかった。
電話は着信拒否にしてあり、話すこともない。 
両親からは一度も連絡もなかった―――悲しくないといえば、嘘になるけれど。
連絡があったとしても、二度と戻る気はないし、一緒に暮らすこともないだろう。
「雅冬さん、最近、仕事の量が多くないですか?」
残業をしている上に土日も仕事を持ち帰っているのを知っている。 
不満はないけれど、体を壊さないか、心配だった。
「少し長めに休みをとりたいからな。仕事、落ち着いたら、旅行に行こう」
「あー。いいですねえ。温泉でゆっくりしたいですね」
うきうきしながら、パチパチとホッチキスで資料をとめていく。
「違う。海外だ。新婚旅行だからな」
パチン。
ホッチキスの手が止まる。
「結婚しよう」
「い、今、言いますか!?」
にや、と雅冬さんが笑った。
「お前が言ったんだぞ。仕事をしている俺がかっこいいって」
「それはそうですけどっ」
悲しいことに否定はできなかった。
「返事は?奥さん?」
「それ、私が返事する前に決まってないですか!?」
「断らないだろ?」
「自信たっぷりですね」
「まあな」
これだから、イケメンは。
ホッチキスを机に置き、居ずまいをただして雅冬さんに顔を向け、頭を下げた。
「これから、末永くよろしくお願いします」
返事がない。
顔をあげると、顔を赤くして目を逸らしていた。
「なに照れているんですか!?」
言わせといて。
「やっぱり、帰ってからにすればよかったな」
微笑みを浮かべて、雅冬さんはそう言ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


残業の雅冬さんを会社に残し、運転手さんに頼んでスーパーに寄ってもらった。
ベイエリアの近くのスーパーは高級スーパーしかなくて、買い物もドキドキした。
タイムサービスも特売シールもないなんて。
ううっ、いつかなれるんだろうか。
買い物は雅冬さんから、カードをもらっていて、そこから支払われるらしいけど。
節約したくなるのは、なぜだろうと思いながら、安い方の卵のパックを手にした。
夕飯の買い物を済ませ、マンションに入ると、雅冬さんのお母さん、聖子さんがいた。
「こんにちは」
負けられない!と思い、にっこり微笑んで挨拶をした。
余裕のあるふりともいう。
「まさか。あなた、スーパーで買い物してきたの!?」
「はい。なるべく、食事は自分で作ったものを食べてほしいなって思って。けっこう、雅冬さん。健康にこだわるので」
「信じられない!レジ袋を持つなんて、貧乏臭い真似はやめてちょうだい!」 
「えっ…すみません…」
聖子さんが高圧的に近寄ってきたのを見た警備員がこちらに駆け付けようとした瞬間、ガッーと背後の自動ドアが開いた。
ガサガサとコンビニの袋を片手に現れた人を見て、聖子さんが固まった。
しかも、コーラの大きなペットボトルとポテトチップスの袋をいくつも持っていた。
その人は機嫌が良く、ルンルンしながら、横を通りすぎようとして、足を止めた。
「あー、お久しぶりです。常務の奥さんでしたっけ?今は海外支店の副支店長でしたよね。単身赴任されるとか」
「まあ。有里ゆりさん。お久しぶりね。海外旅行に行きやすくなったと思えば、大したことありませんわ。有里さんはずいぶんとお買い物されたのね」
嫌味と声のトーンが先ほどよりもパワーダウンしていた。
「そうですか?直真なおさださんがいたら、アイスクリームも買っていましたけど」
直真さん?もしかして、この有里さんと呼ばれた人があの八木沢やぎさわさんの奥様!?
整った顔に冷たい目をした、あの?
「あなたは直真さんに荷物を持たせるの?」
「え?私も持ちますけど。直真さんが持ってくれますね。意外とそういうとこ、気がつくって言うか」
本人は惚気のろけてしまったと思ったらしく、ちょっと恥ずかしそうに笑って言った。
「あ、時間がっ!急いでいるので!失礼します」
有里さんは忙しそうにして、行ってしまった。
八木沢さんの奥様ともなると、やることたくさんあるんだろうな。
「あの、私も夕飯の支度があるので、これで失礼します」
「そ、そう」
有里さんで気勢を殺がれたのか、なにも言われず、すんなり通してもらえて、ホッとした。
有里さんもレジ袋を持っていたから、ダメではないみたいだし。
よかった。
なんとか、マンションでやっていけそうな気がしていた。

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